史上最年少で挑む新之助の『毛抜』に
万雷の拍手~團十郎襲名披露『十二月
大歌舞伎』歌舞伎座観劇レポート

2022年12月5日(月)に、十三代目 市川團十郎白猿襲名披露 八代目 市川新之助初舞台『十二月大歌舞伎』が開幕した。歌舞伎座で2か月目の襲名披露興行だ。團十郎は「昼の部」では、パワフルな荒事を。「夜の部」では、江戸一番の色男、助六をつとめている。團十郎の45歳の誕生日でもあった、6日(火)の公演の模様をレポートする。
■昼の部 11時開演
一、鞘當(さやあて)
江戸・吉原の仲之町で、2人の男の刀の鞘がすれ違いざまに当たる。これをきっかけにお互いが実は、今は傾城葛城となった元腰元の岩橋を巡りライバル関係の顔見知りだと分かり……。
昼の部『鞘當』(左より)名古屋山三=松本幸四郎、不破伴左衛門=尾上松緑 /(c)松竹
舞台上手から名古屋山三、花道には不破伴左衛門が登場する。どちらも深く笠をかぶっていて、顔はみえない。尾上松緑の伴左衛門は、黒地の着物に「雲に稲妻」の模様。松本幸四郎の山三は「雨に濡れ燕」。カラーの異なる伊達男2人が、丹前六方と呼ばれるゆったりとした歩みで、距離をつめていく。場内の温度がふっと上げるような、スリルと高揚感があった。姿、歩みで惹きつけながら、唄、三味線、渡り台詞が空間を埋める。松緑の声は堂々と雄々しく、幸四郎の声からは色男であろうことが伝わってくる。主役でありながら顔を隠し続けた2人が、お互いの笠を外した時は、劇中の緊迫感に加えて「ついに顔!」というファン心理もあいまって、長編映画のクライマックスさながらのカタルシスを覚えた。
昼の部『鞘當』奇数日(左より)名古屋山三=松本幸四郎、留女=市川猿之助、不破伴左衛門=尾上松緑 /(c)松竹
昼の部『鞘當』偶数日(左より)名古屋山三=松本幸四郎、留男=市川中車、不破伴左衛門=尾上松緑 /(c)松竹
起承転結の「承」ではじまり「転」にかかったところで、別方向から拍手がおきた。ひとりの町人が駆け寄ってくる。茶屋の亭主・照右衛門だ。偶数日は市川中車が、奇数日は市川猿之助が仲居おえんとなり、喧嘩を止める。3人の構図が美しかった。ついに物語が動き始めたところで幕。TVドラマなら次週に続くか放送事故か、という幕切れも、歌舞伎となればワクワクの余韻だけが鮮やかにのこる。充実の一幕だった。
二、京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)​
そこは安珍・清姫伝説で知られる道成寺。大蛇となった清姫が、鐘に逃げ込んだ安珍を、鐘ごと焼き殺した出来事の、後日談となる設定だ。舞台にも、大きな鐘が吊られている。
所化の不動坊(坂東彦三郎)を筆頭に、花道から本舞台まで坊主がずらりと並び、可笑しみある会話を繰り広げる。新しい鐘ができあがり、これから鐘供養が行われるのだそう。そこへ美しい白拍子がやってくる。道成寺は女人禁制となっていたが、舞をみせてくれるなら……と中へ入れてやることに。
昼の部『京鹿子娘二人道成寺』(左より)白拍子花子=中村勘九郎、白拍子花子=尾上菊之助 /(c)松竹
浅黄幕が振り落とされると、満開の桜が広がる。舞台中央には烏帽子をつけた中村勘九郎の白拍子花子。花道のスッポンからは尾上菊之助の白拍子花子が現れる。勘九郎は、たしかな踊りの中にあどけない愛らしさをみせる。赤い笠を手に踊れば、所化たちも釣られて踊りだす。菊之助の花子は、足が地面から浮いているかのような不思議な流麗さ。手ぬぐいを肩に、しっとりと振り向いた背中越しに、恋する女性の営みがみえるようだった。時には姉妹のように、時には鏡のように、シンクロして離れて、顔を寄せ合う美しい2人。強く床を踏んだかと思うと様子が変わり、2人は鐘の中へ。まもなく出てきたのは、蛇の姿となった清姫の怨霊だった……。
昼の部『京鹿子娘二人道成寺』大館左馬五郎=市川團十郎白猿 /(c)松竹

昼の部『京鹿子娘二人道成寺』(左より)大館左馬五郎=市川團十郎白猿、白拍子花子=中村勘九郎、白拍子花子=尾上菊之助 /(c)松竹
菊之助と勘九郎は、姿を変えたのちも、荒ぶる怨念を優美に気高く立ち上げた。大満足、と思ったところで遠くから聞こえてくる声! 新團十郎の『押戻し』だ。團十郎演じる大館左馬五郎は、衣裳も化粧も人間離れしたものでありながら、一目で悪モノではなさそうだと分かる、スーパーヒーローの華とスケール感。「和康(菊之助の本名)」「雅行(勘九郎の本名)」と呼びかけるなどメタ発言で楽しませ、怨霊となった花子たちを、まさに花道から本舞台へ押し戻す。しとやかな舞踊ではじまり、ド派手な荒事のスペクタクルへ。幕切れは、鐘の上にふたりの元・白拍子、鱗四天が横たわる大蛇となり、真ん中に左馬五郎で見得。緩急をつけながら青天井に盛り上がりつづけ、大きな拍手で結ばれた。

三、毛抜(けぬき)
小野春道の館では、二つの困りごとが起きていた。ひとつはお家の宝の紛失。もうひとつは、息女・錦の前の奇病。それを鮮やかに大らかに、粂寺弾正が解決する。『雷神不動北山櫻』の三幕目にあたる物語だ。1742年に二世團十郎によって初演された。
昼の部『毛抜』(前方)粂寺弾正=市川新之助、(後方)左より、錦の前=大谷廣松、小野春道=中村梅玉 /(c)松竹
弾正をつとめるのは新之助。9歳で弾正に挑戦すると知った時は驚いた。『毛抜』は大人が演じる前提で作られ、大人の身体で研鑽されてきた役だからだ。舞台の新之助は華があり、玄蕃と対峙する場面でもリアクションできっちり観客を楽しませる余裕もみせた。よく通る声で満員の観客に芝居を届け、見得もきっちり決めていた。現代の七~八頭身の大人より、子どもの方が江戸時代の役者の頭身に近いのでは? おさまりが良いこともあるのでは? など思う瞬間もあった。利発で明るくのびのびと、勇猛と言うより、まだわんぱくな新之助の弾正。その挑戦と舞台姿は、将来の粂寺弾正を想像させた。父親とともに成田屋を盛り上げていく、ひとりの歌舞伎俳優の所信表明として受け止めた。
昼の部『毛抜』粂寺弾正=市川新之助 /(c)松竹
共演は、公家の小野春道に中村梅玉。秦民部に中村錦之助、悪だくみする八剣玄蕃に市川右團次、小原万兵衛実は石原瀬平に中村芝翫。まさに大歌舞伎の贅沢な配役。今の時代では際どい“大人の笑い”も含まれる場面では、中村雀右衛門の腰元巻絹、中村児太郎の小姓秦秀太郎が、色気とユーモアを古風で上品な古典歌舞伎の一場面に仕上げていた。初舞台の成功を祝うような、熱い拍手で結ばれた。
■夜の部 16時開演
一、口上(こうじょう)
夜の部は『口上』から。幕が開くと、柿色の裃姿の俳優が、歌舞伎座の大きな舞台を埋めている。市川家ゆかりの俳優が一堂に会する口上だ。最前列中央に團十郎、隣の小さな裃が新之助。舞台美術の襖には、牡丹の花があしらわれていた。
夜の部『口上』(前列左から2番目より)市川新之助、市川團十郎白猿、市川左團次 /(c)松竹
市川左團次、幸四郎、猿之助ら、最前列の俳優たちがお祝いを述べ、團十郎は「全身全霊一所懸命に精進いたす市川宗家としての覚悟」と口上を述べた。新之助も大人さながらの台詞回し。左團次が、ふたりへの末永い贔屓と後援を「隅から隅までずずずいと希い(こいねがい)」と呼びかけると、舞台上の全員が一斉に「上げ奉りまする」と声をそろえた。壮観だった。また、成田屋ゆかりの「にらみ」では、「先祖の衣鉢を力草に、型ばかりではござりまするが」と團十郎がにらみを披露。どよめきが、場内を駆け抜けた。團十郎という名前の大きさを肌に感じる口上だった。
夜の部『口上』 /(c)松竹
幕間には、11月につづき12月も、團十郎襲名と新之助初舞台を祝う特別な幕が披露される。今月のデザインは、黒い牡丹が大胆に2つ描かれたもの(美術:福井江太郎)と、ゴジラが2頭、にぎわう歌舞伎座周辺にやってきたもの(美術:樋口真嗣)の2種類。幕間には、多くの来場者のシャッター音が鳴っていた。
二、團十郎娘(だんじゅうろうむすめ)
1813年初演、『近江のお兼』の題名で知られる長唄舞踊だ。近江のお兼を、團十郎の長女・市川ぼたんがつとめる。笛と太鼓の音で幕が開くと、海のように広がる琵琶湖のほとり。もみじが赤く染まっている。4人の若い漁師(中村種之助、市川男寅、中村福之助、中村鶴松)や、兄貴肌の2人(右團次、市川男女蔵)が踊り、大漁を喜ぶ。そして皆は、馬を持ち上げるほどの怪力だという、近江のお兼の噂をしている。それが通称「團十郎娘」だ。
夜の部『團十郎娘』近江のお兼=市川ぼたん /(c)松竹
ちょうどそこへ馬が駆けてくる。これを追って、お兼も花道に登場。力自慢には見えないが、袖のたもとに手をそえて手綱をとれば、それまで暴れていた馬も幸せそうに落ち着いた。そんなお兼の腕を試してやろうと、漁師や若い者たちが仕掛けていく……。
夜の部『團十郎娘』(左より)近江のお兼=市川ぼたん、漁師=中村鶴松、市川男寅、市川男女蔵、市川右團次、中村種之助、中村福之助 /(c)松竹
これまで、ぼたんは新橋演舞場で『藤娘』を踊り、父や弟とともに歌舞伎座の舞台に立つなど、歌舞伎公演の大きな舞台の経験を積んできた。『團十郎娘』も愛らしく伸び伸びと踊ってみせた。見どころは「布晒し」。長く白い晒し布を曲芸のように扱う。たすき掛けになり、細い両腕で宙に自在に白い弧を描いてみせる。小手先の技術ではない真摯な姿に、心地よく翻弄された。幕切れは、凛とした怪力キャラの1秒後に、はにかむような可憐な笑顔をみせ、ギャップで観客を魅了。大きな拍手に見送られ花道を後にした。
三、助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
團十郎が、江戸一の色男・花川戸助六をつとめる。口上は、幸四郎。河東節の演奏で、お芝居がはじまると、花道から2人、舞台上手から2人、茶屋廻り(中村玉太郎、中村歌之助、市川染五郎、市川團子)が現れる。金棒を、だん…じゃらん…じゃらん…と引き鳴らす。時計の秒針とは違う、ゆったりとした間合いで音が刻まれ、催眠術のように意識が現実から乖離していく。江戸・吉原遊郭のメインストリートへと引き込まれる。まもなくひとり、またひとりと傾城たちが、華やかさを引き連れて三浦屋の前にやってくる(坂東新悟、中村児太郎、大谷廣松、中村鶴松、市川笑三郎)。そして舞台上の傾城たちと、観客の我々で、最高ランクの花魁「揚巻さん」の到着を待つ。
揚巻をつとめるのは、女方の最高峰・坂東玉三郎。圧巻の美しさだった。ほろ酔いの揚巻は、三枚歯の高下駄で花道を進む。ゆらめく美のかたまりが歩いてくるようだった。決して手に届く存在ではないのに、不思議と親しみを感じさせる愛嬌があり、高笑いや軽口にも、たびたび笑いがおきていた。これに対し、坂東彌十郎の意休はいかにも強欲な悪者。大きな体に絢爛な衣裳が映える。ブレることのないキャラクターは、ドラマの支柱となっていた。
夜の部『助六由縁江戸桜』(左より)花川戸助六=市川團十郎白猿、三浦屋揚巻=坂東玉三郎_ /(c)松竹
そこへ聞こえてくる尺八の音。助六だ。出端と呼ばれる登場シーンで、気が遠くなるほどの男ぶりをみせた。紫色の鉢巻こそしているが、衣裳で着飾っているわけではない。時代も国境も越えそうな、洗練された美しさ。それでいて、意休や通人にケンカを売るとなれば、子どものような振る舞いも。11月の『助六』は、ある意味でセレモニーのような独特の華やかさと緊張感があった。今月は華やかさはそのままに、お芝居らしさ、世話物の柔らかな雰囲気が増して感じられた。
左團次のくわんぺら門兵衛は、一筋縄ではいかなそうな胡散臭さでコクを出し、市川猿弥の朝顔仙平とともに、ユーモラスに助六の格好良さを引き立てる。勘九郎の白酒売は、一生懸命で柔らかで愛くるしかった。上村吉弥の母・満江は、兄弟を諭す言葉に、武家の女らしい芯の強さと心の温かさをみせた。坂東巳之助の福山のかつぎはスカッと晴れやかな気持ちの良い江戸っ子。アドリブや時事ネタなど自由度の高い「股くぐり」の場面に、通人として解き放たれたのは猿之助。この日は團十郎の誕生日だったため、舞台上でプレゼント贈呈&記念撮影。その写真をSNSに展開するメディアミックス(または場外乱闘)で襲名披露興行をPRした。さらに11月に揚巻をつとめた菊之助が、揚巻の妹分・傾城白玉で登場。同じ傾城でありながら、揚巻とも他の傾城とも異なるレイヤーで艶やかさを発揮して美の層を厚くした。
夜の部『助六由縁江戸桜』花川戸助六=市川團十郎白猿 /(c)松竹
意休の子分たちが脇をかため、花魁道中には傘や提灯をもつ若い者がいて、番新、新造、禿、遣手がいて。お芝居全体が、江戸吉原の人物図鑑のようなバラエティの豊かさだった。16日からは配役が変わる。中村七之助が、十八世中村勘三郎七回忌追善以来の揚巻に挑み、白玉は梅枝、満江に玉三郎という配役。
幕切れは、花道を駆けていく助六に万雷の拍手が降り注いだ。本舞台から見送る揚巻の打掛には牡丹の花。この時間を名残り惜しむように、拍手が響き続けていた。『十二月大歌舞伎』は26日まで。襲名披露興行は11月、12月に歌舞伎座で行われたのち、2024年10月まで各地の会場を巡る。
取材・文=塚田史香

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着