武田奈都子×藤原顕太×白神ももこが
、クロスプレイ東松山の公演を語る〜
「介護の現場の“当たり前”をふわっ
としたアーティストの視点によって刺
激してもらいたい」

「無意味・無駄を積極的に取り入れユニークな空間を醸し出す」と評される振付家・演出家・ダンサーの白神ももこが、埼玉県東松山市の高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」で滞在制作した『どこ吹く風のあなた、ここに吹く風のまにまに』が上演される。これは東松山市の医療法人社団保順会、公益財団法人東松山文化まちづくり公社、そして一般社団法人ベンチが連携するプロジェクト、「クロスプレイ東松山」により実現するもの。「デイサービス楽らく」施設長の武田奈都子、企画プロデュースを担当するベンチの藤原顕太、福祉施設などでのワークショップ経験も豊富な白神ももこに話を聞いた。
――このプロジェクトの言い出しっぺは武田さんだそうですね。きっかけを教えていただけますか。
武田 はい。デイサービス「楽らく」は15年ほどやっていますが、母体は東松山市で内科小児科を営んでいる医療法人です。実は私は「水と油」、公共劇場やフェスティバルなどパフォーミングアーツの制作をやっていましたが、10年前に家業を引き継いだわけです。知識も経験もないまま医療や介護の現場を見ていく中で、アートとケアの親和性を感じていました。具体的に動き出したのは2021年からかな。2022年6月に施設長になり、施設を建て替えるのを機に文化施設的な機能も加えよう、アーティスト・イン・レジデンスの場をつくろうと決めました。ただ一人で回すのは無理なので、ベンチさんにご相談したわけです。
藤原 僕も大学時代に福祉を勉強し、その後で舞台芸術関係の仕事をしていました。近年は障害ある人の芸術活動に携わっていたのですが、支援するされるの関係ではなく、アーティストが対等な立場でいろいろな作品をつくったり関わる方が面白いと感じていました。そんなところに武田さんからアーティストが介在できる場を考えたいというお話をいただき、ぜひと立ち上げから関わらせていただいています。
武田 介護の現場を見た当初は、すごく閉ざされているという印象がありました。開かれていないから「あんなところは行きたくない」みたいに言われてしまうんですけど、現場で繰り広げられる時間はすごく豊か。誰しも老いは経験するものじゃないですか。だったら老いを肯定できる場所をつくりたいと思い、アーティストによる単発のワークショップなどをやってきたんです。
――そうした流れで白神さんにお声をかけたと。
武田 初回をどなたにお願いするか考えたときに、地域を重視したくて。東松山は東武東上線沿線ですが、白神さんが芸術監督をされている「キラリふじみ」も近いんです。高齢者とダンス、言葉ではない、身体表現がいいんじゃないというところで白羽の矢を立てました。
藤原 バリバリ作品をつくりましょうとか、デイサービスの人たちにサービスを提供しましょうみたいな発想ではなくて、まずはデイサービスとしてのプログラムがあって、そこにアーティストがゆるやかに寄り添うような環境をつくりたいと思ったときに、白神さんなら一緒に考えていただけるという意味でもまさに適任だと思いました。
白神 私、「初めて」に弱いんですよ、「はーい、いいですよ」みたいな感じでした。私自身は福祉施設に慰問や、ダンスの時間だけ出かけるみたいなことはありましたが、日常に関わるわけではないからデイサービスがどういう場所で、どういう方たちがいるかは詳しく知らなかったんです。1日過ごしたらどんな感じだろうと気軽に引き受けたんですけど、かなり大変でした(笑)。
武田 やっぱりケアする人とケアされる人という構造があるんですよね。限られた時間の中でやらなければいけないことが多いので効率化が運営の目標になりがちなんです。でも介護者が相手にしているのは生きてる人たちなわけで、認知症でも感情がある。介護者の中で当たり前になっていること、これはやっちゃいけないみたいな固定概念をふわっとしたアーティストの視点によって刺激してもらいたいと思ったんです。お話をするのでも、介護者のお声がけと白神さんからのお声がけはやっぱり違ったりするんです。
藤原 それこそ人間の日常は無駄なことがたくさんあるはずです。施設の日常でも無駄なことを含んだ文化的なコミュニケーションがたくさん起きることが大事だと思います。現場にとって、一見いらないと思うようなことばっかりやってくれるアーティストの存在によって、利用者さんが今まで話さなかった大事なエピソードとか面白い話がたくさん掘り起こされていたりするんですよ。
――白神さんは現場で何ができそうかイメージはあったんですか。
白神 ワークショップの講師で呼ばれれば、みんなで体を動かしてみましょうとかやるわけじゃないですか。ここはそれをやらなくてもいいし、何かやりたければやればいいしという自由度があるんです。それで何日間も「ただいる」ということをやってみたかったんですよ。皆さん予定のプログラムができないと気にしちゃうので、夕方テレビを見始める、一番することがなさそうな時間帯に加わって一緒にしゃべったりしていました。
武田 施設では職員だったら「介護する」といったように必ず役割があるんですよね。お年寄りも自分たち以外の人は介護してくれる人だと思ってここに来ている。だけどたまに何もしない人がいるんです。一緒に話したり、塗り絵してみたり、たまに庭で踊っていたり。
白神 塗り絵をしている利用者さんに「何してんの?」って聞かれたから「ウロウロしてます」と言ったら「そう、あなたは幸せ者だよ」って言われました。
武田 いるだけで「えらいね」みたいに言われる存在がいる。何か新しい関わり方だなと思いましたね。
――でもいるだけでいいって一番困りませんか。
白神 そうなんです。やっぱり何か役に立たなきゃいけないと思ってしまうし、そういう目で見てくる利用者さんもいる。アーティスト自身も認められるために世間の役に立とうとする気持ちが人一倍ある気がして。お年寄りは自分が役に立たなくなっていくかもしれないことにすごく苛立ちを感じている気がします。私を見て「何もしない奴がいる」と苛立っている人もたまにいらっしゃいます。もしかしたら老いていく自分への苛立ちと私を重ねている可能性もあるかもしれません。日本は役に立たないみたいなことに不寛容なんですよね。
武田 クロスプレイ東松山では大きな成果は求めていないんです。まずここに滞在して交流することを一番に置いている。
藤原 作品としてのアウトプットを考えることはあるんですけれど、プロセスの中に生まれるものが最終的に一番大事だと思っていて。たとえばデイサービスの人たちの日常を作品にしてみるといったときに見えてくるあれこれの問題、そこでいろいろ考えたりすること自体がすごく重要。そこを目指したいんです。
――白神さんみたいな人が入ってくると、職員さんも変わってくるかもしれませんね。
武田 あります。最初はすごく警戒されてたと思うんです。まずアーティストという存在と交流がない人たちだし、どうやって白神さんと関わったらいいんだみたいなのはあったでしょう。でも白神さんが介在する時間を積み重ねることによって、ちょっとした仲間感ができてくるんです。何日か単位で滞在してくれていたんですけど、「お元気でしたか」みたいなやりとりを介護職員としているのを新鮮に感じて見ていました。
――ちょっと風が吹くというか?
武田 そうそう、本当に風が吹く感じはあります。
藤原 職員からもいろいろな新しいアイデアが出てきたりします。
武田 介護の現場ってリスクを取ることに対してすごく敏感なんですけど、わりと「わかりました、やってみましょう」みたいな感じにもなってきました。ある職員はデイサービスはいっぱいあるから「特色を出していかないといけませんよね」みたいなことも言ってくれて。それはすごくうれしかったですね。でもアーティストが来ると面倒くさいことが増えるじゃないですか。さっきも言いましたが、介護の現場は効率化のためになるべく面倒くさいことは排除していく。お年寄りになっていくとキャラがすごい煮詰まって濃くなるんですよ。言葉は悪いけれど、やはり面倒くさい部分がある。でも面倒くさいからやめてくださいと言ってしまうと、その人を否定する対応になってしまう。そういうところがとっぱらわれてきてる感じはします。
――さて、何もしない中から、それでもダンス作品をつくるわけですよね。
白神 デイサービスの1日みたいな作品になります。ギュッとした。
――利用者さんと一緒に踊るのですか。
白神 踊ります。踊れるかわかんないけど。
武田 皆さん踊ると言っていても、「私、そんなこと言ったっけ」みたいな感じの繰り返しなんです。「やだ、やらないわよ」って。
白神 でも曲かかると踊ってくれたりもする。どうなることやら(笑)。
武田 お年寄りに翻弄されている白神さんが自然に出てきてしまうような気がします。普段の舞台とは想定すること、時間の使い方もまったく違うので手探りですね。
白神 かなり手探りで最後まで見えない感じはあります。
――作品ができるという視点でみてはいけないのかもしれないですね。
武田 そうです。観る方の寛容さも大事です。
白神 こちらの演出や意図とか通ると思わないですから。ふだん作品をつくるときは絶対に伝えることがあって、みんな見えない糸につながっているように動くけれど、今回はそうじゃないですね。むしろ意図とかあんまり気にしない方がいいものになるんじゃないでしょうか。コントロールが不可能なんです。
――白神さんも踊るんですよね。
白神 踊ります。職員さんも踊ります。
――皆さんには振付を渡すんですか?
白神 「炭坑節」を軸にやろうかと。ふだんからたまにやるんですよ。
武田 お年寄りには染み付いていて。
白神 いろいろ新しいことをやってみるんですけど、最初はやってくれていてもだんだん「炭坑節」の振りが出てくるんですよね。やっぱりなじんでいる動きは強い(笑)。
――照明さんとか音響さんとかもいるからそれなりにカチっとした作品になるのかと思い込んでいました。
武田・白神 まにまにです。
藤原 フォーマットを決めてつくり込んでいくというよりは遊びや余白ができていくような作品になるのかなと思います。
――このクロスプレイ東松山はどういう展開になっていきそうですね。
藤原 企画側としては、こういうプログラムがこの「楽らく」だけではなくて、いろいろな場所でそれぞれの特色がある形で増えていくといいなと思いますね。そういう意味では、ここで起きた出来事をいろいろな形で伝えていきたいと思っています。
武田 これからもいろいろなアーティストに入ってもらいたいと思っています。でもアートマネージャーの経験があるスタッフが福祉施設にいたということが、このプロジェクトを成立させるのには大きかったと思うんです。逆に言えばアートマネージャーをやっていきたいと思っている人が、福祉の現場に入ることによって何かできるかもしれないみたいな発想になっていくといいなとも思います。劇場とかだけじゃなくて、福祉施設のような場所が文化的な場所になる可能性を考える人が増えていくと、新たな動きにつながると感じます。そして世間に伝わっている以上に、職員の皆さん介護の仕事を楽しんでやってくださっているんです。お年寄りと接することの楽しさをやりがいとしてくれています。ネガティブなニュースばかりが流れますけど、現場は至って楽しんでやっているんですよ。
白神 毎日、話さずにはいられないようなことがたくさん起こる、楽しい現場でした。私も引き続き、遊びに来たいなと思っています。
取材・文:いまいこういち

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