声明×クラシック、異色の競演 音で
紡ぐ「日本の祈り」と「世界の祈り」
~九州真言宗教師連合法親会 導師×
辻本 玲(チェロ)インタビュー

苦しいとき、辛いとき……古今東西を問わず、音楽はそっと聴く人の心を癒やしてきた。コロナ禍や不安定な世界情勢の中を生きる私たちにとって、音楽は明日を生きるための祈りでもある。来る11月11日(金)、Bunkamura オーチャードホールで「祈り」をテーマとした異色のコラボ・コンサート『<真言宗 声明>✕<クラシック> HOPE for the future』が開催される。第一部は、荘厳かつダイナミックな<真言声明>を、第二部は辻本 玲(つじもと・れい)のチェロ独奏と共に東京フィルハーモニーとの共演で、クラシック音楽を聴く。「日本の祈り」と「世界の祈り」を一流の演奏で聞き、活力と癒しを得る貴重な機会になりそうだ。混沌とした現代社会にあって、人の心を励まし、世界平和を願う音楽の力を改めて信じたい。今回の異色コンサートに向けた想いを、出演する堤導師と辻本氏に聞いた。
声明で力強い「檄(げき)」を聴く 
九州真言宗教師連合法親会(c)椎原一久
――今回のコンサートでは、第一部で声明(しょうみょう)が演奏されます。読者の中にも声明を知らない方がいらっしゃると思いますので、まず、声明とはどういったものなのかを教えていただけますか。
堤導師:現代の日本では、漢字で「声明」と書いたら、普通は「せいめい」と読みますね。「総理大臣が声明(せいめい)を出した」のように。でも、ここでは「しょうみょう」と読みます。お経に音程が付いたもので、古代インドの五明(ごみょう)という学問のなかの一つが起源です。
――その後、声明はどのように発展していくのでしょうか。
堤導師:インドから中国に伝わり、三国時代、曹植という人が魚山(ぎょざん)という場所で、お経を音楽にしてみようとして始めたのが、現在の声明に繋がっていきます。中国では、今でも魚山声明と言いますね。その後、日本に伝わってきたのですが、その頃の声明には、楽譜、つまり「ドレミファソラシド」がありませんでした。ですから、「高くあげる」や、「低くさげる」といったものは全て口承で伝えられてきました。声明の音階は、「呂(ろ)」と「律(りつ)」の二種類がメインです。「呂律(ろれつ)が回らない」という言葉もここから生まれました。「呂」と「律」は民謡や詩吟などへも繋がっていきますので、声明は日本の民族音楽の原点といえます。
――今回のプログラムで披露される声明は、どういった意味をもつのでしょうか。
堤導師:今回は大般若転読を唱えます。人々に激しく、強く「頑張ろうぜ!」という檄(げき)を投げかける声明ですね。大般若転読の東京公演は初めてですが、今の時代を踏まえて、お祝いではなく、皆が元気を出して頑張るというところを出そうと考えました。お寺では大般若転読法要とよんでいるものです。
九州真言宗教師連合法親会(c)椎原一久
――大般若転読はいくつもの曲で構成されていますね。詳しく教えてください。
堤導師:そうですね。法要にも起承転結があって、まず、「庭讃(ていさん)」、「散華(さんげ)」、「表白(ひょうはく)」というものが唱えられます。「庭讃」は、法要の始まり。皆がざわめいているところに、「静かにして、私たちを見て」という意味合いで一番大きな声を出します。続く「散華」では、花びらが撒かれ、華やかさがあります。「表白」は、大般若転読を行う意味を告げるものです。そしていよいよ、メインとなる「大般若転読」が始まります。不空三蔵がインドから持ち帰った経典を一気に唱えます。通常は20~30人の僧が600巻もある経典を、一人30巻くらいずつ、ばーっと唱えていきます。今回は、14、5人で唱え、檄を起こしていきます。「大般若転読」を終えた後に、「般若心経・不動真言」という「みんなで祈ろうよ」という内容を、最後に終了を告げる「称名禮(しょうみょうらい)」を唱えます。
――声明のひとつの魅力は力強い声にあると感じていますが、僧侶の方は日頃から声明の訓練をされているのでしょうか。
堤導師:今回出演するのは、全員が「声明師(しょうみょうし)」です。すべての僧侶が修行中に声明を習いますが、より深く興味をもった方が研鑽していく中で、選ばれた僧侶が声ひとつになるまでお唱えしていきます。いくら公演に出仕したいと来られても、声が研鑽されていない場合はお断りすることもあります。
――今回は、声明を、コンサートという形でお客様に向けて歌うわけですが、どんなことを大切にされているのでしょうか。
堤導師:お葬式のときの穏やかでしめやかな声と、コンサート会場での声は違います。今回のように檄を飛ばすコンサートでも、声は変えます。声明の音域には、初重(しょじゅう)、二重(にじゅう)、三重(さんじゅう)というのがあって、今回は、遠くに響かせるために、キーとなる声を高々とお唱えしていきます。
――それは一層パワーがもらえそうですね。
堤導師:そうですね。普通なら初重だけで十分なのですが、研鑽を重ねてきた声明師だからこそ、二重、三重まで声を上げることができるのです。
>チェロ独奏がもつ癒しの力
チェロ独奏がもつ癒しの力
辻本玲(C)KING RECORDS
――さて、ここからは第二部でチェロを独奏される辻本さんも交えて話をお聞きしたいとおもいます。辻本さんへの質問ですが、演奏される独奏曲の選曲について教えてください。
辻本:今回のテーマ「祈り」を踏まえて、カザルスの「鳥の声」がいいなと思いました。元々、スペイン・カタルーニャの民謡であったこの曲を、カザルスが国連本部での演奏会で弾いたことが契機となって、有名になりました。以来、彼はこの曲を、平和を願う曲としてアンコールなどで演奏してきました。僕も、曲の力をお客さんと共有できる部分の多い作品だと感じてきました。
――次の曲はバッハの「無伴奏チェロ組曲第 1 番」ですね。
辻本:パーソナルなことを強く意識してきたラフマニノフ、人類的なものを意識していたベートーベン。様々なタイプの作曲家がいますが、キリスト教や神を意識し、深い信仰を持っていたバッハの作品には、普遍的な力を強く感じます。今回は、無伴奏のなかでも、特に有名なプレリュードを選曲しました。
――今回のコンサートは、第一部で声明が、第二部ではクラシック音楽が演奏されるとてもめずらしいものだと思います。お二人にお聞きしますが、二つのジャンルを同時に聞くことについてどのようにお考えですか。
堤導師:私たちは、雅楽やイタリアのグレゴリオ聖歌と一緒に演奏会を行なったことがありますが、クラシック音楽の楽器の方とご一緒するのは、今回が初めてです。お坊さんたちも皆、第二部のチェロやオーケストラの演奏をとても楽しみにしています。
辻本:実は、これまで声明を聞いたことがなかったので、声明を聞くこと自体を楽しみにしています。力強い檄を届ける声明に対して、僕は癒しの曲を演奏します。
堤導師:そうですか。チェロの曲が癒し系なのは、ありがたいですね。私たちは檄と気合いで行きますので、そこから段々と癒していただけるっていうのはいいと思います。お客さんもまたそれぞれを違った見方で聴いてくれると期待しています。
辻本:オーケストラと共演する曲(モリコーネ:ガブリエルのオーボエ)もありますが、「鳥の歌」とバッハは、チェロの独奏なので、大きな会場でひとつぽつんとある楽器から音楽が奏でられるというのも面白いと思っています。すごく神秘的な感覚がありますし、檄とは違ったパワーを感じていただけると思います。大勢のお客さんが、一つのところにぐっと集中するというのには特別な感覚があります。そういうコントラストも面白いと思っています。
辻本玲(C)KING RECORDS

九州真言宗教師連合法親会(c)椎原一久

――今回のコンサートのサブタイトルは「Hope for the future」。この時代だからこそ果たせる音楽の役割をお二人はどのように考えていますか。
堤導師:お坊さんの集まりで、「今、私たちに何ができるのか」を話しました。お金や医療を提供することで人を救うことのできる方がいる一方で、坊さんに出来ることは「祈り」しかないという結論に至りました。手を合わせ、心を一つにして祈ること。お坊さんが祈ると聞くと、多くの方は法事をイメージするかもしれません。でも、仏教にしてもキリスト教にしても、「今を元気に」、「今を明るく」ということを祈ってきたのです。だから、今回のコンサートでも、激しく、力強く、心の底から祈りたいと考えています。
辻本:ちょうど2年前、コロナ禍で音楽会がゼロになった時期、「正直、音楽っているのかな?」と感じたことがありました。僕自身は音楽の演奏が好きですが、症状に苦しんでいる人に、クラシック音楽を聞いてもらっても、それで治療ができる訳ではないですから。でも、段々とコンサートが出来るようになって、お客さんが入った演奏会を再開した時、お客さんの期待や雰囲気、終わったときの感動が今までにも増して伝わってきました。音楽会は聞き手がいて初めて成り立ちます。その空間に集った方々が感動や癒しを共有できる音楽の素晴らしさ、偉大さを改めて感じています。
――最後に、公演を楽しみにされているお客様にメッセージをお願いします。
堤導師:「祈り=パワー=命」なんです。私たちの祈りが心に響いて、パワーに繋がって欲しいと思います。「命」という字は、人の下に「一」と「叩く」という字を書きますが、一と叩くは鼓動の意味です。コンサートを通じて、もう一度、命について考えてもらえれば嬉しいですね。
辻本:ひょっとするとチラシを見て、難しい演奏会かなって思うかもしれません。でも、音楽には、何の知識がなくても、沢山の感じられることがあると思います。第一部でも、第二部でも、パワーを届けたいと思っています。ぜひ、楽しみにしていて下さい。
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声明講座 / 第一回 「声明って?」
取材・文=大野はな恵

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