中村梅玉と尾上松緑、2月に新歌舞伎
の名作『元禄忠臣蔵 御浜御殿』に出
演 歌舞伎座『二月大歌舞伎』取材会
レポート

中村梅玉と尾上松緑が、2022年2月1日(火)に開幕する、歌舞伎座『二月大歌舞伎』にて、『元禄忠臣蔵 御浜御殿綱豊卿』に出演する。“御浜御殿”とは、現在の浜離宮恩賜庭園のこと。
「これは素敵なロケーションですね」と梅玉。「おお! なるほど!」と松緑。
浜離宮を眺望するメズム東京(2020年4月開業)で、2人は取材に応じた。タイトルロールの綱豊卿は、のちの六代将軍徳川家宣となる人物。史実においては、綱豊の父・綱重が海岸を埋め立てて下屋敷を造り、綱豊が将軍になったのを機に、将軍家の別邸とし御浜御殿と呼ばれるようになった場所だ。
写真提供:松竹
景色を楽しんだ後の取材で感想を問われると、梅玉は「見下ろしていると、将軍になって浜離宮を手に入れて住んでいるような気持ち」と笑い、松緑は「ああ、舞台面と同じだ……と。この風情の中で、あのストーリーが進行していったのだなとあらためて感じました」と述べた。
松緑を「あらしちゃん(本名:藤間あらし)」と呼ぶ梅玉と、梅玉を「無条件に全身全霊でぶつかれる」と語る松緑が、役への思いや2人の間柄について語った。
■梅玉の綱豊卿、すべてを見通す楽しみしかないお役
『元禄忠臣蔵』は、真山青果が創作した新歌舞伎だ。全10篇の忠臣蔵スピンオフ作品で、そのうちのひとつが『御浜御殿綱豊卿』。梅玉にとって綱豊卿は、1992(平4)年の梅玉襲名披露興行で勤めて以降、6度目となる。
中村梅玉  写真提供:松竹
「梅玉を名乗り30年の節目の年に、新歌舞伎の名作で大好きな役を勤めさせていただきます。綱豊は、やっていてとても気持ちが良い、本当に素敵なお役です。毎回ワクワクしながら勤めております。お芝居というのは、初役、再演、再々演とだんだん難しさが増していくもの。そうでなくてはいけません。若い頃は、風格を出すことができませんでした。テクニックとは別の問題ですが、歳を重ねてきたことで綱豊の風格が出てこなくてはいけないですね」
本作は、お浜遊び(皆が一芸を披露するお屋敷の恒例イベント)の日という設定だ。綱豊卿はお酒に酔い、中臈お喜世(中村莟玉)を愛で、次期将軍と言われながらも政治に興味を示す様子がない姿が描かれている。
「綱豊に、鬱屈したところは一切ありません。赤穂浪士たちの動きや心を、高所からすべてを見通し、『はやく討ち入りを』と心の中では思いつつ、まだその条件が整っていないことまで分かっている。綱豊の声が神様の声に聞こえるように勤められたらいいですね。楽しみしかないお役です」
■松緑の助右衛門、晴天の霹靂、本当に嬉しい
松緑は、初役で助右衛門を勤める。
尾上松緑  写真提供:松竹
「歌舞伎役者には、“役との縁”というものがあります。素敵だな、好きだなと思う役でも、縁がないことはあります。これまで僕は、この作品を、梅玉のおにいさんの綱豊卿で何度も見させていただきました。父(辰之助)の助右衛門と、(二世中村)吉右衛門のおじの綱豊卿で上演されたことも(1979年11月国立劇場)。助右衛門は、とても素敵な格好良い役だと思ってはいましたが、この年齢まで勤める機会がなかったので、僕には生涯縁のない役なのだろうと思っていたんです。ですから、今回梅玉のおにいさんに『松緑で』と言っていただけたことは、晴天の霹靂であり、本当にうれしくありがたく思います」
助右衛門は赤穂浪士の1人で、お喜世の義兄という役どころ。松緑はこの機会への感謝を、次のようにも語った。
「綱豊卿は本当に格好良い役ですが、僕自身の到達点は、助右衛門ではないかと思っています。再びこの作品に関わらせていただく機会があるなら、相手が後輩だったとしても、僕は助右衛門をやりたい。演じ続けていきたい役であり、今回はその1回目。綱豊卿を何度も勤めてこられた梅玉のおにいさんの胸をお借りできることは、本当にありがたいです」
■あなたはあなたの綱豊卿を
助右衛門はお喜世を介して、お浜遊びを見てみたいと(表向きは弥次馬として)(実は仇・吉良上野介の顔をたしかめるべく)申し出る。しかし綱豊卿に会いたかったわけではない。
松緑「助右衛門は、綱豊の御前に、無理やり連れてこられます。早く去りたい、面倒くさいと思っている。でも綱豊卿の話を聞くうちに、その引力に引き込まれます。反発し、喧嘩になり、最後は説き伏せられ、心服する。その心の動きを、舞台で出せたらと思います」
(右から)中村梅玉、尾上松緑  写真提供:松竹
物語の後半には、綱豊卿が荘厳な能装束に着替えて登場する。それを吉良と勘違いし、助右衛門が斬りかかると、綱豊は助右衛門をねじ伏せて、復讐のあり方を説く。
梅玉「一番好きな、一番大事な台詞です。あの長台詞は、何度も勤めてきた今でも、稽古を重ねてからでないと、自分のものとして入ってきません。自分がやっていて気持ちが良いだけでなく、お客様にも酔っていただけるよう勤めます」
梅玉は初役の時、青果の長女で劇作家・演出家の真山美保から、直接、演出を受けたという。
梅玉「美保先生とは、対面でも随分お稽古をさせていただきました。『(市川)壽海さんのような素晴らしい綱豊卿もいる。けれども、あなたはあなたで、あなた自身の綱豊を』と常々言われたことを覚えています。回数を重ね、少しずつ自分の役ができてきたのではと思いますが、今回も一度原点に立ち返り勤めます」
■父の匂いを残しつつ、自分なりの助右衛門を
出演が決まると、京都にいた梅玉に挨拶の電話をしたという。
松緑「この役は、ぜひ梅玉のおにいさんに教えていただきたいと申しましたら、『君にあう役だから、まず自分なりに勉強をしてやってみなさい』とおっしゃってくださいました。今は自分なりに役を勉強しているところです」
真山青果の台本には、どのような風情で演じるかなど、ト書きが細かに書かれているという。だからこそ、芝居が大きく逸れることはないと説明したうえで、先人たちが勤めた助右衛門を振り返る。
松緑「中村富十郎のおじさまの助右衛門は、歯切れがよく明晰で、綱豊卿とは別の爽やかさがありました。中村吉右衛門のおじの助右衛門は、思慮深さも持ち合わせていて、父の助右衛門は、実年齢も若かったので、若さで全力投球の助右衛門でした。父の匂いを残しつつ、先輩方の助右衛門の魅力を自分なりに混合させ、梅玉のおにいさんの綱豊卿にぶつかりたいです」
尾上松緑  写真提供:松竹
■半歩ずつでも死ぬまで成長を
梅玉がその名前を継いで30年。松緑は二代目辰之助から30年、松緑を名のり20年となる。
松緑「自分は本当に不器用な人間。(十七代目)羽左衛門のおじさまにも、『お前みたいなタイプは1日半歩ずつでも千穐楽まで前へ進んでいくことに意義がある』とおっしゃっていただきました。今でも大切に、自分の中に刻んでいることです。今回ご一緒する莟玉さんや浅草歌舞伎に出る若手世代の後輩たちが、伸びてきています。半歩ずつでも死ぬまで成長を続けていきたい」
記者からこの情報を聞いた時に「20年!」と声を上げたのは梅玉だった。「もう、あらしちゃんなんて呼んではいけないね」と驚き、「本当に?」とたしかめつつも、その表情は嬉しそう。
梅玉「節目の年に、この役で共演させていただくことにも意義があります。お芝居には、役者同士の普段の仲の良さがある程度必要だと思いますが、その意味でも、あらしちゃんとの間の息は合うと思います」
松緑「子どもの頃から知ってくださっている方です。役としても自分としても、梅玉のおにいさんには無条件に、全身全霊で向かっていけます」
梅玉が「お父さんと僕は同い年だったね」と懐かし気につぶやくと、松緑もまた感慨深げに頷いていた。
梅玉「辰之助さんとも、多くの思い出があります。二世松緑さんからの芸風は、辰之助さん、あらしちゃんにまで伝わっていることを感じられますが、辰之助さんとあらしちゃんでは、微妙に性格が違うところもあり、いない方の話をするのは失礼かもしれませんが、助右衛門は、松緑さんのほうが似合っているのではないでしょうか。仇討ちのことだけを考え、綱豊に悟られまいと一途に思い込む役です」
中村梅玉  写真提供:松竹
松緑は「本当にありがたいのですが、おにいさんが言ってくださればくださるほどハードルが上がって。僕はどうしたらいいのか」と、深刻そうに床を見つめるので、一同は笑いに包まれた。
■松緑がぶつかり、梅玉がねじ伏せる真山青果の名作
感染症の拡大状況から目を離せない時期が続く中、歌舞伎座は、客席の収容率を68%におさえて興行を行っている。
梅玉「コロナが収束して、また大勢が集まった賑やかな顔見世のようなお芝居ができることを願うばかりです。このような状況の中、劇場に足を運んでくださるお客様に『歌舞伎を観にきて良かった』と感じていただけるお芝居にすること。それは我われの使命です」
松緑「歌舞伎座を出られた時に、『お芝居を観ている間だけは、現実を忘れられた』と、ちょっとだけ口角を上げていただけるようなお芝居を勤めたいです」
劇中では、綱豊卿が助右衛門を呼び寄せるも、助右衛門が、敷居を越えて近づくことを頑なに拒むやりとりがある。梅玉は「あらしちゃんが、敷居をどう越えてくるか今から楽しみにしています。きっと簡単にはねじ伏せられないのでしょうね。素敵な助右衛門になると思います」と期待を込めて結んだ。
『元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら) 御浜御殿綱豊卿』は、綱豊卿に梅玉、助右衛門に松緑、お喜世に莟玉、新井勘解由には中村東蔵、江島には中村魁春という充実の配役で、歌舞伎座『二月大歌舞伎』第一部にて上演。日程は、2月1日(火)より25日(金)まで。
(右から)中村梅玉、尾上松緑  写真提供:松竹
取材・文=塚田史香

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