【藤津亮太の「新・主人公の条件」】
第29回 「であいもん」納野和

(c) RIN ASANO/緑松 ひとはいつ大人になるのか。大人になるとはどういうことなのか。「であいもん」を見ていると、そんなことを考えさせられる。

 「であいもん」の舞台は、京都の和菓子屋「緑松」。物語は、「緑松」の一人息子である納野和(いりの・なごむ)が、東京から帰ってくるところから始まる。
 大学卒業後に家を出て、東京でバンド活動をしていた和。しかしメジャーになることもなくバンドは解散。さらに父・平伍が入院したとの手紙が届き、和は10年ぶりに「緑松」の敷居をまたぐことになったのだ。蓋をあけてみれば平伍の入院は大事でもなんでもなく、いまさら後を継ごうと考えた和は、さっそくぶっとばされることになる。
 平伍曰く、「緑松」の跡取りは1年前から居候をしている10歳の少女、雪平一果(ゆきひら・いつか)なのだという。「緑松」の看板娘として働く、しっかりものの一果は、確かに頼りがない(和菓子の修行もしていない)和よりは、はるかに跡取りらしい雰囲気を持っている。
 和はアニメの主人公としては珍しく、30歳を超えている。おだやかな性格ではあるが、若干お調子者で、それゆえ少し子どもっぽく見える。とはいえ、世の30歳男性がみな彼と比べて落ち着いているかといえば、決してそんなこともないだろう。まだモラトリアムの欠片がくっついているような、そんな和の雰囲気は、戯画化されているとはいえ、どこかリアルでもある。
 そんな和だが、いざという時には頼れるところを見せる。
 第1話では、いたずら電話による大量注文というトラブルが発生する。一果はその責任を感じ、路上で余ったお菓子を売ろうとする。だが、子ども一人、声を張り上げたところで道行く人々が振り返ってくれるわけではない。
 そこにギターを抱えた和がやってくる。和は、軽妙な宣伝ソングを歌い、道行く人に声をかけて、お菓子が売れるようにと誘導していく。
 続く第2話は、「緑松」のアルバイト、美弦が匿名で、動画投稿サイトにオリジナルソングを発表していたことが発覚するエピソードが描かれる。兄弟も多いため、大学進学のためにアルバイトをしている美弦は、音楽の道へ進みたい気持ちもありながら、正体が発覚したのならこれが潮時、と諦めようとする。その時、和は、美弦の家に一緒に出向き、彼女の両親に音楽を続けられるよう、自分の経験も交えつつ、説得をする。
 ここでおもしろいのは、両親はまだ美弦に反対するとは言っていないこと。和の行動は、両親への説得に見えつつ、実はあと一歩を踏み出せない美弦の背中を押してあげている、という構図になっているのである。
 子どもっぽいとはいえ、それなりに人生の紆余曲折を通ってきた30男。人生経験の少ない、子どもたちよりは、はるかに“大人”なのである。
 いい年しているけれど、和菓子の世界では修行を始めたばかりのひよっこ。おまけに性格もお調子もの。でも、いざという時には頼りになる、この「子どもっぽいけど大人」「大人だけど子どもっぽい」という、中間ゾーンにいるから、和は本作の主人公なのだ。
 もし和が完全に大人となる瞬間があるとしたらどんな時だろうか。本作を見ていると、一果を置いて姿を消した彼女の父と和が出会った時、彼がどういう言葉を発するのか。その内容に、和が大人になったかどうかを判定するポイントがひそんでいるのではないか、と想像している。

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