『メリリー・ウィー・ロール・アロン
グ』、16回でクローズした伝説の初演
が、復活を遂げるまで~「ザ・ブロー
ドウェイ・ストーリー」番外編

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

☆番外編 『メリリー・ウィー・ロール・アロング』
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 日本では2021年5月、8年ぶりに再演される、『メリリー・ウィー・ロール・アロング』(以下『メリリー』)。番外編『フォリーズ』でも紹介した作詞作曲家スティーヴン・ソンドハイムが、1981年にブロードウェイで発表したミュージカルだ。しかし初演は、批評家の酷評が災いし、公演回数たったの16回で上演が打ち切られた。ここでは初演キャストのインタビューを中心に、数々の問題が勃発した舞台裏と、その後名作の評価を得るまでの道程を紹介しよう。
『メリリー』ブロードウェイ初演ポスター
■若いパフォーマーが集結してスタート
 映画のプロデューサーに転じて成功した作曲家フランク。かつては、脚本・作詞家チャーリーとライターを目指すメアリーの3人で、将来の夢を語り合う仲だった。しかし友情は脆くも崩れ去り、いくつかの愛が失われる。『メリリー』は、時の流れを逆行しながら、そのプロセスを描く一作だ。原作は、1934年に上演された同名戯曲。そのミュージカル化を企画したのが、プロデューサー&演出家のハロルド・プリンスだった。そして初演のフランク役が、本作以降もオフ・ブロードウェイの『ワールド・ゴーズ・ラウンド』(1991年)などで、見事なソング&ダンスを披露したジム・ウォルトンだ。まず『メリリー』に出演するきっかけから。
 「スティーヴンとハル( ハロルド・プリンス)にとって、『メリリー』は、傑作『スウィーニー・トッド』(1979年)に続く作品だった。当時のブロードウェイを牽引していた彼らが、若いパフォーマーだけのキャストで新作を立ち上げるというので、大きな話題になっていたんだ。僕は当時25歳で、年齢制限ギリギリだったけれど、オーディションを受けたら合格した。2人のレジェンドと仕事が出来ると考えただけで、心が震えたものだよ」
ウォルトン近影。最近では3年前に『カム・フロム・アウェイ』に出演 Photo Courtesy of Jim Walton 
 プリンスの狙いが、ショウビズの世界に染まっていない純真な若者たちの、パワフルなエネルギーが炸裂するミュージカル。これは、登場人物の複雑な深層心理までを描写する事に長けたソンドハイムにとっても挑戦だった。ウォルトンは続ける。
 「スティーヴン自身、キャッチーで平明な楽曲を創作するのに苦労したと認めていた。彼にとっては、『スウィーニー~』のように、復讐の鬼と化して殺人を繰り返す、理髪師の激情を歌で綴る方が簡単なんだ。常人には理解し難いところだよね(笑)」
■プレビュー中の主役交代
 やがてリハーサルを経て、プレビュー公演開始。ところがここで、プリンスの基本コンセプトが、作品の命運を大きく左右する事態となる。プレビュー公演を観た批評家たちが、若いキャストの未熟なパフォーマンスを酷評したのだ。加えて、時を遡る分かりづらいストーリー展開など作品の欠点を、些細な点に至るまで徹底的に叩いた。再びウォルトンの証言。
 「観客が、僕たちが期待したほど楽しんでいないのは何となく感じてはいた。そこへ来てあの批評だ。おかげで、休憩時間に帰る観客が増えてしまった。それからは、脚本や楽曲の改訂に次ぐ改訂だったよ。中でも最も大きな変更に、僕が関わっていたんだ」
初演のプロデューサー&演出家ハロルド・プリンス(1928~2019年) Photo by Daniel Kutner
 実はウォルトン、当初はフランクではなく、フランクの友人を演じていた。しかしフランク役の役者が、ソンドハイムとプリンスが求めるレベルに達していなかったため、降板を余儀なくされる。そして急遽ウォルトンに白羽の矢が立ち、代役を演じる事となったのだ。
 「ハルから依頼されて、5日間で全てのセリフと歌、振付を憶えなければならなかった。もう無我夢中だったね。幸い僕は、8歳の頃から歌と踊りをやっていたので、何とかこなす事が出来た。さらにスティーヴンとハルは、プレッシャーに押し潰されそうだった僕に、辛抱強く丁寧に歌詞やセリフの表現を教えてくれたんだ。今でも感謝しているよ」
■清々しい感性が息づくソンドハイム楽曲
初日のオープニング・パーティーで Photo Courtesy of Jim Walton
 『メリリー』本公演は、1981年11月16日に、アルヴィン劇場(現ニール・サイモン劇場)で遂にオープン。しかし既に新聞での悪評が広まっており、キャストの健闘も空しく、公演回数16回で閉幕した。ウォルトンは振り返る。
 「プレビュー中の手直しで、作品は大分良くなったと皆で実感していた。だから本当に残念だったね。でもクローズの翌日が、オリジナル・キャスト盤のレコーディングだったんだ。スティーヴンの楽曲は素晴らしくて、時代を超えて永遠に歌い継がれると確信していたから、録音に参加出来ただけでも幸せだった。今でもあのアルバムを聴いた人から、『16回でクローズしたなんて信じられない』と言われるよ」
 緻密に計算され尽くした難曲で知られるソンドハイム。しかし本作は前述のように、多くの歌手がカバーした〈オールド・フレンズ〉を始め、耳に馴染み易いナンバーが多い。中でも終盤近くで、希望に燃えていた若き日のフランクとチャーリー、メアリーを中心に歌われる〈オープニング・ドアーズ〉や、出会ったばかりの3人がラストで歌う、ピュアで瑞々しい〈アワー・タイム〉は、聴くたびに新鮮な感動を覚える名曲だ。
初演のオリジナル・キャストCD。究極の名盤だ。
 『メリリー』の初演メイキングは、2016年に公開されたドキュメンタリー映画「ベスト・ワースト・ストーリー」でも全貌を知る事が出来る(Netflixで視聴可/字幕付き)。現存するオーディションやリハーサルの貴重な映像や、ソンドハイムやプリンスはもちろん、ウォルトンらキャストへのインタビューを挿入。この稀有なミュージカルのバックステージを活写した一篇で、ミュージカル・ファン必見の秀作に仕上がっている。監督はロニー・プライス。初演でチャーリーを演じ、後にコンサート版の『スウィーニー~』(2001年)や『カンパニー』(2011年)など、ソンドハイム作品の演出で名を成した才人だ。
初演のドキュメンタリー「ベスト・ワースト・ストーリー」(2016年)、アメリカ公開時のポスター
■その後の『メリリー』と2021年翻訳版
 ソンドハイム自身にとっても、ソングライターを志した若き日の熱い想いを、ある意味再確認する本作。格別な愛着を抱いていた事は明らかで、初演クローズ後も決して諦めなかった。まず、後に『イントゥ・ザ・ウッズ』(1987年)などでコンビを組む、脚本・演出家ジェイムズ・ラパインの提案を受け脚本を大幅に改訂。時間の経過を明確にし、楽曲のカットと追加を施した。加えて経験を積んだ若いキャストで固めたニュー・バージョンは、1985年にサンディエゴの劇場で開幕。高い評価を得た後、アメリカ国内はもとより、世界中で上演を重ねている。ちなみに日本では、宮本亞門の演出で2013年に初演。小池撤平(チャーリー)、柿澤勇人(フランク)、宮澤エマ(メアリー)が主役を務めた。
マリア・フリードマンがメアリーを演じた、ロンドン版『メリリー』(1992年)のオリジナル・キャストCD
 イギリスでは1983年に初演後、ニュー・バージョンで1992年に再演。この公演でメアリーを演じたのが、今回の翻訳上演で演出を手掛けるマリア・フリードマンだ。ソンドハイムに才能を認められ、1990年に『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』のロンドン公演で主演。演出の分野でも活躍めざましく、『メリリー』はロンドンの小劇場で2012年に演出を担当した。この公演は賞賛を浴び、翌年大劇場に進出しオリヴィエ賞最優秀リバイバル賞受賞。2018年には、ソンドハイムの『リトル・ナイト・ミュージック』翻訳版演出のため来日を果たした。彼の作品を愛し、知り尽くしたフリードマンの演出による『メリリー』。今から期待は高まるばかりだ(ここに紹介したCDは、輸入盤やダウンロードで購入可)。

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