角野隼斗と亀井聖矢は音楽シーンにな
にを刻んだか――“旬”の煌めきと飛
躍に満ちた二台ピアノリサイタルを振
り返る

去る2022年12月19日(月)に東京芸術劇場で行われた『角野隼斗✕亀井聖矢 2台ピアノコンサート2022 東京公演』は、7月10日(日)サントリーホールで開催予定だったコンサートの振替公演である。
その約5ヶ月の間にも、角野と亀井の飛躍的な活躍は続いた。一例をあげれば、角野はオルソップ指揮ポーランド国立放送交響楽団との全11公演におよぶツアーがあったし、亀井はパリで行われたロン=ティボー=クレスパン国際コンクールで優勝に輝いた。勢いに乗る彼らは、経験を重ねることによって驚くべきスピードで音楽的な幅を広げている。そんな2人によるこの2台ピアノコンサートは、“旬”の煌めきばかりでなく、この先彼らはどこまで行ってしまうのだろかと期待を喚起する心震えるステージとなった。
今更ながらあえて2人の出会いと共通点に触れるならば、両者ともに国内最大規模のピアノコンクール「ピティナ・ピアノコンペティション」の最上位クラス「特級」の優勝者として頭角を現した。若きピアニストの登竜門の「特級」だが、グランプリ受賞時には世間的にほぼ無名である。だがそこから大きな注目を浴びることで、音楽家としての意識が高まり洗練されていく。角野は2018年に、そして亀井は翌2019年に優勝した。年度が隣り合わせのグランプリ受賞者として互いを意識し合うこともあっただろう。亀井優勝のステージを客席で聴いた角野が「亀井君がファイナルでサン=サーンスの協奏曲を弾き始めた時に、『あ、彼が優勝だな』と確信した」と話していたことが、今も筆者の印象に残る。ほんの3、4年前のことであるが、面目躍如を遂げる2人のエピソードとしては、もうかなり昔のことのようにも感じる。
そして、2人の共通点をもう一つ挙げるとするならば、アーティストとしての「発信力」である。デジタルネイティヴ世代のアーティストとしてのあり方、可能性を強く感じさせるピアニストとして、2人は群を抜いている。YouTubeやTwitterを用いて、ごく自然に、構えることなく発信することが、結果的にセルフプロデュースへと大きく貢献している。音楽家としての新しい活動モデルを提示する2人は、音楽ファンばかりか、すでに次世代への影響力も大きい。
さて、このレポートが出るのは東京芸術劇場のコンサートからすでに日が経っているため、詳細な実況というよりは、彼ら2人が音楽シーンに刻み込んだ事象について論じておこうと思う。
リハーサルの様子
ホールに足を運んでまず印象深かったのは、入場の際に受け取るプログラムのインパクトだ。奏者2人の美しくもクールな姿が大写しになっている。心なしか、プログラムを手渡すスタッフの扱いも丁寧で、表面に写っている角野とバチッと目が合うような印象。見開きにするとクールな表情の亀井ともまたバチッと目が合う仕掛け。なんだかすごい。
プログラムの全体を俯瞰しておこう。

バーンスタイン(角野隼斗編曲):キャンディード序曲
亀井聖矢:2台ピアノのための共奏曲
ラヴェル:水の戯れ(角野隼斗ソロ)
ラフマニノフ:組曲第2番 作品17

休憩

マルケス(亀井聖矢編曲):ダンソン第2番
バラキレフ:東洋風幻想曲「イスラメイ」(亀井聖矢ソロ)
角野隼斗:エル・フエゴ
亀井聖矢(角野隼斗編曲):パガニーニの主題による変奏曲
意外にも、もともと2台ピアノのために書かれたクラシック作品としては、ラフマニノフの「組曲」しかない。それ以外は、2人それぞれの編曲やオリジナル作品である。これこそまさに、角野✕亀井にしか組めないプログラムだ。先に、2人の共通点として「発信力」を挙げたが、より重要でユニークなのが、角野も亀井も作曲や編曲といった創造的活動にも力点を置いているところだ。コンポーザー=ピアニスト(作曲家であり演奏家でもある)という音楽家のあり方は、19世紀までは当たり前だったのが、20世紀以降は「分業」が進んだ。もちろん、現在も創作と演奏の二つの柱を持つピアニストは少なくはないが、多数派ではない。キラキラと第一線で活躍する若手の両者がともに作曲家でもあるということが、とりわけ「クラシック音楽」とカテゴライズされた場合には、とても眩しくユニークなのである。
角野の編曲による「キャンディード序曲」は、原曲はオーケストラ作品である。シンフォニックで華やかなアレンジにより、2台ピアノの演奏でも驚くほど違和感がなく、コンサートのオープニングを飾るにふさわしいアレンジだ。角野の輝かしい高音域と、亀井のつぶやくような内声の音色が見事な立体感を生んでいた。
角野隼斗
亀井はこの春卒業を迎えた桐朋学園大学で作曲も積極的に学んだ。「2台ピアノのための共奏曲」は、極めて演奏効果の高い楽しい作品だった。第1楽章は旋法的な響きと滑舌の良いリズムの刻み(亀井)と、和音の形で紡がれていく主旋律(角野)によって、明るい曲想を織りなす。第2楽章は半音階的・全音階的で霧のたちこめるような音響を生み出すが、第3楽章のスケルツォでふたたび第1楽章の旋法的な響きが戻る。今度は1st(角野)と2nd(亀井)の役割は第1楽章とは異なる。グルーヴィーかつクラシカル。リスト的かと思えばストラヴィンスキー的でもあり、そうかと思えばショスタコーヴィチ的な音響も繰り出され、多層的でヴィルトゥオージックな作品だ。東京芸術劇場の大ホールで聴くにふさわしい一曲だった。
角野のソロによる「水の戯れ」は、硬質な響きと温かみある音色とを一つのフレーズに折り込ませながら、比較的自由な緩急によって紡ぎ出された。美しく穏やかでエレガントであった。
前半の締めとなるラフマニノフの「組曲第2番」は、非常に音数の多い作品であるが、2人のアタックはずれることなく、声部がよく整理されて気持ちよく届く。まるで長年組んで活動してきたデュオのように、緩急やダイナミクスも息が合う。互いの音を聴き合う力、流れを感知する力、予測しながら音楽の流れを果敢に作る力が冴えているのだろう。圧巻のパフォーマンスであった。
亀井聖矢
休憩明けて後半は、亀井がアレンジした「ダンソン第2番」である。メキシコの作曲家マルケスの代表作であるこの曲は、2007年に指揮者ドゥダメルが彼の率いるベネズエラのシモン・ボリバル・ユース・オーケストラが取り上げて大人気となって以来、オーケストラのレパートリーとして世界中で演奏される人気曲だ。亀井のアレンジは見事にオーケストラ曲の印象をそのままに、色っぽく語るような音型はピアノならではの繊細なタッチで描く。打楽器が激しくリズミカルに活躍する中間部からは、ピアノのパーカッシヴな特性を最大限に活かし、2人で熱狂的な盛り上がりを形成してみせた。これは2台ピアノ版として広く普及されて然るべきアレンジではないだろうか。
続いて、亀井が得意とする「イスラメイ」でソロを披露。亀井はこの作品を完全に自分のものとしているようだ。もはや余裕ものぞかせながら、中間部は歌心によって惹きつける。全体に明るい色調に彩られた亀井の「イスラメイ」は、まだまだ進化の途中なのかもしれない。
角野の作品「エル・フエゴ」は、この2台ピアノのツアーのために作曲された。亀井が4月に出場し3位に輝いたマリア・カナルス国際コンクール。その応援のためにバルセロナを訪れた角野が、スペインから受けたインスピレーションをもとに書かれた作品だ。妖艶に立ち上るスペイン風のメロディーはラヴェルのピアノ協奏曲の冒頭を思わせ、主部のワルツは哀愁に富む。キャッチーでありながらも複雑な色合いを持つハーモニーは、調性感や協和音を響かせながらも実にスタイリッシュで現代的。鐘の音が倍音を響かせるように、連続する平行音程で進行する音型は、やはりラヴェルへのオマージュなのか。中間部にはラフマニノフのように濃密なメロディーも登場する。サン=サーンス/リストの「死の舞踏」も彷彿とさせる場面もあるが、音楽はどこまでも陽性だ。
そして亀井聖矢(角野隼斗編曲)「パガニーニの主題による変奏曲」という、三人の音楽家が入れ子構造のようになった作品も、拍子の移ろいなど面白い展開だ。近代ピアノ作品の音楽語法に精通し、技術面でも軽々と弾きこなす2人だからこそ、緩急に富んだバリエーションを自在に提示し、めくるめく世界へといざなった。
大喝采を受けて、角野が演奏したのはカプースチンの「8つの演奏会用エチュード」から「間奏曲」。ジャジーで肩の力の抜けた美しい音色で、持てる引き出しの多さを示した。亀井のソロは彼の代表的なレパートリーであり、旋律の抒情性を際立たせる「ラ・カンパネラ」だ。途中で長いトリルを奏でると、そこから角野が登場。重唱の「ラ・カンパネラ」となり、華麗なるフィナーレへ!これには客席も総立ちで万雷の拍手を贈った。
最後にもう一曲、デュオによるアンコールを弾き始めたと思ったら、角野が途中から「Happy Birthday」のメロディに切り替える。なんと翌日21歳の誕生日を迎える亀井へのサプライズ・プレゼント。会場も一体となる楽しく心温まる瞬間だった。そしてチャイコフスキーの「くるみ割り人形」から「トレパーク」を2人で披露。快速で息の合うスリリングな連弾に会場は沸点に達した。
終始、2人の独特な間合いのMCはどこまでも自然体で、ほのぼのとした雰囲気があり、演奏の切れ味の鋭さとのギャップがまた、たまらない。最後はハグをして締めくくった2人。これからのコラボレーションにも期待の膨らむ一夜となった。
左から 亀井聖矢、角野隼斗
取材・文=飯田有抄 撮影=Ryuya Amao

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