桑田佳祐による“音楽の復興”、ドキ
ュメンタリー映像から見えるツアーの
意義とその影響力を考える

“音楽の復興”と表現したくなった。2021年9月から12月にかけて行われた桑田佳祐の有観客全国ツアー、『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』のことだ。2022年4月3日に行われたドキュメンタリーフィルム「Documentary of BIG MOUTH, NO GUTS!!」のプレミア上映を観て、ツアーにかける桑田やメンバーの思いの強さと深さに胸が熱くなった。そしてこのツアーの意義の大きさを再確認した。ちなみにこのドキュメンタリー映像は、ライブ映像作品の完全生産限定盤のボーナスディスクに収録されている映像であり、ツアーリハーサル、メンバーインタビュー、オフステージでの桑田の様子やコメントなどで構成されている。本記事のテーマはこのドキュメンタリー映像を踏まえて、ツアーの意義や影響力について考察することである。
桑田佳祐 LIVE TOUR 2021 撮影=西槇太一
コロナ禍が世界を一変させてしまったのは間違いないだろう。ここ1、2年、音楽の世界でも多くのコンサートが中止となり、スタッフが職を失い、ライブハウスが閉店するなど、深刻な事態を招いてしまった。存在意義を否定されたと感じたミュージシャンも少なからずいたようだ。だが困難な状況の中だからこそ、音楽のかけがえのなさが染みてくる瞬間が数多くあったことも事実だ。筆者自身、ライブに行くことで息を吹き返したような気分を何度も味わった。全身で音楽を浴びるように味わうと、細胞の一つひとつまでもが活性化されるような気がするからだ。
『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』は音楽の持っている機能が全開となったツアーだったのではないだろうか。聴き手一人ひとりの体の中に、エネルギーを充填していくような歌と演奏が展開されていたからだ。「Documentary of BIG MOUTH, NO GUTS!!」からも“音楽でみんなに笑顔になってもらいたい”という桑田の思いや覚悟が伝わってきた。桑田がさまざまなリスクを背負い、矢面に立ち、そしてチームを統率していたのは間違いないだろう。初日のステージに出る直前の桑田の鬼気迫る表情がすべてを物語っていると感じた。サポートミュージシャン、スタッフ、イベンターなど、ツアーに関わった人たちが桑田の思いに共鳴・共感して、総力を結集しているツアーであることもうかがえた。
普通に考えると、観客が声を出せないことは、ライブをやる側にとっても大きなハンディになるだろう。コール&レスポンスとシンガロングは、生のライブの大きな醍醐味だ。特にアリーナクラスでのライブではステージと客席の一体感を生み出す重要な役割を担っている。観客の声援や歌声がない中で、いかに一体感を生み出すのか。リハーサル中に桑田が「スキップ・ビート」(SKIPPED BEAT)」の間奏を伸ばす提案をしているシーンがある。観客がハンドクラップで参加できる余地を作る意図による変更だ。観客がマスクをしているという初めての状況でのコンサートのあり方を、妥協することなく模索する姿からは、桑田の凄腕プロデューサーとしての側面も見えてきた。
『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』を象徴するもののひとつは拍手だろう。「今まで経験したことのない気持ちのやりとりがある」と桑田が語っていたが、声を出せないからこそ、伝わってくる何かがある。拍手の延長線上にあるハンドクラップも効果的に使われていた。「SMILE~晴れ渡る空のように~」、「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」、「スキップ・ビート」(SKIPPED BEAT)」、「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」などなど。一緒に歌えないからこそ、観客によるハンドクラップという表現の豊かさが際立っていた。
手と手を合わせて音を出すハンドクラップはもっともシンプルにしてプリミティブな楽器と言えるだろう。タンバリンとは違って、どのハンドクラップも同じものはない。それぞれの人間が持っている唯一無二の楽器だ。強く叩けば、ちょっと痛いが、大きな音がする。手のひらを丸めて叩くと、柔らかな音がする。一人ひとりの違うハンドクラップの音が混ざり合った音色は、きっとステージ上の桑田やメンバーの演奏にもなにがしかの影響を与えていたのではないだろうか。
ドキュメンタリー映像でのコメントからはメンバーやスタッフがやりがいを感じながら音楽と向き合っていることも伝わってくる。だが、ツアーを完走するのは簡単なことではないだろう。ミュージシャン、プロデューサー、ツアーの座長として、八面六臂の働きをした桑田は2010年に大病を患い大手術を行った経緯があり、少なからず後遺症を抱えながら、体調管理を徹底してツアーを無事完走している。「お客さまのパワーと音楽の神様が守ってくれているのかなと思います」という原由子の言葉と、ツアーを成功させたいという桑田の思いの強さにも胸を打たれた。
このツアーが特別なものになったのは、コロナ禍という状況があったからだけではない。宮城・セキスイハイムスーパーアリーナからスタートしたことにも、このツアーの大きな意味がある。今回のツアーの約10年前、2011年9月10・11日にも、桑田はこのセキスイハイムスーパーアリーナで『宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~』を開催している。筆者は2011年9月10日のステージを観たのだが、当時も桑田の奏でる音楽の力の大きさを感じたことを覚えている。
セキスイハイムスーパーアリーナは東日本震災後の数か月間、遺体安置所となっていた場所だ。『宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~』は自粛ムードが漂う中、“祭り”をコンセプトにして開催された。悲しいことがたくさんあったからこそ、楽しい時間を提供することに徹したコンサート。犠牲者への鎮魂の念、被災者に少しでも元気になってもらいたいという気持ち、故郷の美しい景色が失われてしまった悲しみなど、さまざまな思いを音楽に託して、桑田が歌っていると感じた。その基本的な姿勢は今回のツアーでも変わらないだろう。
桑田佳祐 宮城公演花火 撮影=三上こうへい
震災直後の自粛ムードとコロナ禍の中での不安感という重たい空気を払拭するという意味では、『宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~』と『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』とは共通するところもありそうだ。今回のツアーが宮城からスタートしたのは、復興への思いを風化させないという桑田の強い思いがあったからだろう。2011年に開催された『宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~』でも花火が打ち上げられたが、今回のセキスイハイムスーパーアリーナでもコンサート終演後に花火が打ち上げられた。“疫病退散”と“震災復興”の思いを込めて、全国の花火師の作った花火玉が宮城に集められて、夜空を彩ったのだ。『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』は復興への思いを継続していくという意味でも、意義深いツアーとなった。
2021年11月上旬にコンサートの入場制限の規制緩和が政府から発表されたことを受けて、ツアー後半の会場で規制が緩和され、12月に開催されたガイシホール以降の会場では観客が100パーセント入る“満員御礼”になったのは社会的にも大きな出来事だった。コロナ禍の中でのコンサートが新しい段階に突入したことを意味しているからだ。「これが始まりのような気がします」というドキュメンタリー映像での桑田のコメントは予言のようにも響く。困難な状況の中で開催された『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』は観客を鼓舞するだけでなく、音楽に関わっている人たちをも鼓舞するものにもなっていた。そしてエンターテインメントのあり方のヒントを提示するものにもなっていたと思うのだ。今回のツアーの始まりの地、宮城の夜空を彩った花火は“音楽の復興”と“音楽による復興”を宣言する狼煙のようなものでもあったに違いない。
文=長谷川誠
桑田佳祐『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』ジャケット

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