藤井フミヤ、10人の演奏家が「一つの
物語」を語るコンサートツアー『十音
楽団』という鍵で開きたい「想像の扉

歌手の藤井フミヤによる全国ツアー『藤井フミヤ CONCERT TOUR 2021~2022 十音楽団(とおんがくだん)』が2021年11月からスタートした。この公演はベース、ギター、ピアノ、パーカッションとサックス、そして弦楽器のカルテットにボーカルの藤井フミヤを含めた10人の演奏家が「一つの物語」を語るような曲目と演出で構成するという新感覚のコンサートだ。繊細かつ壮大なストリングスアレンジが施された楽曲をつなぐ役割を持ち、ストーリーを進めていくのは、藤井フミヤ自らが手がけた脚本によるセリフと朗読。ひとり芝居やミュージカル要素も含む、新しい形のコンサートとして2019年に初お披露目されてから2年が経ち、また新たなテーマを携えた彼らが各地に赴き音楽を奏でている。昨年12月25日(土)の神戸公演をもって前半戦を終えた十音楽団のツアーは、2月5日(土)の大阪オリックス劇場公演から後半戦へと走り出していく。ツアー後半戦のスタートを前に、十音楽団の着想の出発点から2度目のツアー前半戦を終えた手応え、そして後半戦でのみどころまで、楽団のボーカリスト&ストーリーテラーでありコンサートマスターでもある藤井フミヤにたっぷりと語ってもらった。
藤井フミヤ
――この十音楽団という新しい形のエンターテインメントの発想は、いつ頃どのように始まったのでしょうか。
ひとり舞台とコンサートが合体したような構想はずっと自分の中で持っていたんだけど、なかなか実現する機会がなかったんです。バンドでビートの効いたコンサートをやる一方で、フルオーケストラでのコンサートもやってみて、とても面白いけどフルオーケストラで毎回やるのは大変だなと思う部分もありました。フルが難しいならば人数を絞って、10人ぐらいでクラシカルな雰囲気のコンサートをやれないだろうかというアイデアが湧いてきた時、フルオーケストラ公演との違いを出すためにも、もう少しエンターテインメント性が欲しいなと考えたんです。じゃあそこにずっと前からあたためていた、ひとり舞台とコンサートを合わせたエンターテインメントの要素を足したら……? というのが出発点ですね。そこから十音楽団を作り上げて公演を形にしたのが2019年。お客さんの反応はどうだろう? と思っていたけど感触も良くて、ソールドアウトしたのは嬉しかったですね。
――音楽あり、朗読ありで唯一無二とも言える公演内容はどのように組み立てられているのでしょうか。
最初にやることは、十音楽団のメンバーでいい演奏ができると思える曲をピックアップしてセットリストを作るんです。音楽だけでも絶対にいいコンサートになるというセットリストを作り上げて、そこから脚本を書いていくという組み立て方ですね。曲のラインアップありきでストーリーや展開、セリフを考えます。
――テーマがあったうえで曲が選ばれて、脚本ができあがっていくというプロセスなのかなと思っていましたが、選曲からなんですね。
このコンサートには、まず「十音楽団」という大きなコンセプトがあるので、どんなストーリーにするのかは組み立て始めれば、何か生まれて来るだろうというところからスタートします。本当にゼロからとにかく始めてみるんです。
――なるほど。ファーストステップである選曲に関して、選ぶ基準を言葉にすることはできますか?
十音楽団はストリングスが入るけどドラムは入らない編成だから、それに合わせたアレンジをした時に曲が活きるかどうかですかね。派手なロック系の曲は合わないので、十音楽団が演奏したら、さらに良くなるだろうなというイメージが湧く楽曲を選びます。
――そのあと脚本に取り掛かる、と。
脚本に関しては詩の朗読をひとり芝居でするような感覚もあるので、どういうセリフを言ってから曲につなげるのがいいのかということを大切にしています。大体いつも移動中は本を読んでいるんですけど、十音楽団の脚本を考える期間だけはずっと詩集を読むんですよ。
――詩集! ちなみにどなたの作品を読まれていたんですか?
谷川俊太郎さんとかですね。飛行機の中でも新幹線の中でもずっと読んでいました。言葉の中からインスピレーションを得るためというのもあります。日常からずっと読書をしていると「さぁ書こう!」という時に、言葉がスッと出てくる感じがあるんです。僕は歌詞も書くけど、普段から書き溜めたりはしません。自然に出てくる言葉で書くのですが、本を読むのはその訓練でもあります。中でも十音楽団の脚本の発想の源になっていたのは、詩集でしたね。
藤井フミヤ
――その習慣が脚本にも活きているんですね。十音楽団は2019年が初めての公演でしたが、その時はどのようなテーマで上演されたのでしょうか。
前回は根本的なテーマが「輪廻転生」で、生命の誕生から物語を始めました。心音が鳴り響くオープニングから、最終的には天に昇っていって転生するエンディングという流れでした。
――その初演のツアーを走り切って発見できたことはありましたか?
得たこととして一番大きかったのは、評判がよかったことですよね。
――ハハハ(笑)! 公演を行ううえで、それが何よりですよね。フミヤさんが意図していたことが、お客さんに伝わったということですし。
またやれるな、そんなに面白かったんだと素直に思えました。十音楽団の公演には、映画や舞台やミュージカルのようにわかりやすく明確なストーリーは存在しないんです。観た人の過去や現在、そして未来もリンクさせながら観てもらうコンサートというイメージですね。
――聴こえてくる音楽とセリフをどこか自分に重ねながら、共感しながら。
若い人だったら未来を夢見るだろうし、年を重ねている人なら今の自分を思うだろうし。観に来たお客さんひとりひとりの心に残るものは、全く違うものになるのかなと思いますね。もしかしたら、それぞれが自分の人生のようだと感じられるかもしれません。
――十音楽団でのコンサートをもう一度開催しようと思えたのは、何かキッカケがあったのですか?
本当は2020年……コロナが一番大変だった年に開催するはずだったんです。声を張り上げたり、騒ぐようなコンサートではないから開催可能なんじゃないかなと。でもその頃は社会があまりにも沈み過ぎていたので、逆にこういうおとなしいコンサートじゃない方がいいのでは……? と思いました。そこで十音楽団の公演ではなく、藤井フミヤ個人として盛り上がる曲ばかりで構成したコンサートに変更したんです。それが『FUMIYA FUJII CONCERT TOUR 2020-2021 ACTION』で、マスク着用だし声も出せないけど、心は盛り上がってほしいという思いを込めた公演になりました。それをやり終えたので、次は十音楽団を観てもらおうと。
――そういうふうに2020年に心を盛り上げるツアーを挟んだことで、十音楽団への取り組み方や考え方に変化は……?
どうなんだろう……あまりそういうのはなかったかもしれないです。ただ十音楽団は一度上演している公演だから、バージョンアップすることは必要だなと思っていました。一度やったことをもう一度やろうとすると、いろいろ気づきがあるというか。何でもそうだと思うんだけど、初めて作った肉じゃがよりも2回目に作った肉じゃがは工夫するでしょう? だからメンバーとの細かい阿吽の呼吸もバージョンアップしているし。1回目は初めましてだったけど、2回目は気心知れているから「おー!」と言いながら始まりますからね。やっぱりメンバーたちが和気あいあいとしているし、この曲はピアノが主体とかこっちはサックスがメインとか、何をどう使うという振り分けも前回にも増して練られていると思います。そういう音楽としてのエンターテインメント性はもちろん、照明、演出にしてもバージョンアップしていますね。
藤井フミヤ
――今回の公演はテーマが「青いレーベル」ということなのですが、このテーマについて教えてください。
今回は比較的人間味のあるというか…​…青春時代から入って、ノスタルジックな幼少の頃を思い出したりしながら、最終的には晩年までを描く人生のストーリーになっています。曲全体に浮かぶイメージも、アウトドアな印象です。自分の中で浮かんできていたのは街の風景、青空や夜空でしたね。それと「青い」というところにフォーカスしてお話すると、僕は人間は生まれてから死ぬまで青に包まれているなと思っていて。
――青に包まれている?
宇宙にでも行かない限り、空の下で生きているでしょう? 空も海も含めて僕たちは青の中で生きている。そこで浮かんできたキーワードが「青」でした。実はピカソが青色を多用していた期間の作品を総じて「青の時代」と言うんだけど、その言葉もいいなあと思っていたんです。でも念の為ネットで検索してみたら、日本ではKinki Kidsの「青の時代」という曲がすごく有名で(笑)。それから「時代」に替わる言葉をずっと考えていたら「青いレーベル」という言葉が浮かんできたので、そこから青いレコードをモチーフにしようと発想がどんどん広がっていきました。
――連想ゲーム的に発想されていてすごく面白いですね。
何もかもが決まってから「さぁ、行動しよう!」ではなくて、とりあえず行動してみたら物事は動いていくんですよ。全く白紙の状態で始めても、何かひとつ考えるとそこから枝葉は伸びていくと思っているので。
――とりあえず転がり始めてみたらいい。
そうそう、何事も始めてみるのが一番大事。
藤井フミヤ
――そんな「青いレーベル」をテーマにした公演を通して、観る人に伝えたいこととはどんなことでしょうか。
伝えたいことは、自分を思い出すとか想像するということをやってみてほしい。具体的にいうと、今の自分がもっとこうなったらいいなとか、これからの自分はこういう感じになっていったらいいなとか、そういうことを考えてもらえたら嬉しいです。みなさんの想像をかき立てるためのキッカケというか、想像の扉を開けてあげられたらいいなと思います。
――十音楽団のツアーは2021年公演分の前半戦が終了していて、2月から2022年ツアー後半戦がスタートしていくわけですが、前半戦が終了しての手応えはどうですか?
今は便利なことにSNSがあるから、公演の夜にはもう反応が見えるのでありがたいなぁと。
――検索されるんですね!
するする。感想は良いものも悪いものもあるけど、そういう声も反映させつつツアーを進めました。それと、自分でも「ひとり芝居のような、コンサートのような」と言っているけど、あくまでも十音楽団の公演はコンサートなんですね。
――エンターテインメントのジャンルとしては「コンサート」であると。
ちょっと変わったコンサートですよね。
――私個人としてはコンサートであり、舞台でもあるというか。ジャンルを特定するのが難しい新たなエンターテインメントだなという印象でした。
ちょっとだけミュージカルっぽくもあるし。でもコンサートはコンサートだと思っていて、ただちょっと変わった演出をしていますよという感じですね。映画みたいに映像があるわけではなく、音楽のみで構成しているからこそ想像をかき立てやすいかなと思うんです。だからこそ、十音楽団の公演は「コンサート」だと。
――確かに。ただ脚本があってストーリーがあってという要素も含めると舞台的でもあると思います。舞台のようにお客さんの反応を受けながら調整したりする点もあったと先ほどもおっしゃっていましたし……。
前半戦ではちょこちょこ変更を加えていきましたね。それを経て、一度完成をむかえた感覚はあります。
藤井フミヤ
――後半戦は、その完成版からまたスタートしていく。
そうですね。それをまた演じていく、奏でていく。やっぱり生演奏でやるから、演奏は会場ごとにホールの音の響きや聴こえ方が違う部分はありますね。あと……実は会場によって照明や舞台美術が一切ないところが2カ所あるんです。クラシック専用の会場で、そういったものが仕込めないところなんですが。
――そういう会場ではよりシンプルに、削ぎ落とされた公演になりますよね。
そうならざるをえないという感じですね。内容は同じだけど、見え方が全く違うと思います。
――これから後半戦が始まるにあたって、注目してもらいたいポイントはありますか?
十音楽団の公演はたまらないほど柔らかい生演奏に包まれるような体験ができるので、それはものすごく大きなポイントだと思います。音色でいうと今人気のダンス系の音色とは全く違いますよね(笑)。ひとつひとつの楽器の音がとてつもなく高いクオリティで聴こえてくると思うし、それでいてアナログな音で優しい肌触りというか、そこはすごくいいと思います。
――脚本的にはどうでしょうか。
それは映画を見るような感覚で観に来ていただけたらと思います。そこまで前衛的に振り切っているわけではないけど、若干の前衛性を含ませているところはあるんです。ただそういうセリフに対してチョイスしている歌がポップスだから、そこでグッと引き戻されると思います。前衛的なセリフを言って、曲も前衛的だったらすごくアバンギャルドな感じで「すごかったねー! かっこよかったねー……以上!」みたいな感じで終わってしまうのかな。でもそこら辺はポップスとの融合だから、ちゃんとエンターテインメントになっていくので、気負わず観ていただけるかなと思います。
――十音楽団の後半戦は2月から4月まで、また長い旅が始まりますね。
はい。でも十音楽団の公演が終わったら、またコンサートツアーが始まるんです。今年1年間はずっと歌っていることになるかな。実はね、歌っている方が意外と健康にいいんですよ。動いているし、健康に気も遣うし、深酒もしないし(笑)。替えがきかないから、とにかく健康体でいなきゃいけないの! 体調が悪いから代理を……ということができないから、何より自分自身が健康に気を遣っておかないといけないなと思っています。
――最後に……この数年、コロナ禍になってからというものエンターテインメントシーンは常に考えながら進むということが大事になってきています。そんな中でフミヤさんがご自分の活動に関して思うことなどあれば教えてください。
本当に困難なことがすごく多くて、考えることがたくさんあるなと思いますね。新型コロナウィルスが流行してからのエンタテインメントシーンでは、やっていることがすごく変わったアーティストもたくさんいるし、配信をはじめとしたいろいろなツールにも変化が訪れたけど、自分がやっていることは幸いにもデビュー当時から全く変わらないんですよね。使う楽器だって変わっていないし。最悪の状況で電源が落ちたとしても、そこにアコギさえあれば大丈夫だという自信もあります。僕がやっていることは変わらないからこそ、そこには強さがあると思っています。これからも持ち続けたい「変わらない強さ」ですね。
藤井フミヤ
取材・文=桃井麻依子 撮影=渡邉一生

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