ピアニスト原由莉子に聞く~ブルック
ナーのピアノ曲だけを弾くリサイタル
を、東京と大阪で開催

関西を中心に“ウィーン世紀末芸術”をテーマに、レクチャーコンサートを繰り広げているピアニスト原由莉子。
最近では「生で聴く、のだめカンタービレの音楽祭」や「富士山河口湖音楽祭」「ピアノがもっと好きになる!原由莉子トーク&ピアノコンサート」など人気のコンサートシリーズにも出演し、知名度も上昇中。今月末、ブルックナーのピアノ曲に特化したリサイタルを東京と大阪で開催する原由莉子に話を聞いた。

ピアニスト原由莉子に話を聞いた  (c)Takumi Jun
―― 原さんのウィーン世紀末シリーズの6回目は、VOL.3で採り上げて反響の大きかったブルックナーを再度採り上げられます。

ブルックナーのピアノソロ曲だけを集めたコンサートを2021年の5月に開催するとネットを中心に告知したところ、大変な評判になりました。コンサートには全国からブルックナーファンに多数お越しいただきまして、これが噂に聞くブルオタ(ブルックナーオタク)の皆さまかと感激致しました(笑)。関西だと朝比奈隆さんの指揮で大阪フィルが演奏する、大伽藍が聳え立つようなスケールの大きな交響曲で有名なブルックナーですが、ピアノ曲はロマンチックな小品が多いことにも皆さま驚かれたようです。「あの時聴けなかったので、もう一度やって欲しい!」「東京でもお願いします!」という声を受けて、今回改めて東京と大阪でリサイタルをさせていただきます。

「ブルックナーのピアノ曲だけで構成されたコンサートは珍しいと思います」  富士山河口湖音楽祭2022より(2022.08.17)
―― 原さんはブルックナーを好んで聴いて来られたのですか。

初めてブルックナーのシンフォニーに触れたのは、学生時代でした。ある大学のオーケストラが演奏する交響曲第4番「ロマンチック」だったのですが、正直言ってあまりピンとは来ませんでした。その後、ウィーン国立音楽大学の大学院に留学している時に、ムジークフェラインで聴いた交響曲第7番に完全にやられました。ティーレマンが指揮するシュターツカペレ・ドレスデンだったと思います。それまでの冗長で退屈なブルックナーのイメージは一変しました。ウィーンでブルックナーは自国の作曲家ですので、演奏される機会も多く、聴く機会も多かったと思います。
「ウィーン留学中、楽友協会ホールではたくさんのオーケストラを聴きました」
―― ブルックナーのピアノ曲については、どんな感想をお持ちですか。
ブルックナーのピアノ作品を知ったのは、交響曲を聴いた後です。交響曲はあんなに壮大かつ長大な曲なのに、どうしてピアノ曲はこんなに短い曲なのか。しかもいたって平凡な曲(笑)。純粋にピアニストとしてなら、彼の作品をコンサートのレパートリーとして採り上げることは無かったと思います。しかし所どころにブルックナーの音楽語法をシンプルかつダイレクトに感じることが出来るピアノ作品は、彼のシンフォニーや人間性を知る上でも大切だと思います。
リンツからほど近いアンスフェルデンにあるブルックナーの生家   撮影:原由莉子
アンスフェルデンのブルックナー生家の隣は教会。   撮影:原由莉子
ウィーン市民公園内にあるブルックナー胸像   撮影:原由莉子
―― 今回のプログラムを紹介してください。全曲ブルックナーの作品ですね?
はい、ブルックナーの曲しか弾きません(笑)。チラシには演奏する曲の一部だけ掲載しています。前半には小品を5曲。その最後がピアノソナタト短調です。後半はオルガンの曲でプレリュードとフーガを弾いた後に、今回のメインとなる交響曲第7番の第1楽章を東京公演で、第2楽章を大阪公演で演奏します。第1楽章は前回、京都で演奏しましたが、ブルックナーの弟子のシリル・ヒュナイスが編曲している版を使用します。第2楽章は、ブルックナーのオリジナル譜からソロ用に編曲された版を使用します。壮大なオーケストラサウンドから通常は聞こえない繊細なハーモニーやリズムがクリアに浮かび上がるように書かれていて、新たな発見があると思います。ちなみに第3楽章、第4楽章ともにヒュナイスが編曲している版があります。

ブルックナーのピアノ譜を手にする原由莉子    (c)H.isojima
―― 交響曲をピアノで弾くことについて、意識されていることはありますか。

ピアノのこの旋律はオーケストラではどの楽器が担当しているのか、それぞれの楽器の持つ音色を意識して演奏していますが、楽譜にある全ての音をクリアに弾くとピアノ特有の響きとなり、オーケストラのサウンドからかけ離れたものになります。私が意識しているのは、全ての音を弾いた状態から、必要のない音符を削っていくといった引き算の発想です。その結果、オーケストラで聴くと響きに埋もれてしまっているリズムや和声をクリアにお聴き頂けます。これは、京都芸大時代にピアノコンチェルトの練習を、ピアニスト同士で伴奏し合う時に学んだことです。ピアノ2台でソロパートと伴奏パートを弾くと、音がぶつかり合い、他の楽器の伴奏では感じたことのない違和感がありました。そこで人生で初めてオーケストラスコアを買ってきて、伴奏譜の中で、それぞれどの楽器が弾いているのかを、響きを意識して伴奏したところ、先生に大変褒められたのです。自分のソロよりも(笑)。その経験はとても生きています。作曲家の多くはピアノを弾きながら曲を作っているので、作曲家のペン先が見えるように感じていただけると嬉しいです。

「ブルックナーのピアノ曲、きっと気に入ってくださるはず」    (c)H.isojima
―― オーケストラのパートをピアノで弾くというのは音楽大学ならではですね。オーケストラを使えない指揮者の稽古で弾いているイメージがあります。

おっしゃる通りです。ウィーン国立音楽大学大学院時代は、先日亡くなられた湯浅勇治先生からの指名で、指揮科の伴奏を頼まれていました。毎週土曜日の授業では「今回はこれをよろしく」とピアノ譜を渡され、聴いたことのないハイドンのシンフォニーなんかを初見で弾くのです。その緊張感といったら(笑)。先生から学んだことは多く、かけがえのない時間を過ごしました。日本に一時帰国された際に、梅田で食事をご一緒しましたが、その3か月後に亡くなられたので信じられなかったです。
言葉を選びながら熱くブルックナーのピアノ曲を語るピアニスト原由莉子  (c)Takumi Jun
―― 以前の取材でも語っていただきましたが、原さんが力を入れている「ウィーン世紀末シリーズ」について簡単に教えてください。
ウィーンという小さな街で異なるジャンルの芸術家たちが密接に関わり合うことによって文化的成熟を遂げた19世紀末の芸術を、私の話とピアノ演奏で解説するレクチャーコンサートです。私がウィーンから日本に戻ってきたのが2019年の10月。日本で「ウィーン世紀末シリーズ」のコンサートをやろうと準備にかかり、第1回目の「アルマ・マーラーの愛した芸術家たち」を開催したのが2020年2月7日。1回目から2回目の間が、コロナで1年開きましたが、これまで5回行ってきました。
原 由莉子ウィーン世紀末シリーズVol.1「アルマの愛した芸術家たち」より (2020.02.07)

原 由莉子ウィーン世紀末シリーズVol.5「Oper! ウィーン国立オペラ座の怪人たち」より(2022.07.10)
―― 次回以降「ウィーン世紀末シリーズ」はどう展開していきますか。

いろいろと構想はありますが、発表はもう少し先になります。私がウィーン世紀末芸術にハマるきっかけになったエゴン・シーレの展覧会が現在、上野の東京都美術館で行われています。エゴン・シーレとシューベルトを結び付けてお聴き頂くのも楽しそうですし、ヒンデミットもいずれは取り上げたいと思っています。彼の最初のオペラ「殺人者、女達の望み」のポスターを、オスカー・ココシュカが書いていることにも触れながらヒンデミットの作品をお聴き頂きたいとも思います。今回取り上げたブルックナーは、“世紀末芸術”というには少し早い時代なのですが、世紀末シリーズの中心人物となるフランツ・シュミットやハンス・ロットの先生なので、やはりチェックせざるを得ません。何しろ、リンツ近郊の街で生まれたブルックナー。生粋のオーストリアの作曲家は少ないだけに、やはりブルックナーは特別なのです。
原 由莉子ウィーン世紀末シリーズVol.4「ツェムリンスキーの系譜」より(2022.01.25)
―― 最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。
ピアニストとして生きているとまず関わることのないブルックナーという作曲家にこれだけフォーカスできたのは、他でもなく聴衆の皆様のおかげ。ピアノ作品では彼の音楽の根源を、交響曲ではその壮大なスケールを、余すことなく表現したいです。世界中を見渡しても大変貴重なオールブルックナーピアノリサイタルですが、ただ「物珍しい」というだけで終わるのではなく、ピアノ一台だけを使って、ブルックナーの人生や人間像が浮かびあがるような意義のあるリサイタルになればいいなと思っております。ピアニストにしかお送りできないブルックナーの世界を、どうぞ体感しにいらしてください!
「オール ブルックナー ピアノリサイタルに、ぜひお越しください」    (c)H.isojima
取材・文=磯島浩彰

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