『イケメンと行く妄想アートデート』
シリーズ第9弾は、天王洲アイルでド
ライブデート!

人気企画『イケメンと行く妄想アートデート』シリーズも9回目! 今回は天王洲アイルでのドライブデートです。天王洲アイルにあるパブリックアートとギャラリーを見た後、車で城南島のギャラリーと公園を回ります。なかなか訪れる機会が少ないこのエリアですが、アート好きにとって穴場となっています。
気になるお相手は、アートディレクターの田村吾郎さん。大学の講師をされており、多岐にわたるアートワークで知られています。今回のデートコースも田村さんに教えていただいたもの。今回は妄想アートデートということで、結婚して3年の夫婦という設定にご協力いただきました。
それでは、主人公の悩みも交えながら、アートの世界に触れてみたいと思います。
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私たち夫婦の共通の趣味は、カメラ、アート、美味しいご飯。 今日は、天王洲アイルにアート鑑賞兼ドライブをしに来た。
私:「久しぶりのデート、楽しみだね」
吾郎:「やっと仕事が落ち着いたからね。最初はこの辺りにあるパブリックアートを少し見ようか」
私が写真を撮りながら、彼がアートの説明をする。これが私たちのお気に入りの定番のデートだ。
まずはHITOTZUKIさんの作品や、三島喜美代さんの作品を見て回る。一つひとつの作品を丁寧に解説してくれ、写真を撮ろうとする私に、「こっちの方が綺麗に撮れるよ」と提案してくれる吾郎さん。急かすことなく、いつも私が満足するまでじっと待っていてくれる。
この作品は、風が吹くと動くようになっている。「そういえば小学校の時くじらの風鈴を作ったな」 、と彼が呟いた。出会う前のことが話題になるのは、なんだか久しぶりだ。パブリックアートを見終えると小腹が空いたので、少し早めのランチに向かうことにした。
吾郎:「近くにギャラリーがあるからそこを見てから、城南島に向かわない?」
私:「いいね。そうしようか」
吾郎:「城南島から見える飛行機が楽しみだなー」
私:「それが今日のメインイベントだもんね。あ! 料理が来たよ。美味しそう」
吾郎:「……うん! おいしい」
私:「家でも似たようなものが作れるかなぁ……。チャレンジしてみるね」
吾郎:「ありがとう。楽しみにしてるよ」
ご飯を食べながら、私は考えていた。 3年間の結婚生活。楽しいことが沢山あった。そして、お互いのことを知って意見が違っていても、受け流すことを覚えた。
日々を一緒に過ごすなら、楽しい方がいいに決まっている。
結婚前は、激しいケンカをしたこともあった。わかり合いたくて必死だった。でも、実際に一緒に生活をしてみると、そんな余裕はなくなっていった。彼の仕事の繁忙期が過ぎたと思えば、今度は私が忙しくなる。小難しい話は後回しにせざるをえない。明日のご飯はどうするか、次の休日はどうするのか、冬休みはどちらの実家に行くか……。そんな話題の繰り返しで一週間が過ぎていく。 日々の忙しさを理由に、都度の細かな感情を彼に言いたいのに言えてない。あくまでうまくいくための、表面的なコミュニケーション……最近そんな気がしている。
ランチを終えた私たちは、予定通りIMA galleryに向かう。アマナが運営するアートフォト専門ギャラリーだ。外観からもオシャレな雰囲気が漂っている。 今日、展示されている作品は、どこか雲のように見える写真。

これは、流体力学の数式を可視化したものだそう。物理にも詳しい彼が説明をしてくれる。
私:「何だか難しい作品ね。ちょっとよくわからないなぁ……」
吾郎:「多分これは、物と物の運動エネルギーの連鎖に関する数式じゃないかな」
私:「分子とか?」
吾郎:「うん。きっと画像で生成したんじゃないかな」

ふたりとも興味津々。時間を忘れて覗き込んでいた。
ギャラリーの中には、IMA cafeが入っている。美しい佇まいのカウンターには、日本でひとつしかないというコーヒーマシーンがある。専属のコーヒーマイスターによるハンドドリップ技術が記憶されており、安定して抽出できるらしい。ギャラリーカフェとして、作品が映えるように五感で楽しめるコーヒーを飲めると評判だそうだ。
吾郎:「うーん、どれにしようかな。アイスコーヒーとホットコーヒーを頼んで分け合おうか」
私:「名案だね!」
コーヒーマイスターに勧められ、まず一口目は何も入れずに飲む。
私:「わあ、香りが広がって美味しい」
思わず声をあげてしまう。ガムシロップを入れて飲むと味が変化する。
私:「あれ? 思ったより甘くない。なんかブランデーみたいなお酒っぽい感じになる気がする」
吾郎:「コーヒーの雑味が全然ないね。豆のポテンシャルがすごく引き出されているんだろうな」
私:「天王洲に会社がある人は、ここでおいしいコーヒーが飲めるのかな。羨ましいな」
吾郎:「そうだね。必ず、毎日来たくなるだろうね」
おいしいコーヒーに思わず笑顔がこぼれる。ギャラリーの落ち着いた空気に、コーヒーの良い香り。そんな素敵なひと時を彼と共有できている。
ギャラリーを出ると、外はさっきよりも気温が下がったようだが、ちょっとだけ暖かい空気が二人を包んでいるような感覚を味わいながら車に乗り込む。
吾郎さんの運転する姿をみるとほっとする。この安心感が結婚する前から好きだった。 先ほどの宇宙空間のような作品を見たせいかおもむろに彼が言った。
吾郎:「ロケットの話をしてもいい?」
彼はいつも自分のこだわりの話をする前、何故か確認をしてくる。ロケットの打ち上げについていろいろと話をしてくる彼の話をうんうんと聴きながら、私は内心、「ひとつのことにここまで熱くなるってやっぱりすごいな。でも私にはそこまでわからないな」と感心した気持ちと申し訳なさが広がった。「これから見に行く飛行機の中でさ……」と、話題は飛行機にうつっていった。
彼にも私を見てわからないって思うことがあるのだろうか? ふと思って、私も唐突に聞いてみる。

私:「ねえ、私のことわからないなーって思うことある?」
吾郎:「そりゃあ、あるさ。こういう話を聞いたことない? 目をつむって一本の白い直線の上を歩いているとさ、まっすぐその上を歩いているつもりでも、実は少しずつずれていくだろ? 人と人だってそういうもので、コミュニケーション取っているつもりでも、ちゃんと向き合わないとズレていってしまうんだよ。だからわかり合えるはずって思うことって、ある意味危険なことだよね」
私:「……」
吾郎:「それに、君はカメラや料理が好きで、僕は飛行機や物理が好きなように、違いやわからないところがあるから楽しいっていう側面もあるよね」
私:「わかり合えないって思うからこそ、伝える努力をしているんだもんね」
吾郎:「そうすると今度は伝えたらわかり合えるはずだ、と過信してしまうから難しい」
私:「確かに。だから何でわからないの!? って怒りたくなったりするよね。伝えてもどうせわかってもらえないって思うと、伝えるのが怖くなっちゃったり。それってわかってもらえるはずだっていう前提があるからなのかも」
吾郎:「そうだね」
……今の自分の課題がなんとなくクリアになったような気がする。
吾郎:「今の話って、きっとアートに繋がる部分があると思うんだ」
私:「次に行くギャラリーも楽しみになってきたな」

そんな話をしているうちに、「ART FACTORY 城南島」に着く。吾郎さんは何度も仕事の関係で来ているらしいが、連れてきてもうのは初めてだ。まだ知らない彼の一面が見えた気がして少しうれしくなってきた。
吾郎:「ここは元々が倉庫でそれをアートスベースに改良しているんだ。屋上のベンチのすぐ上を飛行機が通るし、そこからは羽田空港も見えるんだよ」
そう言われ、まず屋上に行った。
私:「わーすごい。飛行機にそこまで興味がなくても、確かにここまで近かったら楽しくなっちゃう」
飛行機に興奮する私に、吾郎さんは機種の種類を説明してくれる。
続いて1階の三島喜美代さんの作品を見にいく。目の前に広がるのは大迫力のインスタレーション。Newspaper08というこの作品は、背丈よりも高く新聞が山積みにされており、その束の間の薄暗い道を通ることができるようになっている。行き止まりになっている通路もあり、迷路のような空間だ。
三島喜美代 『Newspaper08』 1997−2008
吾郎:「これは作る時に避難経路をどうするかとかで大変だったみたいだよ。プラスチックに転写している作品だね」

私:「スケールがすごいね! うまく写真にこの壮大さが写るかなー」
次に広がった作品には、一万個にものぼる大量のレンガが敷地に敷き詰められている。
レンガには、新聞の文字が転写されており、歴史を感じる文章の数々が広がっている。
三島喜美代 『Work 2000-Memory of 20th Century』 1984−2013
タイトルは『Work 2000-Memory of 20th Century』と、その名の通り20世紀の記憶といえる。
吾郎:「これだけの広さがあるギャラリーだからこそ成立する作品だなぁ」
私:「本当。どれだけ時間がかかったんだろう」
三島さんの作品にすっかり魅了された私は、彼に図録をプレゼントしてもらった。それを読むと、三島さんの作品は、世の中から捨てられた不要なものや忘れ去られたもの、私たちが見えないようにしてきたもの、いわゆる、ゴミをアートとして打ち出していることがわかった。そして、そこにはまたアートがゴミということの逆説にも繋がるという奥深さがあるようだ。大量消費の時代の中、情報が溢れ、圧倒的な時代の波をこの壮大な作品から感じることができる。 そう思って他の作品を見ると、どれもそうしたエッセンスを感じる。
三島喜美代 『work92-N 』 1990−92
三島喜美代 『 Wreck of Time90』 1990
吾郎:「3階にも展示室があるから、それを見ていこう」
3階には、浮世絵の高精細複製「うつし」が展示されていた。これまでの雰囲気とはガラリと変わる。
私:「ちょっと薄暗くてかわいい。それにこの提灯が粋だね」
吾郎:「この光で作品を見るんだよ」
日本橋魚市繁栄図では、目の前にあるボタンを押すと、当時の賑わいが再現される音声が聞こえるようになっていた。面白い試みにお互い笑いがこぼれる。
吾郎:「最後に4階の制作スタジオをちょっとのぞいていこうか。知り合いがいるから挨拶していこう」
初めて見るスタジオにワクワクする私。制作途中の雰囲気を味わえる独特な空気感だ。
吾郎:「あ、ここだ。久しぶり、こんにちは」
昔、彼の大学の生徒だったというアーティストの六本木百合香さん。彼女が今、制作している作品の説明を一緒に聞かせてもらった。綺麗な色と細やかな線が印象的の新作は来年の展覧会用に制作されているらしい。

アーティストの声を聞くことは、なかなかない経験であり、彼女の言葉に感銘を受けた。
私:「紹介してくれてありがとう。今日は、色んなアーティストさんが伝えようとしていることに心から刺激を受けたよ」
アートファクトリーをでるとちょうど飛行機が頭上を通り過ぎていくところだった。
最後に城南島公園に寄って帰る。ここから飛び立ったばかり飛行機がよく見える。冬の海は、なんとなく荒々しいが二人でいると少し心強い気持ちになる。寒いね、とお互いに何度も言い合いながら海岸を歩く。
私:「ねえ、思うんだけど……。楽しい範囲でことが済むように日々を慎重に生活するんじゃなくて、やっぱり何かに挑戦する姿勢ってすごく大切なことだよね。今日のアートを見ていて改めて思った」
吾郎:「うん。そうだと思う」
隣で彼が静かに頷いてくれる気配がした。

私:「実は私、本当は細かく感情を伝えたいのに、あなたが疲れてるのかな、楽しく過ごさないといけないな、なんて思っていたら言えなくて。察してほしいって気持ちばかりじゃなく、喧嘩してもいいからちゃんと伝えたいこと伝えようって思った」
吾郎:「そうしてくれるとうれしいよ。伝えた結果、わかり合えない時だってあるかもしれないけど、どうしてわかり合えなかったかを、また考えていけばいいんだからさ」
私:「そうだよね。結婚したての頃は言いやすい雰囲気を作ってくれてた吾郎さんに甘えていたんだなって気付いたよ。これからは私も自分の気持ちを無視しないで、感じたこと、思ったことをちゃんと伝えるからね。これからもよろしく、吾郎さん」

「こちらこそ」。吾郎さんは確かな口調でそう言うと、私をまっすぐ見た。 彼の好きな飛行機がキーンと頭上を通り過ぎる音を聞きながら、私たちは微笑みあった。 今後、訪れるであろう幸福な時間を予感しながら。
*********
コミュニケーションって、難しいですよね……。このお話はフィクションですが、取材しながらみんなでコミュニケーションに関する話題で盛り上がり、楽しい撮影となりました。 また、今回ご紹介したギャラリーやお店は本当に素敵なものばかりでした。夜までいれば工場夜景も楽しめる地域の城南島や落ち着いた雰囲気が漂う天王洲アイルはアートデートするには、やはり隠れ家的スポットだったようです。ぜひ、足を運んでみてください!
文=Yoshiko、写真=大野要介、出演=田村吾郎、新井まる
参考文献:三島喜美代 インスタレーション works 1984-2014

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