詩楽劇『八雲立つ』は表現の総合格闘
技!? 年末年始を厳かに華やかに彩
る公演の魅力を、スサノオ役の尾上右
近が語る

2017年より、音楽や狂言、歌舞伎など日本古来の伝統芸能に新たな価値や可能性を見出そうと、各界のアーティストが意外な顔合わせでコラボレーションを行うなどして、華やかかつ画期的な正月恒例イベントを実施してきた『J-CULTURE FEST』。なかでも2018年から始まった“井筒装束シリーズ”は、資料に基づき研究のために再現された“本物の装束を纏う”ことでも特に注目を集めている。2022年~2023年の年末年始は年をまたいで公演を行うこととなり、一年の穢れを祓い、さらに新たな一年を寿ぐステージとしても貴重な機会になりそうだ。
構成・演出を手がけるのは、尾上流四代家元の尾上菊之丞。スサノオ役を歌舞伎だけでなくミュージカルやドラマなどの映像作品、歌番組にバラエティーにと八面六臂の活躍を見せる尾上右近が演じるほか、イワナガヒメ役には元宝塚歌劇団の雪組トップスターで、退団後もミュージカルやストレートプレイ、ダンス等で活動の幅を広げる水 夏希が扮し、演奏にはヴァイオリニストの川井郁子、太鼓・笛・胡弓奏者の吉井盛悟が参加。加えて、石見神楽(MASUDAカグラボ)による大蛇の舞がダイナミックに作品を彩る。
今シリーズにはこれが初参加となる尾上右近が、作品への想い、どんなステージになりそうかのヒントなどを語ってくれた。
ーー『八雲立つ』という、今回の作品に出演するにあたっての意気込みをお聞かせください。現時点でどんなスサノオを演じたいですか。
まず、年末から年始にかけてのこの期間に舞台のお仕事をさせていただく日がくるとは思っていなかったです。なかなかないと思うんですよ、年末年始をまたいでお仕事があるというのは。それはつまり以前より少し人気者になっている、ということかもしれないと思うとうれしいです(笑)。題材的にも神話を扱うわけですので、ヒーローはどこまでもヒーローであり、悪役はどこまでも悪であると役割が決まっていてメッセージ性がはっきりしている。お芝居の上では、僕はわかりやすいものが好きなんです。わかりやすいということは、決して幼稚なものでもレベルの低いものでもないと思うので。その中で今回、僕が演じさせていただくスサノオはヒーローでもあり、暴れん坊でもあり、非常にエネルギッシュなお役。歌舞伎的な要素もふんだんに盛り込む形になると、構成・演出の菊之丞先生からもうかがっております。さらに今回は、いろいろなジャンルの方々、それも超プロフェッショナルな方たちが集まっていまして、そこで僕は真ん中に立たせていただけるわけです。それぞれのジャンルの持ち味もあるでしょうし、みなさん揃ってかなりエネルギッシュな人たちだと思われますので、それをさらにかき混ぜるということが僕の役割になる気がするんですよ。スサノオ自体が、かき混ぜる存在だとも思いますしね。その役柄と僕の今回の立ち位置とを、うまくかみ合わせながらやっていきたい。空気を読まなくてもカッコイイ、というのが歌舞伎の良さだったりするとも思うので、ここは堂々と空気を読まずにいけたらとも思っています。それと、今回は舞台上でお化粧をするみたいな場面が台本にあったので、まだ詳しいことはわかりませんが歌舞伎のお化粧をナマで観ていただける可能性もありそうです。
尾上右近
ーーそれは貴重な機会になるかもしれませんね。
他にも立廻りみたいなこともあるでしょうし、神話であるということから、特に前半部分では精神的な表現をすることもあるでしょうし。それから歌舞伎のスサノオとお神楽のスサノオの、“二人スサノオ”ということでどういう風に違いがあるのかを照らし合わせていく場面もありそうです。日本文化の中での交流みたいなものも目撃していただける、面白い展開になることと思います。僕自身、客席から観たいくらいですよ。でも僕にとって観たいと思うものは、大体自分でもやりたいものなので。今回やらせていただけることは、大変うれしいことだと思っています。
ーー表現としては、歌舞伎の要素はふんだんにあるものの、お芝居でもあるわけですよね。
そうですね。歌舞伎、そのものをやるわけではないので。素顔のような面もありつつ、白塗りで演じるところもある、つまり僕のいろいろな顔が見られるということです。そもそも、神話を扱った歌舞伎というものもありますからね。有名なのはスーパー歌舞伎の『ヤマトタケル』だと思いますが、その他にも『日本振袖始』という踊りがありまして。これがいわゆるスサノオやイワナガヒメにも繋がるお話で、ヤマタノオロチの化身が主人公だったりするんですよ。歌舞伎以外にも文楽、三味線音楽などの伝統文化の中で描かれてきた題材でもあって。そういう意味では、はるか昔の神話を古典の演劇として表現し、それを今、僕たちがやっているわけです。こうした時代の流れの中に自分は生きているんだということも改めて感じられますし、その上で神話としていつの世にも伝わるメッセージ性というものを歌舞伎の技法と、さらには今回ご一緒させていただくみなさまのそれぞれのジャンルの表現力とで立体的な舞台にさせていただけたらと思っています。
ーーヴァイオリン、バンドネオン、ピアノ、ベースなど、洋楽の要素が加わるというのも面白そうです。
そうですね。もともとスサノオというのは若い魂の持ち主であり、僕自身も若いですからせっかくなので純粋に「戦いたい!」という気持ちもあるんです。さまざまなジャンルの方とご一緒させていただけてうれしいのはもちろんですし、一緒に作品を作らせていただけることに対しての喜びとリスペクトは最大にあるのですが、その上であくまでも上品にですけど「負けたくない!」という気持ちも大事にしたいと思うんですよね。
尾上右近
ーーイワナガヒメを演じる水 夏希さんとは、これが初共演になりますね。
はい。日生劇場に僕の出ている舞台を観に来てくださって。そのご縁から先日初めてご挨拶させていただきました。
ーーどんな印象の方でしたか。
もちろんカッコイイということは大前提で、その上で勢いがある方だなと思いました。はっきりされていて明るい方だな、という印象でしたね。
ーー宝塚出身の方と歌舞伎役者との顔合わせも、新鮮です。
異業種でありながら、ある組織のお芝居集団の中にいるという、お互いのバックボーンは似ているところがあったり。まあ、宝塚の方は卒業というか退団という伝統があるので、またちょっと違うかもしれませんが。歌舞伎の場合、卒業しようと思えばできるんでしょうけど、ずっとやっていたいという気持ちが強い人たちの集まりなのでね。だけどステージングの見せ方というのは、きっと全然違うと思うんです。宝塚の方の舞台の上での美意識と、歌舞伎をする上での美意識。それを同じ空間で共有させていただくというのは、また新たな出会いとして気づけることもあるんじゃないかなと思っています。僕なりにぶつかっていって、「歌舞伎の人ってこういうところ、スゴイな!」って思ってもらえるよう、全開で向き合いたいと思っています。
ーーやはり負けたくないんですね。舞台の上で本気でぶつかり合うわけですし。
そうですね、表現の総合格闘技です。あ、これ、いいかも! 年末年始は、表現の総合格闘技を観戦しに、ぜひとも国際フォーラムへ!(笑)
ーー菊之丞さんも右近さんも、いろいろなことに果敢にチャレンジされるタイプですよね。
やはり新しいものと古いものとを行き来しないと、自分の中で新鮮さが維持できないのではないかというのが僕の感覚ですので。菊之丞先生はすごくスマートな方で人間性も素敵で、僕が小さい時からお世話になってきた恩人でもあります。舞踊家としても尾上流という、非常に清潔感のある表現をする踊りの流儀の家元さんでいらっしゃいますので、まずは尊敬の念が大きいですけれど。それでいて、いきなり「こういう風にやっちゃいましょう!」みたいなことをおっしゃったりもする、それこそ若さというかエネルギー溢れる方でもあるんです。合理的で客観性もあるんですが、それだけでおさまらない衝動もあるところが、僕はすごく好きで。まさに、菊之丞先生のことをすごく好きな理由はそこなんです。つまり、割に合わないことを時には選ぶんですよ(笑)。リスクを怖れず面白いと思うことを優先されるし、めちゃくちゃユーモアがある。真顔でユーモアを発揮する方です。今回演出していただくにあたっては「おまかせします!」という思いを抱きつつ、その上で「僕ができることを楽しくやらせていただきます!」という気持ちにもなっています。
尾上右近
ーー菊之丞さんからお誘いいただいた時の状況としては。
最初に題材を聞きました、でもいわゆる伝説や神話というものは僕も好きですしね。そもそも、お断りする理由がないわけです。だって菊之丞先生は、何よりも僕のことを考えてくれてお声がけしてくださっていることは間違いないですから。これまでも何度か「こういう企画で何かやってほしい」みたいなことは、たびたび言っていただいていたんです。だけど今回、「右近さんに主役でお願いしたいと思っているんだ」ということを先生の口からズバリ言っていただいたことは、やはり純粋にうれしかった。もともと、踊りの上では自分の師匠筋にあたる方でもあるので。
ーーその師匠に、認めてもらえた。
そう、「これは目に見えて認めているな、俺を!」ってことです(笑)。
ーーそれには応えなければ、ですね。
そうです! だけど安心はしています。どんなに困ったことがあっても、先生がなんとかしてくれるだろうし。「こういうことをやりたい」と言えば、やれる方法を考えてくれるだろうし。そういう意味でも僕を信じてくださっているし、僕自身も先生を信じているし。
ーーお互いの絆は既にあるわけですし。
めちゃくちゃ、絆はあります。だけど、振り返ってみると5年前には想像もできなかった未来だったと思うんですよね。
ーーこの5年でとんでもなく世界は変わりましたし。
世界の状況も変わりましたが、僕自身の環境もとんでもなく変わりました。(市川)猿之助さんが骨折されて、この秋でちょうど5年だったんです。
ーーあれから5年ですか。確かに大きな出来事でしたね。
大きかったです。この間『猿之助と愉快な仲間たち』という舞台で、僕に特別ゲストとして出てほしいと声をかけていただいて。急遽、猿之助さんと二人で踊りを踊らせていただいたんです。もう、出番を舞台袖で待っている時間とか、えもいわれぬ空気でしたね。5年前は子供のように扱ってくれていたのが、だんだん弟のように扱ってくれるようになり、今は仲間のように扱ってくださる。その関係性の変化も、めちゃくちゃうれしかった。そういう風にして今回は菊之丞先生とも、いい関係性をどんどん成長させていけると僕は信じているので。
ーー今回の舞台もその一段階、ステップのひとつであると。
ええ、そう思います。
尾上右近
ーーまた今回は “本物の装束を纏う”井筒装束シリーズということで、衣裳も見どころになりそうです。
そうですね。今回着るものは歌舞伎の衣裳とも能の装束とも違って、繊細さとボリュームが融合されていて、着心地がちょっと不思議なんです。繊細過ぎてしまうと、舞台の上で思いっきりパフォーマンスができないような気持ちになるんですが、今回の衣裳はそういうこともなく、信じて動ける強さを感じますし。色彩感覚という意味では、これを見て勉強しようとか何か感じようと意識しなくても、スッと自然と入ってくる美しさがあるんです。そのような衣裳を“纏う”という感覚に、この色合いが加わることによって、観るほうも着ているほうも豊かな気持ちになるという点を存分に感じていただけると思います。
ーー物語の面白さということに関しては、どうお感じになっていますか。
国ができる、神が生まれるという壮大なスケールのお話を舞台で表現するということに関しては、やはり僕ら歌舞伎の人間からすると飛躍した表現ということをやるのは得意ですから、歌舞伎役者の一員としてはそこをぜひ楽しみにしていただきたいなということ、神様にも心があって、その心の変化みたいなものを伝わるように演じますので、そこも楽しみながら受け止めていただきたい。とはいえ、言葉ですべてを説明するものでもないですからね。そこは感じていただくという、僕が一番好きなスタイルになります。物語としては伝説を扱っているわけなので、そこで起きること、ヤマタノオロチを退治するとか、そういう出来事を実在感と説得力を持って表現していきたい。神様とはいえ、人間が表現するわけですしね。
ーー右近さんご自身にとって、今回の一番の楽しみは。
歌舞伎だけじゃなく、いろいろな表現ができることでしょうか。お神楽みたいな動きをしたり、ちょっと歌も歌ったりするので。自分ができる表現の中、結構な振れ幅でいろいろやらせていただけるということは、僕自身も楽しみです。もちろん、出演者のみなさんと関われるということも当然楽しみですし。まさに自分にとって今年のテーマは「楽しむ」で、楽しいことをやる、やることを楽しむ機会が非常に増えた気がしています。30歳という年齢はどうやら大きい節目だったみたいで、そういう意味では30代に突入して初めての年末年始になりますから、そのことについても引き続きしっかりと楽しんでいきたいと思います。
ーー歌舞伎に映像にミュージカルに、とジャンルを問わずさまざまな活動をされてきましたが。今後、どんな30代にしていきたいですか。
責任をまっとうできる、という境地に行きたいです。これまで責任ということを、まったく考えずに生きてきたので。だけど、しっかりと責任をまっとうすることにも別の楽しみが見つけ出せそうな気がしてきたんですよね。背負うものはちゃんと背負って、はしゃげる人になりたい。分別のある子供、人に迷惑をかけないガキんちょになりたい。それを30代のテーマにしたいです。人に迷惑をかけないように気をつけつつ、はじけていい時は思い切りはじける。そして誰からも「会ったら元気になる」とか「出ている作品を観たら元気になる」って言われたいです。そうなったら最高です、ぜひそこを目指します。
ーーでは、今回の『八雲立つ』も。
はい! 間違いなく観たら元気になると思いますよ!!

尾上右近
ヘアメイク: Storm(Linx)
スタイリスト:三島和也(tatanca)
取材・文=田中里津子     撮影=池上夢貢

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