勘九郎、七之助らが率いる『平成中村
座十月大歌舞伎』が上演中~獅童の古
典歌舞伎に痺れ、クドカンの新作にホ
ロリとする

浅草寺境内で、平成中村座の2か月連続公演がはじまった。『平成中村座十月大歌舞伎』は、10月5日(水)から27日(木)まで。続いて11月3日(木・祝)からは、『平成中村座十一月大歌舞伎』が上演される。平成中村座とは、巨大な仮設テントの劇場だ。靴を脱いで入場すると、中は江戸時代の芝居小屋のような雰囲気となっている。2000年に浅草・隅田公園ではじまって以来、大阪、名古屋、小倉、ニューヨークではリンカーンセンターなど、各地で成功をおさめてきた。
古典歌舞伎の世界に入りこむような第一部と、美しい絵巻物をみるような舞踊劇、宮藤官九郎の新作歌舞伎の第二部をレポートする。天井を見上げると大きな「平成中村座」の提灯。場内の灯りがゆっくりと落ちて、黒、白、柿の三色の定式幕が開いた。
■第一部 11時開演
『双蝶々曲輪日記 角力場』(ふたつちょうちょうくるわにっき すもうば)
第一部は、『双蝶々曲輪日記』の二段目にあたる「角力場」ではじまる。物語の舞台は、江戸時代の角力小屋の前。その日は大番狂わせがあり、大いに盛り上がった。素人力士の放駒長吉(中村虎之介)が、キャリアのある力士の濡髪長五郎(中村勘九郎)に勝ったのだ。大喜びの長吉。しかし長五郎は、長吉を呼び出し、実はある頼みごとがあること、そのためにわざと勝ちを譲っていたことを打ち明ける。これを聞いた長吉は……。
『双蝶々曲輪日記 角力場』(左より)虎之介、勘九郎 /(c)松竹
平成中村座は1階と2階に客席があり、どの席からも、花道のほとんどすべてを見渡すことができ、舞台もぐっと近く感じられた。その距離感で見物人たちが行き交う中、中村七之助の遊女吾妻が現れる。(あくまでも気分的に)至近距離で浴びる、その華やかさに、自然と笑顔がこぼれた。客席から拍手がわいた。角力小屋の賑わいと、客席の盛り上がりが混ざり合い、舞台と客席がひとつになった。
『双蝶々曲輪日記 角力場』(左より)七之助、新悟 /(c)松竹
吾妻と恋仲の山崎屋与五郎をつとめるのは、坂東新悟。すらりとした姿と古風な面立ち、色気を湛えた透明感のある声で、推し力士・濡髪への愛がダダ漏れのファントークを繰り広げる。品よく、ひっきりなしに、笑いを起こしていた。虎之介は、大金星をあげた放駒の喜びを、弾むように体現する。その姿は、放駒長吉という大きな役に挑む、虎之介自身の喜びや意気込みと重なってみえた。角力小屋の木戸口から登場するのは、中村勘九郎の濡髪。濡髪と放駒が対峙する場面、勘九郎は虎之介の全力をどっしりと丸ごと受け止めて、包み込むような大きさと、鮮やかさで押し返す。と濡髪の、力士としての本来の力量の差を想像させる迫力だった。虎之介の瑞々しい声、明瞭な台詞回しが印象的な、爽やかな幕切れとなった。
『極付幡随長兵衛』「公平法問諍」(きわめつきばんずいちょうべえ きんぴらほうもんあらそい)
中村獅童が、初役で幡随院長兵衛に挑む。序幕は、村山座という芝居小屋ではじまる。その舞台では、片岡亀蔵、坂東新悟、中村鶴松たちが演じる“歌舞伎俳優”の、いかにも江戸の荒事らしいお芝居が上演されている。舞台下手には、舞台番がいる。かつて芝居小屋には、客席で何かあったときに場を収めるための担当者がいた。この日も酔っぱらいが花道に登場し、お芝居が中断する。舞台上では“歌舞伎役者”がオロオロし、舞台番も事態をおさめきれずにいたところ、客席の後ろの方から、姿の良い男性がすすみ出る。カリスマ町奴の長兵衛だ。おかげで見事に場が収められた……と思われたとき、今度は2階席から声がかかる。客席の目が、一斉に2階席へ。芝居見物をしていた旗本の水野十郎左衛門(中村勘九郎)だった。暴れていたのは、水野の奉公人。敵対関係にある2人は、客席をはさんで舞台と2階で言葉を交わし、その場は別れるのだが……。
『幡随長兵衛』(左より)獅童、七之助、陽喜 /(c)松竹
観客は、舞台番に見守られ、劇中劇に拍手をする。それは、このお芝居の一部になることに他ならない。もとより平成中村座は、浮世絵に見るような江戸時代の芝居小屋の風情だ。デジタル技術を使うことなく、匂いや空気も含めた没入体験型の空間エンターテインメントとなっていた。
二幕目では、倅の長松役で小川陽喜も出演する。獅童の長兵衛には、子分たちを黙らせる時も、子どもに別れを告げる時も、獅童だからこその人間味と美学が滲み出ていた。仕立てたばかりの着物をおろして、身支度をする場面では、七之助の女房お時と死を覚悟した長兵衛の無言の間に、衣擦れの音が聞こえた。どんな台詞よりも、やるせなさを語っていた。お時がしつけ糸をとってあげる仕草は、今日までの日々を思わせた。
『幡随長兵衛』(左より)亀蔵、獅童、勘九郎 /(c)松竹
勘九郎の水野は、芝居小屋でも屋敷でも、端正な顔で大仰に表情を変えるもことなく、冷徹だった。しかし目線ひとつ、息ひとつで、観る者の胸をざわつかせ、周囲の空気をヒリヒリとさせる凄みがあった。大詰の湯殿では、ついに長兵衛と水野が、本音も露わに激しくぶつかる。立廻りがクライマックスを迎えるころには、客席が揺れるほどの、大きな拍手がおきていた。歌舞伎ならではの凄惨な美しさと、事件を目の前で目撃してしまったようなリアリティに痺れる一幕だった。
2階席の端からも、花道が見渡せる。  撮影:塚田史香
平成中村座を立ち上げた勘三郎は、平成中村座で古典をみせることにこだわっていたという。その思いを継いで、勘九郎も、古典をかけることを大切にしていると語っていた。古典が中心の第一部は、よく知られた古典の名作の、新たな手触りを知るラインナップだった。なお、『平成中村座十一月大歌舞伎』(11月3日~27日)においても、第一部では『寿曽我対面』『魚屋宗五郎』など、古典歌舞伎が上演される。
■第二部 15時45分開演
有吉佐和子作『綾の鼓』(あやのつづみ)
庭掃きの三郎次(中村虎之介)は、華姫に身分ちがいの恋をしている。華姫(中村鶴松)は、皮でなく綾が張られた鼓を渡し、これを鳴らすことができたら思いにこたえてあげよう、と提案する。空気が抜けてしまうので鳴るはずもない。侍女たちからは、命知らずの恋だと笑われる。三郎次は困り果てながらも諦めきれない。悲しみにくれる中で出会うのが、夫と息子に先だたれ、失意のまま暮らす秋篠(中村扇雀)だった。亡くした息子は、生きていたら三郎次と同じ年頃。「綾皮をどうにか鳴らしたい」と諦めきれない三郎次をみて、秋篠は、他人事とは思えなくなる。かつて、鼓が得意な白拍子だった秋篠は、鼓の稽古をしてやることになり……。
『綾の鼓』(左より)虎之介、扇雀 /(c)松竹
能の『綾鼓』をもとに創作され、1956年に初演された作品だ。舞台は、四季を描いた屏風により彩られる。シンプルでありながら、季節の変化がグラデーションのように広がっていく。中村扇雀は繊細に、情感豊かに秋篠の心を浮かび上がらせ、淡い色合いの織物に包まれた、おとぎ話のような世界観を立ち上げる。虎之介は、清らかに三郎次の喜怒哀楽と成長をみせることで、物語を牽引する。鶴松の華姫は、乙姫か天女かと見紛ううつくしさ。意地悪で清らかな高笑いが、有吉作品ならではの小さな棘となっていた。ただのメルヘンでは終わらない、余韻が続く作品だった。
『綾の鼓』(左より)虎之介、扇雀 /(c)松竹
宮藤官九郎作・演出『唐茄子屋 不思議国之若旦那』(とうなすや ふしぎのくにのわかだんな)
宮藤官九郎が、作・演出を手掛けた新作歌舞伎が上演される。落語の『唐茄子屋政談』が題材となっているが、本作を楽しむのに、歌舞伎の知識も落語の知識もいらない。ネタバレに慎重な方には、「獅童、勘九郎、七之助たちが、宮藤官九郎の笑いが途切れることなく続く、歌舞伎の世話物を上演している」「一部キャストを変更し、11月もみられるので見逃す手はない」という事だけお伝えしたい(そして、もしよろしければ「チケット購入」へおすすみください)。
はじまりは、浅草の吾妻橋。主人公の徳三郎(勘九郎)は、山崎屋の若旦那だが、家のお金を吉原の傾城桜坂(七之助)につぎ込んだため、母おりき(中村歌女之丞)と、内縁の夫の番頭小辰(亀蔵)によって勘当されてしまう。おじの八百八(荒川良々)と女房よし(扇雀)夫婦の力を借りて、かぼちゃ売りにチャレンジするが、何しろ頼りがない。てんびんぼうを担ぐのもやっとという始末だ。通りすがりの大工の熊(獅童)に助けられながら、浅草エリアを右往左往する。
『唐茄子屋政談』のストーリーに、すきあらば笑いをのせて、不思議の国へ迷い込んだり、因業な大家の源六(焼いも屋経験あり。坂東彌十郎)や長屋で暮すお仲(七之助)と出会ったりと、気づけば別の噺も綯い交ぜとなっていく。
『唐茄子屋』(左より)勘九郎、荒川良々 /(c)松竹
大人計画の荒川は、独特の台詞まわしが、歌舞伎と相性が良いのだろうか。『オフシアター歌舞伎 女殺油地獄』につづき、ナチュラルに歌舞伎役者の中に溶け込み、人情味のあるキャラクターをたてる。序幕では、歌舞伎の“お約束”を、あっという間に逆手にとり、歌舞伎ファンも歌舞伎ビギナーも揃って楽しめる土壌を整えた。勘九郎は、歌舞伎俳優として磨いてきた芸を、歌舞伎の歴史の中でも最軽量級に薄っぺらい若旦那に全投入。七之助は、歌舞伎座で大役をつとめる時と変わらない華とスケールで、宮藤の世界観を体現する。くだらなすぎて、逆に贅沢きわまりない笑いが、若旦那だけでなく客席をも大喜びさせた。獅童は、『超歌舞伎』で周知のとおり、観客を巻き込み一緒に盛り上げる才能の持ち主。全身全霊を尽くし、共演者の全力を引き出し、芋づる式に客席の爆笑を引き出していた。さらに、平成中村座のお馴染みの俳優陣が脇をかためる。奇抜なキャラクターも、亀蔵と扇雀が決しておふざけにせず、芝居にしてみせる。彌十郎は、キワモノだらけの世界で、世話物らしさの屋台骨となっていた。中村勘太郎はすでにひとりの立役歌舞伎俳優として、重要な役を任されていた。全身を使い大活躍。笑いと大きな拍手を起こす。中村長三郎も、可愛いだけではつとまらない役を、生き生きとつとめ上げていた。勘九郎、七之助兄弟を中心に、全員が宮藤の脚本・演出に信頼をおき、この小屋を大事に思い、歌舞伎に全力を尽くしていた。だからこそ伝わってくるものが、たしかにあった。
『唐茄子屋』(左より)勘九郎、亀蔵 /(c)松竹
終始笑い、ホロリとし、目頭が熱くなった。ダメダメなのは、ダメだけどダメじゃない世界の優しさに触れる、クドカンワールドであり新作歌舞伎だった。『平成中村座十月大歌舞伎』は、10月5日(水)から27日(木)まで。続く『平成中村座十一月大歌舞伎』は、11月3日(木・祝)から27日(日)までの公演。
取材・文=塚田史香

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