9年ぶり3度目の難役に挑む浦井健治に
インタビュー ミュージカル『アルジ
ャーノンに花束を』は「人生のバイブ
ルのような作品」

2006年に誕生したミュージカル『アルジャーノンに花束を』が、2023年4月〜5月に東京・大阪で5度目の再演を迎える。
本作はダニエル・キイスの同名小説を原作とし、荻田浩一が脚本・作詞・演出を手掛けて生まれたオリジナルミュージカル。初演時は浦井健治が初主演・初座長を務め、2014年の再演では主人公チャーリイ・ゴードンと同じ32歳で同役を演じた。
その後、2017年と2020年の再演では矢田悠祐がチャーリイ役を引き継ぎ、それを経た2023年公演では浦井健治が再び難役に挑む。本公演では演出・振付として新たに上島雪夫が加わり、北翔海莉や東山義久ら新キャストも多数参加する。
9年ぶり3度目のチャーリイ・ゴードン役を演じる浦井に、出演に向けての率直な心境を語ってもらった。
▼あらすじ
32歳になっても幼児なみの知能しかないパン屋の店員チャーリイ・ゴードン。そんな彼に、夢のような話しが舞い込んだ。大学の偉い先生が頭を良くしてくれるというのだ。この申し出に飛びついた彼は、白ネズミのアルジャーノンを競争相手に、連日検査を受ける事に。やがて、手術により、チャーリイは天才に変貌したが…

「自分の中にはチャーリイの体感が残っているんです」
ーー再び『アルジャーノンに花束を』に挑むことが決まったときのお気持ちから聞かせてください。
2006年の初演から時を経て2023年の今また出演させていただくという、こんなに役者冥利なことってないなと幸せに思います。それだけ愛をかけてくださった企画・制作陣のみなさま、この作品を愛してくださったお客様、そして2度チャーリイを演じてくれた矢田ちゃん。この作品に関わってくださる全てに想いを馳せながら2023年バージョンに挑みたいです。
ーー初演・再演の頃、時を経てもう一度チャーリイを演じることになるとは思っていらっしゃいましたか?
思っていなかったですね。再演の稽古場での最後の通し稽古のとき、演出の荻田さんと初演から関わってくれている制作の方が「僕たちの完成形だね」と話していたくらいやりきった感があったんです。でも、今回の出演は僕の中で「またやれるんだ」という喜びと同時に「2023年バージョンならではのものをみんなと0から作りたい」という想いが強くあります。
カンパニーも演出も変わるので別作品のような感覚もありますが、それでも自分の中にはチャーリイの体感が残っているんですね。楽曲を聴けばその景色が、心情が、相手の顔が全部浮かんできますし、アルジャーノン役だった森新吾の存在も感じます。いろいろな意味で僕にとって人生のバイブルのような作品です。そういったいろんな繋がりを感じる2023年バージョンになっていくのかなと。また出演できるとは思っていなかったけれど、やるからには今の自分が培ってきた経験や出会いの全てを込めて表現していきたいです。
ーー過去の公演を振り返ってみて、印象深い思い出があれば教えてください。
再演のとき、安寿ミラさんが「これをライフワークにしたらいいと思うくらいあなたに合っている」と言ってくださったのがすごく嬉しくて印象的です。あと、再演の稽古場でM1の音楽が流れた瞬間、初演から関わっているスタッフさんやキャストが涙を流していて。おそらく、初演時のチャーリイの姿が最初のシーンの自分に投影されてしまっている状況だったのだろうなと。みんながチャーリイというキャラクターを愛してくれていたというのもあると思いますし、チャーリイをそれぞれの人生に置き換えて勇気をもらえた瞬間だったんじゃないかなと思います。それに、この作品で声色というか、多様に音色を変えていくことも学びました。
例えば、知能が変化していく様、実験の過程で退化していく様とか。それらを歌で表現できることがこの作品の特性でもあるので、やっていて面白いんです。そう思えるようになるくらい、初演・再演でいろんなことを学ばせていただきましたし、そういう声色も含めきっと安寿さんは、チャーリイの少年性、狂気、内向的な、そこからの爆発、イノセント…がうまくはまっていたのか、役者が表現をする場として、この作品をライフワークに持っていったらいいんじゃないかと、仰ってくださったのかなと思ってます。
「絶対に新しい花束をお客様に届けるんだ」
ーー今回は演出もキャストも大きく変わります。浦井さんは演出の上島さんとは別作品で演出・振付等ご一緒されてきていますが、どんな方ですか?
今や2.5次元の世界を牽引していく方でもあるんですが、ダンサーとしての姿を知っている僕としてはうえっしーさんがどんどん進化していく様を感じています。その上で今回一緒に作品を作れるので、エンターテインメント性やお客様への見せ方など、うえっしーさんならではのビジョンを持って紡いでくださるんじゃないかなと。2023年という今の時代の切り取り方で、作品に色付けしてくださるのかなと思っています。
ーー新キャストとして東山義久さんもご出演されますね。
森新吾が所属していたDIAMOND☆DOGSのリーダーであるよしくん(東山)が、チャーリイにとって一番大切な父親という存在をはじめ、ストラウス博士、パン屋の工場長といった役で出演してくれます。きっと新吾へのリスペクトも込めて演じてくれると思うので、よしくんの存在は僕にとってとても大きいですね。
ーー東山さんの表現者としての魅力はどんなところに感じますか?
まずダンサーとしての妖艶な色気や切れ味があり、お芝居に熱くて人情の人という印象があります。絶対に仲間を見捨てない兄貴肌なところがあって、でも相手にされないとすごく拗ねちゃうさみしんぼ(笑)。こんなこと言ったら怒られちゃうかなあ(笑)。だからよしくんがいればきっと現場が楽しくなるだろうなって。うえっしーさんとよしくんはダンサーという表現者としての共通点もあるから、演劇としてはもちろん、エンターテインメントとしても作品の核のような存在になってくれるんじゃないでしょうか。
ーー浦井さんはビジュアル撮影時のコメント動画で「この作品に出演することは怖くもあり、臆病にもなる」とおっしゃっていました。どういった点でそう感じるのでしょうか?
先程「チャーリイの体感が残っている」と話しましたが、初演・再演時は荻田さんが一挙手一投足演出してくださって、稽古場にチャーリイ・ゴードンが2人いるような状況だったんです。もちろん今回初めて観るという方もいらっしゃると思いますが、荻田さんと作ってきたチャーリイや、それが好きだと言ってくださるお客様が持つイメージがあると思います。そこに、ある意味で責任や怖さを感じるんです。
自分の中に当時のチャーリイが残っているのと同時に、演劇的に重要視したいポイントが変わってきているのも確かで。“パンドラの箱を開ける”じゃないですけど、今回のカンパニーだからこそできるものを探していかなきゃいけないなという見えない不安があります。だけど、絶対に新しい花束をお客様に届けるんだという想いを持って、そして舞台上ではきっと新吾が見守ってくれていると信じてやりたいなと思います。
ーー9年ぶりに挑むチャーリイは、どんなところをポイントにしていきたいと思いますか?
初演の際、ある施設に行かせていただいて、そこにいる方たちとお会いすることができました。そこで彼らの純粋さ、まっすぐさ、笑顔の素敵さ、集中力の高さ、そういったものをすごく感じて、それらをチャーリイを演じるにあたって大切にしようと思って臨んだんです。
いろいろなことを経験した今、上島さんと一緒に初演・再演の映像を観る機会があったんですね。そのとき感じたのが、これは家族のストーリーであり、チャーリイの周りにいる人たちの群像劇であり、社会をあぶり出すような問題提起の側面が強くあるということ。個人的にも時代の変化を感じています。2023年の今、作品の持つ意味合いも改めて考えさせられますし、この作品を上演することの責任も感じます。きっとお客様もより多感になっているんじゃないでしょうか。
ーーチャーリイを演じる上で、浦井さん自身の想いも大きく変化していますか?
言葉ひとつとっても、大切にしたいことや伝えたいことが本当に変わってきているんだろうなって思います。それは僕自身の経験上での変化もあるかもしれないし、社会が変わったというのもあると思うんです。ダニエル・キイスさんが当時SF作品として書いたお話が、以前より現実に近くなっているような面もあると思います。そう考えたとき、もしかしたらダニエル・キイスさんは最初からSFじゃなくて人間を描いていたのかもしれないな、という新たな気付きもありました。
“ピュア”を表現する難しさと、そこで得た学び
ーーチャーリイ・ゴードンはよく難役だと言われますが、それについてどう思いますか?
再演までやりきった今言えるのは「チャーリイ・ゴードンは変わっていなかった」ということ。彼はただ普通に日常を送っていただけ。友達が欲しかっただけ。認めて欲しかっただけ。物語の中で記憶を忘れていく姿も描かれているけれど、実は忘れていないんです。「あんたなんか生まれてこなければよかったのに」という親からの言葉を忘れていなくて、だから「生きていることを認めてほしい」という想いをずっと持っていた。「関わる人たち全てに認めてほしい」「一緒に生きていきたい」という純粋な欲求なんです。難役と言われますが、チャーリイにとっては全部普通のこと。ただ一生懸命生きていただけなんです。実際に変わったのは、チャーリイの周りの人たちだったんですよね。
ーーチャーリイのピュアさを舞台上で表現することは難しさも伴うと思います。実際に演じられてどう感じましたか?
ピュアさは演じてしまうとピュアじゃなくなってしまう。そのことを初演・再演時に感じました。
ピュアを演じる上で必要なのは「彼らはただ当たり前のことをしているだけなんだ」と念頭に置くことだと思うんです。チャーリイを演じて得たことは、『COLOR』『笑う男』『キングアーサー』といった最近の作品で「ピュアってなんだろう」と思ったときの取っ掛かりにもなっているんです。自分の中でバイブルであり、軸になっている感じがあります。
ーー再演ならではの難しさはあると思いますが、楽しみもありますか?
初演・再演の頃からの変化が感じられると思いますし、楽しみはあります。でも、案外お客様も再演でキャストが同じかどうかって注目しない部分もあるんじゃないかと思うんですよ。本がとにかく魅力的なので、キャストじゃなくて作品で観てくださるというか。
例えば海外だとキャスト関係なしに舞台を観るということが、42ndストリート界隈で起こっていますよね。それがいつか日本でも当たり前になったら最高だなあって思うんです。
ーー『アルジャーノンに花束を』は、それだけの作品であると感じているんですね。
誰がやってもいいと思うけれど、でも「じゃあ浦井に」と思ってくださる人がいるならばそこにはちゃんと応えて先に繋げなくてはいけない。矢田ちゃんが演じた3回目と4回目をリスペクトしながら僕が5回目に挑むのは、とても大切なことだと思うから。矢田ちゃんにもちゃんと報告したいなと思います。
ーー冒頭で「2023年バージョンならではのものをみんなと0から作りたい」というお話がありましたが、これは再演作品でいつも心掛けていることなのでしょうか?
どの作品でもそうですね。もちろん再演なので懐かしいメンバーがいることもありますが、スタッフさんやオーケストラさんも含めそのカンパニーっていうのは一期一会なんです。メンバーが変わることによって作品のカラーが変わることもありますが、それも創作の素晴らしさだと思っています。
過去をリスペクトしながら、でも囚われ過ぎずに作っていくことが作品を活性化することにもなります。お客様に目撃者となってもらうためには、このカンパニーで作ったものじゃないと意味がないと思うんです。その時代に合った作品に変化させないと伝わりにくい部分もあるのが演劇でもあります。そのとき限りのメンバーで0から作ることに意味があり、そういうところが素敵だなって思うんです。
取材・文=松村 蘭(らんねえ) 撮影=池上夢貢

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