【公演レポート】激動の運命を懸命に
生きた人々、その生き様を体感させる
ミュージカル『マリー・アントワネッ
ト』

 遠藤周作の小説『王妃マリー・アントワネット』を原作に、『エリザベート』『モーツァルト!』等の作品で名高いミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイのコンビが手掛けたミュージカル『マリー・アントワネット』。2006年に帝国劇場にて世界初演されたこの作品は、その後、ドイツでも上演され、2014年には新たなバージョンとして韓国にお目見え。その新バージョンに新たな楽曲も加わった新演出版『マリー・アントワネット』は、9月に博多座にて幕を開け、現在、帝国劇場にて上演中である(11月25日まで)。作品はその後、御園座、そして年を明けては梅田芸術劇場メインホールで上演されることとなっている。筆者は、このたび東京公演初日から一週間後の公演(10月15日13時の部)を観劇した。4つの役どころがダブルキャストにて上演されているが、この回は、マリー・アントワネット=花總まり、マルグリット・アルノー=昆夏美、フェルセン伯爵=田代万里生、ルイ16世=佐藤隆紀の配役だ。
花總まり、佐藤隆紀 (写真提供/東宝演劇部)
 幕開き、フランス王妃マリー・アントワネットの処刑の報せを受け、彼女にひたむきな愛を捧げたスウェーデン貴族、フェルセン伯爵が慟哭しつつ、彼女との出会い、そして共に生きた日々を振り返っていく。田代万里生は、すらりとした長身に、軍服をはじめとする貴族のりりしい装束がよく似合い、立ち振る舞いも麗しい。そして、パリでの舞踏会のシーンで登場する花總まりのマリー・アントワネットは、まばゆいばかりのあでやかさ。たっぷりとしたドレスの似合い方は天下一品、裾さばきもエレガントで、軽やかな身のこなしで名高い“ロココの女王”ぶりを体現する。そこに紛れ込んできたのは、路上で貧しい暮らしを送る少女マルグリット・アルノー。マリー・アントワネットとマルグリット・アルノー、同じ“MA”のイニシャルを持つ二人の対極的な女性の人生は、このときから交錯していくこととなる。そして二人は、数奇な運命によって結ばれていた――。
田代万里生 (写真提供/東宝演劇部)
(左から)吉原光夫、花總まり、田代万里生 (写真提供/東宝演劇部)
昆夏美 (写真提供/東宝演劇部)
 マリーとひそかに愛し合うフェルセンは、民衆の貧しい暮らしに目を向けるよう彼女に助言するが、彼女にとっては華やかに着飾って日々を過ごすことこそが現実、宮殿外の世界について想像の及ぶはずもない。一方のマルグリットは民衆と共に貴族社会への憎悪をたぎらせ、社会転覆――革命――への思いを募らせ始める。架空の人物であるマルグリット・アルノーは、ときに民衆の激しい思いの象徴ともなり、人々を束ねると同時に、一人の女性としての生き様をも描き出していかなくてはならない難しい役どころだが、昆は小柄な身体のうちにまっすぐな熱情を秘めて役柄を造形している。
昆夏美、坂元健児 (写真提供/東宝演劇部)
昆夏美 (写真提供/東宝演劇部)
 愛するが故に、マリーのそばを離れ、遠くから彼女の無事を願おうとするフェルセンの心を、愛するが故に、受け入れがたく思うマリー。花總マリーの、愛と孤独を深く伝えるナンバー「孤独のドレス」は絶唱である。花總は宝塚歌劇団宙組トップ娘役時代、『ベルサイユのばら』においてマリー・アントワネットを好演。「アントワネットはフランスの女王なのですから」と宝塚の様式美に則って見栄を切るシーンや、「さようならベルサイユ、さようならパリ、さようならフランス!」との今際の際の言葉を述べ、断頭台に見立てた大階段を一歩一歩上がっていくシーンの、凄絶なまでの美しさは未だに忘れがたい。そして退団後には、やはりフランス革命を取り上げたミュージカル『1789-バスティーユの恋人たち-』においてこの役を演じ、ロココの女王のエレガンスを馥郁と香らせる舞台を披露した。このように、これまでもマリー・アントワネットを当たり役としてきた花總まりだが、その人生がより丹念に、重層的に描かれていく今回の作品においても、際立った演技を見せている。
花總まり、佐藤隆紀 (写真提供/東宝演劇部)
 ファッション・リーダーとしてゴージャスなドレスに身を包んで現れる様はもちろん美しいが、心に迫るのは、運命の転落と共に、そんな華麗な装いを次々と剥ぎ取られ、地味な装いで登場する、その姿に凛とした美しさを感じさせる点である。裁判で息子との近親相姦といういわれなき疑いを晴らすシーンは圧巻だ。一人の人間としての、尊厳に満ちた誇り高さが胸を打つ。取材の際、マリー・アントワネットという存在を重要登場人物とするフランス革命を取り上げた作品が日本人になぜこんなにも愛されるのか問われた彼女は、「私の方が聞きたいです(笑)」と答えて笑いを誘っていたが(https://spice.eplus.jp/articles/199764)、今回の舞台において、花總は、自らの演技でもって、その問いに一つの答えを出している。一人の実在する人間が生きたと想像するにはあまりにも劇的な出来事に満ち満ちた人生、後世の人々がこうして、小説や舞台、映画に何度も何度も取り上げて考察してもしたりないほど劇的な人生を、歴史の歯車が激しく回転する中、彼女は懸命に生きた。愛や裏切り、友情、熱い想いのほとばしりをもって。マリー・アントワネットの、そんな、あまりに人間的な生き様こそが、多くの人々の心をかくもひきつけ続けてきたのではないだろうか。マリー・アントワネットという役を、舞台上、懸命に生きる花總の姿に、演じられている役の人生、命が自然、重なってゆく。
(写真提供/東宝演劇部)
花總まり、佐藤隆紀 (写真提供/東宝演劇部)
 マリー・アントワネットに一途な愛を捧げ続けるフェルセン役の田代も、舞台に奥行きを与える演技を見せる。「あなたに続く道」「遠い稲妻」「私たちは泣かない」といった花總マリーとのデュエット曲では、美しく重なり合う二人の歌声が、互いへの深い想いと、せつなくすれ違う心、運命を、繊細に描き出してゆく。
花總まり、田代万里生 (写真提供/東宝演劇部)
 ルイ16世の親戚で、権力の座を虎視眈々と狙うオルレアン公を演じる吉原光夫は、美丈夫然とした歌声のうちにクセ者ぶりを発揮し、作品にスパイスを効かせる。ルイ16世役の佐藤隆紀は、包み込むような美声で、王ながらも平凡な人生を願ってやまない男の真摯さ、誠実さを表現してゆく。王妃のヘアドレッサーであるレオナール役の駒田一と、衣裳デザイナーのローズ・ベルタン役の彩吹真央は、『レ・ミゼラブル』でいえばテナルディエ夫婦を思わせるコミカルな役どころ。資料にあたると、この時代のヘアスタイルやドレスは実際、頭に船を乗せたりといった奇想天外なものが多いが、二人が王妃のために最新ファッションのショーを繰り広げるナンバーでは頭にソフトクリームを乗せたヘアスタイルも登場、奇抜なドレス共々、目を楽しませてくれるシーンとなっている。マリー・アントワネットに篤い友情を捧げ続けるランバル公爵夫人は、そのナンバー「神は愛して下さる」で、彩乃かなみが慈愛に満ちた歌声を聴かせる。
吉原光夫 (写真提供/東宝演劇部)
佐藤隆紀 (写真提供/東宝演劇部)
駒田一、彩吹真央 (写真提供/東宝演劇部)
花總まり、彩乃かなみ (写真提供/東宝演劇部)
 名コンビ、クンツェ&リーヴァイの楽曲は、ドラマティックに、ロマンティックに、歴史の激しいうねりと、その中で命の炎を燃やす人々の心情を描き出してゆく。マリー・アントワネットという存在に心ひかれる人がこの世にいる限り、上演が期待されていくであろう作品である。
花總まり (写真提供/東宝演劇部)
昆夏美 (写真提供/東宝演劇部)
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 写真提供=東宝 演劇部

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