「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.20 「上流社会」で堪能する、コ
ール・ポーターの名曲と珠玉のヴォー
カル

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.20「上流社会」で堪能する、コール・ポーターの名曲と珠玉のヴォーカル
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 この連載のVOL.15でも紹介した、ブロードウェイの歴史にその名を刻む作詞作曲家コール・ポーター(1891~1964年)。『エニシング・ゴーズ』(1934年)や『キス・ミー・ケイト』(1948年)などの秀作を放ち、軽妙洒脱な楽曲で一世を風靡した。また、ハリウッドでも活躍したポーターの代表作となったのが「上流社会」(1956年)だ。この映画も、最近本連載で集中的に紹介している、テアトル・クラシックスの企画「愛しのミュージカル映画たち」の一環で上映される(2022年2月25日から全国順次上映。詳細は下記参照)。ポーターの名曲はもちろん、豪華キャストの共演も贅沢な一作だ。さっそく見どころに迫ろう。
1952年にテレビ出演した際のコール・ポーター(右)。左は司会者のエド・サリヴァン
■アメリカ音楽史に残る3人のヴォーカリスト
 上流社会の令嬢トレイシーと離婚した富豪のデクスターは、未だ彼女に未練たっぷり。さらにトレイシーは再婚が決まり、心穏やかではない。そこへ現れたゴシップ誌の記者マイクも、彼女に惚れてしまい一騒動というストーリーは新味なしだが、このミュージカルの醍醐味は他にある。デクスターを演じるのはビング・クロスビー(1903~77年)、マイク役がフランク・シナトラ(1915~98年)、そして本人役で出演するのが、ジャズ・トランペッター&歌手のルイ・アームストロング(1901~71年)。彼らが、ポーター書き下ろしのナンバーを歌いまくるのだ。ヒロインのトレイシーに扮し、この映画を最後に引退しモナコ王妃となったグレイス・ケリー(1920~82年)は、さすがに影が薄い。
ビング・クロスビー(右)とグレイス・ケリー。2人は「喝采」(1954年)でも共演した。
 この3大歌手こそ、ポピュラー・ヴォーカルの礎を築いた偉大なる存在だった。甘くまろやかな美声でクロスビーが聴かせる〈ホワイト・クリスマス〉、堂々たるドラマティックな演唱を得意としたシナトラの〈マイ・ウェイ〉、そして味のあるダミ声でアームストロングが陽気に歌う〈ハロー・ドーリー!〉は、どなたも一度は耳にしているだろう。
 まずマイクロフォンの性能の向上と共に、声を張らない鼻歌スタイルの寛いだ歌唱法を確立したクロスビー。10代の頃クロスビーのステージに感動し歌手を志したシナトラは、さらにマイクロフォンの特性を極め、より深遠な歌詞の表現を追求した(彼は、ハンドマイクを最初に使った歌手の一人とされている)。一方アームストロングは、シャンソンであろうがカントリー音楽であろうが、何を歌ってもジャズへと昇華させる稀有な才能の持ち主。アドリブのスキャットを交えたスウィング感横溢するヴォーカルは、クロスビーら多くの歌手に影響を与えた。
レコーディング中のフランク・シナトラ。マイクロフォンの機能を熟知した歌手だった。
■「お互い正直に行きましょう」

 ポーターが、「上流社会」に提供した新曲は8曲。資産家だった祖父のおかげで、10代で自ら上流階級の豪奢な生活を送った彼には相応しいテーマで、大らかで美しい楽曲が揃っている。またポーターは、1937年に落馬事故で両足に大怪我を負い、以降30回にも及ぶ手術を繰り返すも治癒は難しかった。本作は晩年の作品に当たるが、間断なく襲う痛みと闘いながらの仕事とは思えぬほど充実しているのには驚かされる。
「上流社会」、アメリカ公開時のポスター
 この映画の音楽スーパーバイザーが、ソール・チャップリン(1912~97年)。作・編曲家としてスタートし、後に大ヒットした映画「ウエスト・サイド物語」(1961年)と「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)で、アソシエイト・プロデューサーを務めた事でも知られる才人だ。ポーターとの交渉を担当した彼は、大御所の謙虚な人柄を自伝にこう記している。
「最初にポーター氏が、映画のテーマとなる曲をピアノの弾き語りで聴かせてくれたのですが、正直ピンと来なかった。しかし、御本人を前には言い出し難い。私の顔に困惑の色が浮かんだのでしょう。彼はこう言った。『いいですか、もし曲が気に入らないのなら、遠慮せずに言って下さい。その理由を私が納得すれば、すぐに手直しをするか、一から書き直します。お互い忌憚なく意見を交わしながら、正直に行きましょう』」

■シナトラ式プール内潜水ブレス法
ルイ・アームストロング(左)とケリー

 本作オープニングのナンバーが、アームストロングとバンドの連中が賑やかに盛り上げる〈ハイ・ソサエティー・カリプソ〉。物語のあらましを歌で説明し、「親友デクスターのために、俺のトランペットの威力で、前のカミさんと復縁させてみせる」と怪気炎を上げる。以降も、ペーソス溢れるクロスビーの〈リトル・ワン〉や、本作最大のヒット曲となった彼とケリーのデュエット〈トゥルー・ラヴ〉など佳曲が続くが、白眉はシナトラのソロだ。
シナトラのポーター名曲集「フランク・シナトラ・シングス・ザ・セレクト・コール・ポーター」(輸入盤CDかダウンロードで購入可)
 『エニシング~』の〈君にこそ心ときめく〉を始め、生涯ポーターの楽曲を十八番としたシナトラ。この映画でも、ケリーを口説くシーンで歌う〈君はセンセーショナル〉と〈君を愛してもよいかしら〉で、バラード・シンガーの真骨頂を見せる。彼の持論は、「歌手はストーリー・テラー」。歌詞を淀みなく伝えるため、ブレス(息継ぎ)を観客に意識させぬよう、プールに潜って息を止め、頭の中で歌詞を反芻する特訓を繰り返したというからあっぱれだ。豪放磊落なイメージが強かったシナトラが、歌に関しては細心の注意を払っていた事が分かる。

■時代色を反映したデュエット
 デュエットも圧巻だ。中でもクロスビーが、アームストロングのバンド・メンバーを紹介しつつジャズの魅力を歌う、〈これぞジャズです〉が素晴らしい。エドモンド・ホール(クラリネット)やトラミー・ヤング(トロンボーン)、ビリー・カイル(ピアノ)ら、腕利きミュージシャンの演奏を交え、最後にアームストロングが登場。奔放にスキャットを交えながらクロスビーと絡むのだが、その愛嬌たっぷりのパーソナリティーが最高だ。
〈これぞジャズです〉を歌うクロスビー
 クロスビーとシナトラが映画後半で歌う、〈ウェル・ディッド・ユー・エヴァ!〉も必見。このナンバーのみ既成曲で、1939年にブロードウェイ初演の『デュバリイは貴婦人』で使われた。奇しくも、この曲を舞台で歌い踊ったのが、本作の監督チャールズ・ウォルターズ(ダンサー出身)と、後にスターとなるベティ・グレイブル(「百万長者と結婚する方法」)。前述のチャップリンが、クロスビーとシナトラのために歌詞を書き変えている。
 和気あいあいのデュエットの途中で、シナトラがクロスビーの唱法を「その歌い方は古い」とクサすと、クロスビーが即座に「You must be one of the newer fellas」。するとシナトラは一瞬ギクッ。当時バカ受けだったはずのクロスビーの一言は、今や説明が要るだろう。「newer fellas(新しい連中)」とは、映画公開時(1956年)にアメリカ全土を席巻していた若年層のロックンロール歌手を指す。つまり、「君はエルヴィス・プレスリーのお仲間か?」てなニュアンス。後にロックンロール嫌いを公言するシナトラには、強烈なツッコミだった訳だ。
 なお今回の上映は、ブロードウェイ・ミュージカル同様、本編が始まる前に、劇中の主要曲をメドレーで演奏する約5分の序曲付き(アレンジが見事)。お聴き逃しないように。
左から監督のチャールズ・ウォルターズ、シナトラ、ケリー

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着