原田悠里、自身のラジオで鳥羽一郎と
デビュー40周年をお祝い

デビュー40周年記念シングル『愛の糸』を2月16日に発売した熊本・本渡市(現・天草市)出身の原田悠里が同日、都内のスタジオで、自身がMCを務め、今年で4年目を迎えるラジオ番組「原田悠里のちょっと寄んなっせ♪」(熊本放送)の録音を行い、ゲストの鳥羽一郎とデビュー40周年をともに祝った。

この日のゲストの鳥羽は、1982年8月25日に「兄弟船」でデビューし、同年6月5日に「俺に咲いた花」でデビューした原田とは同期。2人はともに今年で40周年を迎え、鳥羽は同記念シングル『一本道の唄』を1月12日に発売(同日に40周年記念アルバム『この道』も発売)。

ラジオ番組の収録前、2人でくす玉を割り、中から「祝40周年」と書いた垂れ幕が出てきて感激の鳥羽は「40年はあっという間だったかもしれませんが、その間にはうれしいことも悲しいこともいろいろありましたからやっぱり長かったし、それなりの年齢の重ね方をしてきたなと思います。その中で一番思い出に残っているのは、紅白ですね。あの番組を目指してみんな頑張っているわけですから、初出場できたときはうれしかったです」。

原田も「私も同じで、紅白初出場でした。私の場合はデビュー18年目にして『津軽の花』でやっと出場することができたので、その紅白では『苦節18年』と紹介されました。故郷の市役所に『紅白初出場』の垂れ幕が出たときはうれしかったですね。鳥羽さんは、私よりも2カ月ぐらい遅いデビューですが、マネージャーさんと2人でキャンペーンをおやりになっている姿をよく見かけました.私も必死にキャンペーンをやりましたが、田舎のほうに行くと鳥羽さんの色紙を見つけたりしたものです(笑)」。鳥羽は「(キャンペーンは)お互いさまですよ。本当に刺激になった…。あの当時は、夜キャンなんていうのがあって、飛び込みで夜の酒場に行って歌ったものです。あの勢いはすごかったですね」と、思い出話に花を咲かせた。
40周年記念曲について鳥羽は「武田鉄矢さんと番組で一緒になったとき『詩を書いてください』とお願いしていたのですが、今回、改めて作詩家・武田鉄矢さんとして詩を依頼したところ、『演歌は書けない』と言われたので難しいかなと思っていたのですが、後日、とても素敵な詩が出来上がりました。『これは“鳥羽一郎のマイウェイ”であって、武田鉄矢さん、海援隊の“マイウェイ”でもあると思うんです』と武田さんに言ったら、ニコッとされました。最後の『かかとそろえて おじぎをします』というフレーズは特に気に入っています」。

原田は「私には北島三郎先生が何曲か書いてくださったのですが、その中でもこの『愛の糸』は絶対歌いたいと思いました。宇宙観というくらい大きな世界の中に北島先生が立っていらっしゃるようなスタンスで書いてくださったスケールの大きな作品です」とそれぞれにアピール。
今後については、原田は「鳥羽さんも一生懸命にまっすぐ歩いてこられて、私も努力が足りなかったとかいろんな思いはありますが、もう戻ることはできないので、これから一歩ずつ頑張ろうという思いを抱いていますし、今日がまた新たなスタートラインだと思っています」。鳥羽は「40周年は通過点ですよ。これから何年歌えるかわかりませんが、お互いに切磋琢磨しながら頑張って歌っていきたい」と意欲を燃やしていた。

(提供:サンニュース)

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