東京シティ・バレエ団の芸術監督 安
達悦子に聞く~「トリプル・ビル202
2」で魅せるカンパニーの進化形

東京シティ・バレエ団は1968年、日本初の合議制バレエ団として設立された。以来、古典バレエと創作バレエを両輪として活動している。1994年、日本で初めてバレエ団として自治体(東京都江東区)と芸術提携を結び、ティアラこうとう(江東公会堂)での定期公演のほか、アウトリーチにも意欲的だ。2009年には日本を代表するプリマバレリーナとして活躍した安達悦子が芸術監督に就任。「Ballet for Everyone(バレエ・フォー・エヴリワン)」をミッションに掲げ、「バレエの楽しさと豊かさを、すべての人と分かち合う」ことを目標にしている。SPICEでは、安達に近年のバレエ団活動や今後の展望、2022年1月22日(土)~23日(日)新国立劇場中劇場で開催する「トリプル・ビル2022」への抱負を聞いた。

■コロナ禍でも歩みを止めず前へ
――まずコロナ禍での活動についてお伺いします。2020年4月~5月、最初の緊急事態宣言が発令され、7月に予定されていた「トリプル・ビル2020」と『白鳥の湖』が中止になりました。コロナ禍当初の状況と今の様子をお聞かせください。
2020年2月に『眠れる森の美女』の新制作が終わって間もなく活動がストップしました。7月は大丈夫だろうと思っていましたが、緊急事態宣言が伸びてリハーサルを始めらませんでした。「トリプル・ビル2020」で上演するパトリック・ド・バナの『WIND GAMES』と藤田嗣治の美術による『白鳥の湖』にボリショイ・バレエのオルガ・スミルノワとセミョーン・チュージンが出演予定でした。夢のような公演だったので中止になってしまい残念でした。
レッスンは割と早くから再開しました。稽古場は窓を開けて換気ができるのですが、舞台上のソーシャル・ディスタンスなどが厳しく公演再開は遅くなりました。バレエ団独自、それに同じく江東区と芸術提携を結ぶ東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と共に感染防止対策の条項を作り、ティアラこうとうでの公演を徐々に始められるようになりました。
2021年に入っても中止となった公演は何本かありましたが、9月に文化庁の「大規模かつ質の高い文化芸術活動を核としたアートキャラバン事業」の一環として行った『白鳥の湖』熊本公演は盛況でした。秋以降の公演は予定通り実施できていますが、今でもずっとマスクを付けてレッスンとリハーサルをしていますし、公演前などにはPCR検査を行っています。
安達悦子

■「バレエ団のクオリティをアップデートしていきたい」
――2009年に芸術監督に就任され12年が経ちました。古典と創作を両輪とするバレエ団の歴史を踏まえつつ新しい作品を導入し、海外からの指導者も招聘するようになりました。その意図は?
バレエ団のクオリティをアップデートしていきたいという思いがあります。古典バレエでも技法面ではどんどん変わってきています。音楽的な感性もアップデートしていきたい。芸術面でも技術面でも常に今の世界を見据えていきたい。ヨーロッパの風みたいなものを入れることによって、振付家もダンサーも指導者も勉強できる土壌を創りたかったのです。
『白鳥の湖』でも石田種生(1929₋2012)の演出・振付のレガシーを遺していきますが、今までと違う風が入ることによって「石田先生はこういうことを言いたかったのでは」と感じたりもします。作品って、楽譜みたいなもので、どう解釈するのかはプレイヤーに委ねられている。だから一生懸命勉強するんです。残っていく作品って、そういうものかなって。
『白鳥の湖』演出・振付:石田種生 撮影:鹿摩隆司
『L'Heure Bleue』振付:イリ・ブベニチェク 撮影:鹿摩隆司

――近年の東京シティ・バレエ団を代表するレパートリーがウヴェ・ショルツ(1958₋2004)の作品です。2013年の『ベートーヴェン 交響曲第7番』を皮切りに『Octet』『Air!』など上演の度に話題を呼びました。音楽を美しく鮮烈に視覚化したショルツ作品を導入しての手ごたえは?
観客層が拡大しバレエ団の知名度も上がりました。ウヴェ・ショルツに行き当たったのは、恩師とベルリンでゆっくりお話をする機会があった時にウヴェの名前が出たことと、私の友人でウヴェの下で踊っていた木村規予香さんが帰国された時に相談したことからです。海外作品を取り入れるのは初めてだから、分かり合える方とやりたかったのです。
振付指導としてジョバンニ・ディ・パルマに来てもらえるようになったのが大きかったですね。そこまで細かく音楽を聴かなければならないのか。そこまで表現しなければならないのか。『ベートーヴェン 交響曲第7番』のバレエ団初演を乗り越えたダンサーたちは快感が忘れられなくなったようです。バレエ団では"ジョバンニ・マジック"と呼んでいます。
皆がウヴェの作品に果敢に挑戦することによって、古典においても音楽の聴き方が細部にわたって深くできるようになりました。指導者も勉強になったそうです。その流れを止めたくはなかったですし、私自身もここまでやってくれるダンサーたちの姿に感動しました。ダンサーの層も厚くなってきましたので、ショルツ作品を皮切りにいろいろな作品に挑戦し、世界のバレエ団と同じレパートリーを持ちたいと考えています。
『ベートーヴェン 交響曲第7番』振付:ウヴェ・ショルツ 撮影:鹿摩隆司
『Air!』振付:ウヴェ・ショルツ 撮影:鹿摩隆司
■世界初演2作品を含む「トリプル・ビル2022」が実現!
――このたびの「トリプル・ビル2022」において、当初はパトリック・ド・バナ振付『WIND GAMES』(世界初演)、ジョージ・バランシン(1904₋1983)振付『Allegro Brillante』(バレエ団初演)、山本康介振付『火の鳥』(世界初演)を予定していました。しかし『Allegro Brillante』は、新型コロナウイルスのオミクロン株発生の影響で海外指導者が入国できず対面でのリハーサルができなくなったため、ウヴェ・ショルツの『Octet』に演目変更となりました。当初の構想・企画意図を話していただけますか?
まず2020年に上演できなくなった『WIND GAMES』をやろうと考えました。2019年にリハーサルをかなりやっていたこともあります。『火の鳥』を振付する山本康介さんはバレエ全般に造詣が深い方で、ぜひ作品を創ってもらいたかったんです。
『Allegro Brillante』をやろうとしたのは、ウヴェからの発想なんですよ。ウヴェはSAB(スクール・オブ・アメリカン・バレエ)に留学しているんですね。その時バランシンに出会ったことが彼の作品に影響しているとジョバンニや規予香さんからうかがっています。ウヴェが芸術監督を務めていたライプツィヒ・バレエでもバランシン作品をたくさん上演していたそうです。また私自身が初めて海外の作品を踊ったのがバランシンで、音楽的で感動したという思い入れもあります。松山バレエ団時代にパトリシア・ニアリー、韓国のユニバーサル・バレエでダニエル・レバンスの指導を受けました。
バランシン作品は世界中のバレエ団がレパートリーにしているので挑戦したかったんです。コロナ禍の前、バランシン・トラストにウヴェ作品と古典作品の映像を送ると、今後やってみたい作品も含めて上演許可が出ました。「NHKバレエの饗宴2019」でウヴェの『Octet』を上演した時、今回振付指導をしてもらう予定だったベン・ヒューズも来ていて観てくれていました。『Allegro Brillante』を上演できず残念ですが、私達にとって初めてのバランシン作品となるので、ベンからしっかりと指導を受け、皆様にご御覧頂けるよう新たな時期を検討しています。
「トリプル・ビル2022」フライヤー

■ド・バナ、ショルツ、山本康介、三者三様の魅力とは
――ド・バナの『WIND GAMES』の音楽はチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲ニ長調」で、ヴァイオリン独奏は三浦文彰さんです。上演の経緯は?
『WIND GAMES』はウィーン国立バレエ団と上海バレエ団で第1楽章、第2楽章が上演されていたのですが、これを日本で三浦さんの演奏と一緒にやりたいという企画が持ちこまれました。それでパトリックにも会いました。2019年にパトリックとアシスタントが来てリハーサルをしたのですが、そこでミラクルが起きたのかと驚き、感動しました。パトリックにはスピリチュアルな感じがあって、それを受けてダンサーたちの動きが大きく輝き出すんです。非常にエネルギーを感じましたね。パトリックの来日が叶わない状況になりましたが、今年こそスタジオで起きたその感動をお客様にお届けしたいという思いが強く、ヨーロッパとは時差がありますがリモートでリハーサルをして上演することにしました。今回は第3楽章も上演し、第1楽章の構成に手を入れます。衣裳も作りフルバージョンでの世界初演となります。
『WIND GAMES』振付:パトリック・ド・バナ 2019年のリハーサル 撮影:鹿摩隆司
――構想はどこからきているのですか?
パトリックがこの音楽を聴いた時に、平原を駆け抜け鷹を放って狩猟する遊牧民の姿が浮かんだそうです。風にその身を預け、まるで風と遊んでいるように地上を見下ろす鷹のイメージから『WIND GAMES』と名付けたそうです。彼の中で鷹狩のイメージ、東洋的なイメージがあるようで、上海バレエ団でも上演されました。上海バレエ団芸術監督の辛麗麗(シン・リリ)は私の友人ですが、パトリックのことをとても気に入っています。作品の系統としては、オルガ・スミルノワが踊った『OCHIBA〜When leaves are falling〜』(2019年「マニュエル・ルグリ『Stars in Blue』BALLET & MUSIC」で世界初演)に近いと感じます。パトリックは三浦さんの演奏に心酔しているみたいで、三浦さんも「パトリックのためなら弾く!」とおっしゃっています。
『WIND GAMES』振付:パトリック・ド・バナ 2019年のリハーサル 撮影:鹿摩隆司
――『Allegro Brillante』に代わるショルツの『Octet』は2017年に東京シティ・バレエ団のレパートリーに入りました。メンデルスゾーンの「弦楽八重奏曲」変ホ長調 Op.20を用いた作品で躍動感にあふれています。この作品を入れた理由は?
明るい作品です。ウヴェがチューリヒ・バレエの首席振付家をしていた時、ウラジーミル・デレヴィヤンコとかショナ・ミルクといった名ダンサーたちと創りました。マチュアなダンサーが育っていた頃の作品だと聞いています。今回は規予香さんがステージングしてくれます。規予香さんは帰国前に『Octet』を海外のバレエ団で指導されていますし、当バレエ団のダンサーも良くご存知なので、安心です。他の作品の音楽がチャイコフスキーとストラヴィンスキーということで強く濃いですから、『Octet』で楽しく明るくなればいいですね。
『Octet』振付:ウヴェ・ショルツ 撮影:鹿摩隆司
『Octet』振付:ウヴェ・ショルツ 撮影:鹿摩隆司

――山本さんの『火の鳥』は、ストラヴィンスキーの組曲「火の鳥」(1945年版)を用います。山本さんはローザンヌ国際バレエコンクールのテレビ解説などでも知られますが、振付家としても活躍中です。山本さんに依頼した経緯を詳しく教えてください。
康介さんはバレエだけでなくて歴史や美術、音楽についてよくご存知で、それを的確な言葉でお話しされます。バレエに対して、日本人としての視点とロイヤル・バレエ・スクールに学びバーミンガム・ロイヤル・バレエ団で踊られた経験の両方の目線から観られているのが素晴らしいですね。
以前から康介さんの振付や指導が音楽的で凄いと感じていました。それに当団の金井利久が康介さんの演出・振付による『コッペリア』でコッペリウスを演じた時、康介さんのことをもの凄く褒めていたんです。その様子が強く印象に残っていて、ぜひバレエ団に作品を創ってもらいたいと思っていました。それから時が経ち、康介さんはローザンヌの解説もされるようになり、「英国バレエの世界」という本も出されるなど、振付以外でも活躍の場を広げられています。
『火の鳥』振付:山本康介 リハーサル
――フォーキン振付のバレエ・リュス作品として知られる『火の鳥』ですが、山本さんの手でどのような作品になりそうですか?
康介さんが『火の鳥』をやりたいとおっしゃった時、うちでもやってみたかったのでとても嬉しく、ぜひにとお願いしました。バレエの技法で創られていて、マイムよりも踊りが多いです。ストラヴィンスキーのバレエ曲ですし、音楽が書かれた時のイメージがあるので楽譜を読み解いて表現しているように思います。コンセプトの中に和のテイストがあって衣裳をどうしようかとなった時、衣裳デザイナーの桜井久美さんをご紹介すると意気投合されました。久美さんも『火の鳥』をやってみたかったそうです。新しく創り上げていますので私たちも楽しみです。
『火の鳥』振付:山本康介 リハーサル

■さらなる発展を目指して
――東京シティ・バレエ団の今後の目指すところをお聞かせください。
古典と創作を両輪にしてきましたので、それを発展させていきます。近現代のバレエも入れ、創作も続け、レパートリーを拡充したいですね。そうすることによって、多くのお客様にバレエを楽しんでいただきたい。そこが「Ballet for Everyone(バレエ・フォー・エヴリワン)」なんですよね。そのためにバレエ団のクオリティを向上させる努力をしていきます。
私共のバレエ団はコール・ド・バレエ(corps de ballet/群舞)が仏語の意味通りバレエ団の体だと考え、大切にしてきました。それをさらに大切しながらプリンシパルやソリストを育てていきたいと考えています。2021年4月からプリンシパル、ソリストといった階級制を敷いたのもその気持ちの表れです。指導者も含め皆和気あいあいとしていますが、その中にもそれぞれが向上心を持って高みを目指す状況を作っていきたいですね。それは事務局も同じで、チームとして一丸となっていきます。
江東区との芸術提携は25年以上続いています。ティアラこうとうでは、子供たちのためのコンサートや落語バレエ、ナレーション付きバレエといったエデュケーショナルな公演のほか、提携前から『くるみ割り人形』を上演しています。また、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のカルテットとバレエが共演し、ワンコイン&解説付きでバレエをお見せしたり、森下文化センターを中心に、気軽にバレエを楽しめるコンサートや講座を行ったりしています。公演企画を江東区文化コミュニティ財団の方々と一緒に創り実施していますが、企画が発展してく様子も見て頂けるような楽しい仕掛けも考えています。
大学教育にも関わっています。洗足学園音楽大学バレエコースの主任をしていますが、国内のさまざまなバレエ団や、海外で活躍した講師の方々と一緒にバレエダンサーの育成に努めています。当バレエ団と提携して講師などを派遣して、そこで育った学生が当団にも入るようになりました。大学という組織の中で教えていて思うのですが、世の中にバレエを知っている人は少なすぎるんですね。学生たちがダンサーになるだけではなく、バレエ界のために働いてくれる時が来れば、広く社会にバレエを知ってもらえるのではないかと考えています。
『眠れる森の美女』振付・構成:安達悦子 (原振付: M.プティパ、K.セルゲーエフ) 撮影:鹿摩隆司
取材・文=高橋森彦

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