【編集Gのサブカル本棚】第8回 「チ
ート薬師のスローライフ」の巧みな構
成と看板風テロップ

 ここ数年、異世界ものアニメが本当に増えた。最初はこういう趣向もあるのかと新鮮に見ていたが、今やひとつのジャンルとして完全に定着した感がある。長い作品タイトルで設定が説明され、主人公はだいたいワーカホリックな会社員か引きこもりのニート。そんな主人公がひょんなことから突出した能力をもって日本のRPG的なファンタジー世界に転生、転移、もしくは召喚され、思うがままに力をふるって活躍する。半ばお約束化された設定のなかで、こんなものまでと驚かされるぐらいありとあらゆる要素を組み合わせてオリジナリティや面白さをだしている――というのが原作小説を読まずにアニメ化されたものだけを見て感じてきた印象だ。
 そんな異世界ものの典型とも言えるテレビアニメ「チート薬師のスローライフ~異世界に作ろうドラッグストア~」の1話は思いきった構成ではじまった。主人公レイジが異世界に転移した経緯も、主要キャラクターとの出会いも描かない。すでに異世界の田舎町でドラッグストアを営んでいるところから物語がスタートし、店に集うお客のちょっとした悩みを解決するためにレイジは創薬のスキルを披露する。そのスキルもチートな能力を発揮しているというより、おばあちゃんの知恵袋的な生活便利グッズをつくっている感じで、創薬シーンが音楽にあわせた子ども番組風な見せ方なのも楽しい。
 原作小説1巻を読むと、そもそも原作も「あー会社サボりたい。永遠にサボりたい。そんなことを思いながら会社に向かって歩いていると、いつの間にか森にいた」と冒頭わずか2行で現実世界から異世界に舞台を移している。ただ原作ではその後、オオカミの姿をしたノエラとの出会い、創薬スキルでつくったポーションでの資金稼ぎ、家賃タダの廃墟の改装とそこに住み着いていた幽霊ミナとの出会い……と順をおって物語が展開される。コミカライズ版ではノエラとの出会いからはじまり、創薬スキルの説明も丁寧になされていて、アニメもこの展開で描いていくのがセオリーだろう。そこを全部端折ってタイトルにある“スローライフ”を最速ではじめ、キャラクターの可愛さとほのぼのとしたやりとりに全振りして描く。この思いきりのよさは、異世界ものになじんだアニメファンにはこれで十分伝わるはずという作り手の強い意図が感じられ、実際アニメから入った自分もこれで何かが足りないとは思わなかった(編注)。1話冒頭に登場したお年寄りの大工(ガストン)の描写なども原作小説をもとに描かれていて、アニメのコンセプトにそって原作の要素が見事に再構成されていることが分かる。
 もうひとつアニメ独自の工夫でいいなと思ったのが、木の看板風に描かれたテロップの多用だ。キャラクターや薬の名前をだすときなどに用いられ、味のある妖精たちと一緒に画面に映る。このギミックがほのぼのとした本作の雰囲気づくりに一役買っていて、作品全体のパッケージ感をつくりあげている。さらに、この看板風テロップは1話3エピソード構成のサブタイトルを出すときにも使われていて、このシームレスな感じは素晴らしいと思った。アイキャッチなどで切り替えそうなところを画面の端にテロップがすっとでて、視聴者の集中をきらさない。このさりげなく気の利いた感じは、TAITOのアーケードシューティングゲーム「メタルブラック」(1991)でBGMが変わるときに画面下に小さく曲名がでるのに感銘をうけた感覚に近いものがあった。
 本作で監督を務める佐藤まさふみ氏は、個人的に大好きだったテレビアニメ「デンキ街の本屋さん」(2014/佐藤氏が監督)の取材でお話をうかがったことがある。そのとき佐藤監督はNHKの朝ドラのような奇をてらわない絵作りで、「やらなくていいことはやらない」「ある程度普遍的な感じで作れたら」「アナログアナログでできれば」などと話されていた。その姿勢は「チート薬師のスローライフ」にも共通していて、ガラパゴス化したところが魅力でもある異世界アニメを佐藤監督が手がけるとこうなるのかという楽しみ方もできた。
編注:放送前に公開された本PVには、レイジが異世界に転移した瞬間や創薬スキルに気づく姿が描かれている。これを見ると5話以降の話数で過去を描く展開も考えられるが、この映像はPVのためだけにつくられた一種のフェイクではないかと予想している(間違っていたらごめんなさい)。
追記(2021年9月29日)
最終12話にて、レイジが異世界に転移した経緯やノエラとの出会いが回想のかたちで描かれた。編注で書いた予想は間違っていたので、お詫びして訂正します(本PVに最終話の映像が入っているとは……)。また遅ればせながら、佐藤まさふみ監督、Twitterでコラムをご紹介いただきありがとうございました!
https://twitter.com/sato_masafumi/status/1420932396887601157
参考文献
・「インタビューマガジンAniKo」朝ドラのような絵作りで『デンキ街の本屋さん』監督 佐藤まさふみ(第1回)
http://ani-ko.com/30-sato01
【関連リンク】・松田利冴が「チート薬師のスローライフ」で双子の妹と共演して新鮮に感じたこと

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