反田恭平が語る2018-2019ツアー~ベ
ートーヴェンで切り拓く新たな地平

2015年のデビュー以来、圧倒的な存在感を示し続けてきた反田恭平(そりた きょうへい)。彼の躍進は、クラシック音楽ファンの間で長く語り継がれることになるだろう。自身初となった、昨夏の全国横断リサイタル・ツアーでは全13公演が瞬く間に完売した。今年は規模を拡大して、改めて力のこもった熱演を全国に届ける。反田といえば、デビュー以来、リストやラフマニノフの作品を取り上げ、作品のもつ深いロマンティシズムと躍動感を卓越した技巧で表現してきたが、今夏のツアーは、まずプログラムに驚かされる。ベートーヴェンの傑作をそろえたオール・ベートーヴェン・プログラムなのだ。反田は、更なる高みを目指し、昨年のツアーを終えた10月からショパン音楽大学(旧・ワルシャワ音楽院)に留学している。今回のツアーは、プログラムと演奏の両面で反田の新たな一面を見るまたとない機会となろう。ツアーを控えた反田に、プログラムに込めた意図とポーランドでの生活の様子を訊いた。
今、敢えて古典派を演奏する意図は
――まずは、2018-2019ツアーを迎えるに当たっての意気込みを聞かせて下さい。
あっという間に、ツアーを考える時期が来たというのが率直なところですね。9月に昨年のツアーが終わり、その後、幾つかの演奏会をしました。そして、もう1月。人生は、こうして終わっていくのかな……(笑)。
毎月、カレンダーをめくった時に、「今月は、この演奏会がある。ちゃんとやっていこう」と意気込む。それを12回繰り返してきただけです。だから、「特別にやってやるぞ」という気負いはありません。ただ、今年のツアーでは、昨年よりも多くの都市に足を運ぶのが楽しみです。また、土・日を中心に演奏会のスケジュールを組んで頂いたので、体力的にも余裕がでて、万全の状態で演奏に臨めると思っています。
――オール・ベートーヴェン・プログラムは、とても意外でした!
ですよね!! ですよね!! 僕の中では、嬉しい「ですよね!!」です。
CDデビューはリストの曲で、次はラフマニノフ。ロマン派、ロシア系の作品を中心に披露してきましたから、「古典派はどこぞや!?」という感じだったと思います。その2枚のCDを踏まえて、今年は古典派の作品をお届けします。数年単位でプログラムをイメージしたとき、3年目に古典派を演奏するのは、ベストなタイミングだと感じています。
――しかも、3大ソナタを一夜で聴かせるという聴き応えのあるプログラムですね。
そうなんです。ベートーヴェンの32曲のピアノソナタは、どれも名曲ですが、今回演奏する3大ソナタは、いわば、それらを代表する傑作。ですから、曲も楽しみにしていただけたら嬉しいですね。
《悲愴》は初期、《月光》は中期、《熱情》も中期に作られた作品であり、一度に3曲に向かい合うことの意義は大きいと思っています。そして、これらのソナタを経て、晴れて、ベートーヴェンのソナタの集大成とも言うべき、後期3大ソナタ(第30、31、32番)へと歩みを進めることが出来ると考えています。
――反田さんにとって、ベートーヴェンはどのような存在なのでしょうか。
僕にとって、ベートーヴェンはそれほど「特別」な存在ではありません。だからこそ、弾きたい、対峙してみたいと思える作曲家なんです。大好きなモーツァルトに似た部分をもちつつも、彼の人生に基づいた表現もある。実は、幼いころに習っていた大好きな先生に、「将来、君は絶対にベートーヴェン弾きになる。今は分からないかも知らないけど、ベートーヴェンしか弾かないくらいにハマるから」と言われたことがあります。ロシアでも、師事していたヴォスクレセンスキー先生から初めて課題曲として渡されたのが、スクリャービンの《幻想曲》とベートーヴェンの《熱情》でした。印象的だったのは、《熱情》の第3楽章の冒頭。13個の和音の連打で始まるんですが、ロシア正教で13は不吉な意味をもつ数字。不吉なことが起こる前触れのように弾くことを習いました。だから、僕の《熱情》は、ひょっとするとロシアっぽいかも(笑)。
いずれにしろ、ベートーヴェンの良さに対する独特な理解が僕にはあるかもしれません。僕自身はわからないけど、周りから見ればわかるような。
――今回のツアーでは、反田さんの新しい一面に出逢えそうです。
どの曲も有名な曲ですが、僕は、CDでよく聞くようなありきたりな演奏ではなく、少しスパイスを加えた演奏にしたいと思っています。これまでに取り上げた曲は、華やかさをもった曲が中心でしたが、今回は「荘厳」のイメージです。どの曲も短調ですが、その中で、第1楽章と第2楽章との対比や、短調から長調という全体を通じた対比を際立たせたいと思っています。
知的で自己分析的なアプローチ
――昨年10月から、ワルシャワで研鑽を積まれていますが、ポーランドでの生活はいかがですか。
ポーランドは、とにかく治安が良く、人も優しいですね。困っていると声をかけてくれます。3年余り過ごしたロシアにも愛着はありますが、余生を過ごす別荘を買うなら絶対的にポーランド! のどかで美しい、穏やかな場所です。
――ポーランドでの食事は、どういった感じなのでしょうか。
ポーランドに降り立って初めて食べたのが、「ジュレック」という料理。とても大きなパンにスープが入ったポーランドの伝統料理です。本当に大きい。ソーセージも美味しいですよ! 全体に、じゃがいも料理が多いかな。それと、チョコレート。先日飲んだチョコレート・ドリンクもとても大きかった(笑)。
すごく嬉しかったのは、ロシアで「スメタナ」と呼ばれているサワークリームが、ポーランドでも売っていたこと! いつもバッグに入っているくらいでしたから、本当に助かりました。
――第二の留学先としてワルシャワを選んだのは、どうしてですか。
習いたい先生がワルシャワにいたというのが大きな理由です。ショパンを勉強してみたいという気持ちもありました。ロシアで師事したヴォスクレセンスキー先生は、どちらかと言えば、自分と似た情熱的な演奏をする方でしたが、現在、師事している先生は、ポーランド出身で、自分とは違ったものをもっています。「なぜこうなってこうなるのか」、「この音を出すためには、どういう筋肉を使うのか」を追求していく、知的で自己分析的なアプローチをとります。勿論、先生は、その答えを教えてくれないので、探らなくてはなりません。
――音楽的な点では、ロシアのスタイルとの違いを、どういったところに感じているのでしょうか。
ロシアとポーランドは、元々、文化的に近い国ですが、音楽性は全く違うと感じています。ロシアではフォルテの幅を広げることに集中して取り組んできましたが、ポーランドではピアノの幅を広くすることに取り組んでいます。例えば、ピアノでもピアニッシモに近いのもあれば、メゾピアノに近いものもあり、弱音にもグラデーションがあるわけです。そのための指のトレーニングも欠かせません。こうやって指に指令を出して、それが動いているか動いていないかを脳に帰って確認しつつ、音を耳でも確認する。全身の神経を研ぎ澄まし、10本の指をすごく丁寧に扱います。慣れないので10分やっただけですごく疲れます。スポーツ選手の感覚かもしれませんね。ハードですが、学びの多い充実した毎日で、1、2年後に自分がどうなっていくかのかが楽しみです。
――今回のツアーでも、ポーランドでの成果が聴けそうですね。
ええ。今回のプログラムは、実は、指を鍛えるという面でも今の自分が弾かなくてはならない作品なんです。一部分、一部分を抜き出して見れば、《熱情》のように嵐の激しさを湛えた部分もあれば、《月光》の第1楽章のようにピアニッシモでずっと長い息で作るフレーズもある。とても多様な表情があります。
――最後に、ツアーを楽しみにされているお客さまにメッセージをお願いします。
ツアーを通して、新たな一面を皆さんにお届けできるのではないかと楽しみにしています。クラシック音楽をもっと身近なものにしていきたいと思っていますので、映画を観にいくような気分で、友達を誘って気楽に来て頂きたいですね。音楽ホールが気軽に行ける場所としてある…そういう時代になっていくんじゃないかなあと思います。是非、足をお運びください!
取材・文=大野 はな恵  写真=荒川 潤

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