「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.22『フラワー・ドラム・ソング』
の奇蹟

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.22 『フラワー・ドラム・ソング』の奇蹟
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 1940~50年代のブロードウェイを代表する作詞作曲家チーム、リチャード・ロジャーズ(作曲)とオスカー・ハマースタイン2世(作詞)。本連載でも『オクラホマ!』(1943年)、『回転木馬』(1945年)、『南太平洋』(1949年)の3作を紹介してきた(下記一覧参照)。今回取り上げるのは、彼らが1958年に発表した『フラワー・ドラム・ソング』(以下『FDS』)。サンフランシスコのチャイナタウンが舞台の一篇で、2022年4月23日から翻訳版が上演される(下記公演情報欄参照)。ブロードウェイ版に関わったキャストやクリエイターの話を交え、解説をお届けしよう。
ブロードウェイ初演のプログラム表紙
■日本人が主役を務めたブロードウェイ初演
 ヒロインは、写真によるお見合いで花嫁候補に選ばれた純朴な中国人少女メイ・リー。父親と共に香港からサンフランシスコに渡り、チャイナタウンで暮らす中国人コミュニティーの仲間入りをする。そこでは、親の世代が頑なに中国の因習を守り抜く半面、アメリカで生まれ育った彼らの子供たちは、考え方や生活様式が完全に西洋スタイル。そのジェネレーション・ギャップを、メイ・リーの恋の行方を絡め、風刺を込めて描くミュージカル・コメディーだ。ロジャーズ&ハマースタインにとって、『王様と私』(1951年)に続く東洋がテーマの作品となった。
舞台写真をふんだんに散りばめた、初演プログラムの中面
 初演でメイ・リーを演じたのが、ミヨシ梅木(日系人ではなく北海道出身の日本人。本名は梅木美代志)。日本では、ナンシー梅木の芸名でジャズ歌手として一世を風靡した後、歌の勉強のため1955年に渡米。映画「サヨナラ」(1957年)でアカデミー賞助演女優賞に輝き、『FDS』で見事にブロードウェイ・デビューの快挙を成し遂げる(トニー賞主演女優賞ノミネート)。歌の上手さに加え、おっとりとしたパーソナリティーが愛され、アメリカでも人気が高かった(2007年没)。彼女は、1961年の『FDS』映画版でも主役を演じている。
初演プレイビル。ミヨシ梅木とパット鈴木(右)
■才能あるアジア系パフォーマーを見出す
 初演に、子役で出演した経験を持つのがバイヨーク・リーだ。後に、オーディションを舞台にした不朽の名作『コーラスライン』(1975年)で、アジア系ダンサーのコニーを演じ、以来この作品を創造した振付・演出家マイケル・ベネットの遺志を継承。今なお世界中で再演を繰り返す、数多くのプロダクションの振付と演出を手掛けてきた(2022年8月11日に開幕する来日公演も担当)。彼女は、『FDS』の記憶をこう振り返る。
「私は『王様と私』の初演に、王様の子供の役で出演していました。幸い作曲のロジャーズ氏が私の事を憶えていて、『FDS』はオーディションなしで出演する事が出来た。『FDS』は、キャストの大半をアジア系が占めた当時としては異色のミュージカルでした。『王様』よりも、その数は多かったのよ。加えて、『サヨナラ』で有名になったミヨシを筆頭に、ショウガールのリンダ・ロウを演じたジャズ歌手のパット鈴木ら、実力あるアジア系パフォーマーをアメリカの観客に知らしめたという意味でも、画期的な作品だったわね」
振付・演出家バイヨーク・リー Photo by Lia Chang /Courtesy of Baayork Lee
 初演の演出は、映画「雨に唄えば」(1952年)などで、ハリウッドで一時代を築いたミュージカル・スターのジーン・ケリー、振付をキャロル・ヘイニーが手掛けた。ヘイニーは、ケリーのアシスタントを長年務めた後、ボブ・フォッシー振付の『パジャマ・ゲーム』(1954年)に出演。フォッシー・スタイルを体現する天才ダンサーとして名を馳せた。リーは続ける。
「キャロルは私の大恩人でした。踊りの才能を認めてくれて、私を『FDS』のバレエ・ナンバーに起用した後も、他のブロードウェイ作品に推薦して頂いた。それが縁で、ダンサーの仕事が途切れる事なく続き、最終的に『コーラスライン』に繋がったのよ。ケリー氏も、『FDS』のダンサーを自分のTVショウに招いて一緒にタップを踊ったり、人種にこだわらず、若い才能を積極的に世に送り出していた。心から敬服します」
ダンサー&振付師キャロル・ヘイニー。1964年に39歳の若さで亡くなった。
■初演から44年を経てのリバイバル
 だが『FDS』、初演後は40年以上ブロードウェイでは再演されなかった。これは、世代間の確執をコミカルに綴る物語の古臭さに加え、ステレオ・タイプ的なアジア人の描写が問題となったため。これを踏まえ再演を立ち上げたのが、『M.バタフライ』(1988年)の脚本家デイヴィッド・ヘンリー・ホワンだ。彼は、メイ・リーやリンダ・ロウ、2人の女性の間を揺れ動く青年ワン・ターら主要キャラクターは残し、ストーリーを一新した。巻頭で、メイ・リーが中国からの難民で、父親は毛沢東が推進する社会主義化に抗ったため捕らえられ獄死、という彼女の出自を活写。運命に翻弄されるメイ・リーと、リンダ・ロウのようにアメリカで生きるアジア人のアイデンティティーを対比させ、2002年に再演を果たした。メイ・リーを演じたのはレア・サロンガ(『ミス・サイゴン』)。今回の翻訳上演は、この2002年版をベースにしている。
レア・サロンガ主演の2002年再演キャストCD
 楽曲に関しては、一連のロジャーズ&ハマースタインの代表作と比べると、日本では知られていないナンバーが多い。ただ曲のクオリティーに関しては決して引けを取らず、平明で憶えやすい旋律と歌詞が魅力的だ。前述のオープニングで、メイ・リーが花太鼓(フラワー・ドラム)を叩きながら歌うテーマ曲〈一億の奇蹟〉を始め、リンダ・ロウがナイトクラブで披露する〈アイ・エンジョイ・ビーイング・ア・ガール〉や、メイ・リーとワン・ターのロマンティックなデュオ〈サンデイ〉など、往年のミュージカル・コメディーの楽しさに溢れた佳曲が揃う。
■リサーチを尽くし、多彩なサウンドを編曲に生かす
音楽監督&編曲家デイヴィッド・チェイス Photo Courtesy of David Chase
 脚本の改変に伴い、編曲もリニューアルされた。再演版の音楽監督とボーカル&ダンス・アレンジ(ダンス場面の編曲)を担当したのが、デイヴィッド・チェイス。2022年2月にオープンした『ザ・ミュージックマン』や『ハウ・トゥー・サクシード』(再演/2011年)など、多くの作品で音楽面を支えてきたベテランだ。彼は、再演に対する編曲の心構えをこう語る。
「『FDS』の初演は、ロジャーズ&ハマースタイン作品では珍しく現代を舞台にしていた。だからロジャーズは、若いアレンジャーを起用して、モダンなテイストを出そうとしたらしい。しかし僕は、彼の意を汲みつつ、初演の編曲にはこだわらずに新たなアプローチを試みた。時代設定である1960年に焦点を絞り、その頃アメリカで流行していた音楽、例えばジャズのビッグ・バンドや、民族楽器を駆使したエキゾチック・サウンドを調べ上げ、その要素をダンス・ナンバーに盛り込んだ。加えて、往年のハリウッド映画で中国や日本が登場すると、必ず流れる音楽があるよね。ドラがゴ~ンと鳴って『♪タカタカタッタ』。今は陳腐に聞こえる、あの音も取り入れた。と言うのも、当時チャイナタウンのナイトクラブは白人の観客が多く、いかにも東洋風な旋律を実際にバンドが演奏していたんだ。一方、中国からやって来たメイ・リーの曲は、中国琵琶など伝統的な楽器で味付けをした。音楽的に幅を持たせたつもりだよ」
 チェイスが共同プロデューサーも兼ねた、『FDS』再演のオリジナル・キャスト・アルバムは、輸入盤CDかダウンロードで購入可能。「ミュージカルの編曲は、ストーリー展開や登場人物の心情を観客に伝える重要なポジション。ただ、アレンジだけが突出しないように心掛けている」と語る彼の名人技が見事な、充実したレコーディングに仕上がっている。

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