オペラ歌手・大村博美「蝶々さんを歌
うのは特別な意味がある」~自身のル
ーツや舞台への思いを聞く、東京二期
会オペラ劇場『蝶々夫人』インタビュ

世界22か国130以上ものプロダクションで蝶々さんを歌っているソプラノの大村博美。2022年9月8日(木)~11日(日)に東京の新国立歌劇場で上演される東京二期会創立70周年記念公演において『蝶々夫人』のタイトルロールを歌う(大村出演は8日と10日)。今回、大村に蝶々さんへの思いや公演への意気込みなどを語ってもらった。
栗山昌良演出の正統的な『蝶々夫人』上演の意義と価値
ーー今回のプロダクションは、1950年代から幾度となく『蝶々夫人』を手掛け、高い評価を得てきた栗山昌良氏による演出です。世界中で蝶々さんを歌い、演じていらっしゃる大村さんにとって、栗山演出の舞台の意義や価値というものをどのように捉えていますか?

“日本の宝” といっても過言ではないと思います。栗山先生の舞台は、衣裳も大変美しく、桜の情景の淡い美しさに満ちた視覚的な要素にもあふれていますが、決してステージをかたちづくる枠組みの美しさだけではないんです。何よりも、清々しく微笑みながら懸命に短い生涯を生き抜いた蝶々さんというひとりの女性の人物像を描き出すことにおいて、栗山先生は “お涙頂戴” に流されない「美しさの本質」というものを真に理解していらっしゃるんです。このような演出家が日本にいらっしゃることに、私自身、日本人の歌い手として、とても誇りを感じています。

私自身30代で蝶々さんの役を初めて歌って以来18年間この役を歌い続けているのですが、いろいろな国で様々なプロダクションを通して歌い続けることで、『蝶々夫人』というオペラの本質を感覚や肌で感じられるようになりました。大変嬉しいことに、私がつねづね感じている事柄と栗山先生が『蝶々夫人』の舞台で目指していらっしゃる世界観というものがほぼ完全に合致するんです。今回も初顔合わせの際に96歳を迎えられた栗山先生自らお話があったのですが、先生は “蝶々さん” を描き出すことに人生をかけて情熱を燃やしていらっしゃるのだということを改めて実感しました。

提供:公益財団法人東京二期会  撮影:三枝近志
先生は私たち歌い手に「舞台というのは、まず初めに舞台人としての動き、すなわち、一人ひとりの役者が描き出す “かたち”の美しさがあって成り立っている。役柄というのはその上に築かれていくものであり、役を演じるということは、“かたち” という土台の上でいかに自らを役柄に近づけていけるということなのです。地道なまでの細やかな鍛錬の積み重ねを経て、ようやく一人ひとりが土台を築き上げられた時点で、初めて、個々の感情というものが表れてくる」とお話をされました。

まずは舞台人としてふさわしい所作や動きを適切な “かたち” で見せ、聴かせ、表現する——それができてこそ、初めて内面の感情が生きてくる、ということなんですね。そうでないと、感情に流されてしまって、蝶々さんであれば、彼女の内面にある気高さや美しさの本質というものが見えてこないということなんです。
ーー栗山演出について何か印象的なエピソードはありますか?
先生とは蝶々さん像や作品の世界観だけでなく、プッチーニの音楽にあるピアニッシモの重要性やその難しさという点でも見解が一致しておりまして、大変光栄に感じています。
例えば、『トスカ』の「歌に生き恋に生き」というあの有名なアリアでも最後の最後は、美しいピアニッシモの音で延ばしますよね。『蝶々夫人』 でも、プッチーニの強い思いやメッセージが込められているくだりは、大体の箇所においてピアニッシモで書かれているんです。例えば、(『蝶々夫人』 の第二幕で歌われる有名なアリア)「ある晴れた日に」の始まりもそうですね。天に届くようなレーザー光線のようなピアニッシモが私は大好きなのですが、フォルテよりもはるかに強い意志や思いが込められていていると感じながら、つねにその難しさに対峙しています。
そうしましたら、先日の初顔合わせで栗山先生が開口一番、「プッチーニのピアニッシモはね……」とお話しになったんです。思わず感動してしまいました。
祖母から受け継いだ《和装のDNA》——『蝶々夫人』の衣裳について
ーー本プロダクションの魅力のひとつでもある岸井克己氏による美しい着物の衣裳デザインについてお聞かせください。
(中央)祖母吉井ツルエさん /大村博美より提供
毎回、出会うたびに感動しています。実は私の祖母は和裁学校の校長をやっていました。戦後、戦争未亡人救済のために徳島から全国を行脚して学校を創設し、ロサンゼルスにまで学校を作ったんです。和裁のすばらしさを見出し、着物文化を広めようと情熱を注いだ祖母の影響で、私は小さい頃から着物を着た人達に囲まれて育ち、私自身も着物を着せてもらうことが多かったので、着物が大好きなんです。ですから、岸井克己さんの手掛けられた美しい伝統的な着物を着て蝶々さんを歌えることに毎回感慨を覚えています。このような経緯からも、私にとって日本で伝統的なプロダクションで蝶々さんを歌うのは特別な意味があるのです。
海外に行くと(『蝶々夫人』用の現地制作の着物は)どんなに精巧にできているように見えても、やはり、どこか違うんですね。チャックとマジックテープで止められるようになっていたり……。なので、日本で毎回着付師さんが帯をしっかりと締めて下さるのは本当に嬉しいことです。気持ちが引き締まる思いです。稽古の期間中、衣裳合わせで衣裳に関わる皆さまとお会いしましたが、岸井克己さんはじめ、皆さまが一つひとつの手仕事に丁寧に心を込めて向き合っていらして、ご自身の仕事に誇りを感じていらっしゃるのを拝見し、このような点でも日本人であることの誇りを改めて感じています。
マエストロ・アンドレア・バッティストーニとの再共演について
ーー今回は2019年のプロダクションに続いて指揮はアンドレア・バッティストーニさんですが、氏との共演はいかがですか?
前回の2019年の公演の際にご一緒した時は、本当にバッティストーニさんの指揮で歌うのが楽しくて、楽しくて仕方ありませんでした。
バッティストーニさんは、ひとたびタクトを振って音楽を奏で始めると、​まさに水を得た魚のようなんです。歌い手たちが指揮者に合わせようという気を使わなくとも、彼の感性が豊かなのか、歌い手一人ひとりが「何をしたいか」というのをさっと感じ取って音にしてしまうんです。自然に盛り上げてくださるので私たちにとってはありがたい限りです。
普通はそこまで指揮者が指摘しないような細かいニュアンスまで触れられることもあり、毎回驚いています。でも、その細やかさが積もり積もってこそ全体的に色彩感のある生き生きとした音楽が生まれ出る。このような点もバッティストーニさんならではの素晴らしさだと思います。いろいろな意味でイタリア人の良いところが凝縮された指揮者だと感じています。
提供:公益財団法人東京二期会  撮影:三枝近志
ーー2019年の二期会公演でバッティストーニ氏が指揮したときは、宮本亞門氏の演出によるものでした。演出家が変わることによって、氏の音楽づくりにも変化があると思われますか?
そうですね。バッティストーニさんにとっても、栗山先生のような日本の伝統的な演出で蝶々夫人の上演に立ち会うのが初めてということで、彼自身も「すごく楽しみにしている」というお話を聞いています。今後のリハーサルで日々いろいろな事柄が展開してゆくと思いますので、私自身もとても楽しみです。
ーー共演者もまた素晴らしいアーティストばかりですね。
「今すぐにこのままのキャストで欧米の歌劇場に持って行きたい!」というくらいレベルの高い歌い手さんが揃っています。相手役のピンカートンを歌うテノールの宮里直樹さんは、まるで本当にイタリア人のテノールが歌っているのでは、と思うほどです。
ーー今回は特に東京二期会創立70周年記念公演の一環として、この伝説的な『蝶々夫人』の舞台においてタイトルロールを務められるのは、大村さんにとっても大変意義があることではないでしょうか。
本当に光栄なことで、ありがたいと思っています。聴いてくださっていた方、見ていた下さっていた方々に、時を経ても、「あの公演見たんだよ!」と語り継いで頂けるような公演にしたいと思っています。そして、ご覧になった皆様の記憶に中で、いつまでもこの舞台の情景や音楽を思い出すだけでエネルギーや希望が湧いてくるような公演にしたいと願っています。
提供:公益財団法人東京二期会  撮影:三枝近志
取材・文=朝岡久美子

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