マリー・アントワネット、花總まりに
降臨! ミュージカル『マリー・アン
トワネット』開幕

フランス革命でギロチン台の露と消えてから約230年、王妃マリー・アントワネットの肖像は今も雑貨や食品のパッケージにあふれ、彼女にまつわる書籍は出版され続け、映画や舞台も作られ続けている。現在、東京・東急シアターオーブで上演中(2021年2月21日(日)まで。3月には大阪・梅田芸術劇場メインホールにて公演あり)のミュージカル『マリー・アントワネット』も、そんな作品のひとつである。人は何故、非業の死を遂げたその人にこんなにも心惹かれるのか。その答えを、2018年公演に続きタイトルロールを演じる花總まりの演技に観た(GPの日のキャストは、マリー・アントワネット=花總まり、マルグリット・アルノー=ソニン、フェルセン伯爵=田代万里生、オルレアン公=上原理生)。
たおやかで気品あふれるしぐさ。すずやかで愛らしい声。ドラジェやマカロンを思わせる色遣いのドレスも華麗に着こなし、見惚れるような裾さばきを見せる。極上のシャンパンの泡がはじけるような軽やかさで、王妃マリー・アントワネットの美しさを表現していく花總。美を愛し、美を体現する。少女の多くがため息をついて憧れるような、甘やかな美に満ちた世界の頂点にマリー・アントワネットはいる。しかしながら、その世界の外側には、多くの者が貧困にあえぐ社会が存在する。自らの世界とそんな社会とがセットでこの世は成り立っているということを知ろうとはしなかったことが、彼女の“罪”ではある。民衆の苦しみに目を向けない愚かしさをもった一人の人間、マリー・アントワネット。そんな彼女を、その愚かさをも含めて魅力的に構築した役作りを見せる花總の演技は、深い知性を感じさせる。
花總まり
第一幕で圧巻だったのは、ひそかに愛し合う恋人フェルセン伯爵と口論をしたマリー・アントワネットが、独り心の内を歌う「孤独のドレス」の場面である。マリー・アントワネットの肖像画家としてエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランが有名だが、花總マリーが歌っているその途中から、ヴィジェ=ルブランの肖像画からマリー・アントワネットその人が抜け出てきて、この世で彼女しか味わったことのない凄絶な孤独を、今を生きる私たちにそっと語りかけてくるような、そんな不思議な感慨にとらわれた。何故、肖像画の中の人が、確かな肉体をもってそこに存在しているのだろう……と、めくるめくような混乱状態にすら誘われる思いだった。
(左から)花總まり、田代万里生
そして、第二幕。捕えられて囚人となり、裁判の場で、息子との近親相姦という根拠なき疑いをかけられるマリー・アントワネット。その下劣な疑いについてははっきりと否定しつつも、もう何をどう抗ってもこの歴史の荒波の中においては自分は命を奪われるしかない存在なのだと、宿命を己が一身に敢然と引き受ける。そんな花總マリーの背後の闇に、彼女が背負う“十字架”がはっきりと見えるようだった――。ギロチン台へと向かう死刑囚護送車に乗ったその姿は、これまたジャック=ルイ・ダヴィッド(その代表作はといえば、「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」だろう)の絵画「マリー・アントワネットの最後の肖像」から抜け出してきたかのよう。そして、毅然たる死。
ミュージカル『マリー・アントワネット』舞台写真
マリー・アントワネットは、平凡な一人の女性である――人誰しもと等しく。しかし、己に課せられた宿命を敢然と生き抜いたという意味において、非凡な女性である。その平凡さと非凡さの逆説を、花總マリーの演技はヴィヴィッドに描き出していく。そして、そこに、人が何故マリー・アントワネットに憧れるのか、その答えが浮き彫りになる。少女が夢見る甘やかな美と、一人の人間として極限におかれたからこそ経験する愛と真実と。マリー・アントワネットの人生は、その双方を内包して、超越して燦然と輝く。生きていた当時、その生き様が決して広く理解されていたとは言い難いマリー・アントワネットが、彼女の人生を歴史的教訓として後世、今の世の日本に伝えるために、花總まりという一人の舞台人の存在を必要とした、その様をこの目で確かめるような名演である。マリー・アントワネットの過酷な運命、その都度味わう感情の極限を公演ごとに生き抜く、舞台人としてのその強靭な精神力は敬意に値する。

ミュージカル『マリー・アントワネット』舞台写真

田代万里生は、肩書を通じてではなく、一人の無邪気な女性としてのマリー・アントワネットを一途にひたむきに愛し、その愛のためならば彼女を憤慨させるような苦言を呈することも厭わない、真心あふれる人物としてフェルセン伯爵役を造形した。さっそうとりりしい貴族姿で、聴く者を稲妻で貫くような歌唱を聴かせる。
(左から)花總まり、田代万里生
マルグリット・アルノー役のソニンは、民衆の声なき声をひとつにまとめていく大きなパワーを感じさせる存在である。この世界の真実を見据える怜悧さがあり、マリー・アントワネットという存在に向かうとき、私たちがときとして感じるさまざまにアンビバレントな思いを体現するかのような葛藤の演技がいい。生のエネルギーを体当たりで丸ごとぶつけてくるような舞台姿が印象的な人だったが、今作においては、そのぶつけ方のコントロール術がより精巧になり、狙った的にしっかり当ててくるような変化を感じた。

ミュージカル『マリー・アントワネット』舞台写真

ソニン
作品のラストでは、キャスト全員によって、――暴力の連鎖が今なお繰り返される中、歴史に学ぼう――と歌われる。美しくもあり醜くもある人間存在の本質の中から、何を選び取り、何を捨て去って生きていくべきなのか、どの時代に生きる人間も常に問われている。そんなことを考えさせられる舞台だった。
出演者 コメント
■マリー・アントワネット役(Wキャスト):花總まり
今回はコロナ禍での上演ということで特別な想いをキャスト一同が抱いてでの舞台になります。この舞台をご覧頂きたい、成功させたいという気持で各自様々な感染予防対策を精一杯行ってまいりました、観客の皆様におかれましてはどうぞこの特別な『マリー・アントワネット』をお楽しみ頂ければ幸いです。残念ながら観劇が叶わなかった方々にもこの舞台上から熱いメッセージをお届けする気持ちと全てに感謝して演じたいと思っております。
■マルグリット・アルノー役(Wキャスト):ソニン
この作品の再演が意味のあるものだと感じれる瞬間が多くありました。私にとって大切な役であり再び出演できる事に心より感謝し、興奮しています。厳しい状況の中で開幕までたどり着いた事は、カンパニーで起こした革命的な偉業だと思っています。
お客様が、普段見ている世界で悩んでいることを、舞台を通じ浄化し昇華できるそんな力を信じて、私は瞬間瞬間を誠実に皆様にお届けします。エンタメが届ける力を、明日を生きる糧を、お持ち帰りいただけるような力を持ってるこの作品、是非に受け取りにいらしてください。
■フェルセン伯爵役(Wキャスト):田代万里生
いよいよ劇場へ! 昨年は公演中止が相次ぎ、個人的には2019年12月以来、約一年振りのミュージカル出演となりますが、この作品が控えていることが心の支えでもありました。演出家も振付師も海外から生中継で稽古場映像をチェックして下さり、沢山のスタッフにも支えて頂きながらブラッシュアップを繰り返して今日を迎えています。フィクションとノンフィクションが融合した超大作。こんな今だからこそ、この作品から新たな気付きが生まれると信じています。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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