『異世界はスマートフォンとともに』書影

『異世界はスマートフォンとともに』書影

人生絶望中年がハマる「なろう系」作
品への逃避行

市民権を得た「なろう小説」「なろう小説」が完全に市民権を得てしまった。ほんの数年前の「バカが読んでる」「読むとバカになる」が一転、コロナ禍で暇になったのか、人気俳優の菅田将暉、有吉弘行や東野幸治までもが「なろう作品は面白い」と公言し、商業マンガ誌やドラマ、映画といったエンタメ業界もこぞって「なろう」にすり寄っている有様だ。
 理由は簡単だろう。「なろう系」は今、最も売れるコンテンツになっているからである。いったい、日本人は、どこまで劣化していくのか心配になってくるほどだ。
 そもそも「なろう小説」とは、無料で小説を投稿できるサイト「小説家になろう」にアップされた作品のことを指す。そのブレイクのきっかけとなった作品が『異世界はスマートフォンとともに』(冬原パトラ)である。この作品の主人公の蔑称を由来として、典型的な「なろうテンプレ」を持つ作品が「スマホ太郎」と呼ばれるようになった。
『異世界はスマートフォンとともに』が注目されたのには理由がある。過去、アニメ化になった他作品とは違い、典型的なテンプレで煮詰めた「異世界転生チーレム」であったからだ。
 この用語を簡単に説明すれば、主人公が交通事故か何かで死亡する。神様から「剣と魔法の異世界への転生か転移」を求められ、その条件として「チート」と呼ばれる特殊な能力を与えられる。ルックスはイケメンで10代まで若返る「アバター化」、どんな強敵にもチートで何の苦労もなく一発撃破の「俺TUEEE」、そして「俺、なんかやっちゃいました」とエルフや獣人などのカワイコちゃんたちを次々と助けてはハーレム化。
 転移する異世界は「なーろっぱ」(なろうと中世風ヨーロッパの造語)であり、主人公は現代日本の知識で数々の発明を披露し、莫大な富を築くか、国王になるかといった案配だ。異世界の住人たちは主人公を「すごい」「すばらしい」と絶賛しないと死ぬ病気に全員感染しているか、敵対する勢力もまともな思考ができない病気になっており、ともかく読むと頭が空っぽになりそうな内容と思えばいい。
 それだけに『異世界はスマートフォンとともに』の第1回放送時は従来のアニメファンから「中学生の妄想かよ」と散々な酷評を受け、あまりの中身のなさに「スマホ太郎」とバカにされてきた。しかしアニメ作品としては異例ともいえるヒットを記録するのだ。
 ようするに既存のアニメオタクではなく「なろう層」ともいうべき新規顧客が存在することが明らかになったのである。結果、典型的ななろうテンプレの作品ほど書籍化となり、マンガ化を経て続々とアニメ化の傾向が強まる。
 それが2018年以降に形成された「スマホ太郎と仲間たち」である。
 以下、列挙してみよう。
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』(アニメ化、10億PV)。『盾の勇者の成り上がり』(アニメ3期まで確定)、『賢者の孫』(またオレ何かやっちゃいました? というなろう語を生む)、『ありふれた職業で世界最強』(ネトフリでアニメ年間10位、2期決定)、『転生したらスライムだった件』(シリーズ累計発行部数1500万部、アニメ2期)、『私、能力は平均値でって言ったよね!』(なろう総合9位、女流)、『八男って、それはないでしょう!』(アニメ化)、『物理さんで無双してたらモテモテになりました』(過激な性描写でなろうから追放)、 『異世界チート魔術師』(アニメ化、累計300万部)。
 これでも、ほんの一部でしかなく、また内容も「なろうテンプレ」なだけに、どの作品を読んでも代わり映えはしない。
 2020年に入り「小説家になろう」は月間約20億PVを大幅に突破、SimilarWebによる調査では19年の21位から総合14位までジャンプアップ。アメブロ(16位)より高くフェイスブックに迫る勢いなのだ。ようするにコロナ禍の最中、2000万人レベルで、こんなものをありがたがって読みあさり、アニメを見ている実情が浮き彫りになったのである。
 日本人の知性に、思わずため息をつきたくなろう。

日本人の病んだ心を反映 なろう作品の何が問題なのか。
 それは現代日本人の「心」を映し出しているところにある。
 なろう作品は「小説家になろう」に投稿された無料小説を意味する。無料小説というのは、一見すれば作者が優位のように思えるが、実は「読者」のほうが立場は強い。タダで小説を書くのは、当然、誰かに読んでもらいたいからだが、77万に近い作品(2020年11月現在)がある「なろう」では、3割前後が作者しか見ていないゼロPVであり、半数は10前後のPVしかない。 
 無料だけに読者は自分が読みたい作品しか見ないのだ。なろう作品を小バカにして「本当の文学を教えてやる」といったところで、膨大な作品群に埋もれてしまう。ところがテンプレ通りに書いた作品は一気にPVが跳ね上がる。ここが重要なのだ。
 たとえば「異世界転移」「ハーレム」といったテンプレ作のタグを付けておけば、それ目的で検索をかけ、最新作を読みあさるヘビーユーザーがアクセスする。彼らによって出来の良いテンプレ作品はポイントが与えられてデイリーランキングへ入ってくる。毎日アクセスするユニークユーザーは1400万人、こちらはランキングを参考にするため、テンプレ作にするだけで、数十、数百の読者を簡単に獲得できるという構図になっているわけだ。
 無料で小説を書く以上、誰かに読んでもらい、褒めてもらいたい。そのためには読者が求める作品を忠実に書くしかなく、商業誌よりも好きなモノを書けない世界と言っていい。結果、書き手は作家性や独自性を殺し、今のトレンドを忠実にトレースする必要が出てくる。先の「スマホ太郎」の異世界チーレムも、それを求める「大量の読者」が生み出したものであり、ある意味、作者は「読者」自身なのである。言い換えれば「なろう」作品は、読者の「心」のあり方と願望となる。
 それが「異世界チーレム」を求めている。これが何を意味するのか。
 ──緩慢な自殺、だ。
 本来、異世界転移やタイムスリップは小説やマンガの定番ネタであり、異文化への適応の難しさや元の世界への帰還が重要なテーマとなってきた。
 ところが、なろうでは、「死」によって戻る意志は最初から存在しない。また異世界が「なーろっぱ」かつ「剣と魔法のファンタジー」なのは、それが「ドラクエのような世界」という一言で世界観を構築できるからであろう。チートはもともと「違法改造ツールを使い、キャラクターを違法に強化する」というゲーム用語。ドラクエのようなゲームの世界に転移すれば、アバターで年齢も若返り、かっこよくなっても不思議はない。さらにチートを使って最初から最強にし、攻略本を見てサクサクゲームを進めるという「なろうテンプレ」のストーリーに、多くの日本人は違和感なく入り込めるのだ。
 ここで問題にしたいのは、チートや現代日本の知識という何の努力もせず、典型的なズルによって得た力を振るい、少女たちとハーレムを築き、周囲から常に絶賛を集めるといった多くの読者が抱える願望や精神性である。
 実際、チーレム系作品にはデスマーチ系とスローライフ系があり、デスマーチ系は、とにかく主人公が、あらゆることを「自分しかできない」と作品中、ずっと働き続けることで常に周囲の賞賛を浴びようとする。一方のスローライフ系は、信用の出来る仲間とハーレムメンバーのみを「箱庭」に閉じ込めて超豪華で豊かな生活を送ろうとする。
 ここから推察される読者の実像は、ノンフィクション作家・中村淳彦氏のいうところの「中年童貞」や引きこもりニートだ。リアルに働いたことがないか、バイト先で年下の正社員に小バカにされているか、まったく女性に相手にされないのか、そんな現実から必死に逃避しようとする姿となる。
 もっと恐ろしいのは、今や太郎系ですら「まとも」な小説だったという扱いになるほど、なろうの世界観は深く濃く病んでいる。日本人の劣化が加速度的に進んでいるのだ。
現実逃避の格好の玩具 先にも述べたように、「なろう」は現代のメイン読者の「心」をトレースする。当初、ユーザーの半数は20代までの若者と考えられていたが、ここにきて中高年が激増していることが判明する。
 2018年にかけて、突如、タイトルに「おっさん」のつく作品が大ブームになるのだ。それまでの中高年モノは、異世界に転移して若返って青春をやり直すか、転生で生まれ直し、大人の経験値で「俺TUEEE」をするのが定番だった。それが、書籍化になった『最底辺のおっさん冒険者。ギルドを追放されるところで今までの努力が報われ、急に最強スキル《無条件勝利》を得る』(黒井ススム)が典型だが、おっさんをバカにした若い連中を見返すパターンから、田舎でスローライフを送ったり、カワイイ幼女を拾ってきて育てたりするといった明らかに現世の「願望」がにじみ出た作品群がランキング上位に顔を出しはじめる。読者層が変化したことを証明したのだ。
 その直後から「ざまあ」と呼ばれる追放モノが流行する。これは主人公がギルド(会社)やパーティ(部署)から「無能」として追放され、追放後、能力に目覚めて大活躍することで追放先を見返し「ざまあ」するパターンから、最近は「もう遅い」と追放した側が『本当は有能だった』主人公がいなくなって落ちぶれ、慌てて戻ってきてくれと懇願するパターンへと移行した。
 その典型がランキング上位作品の『無駄だと追放された【宮廷獣医】、獣の国に好待遇で招かれる~森で助けた神獣とケモ耳美少女達にめちゃくちゃ溺愛されながらスローライフを楽しんでる「動物が言うこと聞かなくなったから帰って来い?今更もう遅い」』(茨木野)。
 このタイトルからも分かるよう、コロナ禍もあって会社からのリストラなり関連会社への出向や人員削減増加が絡んでいるのは間違いあるまい。もはやこんな願望小説を読みあさらないと、精神的に耐えきれないのだろう。苦しい現実に立ち向かうどころか、現実逃避に走っているわけだ。
 一方、女性のなろう読者で定番化したのが「悪役令嬢」と「婚約破棄」モノとなる。少女マンガの定番であるヒロインを虐める悪役令嬢に転生して追放や婚約破棄されたあと、もっと良い相手に「溺愛」されて相手に「ざまあ」をするのがパターン化されている。女性向け作品の特徴は、素敵なイケメンとのキスは「する」のではなく「奪われる」ところ。相手を自分に引き寄せることが、ことさら強調されるのだ。
 言いたくはないが、リアルでは男性から「ソーシャルディスタンス」、婚約破棄どころか、恋愛すらできない現実の反作用なのだろう。そんな喪女の慰めと願望を満たす小説が山ほどあり、こちらもまた大人気となっている。
 取材した文芸担当編集者は「なろうにもまともな作品はたくさんあるんです」と、以下の作品を紹介する。
 戦国小説の『淡海乃海』(イスライール)、現代ファンタジー『世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)』(黒留ハガネ)、技術系解説小説の『航空エンジニアのやり直し』(御代出実葉)、本格軍事シミュレーション『今年は幕歴417年です!!』(甲殻類)、青春スポーツ小説『三軍ピッチャーリメイク』(カロリーゼロ)、異世界本格SF『玉葱とクラリオン』(水月一人)、ダークファンタジー大作の『カルマの塔』(富士田けやき)などは「文章力、構成力、独自の世界観、いずれもプロ顔負け」と絶賛、「これら玉石混交でいう玉のほうが石扱いされ、石を玉として崇めているのが『なろう』なんですよ」と嘆息する。
 最近のなろうトレンド風にいえば、今の日本は「優れた作品を追放しまくった結果、人生に絶望している中高年の多くが、なろう小説を読みながら現実逃避し、劣化しまくっている。俺の人生、やり直すにはもう遅い。日本は滅ぶかも」といったところか……。
文/西本頑司初出/実話BUNKAタブー2021年1月号
【テンプレ甚だしいなろう系作品の代表例】
『異世界はスマートフォンとともに』
冬原パトラ作。実は中国で1億人が視聴した隠れたクールジャパンでもあり、習近平の逆鱗に触れる可能性大。
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』
愛七ひろ作。2013年から連載、異世界テンプレの先駆け。転移直後に神さまより強くなるというトンデモ作品。
『盾の勇者の成り上がり』
アネコユサギ作。敵がバカすぎなうえ、主人公は聖者のごとく崇められる。
『賢者の孫』
吉岡剛作。「またオレ何かやっちゃいました?」と、チートをひけらかす主人公のキャラが有名。
『私、能力は平均値でって言ったよね!』
FUNA作。女性なろうのファン層を構築。文章がねちっこく、どうでもいい描写が満載。
【読むに価するなろう系作品の代表例】
『淡海乃海 水面が揺れる時』
イスライール作。戦国時代の弱小武将に転生、日本を統一する本格戦国小説。作者は『銀河英雄伝説』の二次創作で「田中芳樹より面白い」と評された同人作家。
『世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)』
黒留ハガネ作。超能力をベースにした現代SF。書籍化するもまったく売れず。クロルの筆名で「東方Project」の二次創作作品で知られる同人作家。
『航空エンジニアのやり直し』
御代出実葉作。特許関連の弁理士なだけに海外の最新情報を含めて宇宙関連、航空機関連、特許関連の知識をベースにした小説とコラムを執筆。
『今年は幕歴417年です!!』
甲殻類作。転生者によって歪められた歴史を歴史シミュレーションで描く。東西の軍事知識と兵器の知識はトップレベル。
『玉葱とクラリオン』
水月一人作。膨大な雑学の知識量を持つ「現代の荒俣宏」と評判。最新の多次元宇宙を絡めた本格SF作品をいくつも発表している。

ブッチNEWS

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着