カーチュン・ウォンが日本フィルハー
モニー交響楽団次期首席指揮者に 就
任発表会見をレポート

現在、日本フィルハーモニー交響楽団で首席客演指揮者を務めるシンガポール生まれの精鋭、カーチュン・ウォンが2023年9月から5年の任期で同楽団の首席指揮者に就任することが正式に発表された。5月18日に東京で行われた発表記者会見の模様をお伝えしよう。
活気と喜びにあふれた就任会見
5月18日、東京・丸の内で開催された「カーチュン・ウォン次期首席指揮者発表記者会見」 。当日18日の午前1時にウォンに第一子が誕生したというニュースも重なり、ウォン自身も会見上で喜びを隠せない様子だった。喜ばしい雰囲気で始まった記者会見は、ここ数年の日本での活動を通してウォンの実力を知る音楽関係者たちがこぞって集い、活気に満ちたものとなった。
記者会見の冒頭、理事長よりジュニア誕生のお祝いが贈られた
「5月10日に生まれるはずだった息子は、なぜか16日になっても生まれず、18日になったばかりの午前1時に誕生しました。私にとってこの5月18日は特別な日として記憶に残ることでしょう」とウォン。
なぜなら、この日はウォンにとって特別な作曲家であるマーラーの命日でもあるのだ。会見中、マーラーの実の孫娘であり、ウォンが2016年にグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝して以来、深い絆で結ばれているマリーナ・マーラー女史からの祝賀メッセージも紹介された。
マーラーの孫娘、マリーナ・マーラーさんからのお祝いメッセージ
>(NEXT) 任期は5年間。具体的なプロジェクトは
指揮者個人のバックグラウンドを投影した意欲的なレパートリー
約1時間半にわたった会見は平井俊邦理事長の挨拶に始まった。
「2023年9月からの5年にわたる任期において、カーチュン・ウォン氏には演奏会のみならず、当交響楽団の特色でもある社会貢献、アウトリーチなどの教育活動や被災地における音楽普及活動などを含め、芸術性と社会性の両側面を兼ね備えたリーダーシップを期待したい」
続いて事務次長兼企画制作部部長の益滿行裕氏より、ウォン氏への期待と具体的なプロジェクトを俯瞰してのプレゼンテーションが行われた。
直近の22~23年シーズンにおいても、伊福部昭や芥川也寸志などの作品を取り上げ、広くアジア的な要素を包含するものやオスティナータを利かせた豪快な作風を特徴とする作品を紹介する予定だが、就任後もさらに東西を問わず民謡そして民族・民俗的な要素にルーツを見出した意欲的な作品に取り組んでいきたいと抱負を語った。以下に具体的な内容をご紹介する。
クルト・マズアの弟子の一人として古き良き東ドイツのクラシック音楽の伝統を継承するウォンが得意とするマーラーやベートーヴェン、ブラームスなどの作品にも力を入れてゆくことはもちろんのこと、並んで東アジア・東南アジアの文化的ルーツを持ち、作曲家でもある指揮者個人のアイデンティティと多様性を投影し、日本を含むアジア地域の作曲家たちの作品にも焦点を充て深く掘り下げていきたい。そして、バルトーク、ヤナーチェク、ミャスコフスキー、カリンニコフなどの知られざる作曲家を含むレパートリーにも意欲的に取り組んでいく旨が発表された。こうした「古き良き伝統と現代的な感覚を兼ね備えた」ウォンの姿が楽団にとっては何よりも魅力的であると、益滿氏が力強く語っていたのが印象的だった。
特にグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝し、ウォン自らも造詣の深いマーラー作品の演奏については、「ウォン独自の徹底した作曲家としてのアナリーゼ(楽曲分析)から導き出される、内声に描き出されたディテールや歌、そして、独自のテンポ設定から生まれ出る深みのある表情などに期待して欲しい」と、楽団側としても意欲を燃やしていた。7月20日リリース予定のウォン&日本フィル待望の初CDもマーラーの「交響曲第5番」ということだが、「スコアを手に取って聴く楽しみを提案したい」と日本に数多く存在するマーラー・ファンの心を掻き立てるような発言が興味深かった。
>(NEXT)ウォン氏「日本フィルには大いなるポテンシャルを感じている」
芸術性と社会性を兼ね備えた活動展開への期待
会見では、ウォン自らもトランペットを演奏し、かつて(自国での兵役時代の数年間には)軍楽隊にも所属していたという知られざる経歴も紹介されたが、ウォン自身、それらの多様なバックグラウンドを活かし、日本各地での中高生への音楽指導やジョイントコンサート、被災地での演奏・教育活動など、日本フィルがかねてから注力している社会性のある活動にも全面的に共感しているという。この点が今回、首席指揮者指名においての大きなポイントの一つとなったことも明かされた。この点に関してウォン自身もまたこう語っていた。
「日本フィルの存在が社会的な意味を持つことに大きな意義を感じています。我々は芸術家として美しいものを提供する使命があり、被災地での音楽普及・教育活動を通して世代を問わず社会全体に美しい音楽が行き届くように努めていきたいと思っています」
また、ウォンは独自の見解として日本フィルの持つ音の独自性について触れ、それは「さらに深まる余地がある」と、同楽団に大いなる信頼と愛情を寄せていたのが印象的だった。
「世界には素晴らしいオーケストラは数多く存在しますが、得てして同じ音になりがちです。しかし、日本フィルは独自のサウンドを守り続けています。私はその伝統を受け継ぎ、さらに成長させていきたいと思っています。日本フィルには大いなるポテンシャルを感じており、この5年間でさらなる音作りが確立できれば嬉しく思っています」
最後に、質疑応答で寄せられた「マーラー音楽との出合いについて」の応答が印象的だったのでご紹介したい(以下、ウォンによる回答)。
「マーラーの音楽との出合いは、まずトランペット奏者としての出合いから始まりました。しかし、次第にマーラーの音楽が包含する多面的な視点や多様性のある文化的要素に惹かれるようになりました。私自身、多民族国家のシンガポール出身であることからそのような多様性に大変共感しています。
また、マーラーの交響曲は時代を追うごとに、そして、一つの作品の中においても人間のライフステージを捉えているように感じています。例えば、第3番は6楽章構成から成っていますが、木や花、動物、天使、愛と、人間のライフステージにおける様々な出合いを俯瞰するかのように音楽が膨らんでいく様子が私にとって何よりも興味深いのです」
聴けば聞くほど、知れば知るほどに魅力的な若き俊英、カーチュン・ウォン。古き良きものを継承するモダニストが、今後、どのようなユニークで個性的な活動を展開してゆくか楽しみでならない。
取材・文=朝岡久美子 撮影=吉田タカユキ

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