「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」
配信観劇レポート~7月19日までアー
カイブ配信中

2020年7月12日。「伝統芸能」と「映像技術」と「アートデザイン」を融合させ、音楽をベースにした新たなスタイルの舞踊作品「中村壱太郎✕尾上右近 ART歌舞伎」がネットで配信されると、その見事な完成度の高さにより、忽ち高い評判を呼んだ。中村壱太郎が基盤をつくりあげた本作には、歌舞伎俳優 尾上右近に加え、日本舞踊家の花柳源九郎、藤間涼太朗も出演。また、音楽は、中井智弥(箏・二十五絃箏)、浅野祥(津軽三味線)、藤舎推峰(笛)、山部泰嗣(太鼓)、友吉鶴心(琵琶)といった、国宝級の和楽器奏者たちが参加した。さらに、モード界でワールドワイドに活躍する、冨沢ノボル、里山拓斗、edenworksという豪華な顔ぶれが集結し、ヘアメイク・衣装も本作のために構想・製作された。
今回はその観劇レポートをお届けする。なお、この公演の映像は7月19日(日)23:00までイープラスのStreaming+(ストリーミング・プラス)でアーカイブ配信中だ。

■脈打つ魂と音楽に躍動する肉体
19時半。「そうだ開演前って、こうしたワクワクした時間だった!」と思いながらパソコン画面の「暗闇」を見つめていると、夜の野外能楽堂が出現。光に照らされたのは4人の芸能者たち――歌舞伎俳優の中村壱太郎&尾上右近、日本舞踊家の花柳源九郎&藤間涼太朗。ビシッと黒紋付を着た演奏者たちも控えている。ここから疾風の約90分間、脈打つ魂と音楽に躍動する肉体を見つめ続けた。
一幕「四神降臨」
まず、四方の方角を司る神をテーマにした舞踊で開幕。中井智弥(箏・二十五絃箏)の指先がつまびくきらびやかな音色、それにひかれて舞う青龍・壱太郎は、自由で優美で華麗! 藤舎推峰の笛から澄んだ鳥のさえずりが生まれると、朱雀・源九郎が登場。二枚扇を使った翼の動きは力強く大迫力だ。浅野祥(津軽三味線)と白虎・藤間涼太朗のセッションは、軽快で伸び伸びと若々しい。山部泰嗣(太鼓)のビートに合わせた玄武・尾上右近は一つひとつの動きに緊張感が漲りごまかしなく、見得も最高のタイミングでキマる。音楽と対話し、戯れ、拮抗する身体の楽しさ。出演者と演奏者が個性と技を競う「名乗り」、シビれるオープニングだ。
「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」 ~ 一幕「四神降臨」
二幕「五穀豊穣」
浅野が唄う宮城県仙台の民謡「豊年こいこい節」でスタート。初めて聴くが不思議とどこか懐かしく、しみじみと心に染みわたる。徐々に雷鳴が轟くような太鼓と三味線の競演となり、超絶技巧に心躍った。
「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」 ~ 二幕「五穀豊穣」
三幕「祈望祭事」
三番叟から着想を得た三幕は、アミニズムを彷彿とさせる “儀式”で “祭事”。源九郎&涼太朗の小刻みでシンメトリーな動きは息ぴったりでリズミカルで楽しい。壱太郎&右近は藁に覆われた奇想天外な衣裳で登場! これが、いたずらっ子の精霊のごとく面白く、予想外の動きは糸で操られて踊る人形のように愉快で無邪気。リズムが加速していくと、キリキリと舞う身体はトランス状態に……。
「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」 ~ 三幕「祈望祭事」
四幕「花のこゝろ」
夫と子を亡くした女と、戦いで傷を負った男――友吉鶴心の琵琶による鋭い語りで繋ぐ創作舞踊は、男女の心の機微を描きだす絵巻。輪廻転生の物語はドラマチックな照明に照らされ、映画作品のようでもある。
花がたっぷりあしらわれた傘をかぶり、カラフルな布切れが大量に縫い付けられたコートをまとった源九郎と涼太朗によるプロローグは、花びらが風に揺れ、春に遊ぶ可憐さ。
白い女(壱太郎)の化粧は、顔の中央に赤い太陽が昇り、唇の紅はぱっと花が咲いているよう。黒いマットな質感の衣裳をまとった男(右近)は、濡れた髪からチラリと見える目に色気が漂う。こうしたアバンギャルドな拵えは、抽象化された世界とマッチし、女の心、男の心を結晶化させ、純粋なものを浮かび上がらせた。刻々と変化する繊細な思いをビビッドに伝える表情と仕草。ビシビシっとキマる立ち廻り。壱太郎と右近はシンボリックな世界の随所に歌舞伎の持つ“芝居心”を溢れさせ、男女それぞれの表情をアップで捉えたカットに幾度もハッとさせられた。ヘアメイク、衣裳、カメラ、照明、音響……スタッフワークも一度限りのセッションの立役者である。
「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」 ~ 四幕「花のこゝろ」
夢の夢の夢の……月明かりに照らされた幻は儚い。一晩ですべてを燃やし尽くす、潔さ美しさ。野外能楽堂での公演はハードだったと想像するが、まとった着物を風にたなびかせ、吹き込む雨も味方にするパフォーマーたちは文句なしにかっこよかった。日本の芸能のモダニティ、しなやかさ、たくましさを存分に教えてくれたと思う。コロナ禍で悩ましい日々を過ごす私たちだが、古(いにしえ)の人たちが持っていた、自然世界への謙虚な気持ちを胸に宿らせてくれるような、祈りの舞台でもあった。
「中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎」 ~ 四幕「花のこゝろ」

最後、柝(き)が“チョン”と冴えた音を響かせる。一瞬、恋しい舞台に心を飛ばし、客席から拍手を送った。
文=川添史子

アーティスト

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