INTERVIEW | a子“理想への第一歩”
を踏み出したa子、最新EPを多彩なリ
ファレンスと共に紐解く “理想への
第一歩”を踏み出したa子、最新EPを
多彩なリファレンスと共に紐解く

a子のポップ・センスが磨かれ、変化の兆しが生まれた作品。数年経って振り返ったときに、『Steal your heart』はそう位置付けられるEPになるのかもしれない。
2020年のデビュー以来、早耳のリスナーの中でじわじわと注目を集めてきたa子。直近ではドラマ『初恋、ざらり』のオープニング・テーマに「あたしの全部を愛せない」が起用されるなど、2023年は飛躍的に注目度が増した1年になったはずだ。これまでリリースしてきた作品と比べても、そうした状況の変化は少なからず制作内容にも影響を与えたようである。
今作のトピックをひとつ挙げるとしたら、やはり著名なエンジニアを迎え入れたことだろう。それもOfficial髭男dism米津玄師などの楽曲を手がける小森雅仁と、サカナクションやDaokoのエンジニアを務める浦本雅史という人選である。自身でレコーディング、ミックスまでを行ってきた作品と比して、音色がブラッシュアップされたのは明白だ。“理想への第一歩”を踏み出したというa子に、本作の制作背景や音楽的なリファレンスを語ってもらった。
Interview & Text by Ryutaro Kuroda(https://twitter.com/KURODARyutaro)
Photo by Goku Noguchi(https://www.instagram.com/___gokuuuu___/)
Styling by Yuki Yoshida(https://www.instagram.com/yukiiyoshiida)
Hair & Makeup by Natsuko Ogita(UpperCrust)(https://www.instagram.com/natsuko___ogita/)
「ポップスを作ろうと思った」
――メディア露出が増えた1年だったと思いますが、そうした注目度の変化はご自身に何か影響を与えましたか?
a子:ちょっとずつライブを観に来てくれる方が増えたなって感じています。それでポップスを作ろうと思って、『Steal your heart』ではメロディを中心に据えて制作しました。いつもはトラックを先に作って、後からメロディを乗せていたんですけど、「racy」と「あたしの全部を愛せない」はメロディを先に考えて作っています。
――ポップスを作ろうというのは、少しでも多くの人に届けたいから?
a子:そうですね。やっぱり少しでもいろんな人に聴いてもらいたいし、いいと思ってもらいたい。それで中村さん(中村エイジ/a子を中心とした、クリエイティブ・チーム〈londog〉に所属するキーボーディスト)と一緒に『ミュージックステーション』に出ているような、メインストリームのアーティストさんの曲をたくさん聴いてみたんですけど、そこで「メロディってめっちゃ大事なのでは?」って気づきました(笑)。日本で評価されている人はみんなメロディがいいんですよね。
――メロディを意識したことで、トラック作りに変化はありましたか?
a子:歌を支えるためのテンポやドラムのパターンを決めなきゃいけないのが難しかったです。でも、メロディが立ってる楽曲を聴いてくと、やっぱりシンプルなんですよね。余計な音を入れてない。
――なるほど。
a子:ただ、自分もついつい音を足しがちなので、引き算も意識した方がいいんだろうなって思いました。あと、今のトップ・チャートの作品を聴いていくと、ベース・ラインが動いてる曲が多くて。それに比べて、「うちら(の楽曲は)全然動いてなくない?」みたいなことも思って、ベース・ラインの細かいところも中村さんとじっくり話して制作しました。
――それでできたのが「あたしの全部を愛せない」?
a子:はい。やっとポップスっぽいものを作れたぞ、と思っていたんですけど。アーティストの友だちに感想を聞いたら、「めっちゃ変なメロディだね」って言われてショックを受けました(笑)。自分としてはこれ以上ないくらいポップな曲を作ったイメージだったんですけど、全然違ったという。
……なので、来年はもっとチャレンジしたいですね。a子を聴いてくれている人って、コアな音楽好きな方が多いと思うんですけど、その個性をポップスとして昇華した楽曲作りを目指したいです。
――「あたしの全部を愛せない」はサックスの音が効いていますね。
a子:作っているときにSam Gendelにハマってて、サックスはその影響ですね。私たちの場合、ポップスを意識して作ってると基本的にシンプルになっていくので、曲の個性がなくなったように感じることがあるんです。それでDメロは遊びたいと思って、サックスを取り入れることにしました。イメージはJose Jamesの「Just The Two of Us」の最後の方に出てくるトランペットですね。確か黒田卓也さんが吹かれているはずです。
――他にも制作中に影響を受けた作品はありますか?
a子:Steve Lacyのアルバム(『Gemini Rights』)にすごいハマっていて、「racy」のリファレンスにしました。
――Steve Lacyのどこが刺さったんですか?
a子:「Mercury」の《パーパパー》っていうコーラスが刺さって、「racy」にも《パーパパーパラパラ》っていうコーラスを入れています。ただ、途中で中村と「これはポップスじゃない」って話しになって、同じくらいハマっていたハウスの要素を足して4つ打ちにしました。
――なるほど。
a子:『ANTI BLUE』に入っている「天使」もハウスと組み合わせて4つ打ちで作った曲なんですけど、「racy」は「天使」の進化版をイメージしています。
あと、「racy」のアニメーションMVの原案は自分で考えたんですけど、『AKIRA』とか『攻殻機動隊』、『serial experiments lain』の感じが好きで、それに合わせた音色を意識しました。最初の声のリフレインは、菅野よう子さんみたいな世界観をイメージしていました。
自身のリアルな感情が投影された楽曲たち
――ハウス・ミュージックはa子さんの作品にやんわり通底している感じがします。
a子:そうですね。でも、やっぱり自分たちはロックが好きなので、土台にはロックがあります。
――a子さんのイメージするロックとは、どういうサウンドやアーティストだと思いますか?
a子:以前はロックといえば林檎さん(椎名林檎)で、あとはレッチリ(Red Hot Chili Peppers)とかNirvanaなどが真っ先に浮かぶ感じだったんですけど、今はアメリカのロックよりUKのロックの方が浮かびますね。
――レッチリもNirvanaもアメリカですね。
a子:ギタリストの齊藤真純がレッチリ好きで、これまでは彼のニュアンスが強く出ていたんです。中村さんと私はヨーロッパ感が好きなので、音はガツガツしていない優しい感じにシフトしてきました。「あたしの全部を愛せない」はbeabadoobeeのギターを意識して、壁みたいな歪んだギターをイメージしています。
――beabadoobeeのどういった点にシンパシーを感じていますか?
a子:beabadoobeeは90’s感もあるんですけど、今っぽいじゃないですか。あの感じがすごく好きです。beabadoobeeやDoja Catなど、一時期コーチェラに出るようなアーティストもみんなロック・アレンジでライブをしていて、「やっぱロックくる?」みたいな(笑)。日本でもそういった新しい感じのロックが盛り上がったらいいなと思っているので、ロックはずっと意識しています。
――「trank」は比較的これまでのa子さんらしさが出ている印象です。ダウナーな雰囲気がある曲ですよね。
a子:最初はアコギが鳴ってるポップスを作りたいと思っていたんですけど……いつの間にか自分たちの好きなカッコいい音作りに意識が奪われちゃって、最終的には好きなようにやっちゃった曲ですね。制作が終わってMVが公開されたあと、中村さんも「いつの間にかポップじゃない曲になっちゃったわ」って言ってました(笑)。
――《trunk にあたしを詰めてよ 寝苦しい夜になった》という歌詞がありますが、タイトルは「trank」になっています。つまり歌詞の中のスペルは“u”ですが、タイトルでは“a”になっていて、意識的に精神安定剤を意味する「trank」にかけたんでしょうか?
a子:そうですね。歌詞に出てくるのは車のトランクで、タイトルは暗い意味のスラングです。ちょっとした遊び心と言いますか、英語ペラペラのバンド・メンバーがアイデアを出してくれて、「その意見いただき!」みたいな感じでつけました。
――それはa子さん自身、そういう暗い側面がこの曲にあると思ったからですか?
a子:この曲を書いたとき、Radioheadをよく聴いていて。『Hail To The Thief』(2003年)が一番好きなんですけど、その暗さに引っ張られて、全体的に不安定な感じになったのかなって。
でも、Dメロでは《愛だけで、愛だけで歌えたらいい》って歌っていて、「愛情で生きていけないのがしんどいわ」みたいな、私の本音も入っている曲なんですよね。そういうちょっと情緒不安定な感じもあるから、「trank」っていうタイトルが合うんじゃないかなと思いました。
――EP収録曲には全て“愛”という言葉が入っています。でも、決してラブリーな感じではなく、愛の裏側にある背徳感とか感傷的な気持ちが表現されているように思いました。
a子:つい最近までは“愛”なんて恥ずかしくて歌えなかったんですよ。でも、ある時期……「愛はいつも」から歌詞に出てくるようになって。それはなんでかなって考えたら、当時彼氏がいて浮かれてたときなんです。その後別れて、全然ダメじゃん……というところをきっかけに作ったのが今作です。
――なるほど。
a子:アーティストって本当におもしろいなって思います。“愛”は恥ずかしくて使えなかった歌詞なのに、それしか言えなくなっちゃってる。よほど悔しかったんだろうなって思います。それで恋愛だけに限らず、人との関わりの中で生まれた負の感情で愛をまとめている曲を全体的に選びました。
――『Steal your heart』というタイトルは、どういうところからつけたんですか。
a子:「ハートを撃ち抜け」を英語にして、『Steal your heart』としました。全部に“愛”が入ってるけど、すごく暗いことばかり書いているから、愛で生きれないのは悲しいなと思って。もう「撃ち抜け」っていうか、「壊せ」みたいなイメージを込めました。
――ただ、負の感情を歌うということに関しては、以前の作品とも共通しているように思います。
a子:昔の歌詞は人生の嫌なこととか、社会に対する不満などを書いていましたね。「生きてるだけで偉くない?」みたいな。「bye」とか「情緒」ではそういうことを伝えています。どうせ人って死ぬし……でも、みんなもがいて生きていますよね。私もこういう感じで生きてますけど、皆さんもこの歌詞を見て「同じような人がいるんだな」と感じてもらえたらいいなと思っていました。
サウンド面の課題──「自分の好みを突き詰めたい」
――「samurai」はジャズからの影響も感じるスリリングな曲です。
a子:「samurai」はフライロー(Flying Lotus)を意識して作りました。アニメ『サムライチャンプルー』のエンディングで、NujabesさんとMINMIさんのコラボ曲「四季ノ唄」のカバー動画を、昔YouTubeにUPしたんです。フライローをイメージしてドラムンベース・アレンジで作ったんですけど、それがずっと気に入っていて。レコーディング・スタジオでプレイヤーやエンジニアと一緒にできるような機会がきたら、絶対またやろうって決めていたんです。
今回はずっと好きだったサカナクションなどを手がけるエンジニアの浦本さん(浦本雅史)にお任せできたので、よしやろう! と思って「samurai」を作りました。
――Flying Lotusを意識したからこそ、ジャズの影響が滲み出たのかもしれませんね。
a子:ドラマーにはフライローの「Never Catch Me」の感じで叩いてほしいと伝えて、以前a子バンドをやってくれていた仁くん(竹村仁)に依頼しました。ストリングスは斎藤ネコさんに頼んでいます。「samurai」はこのEPの中で一番やりたかったことができた曲で、レコーディングが終わってからお家でラフミックスを聴いたら、感動して涙が出てきました。
――斉藤ネコさんは「samurai」の前に、「太陽」のバイオリンも弾いていますね。
a子:中村さんがたまたま現場が被ったことがあって、そこでお願いしてみたらなんとOKの返事をいただいて、「太陽」で弾いてもらいました。ネコさんはすごく引き出しが多い方で、しかも速い。「太陽」のレコーディングでも、「1回通しで、感覚でソロやってください」というむちゃくちゃなお願いをしたんですけど(笑)、6回くらい演奏してもらって、全部違うパターンで弾いてくれて。本当にプロフェッショナルだなって思いました。
――「太陽」は本作の中でもダンサブルな曲だと思います。
a子:「ベースから始まるカッコいい曲」みたいな特集を偶然SNSで見て、自分たちもやってみようかなと。そこでベース・ラインがカッコいいアーティストって誰だろうって考えて、Dua Lipaの「Don’t Start Now」を参考にしつつ、ポップな曲を作ってみようと思いました。
――なるほど。
a子:でも、これも「trank」と同じで、いつの間にか音作りの方に集中しちゃったんです(笑)。これを作っていたときって、ちょうど中村さんとふたりでThe Weekndにめちゃくちゃ感動していた時期だったんですよ。それでギターの音はThe Weekndの「Sacrifice」をリファレンスにしています。
――a子さんは〈londog〉というチームで、音源はもちろんMVなどの制作も行っていますよね。コレクティブ的な発想なんでしょうか?
a子:クルーみたいな感じですかね。a子がやりたいことをみんなで頑張って作る、というのが〈londog〉の概念です。みんな理想がすごく高いですし、それぞれが成長して外部のプロジェクトでも活躍するようなチームにしたいです。
――制作では中村さんのような理論派の人がいる上で、a子さんが感覚的にジャッジしている印象がありますね。
a子:本当にそうですね。中村さんは音楽に詳しくて、齊藤真純もすっごい音楽オタクです。それに真純はレゲエをちゃんとやってた人ですし、他のみんなもルーツがすごく深いと思います。MVなどでスタイリングを担当してくれている Yuki Yoshida(https://www.instagram.com/yukiiyoshiida) もめっちゃ勉強していて、そういう理知的な人たちに助けてもらいつつ、感覚的な部分は私が舵を取るというやり方をしています。
――最後に、2024年以降やってみたいことがあれば教えていただけますか。
a子:私は最初から(J-POPの)王道ができるタイプではないんですよね。トップ・アーティストと呼ばれる方々は、個性とポップスを合わせて昇華するような曲を作っていて、なおかつ大衆にも評価されていると思うんですけど、そこを目指す上では、a子の楽曲はまだまだ音の個性が弱いなって感じているんです。
――サウンド面に課題があると。
a子:やっぱり自分たちだけで音作りをしていると限界があるから、今後はシンセ、パーカッション、ストリングス、ブラスなどはそれぞれプロフェッショナルな人にお願いして、一緒に音作りしてみたいなと思っています。
――小森雅仁さんや浦本さんにオファーした『Steal your heart』は、来年やりたいことに向けての第一歩でもあるんですね。
a子:めちゃくちゃ第一歩です。私は浦本さんに憧れていますし、中村さんは米津さん(※)がめっちゃ好きなんですよね。今までレコーディングもミックスも自分たちで全部やっていたけど、それが「あたしの全部を愛せない」から初めてエンジニアさんにレコーディングからミックスまでお願いできて、ようやく夢がいました。『Steal your heart』は小森さんと浦本さんの2人で全部やってるんですよ? すごくないですか?(笑) 音がよくなって本当に嬉しいです。
※小森雅仁は米津玄師の多くの作品を手がけている
――次の作品はさらに楽しみですね。
a子:浦本さんと話していて、一流のアーティストがいかに音作りに時間をかけているかを知りました。そのくらいちゃんとした土台がないと、いくらエンジニアさんが素晴らしくても音がよくならないと。それを聞いて、すごく反省しました。来年はもっと時間をかけて、ギターやシンセも自分の好みをもっと詰めていきたいです。
【リリース情報】

[Blu-ray]

a子『Steal your heart』発売記念 STUDIO LIVE「Steal your love」
01. あたしの全部を愛せない
02. trank
03. samurai
04. 太陽

[ショップ別先着購入特典]

・タワーレコード:キャラステッカーA
・HMV:キャラステッカーB
・ヴィレッジヴァンガード:キャラステッカーC
・タワーレコード応援店:オリジナルコラボポスター
・ディスクユニオン:オリジナル缶バッジ

▼タワーレコード応援店特典対象店舗

渋谷店
京都店
広島店
池袋店
名古屋パルコ店
福岡パルコ店
神戸店
新宿店
町田店
名古屋近鉄パッセ店
なんばパークス店
※特典は無くなり次第、終了となります。
※一部取扱のない店舗もございます。詳しくは各店舗へお問合せ下さい。
【イベント情報】

日時:2023年12月16日(土) OPEN 17:30 / START 18:00

会場:大阪・梅田 Shangri-La
料金:ADV. ¥4,500 / DOOR ¥5,000(各1D代別途) ※SOLDOUT

日時:2023年12月26日(火) OPEN 18:00 / START 19:00

会場:東京・渋谷 CLUB QUATTRO
料金:ADV. ¥4,500 / DOOR ¥5,000(各1D代別途) ※SOLDOUT
主催:YUMEBANCHI(大阪)/CREATIVEMAN PRODUCTIONS(東京)

お問い合わせ:

YUMEBANCHI(大阪)06-6341-3525 [平日12:00〜17:00]
クリエイティブマン:03-3499-6669
■a子: X(Twitter)(https://twitter.com/mjgptw___ad) / Instagram(https://www.instagram.com/mjgptw___ad/)
a子のポップ・センスが磨かれ、変化の兆しが生まれた作品。数年経って振り返ったときに、『Steal your heart』はそう位置付けられるEPになるのかもしれない。
2020年のデビュー以来、早耳のリスナーの中でじわじわと注目を集めてきたa子。直近ではドラマ『初恋、ざらり』のオープニング・テーマに「あたしの全部を愛せない」が起用されるなど、2023年は飛躍的に注目度が増した1年になったはずだ。これまでリリースしてきた作品と比べても、そうした状況の変化は少なからず制作内容にも影響を与えたようである。
今作のトピックをひとつ挙げるとしたら、やはり著名なエンジニアを迎え入れたことだろう。それもOfficial髭男dismや米津玄師などの楽曲を手がける小森雅仁と、サカナクションやDaokoのエンジニアを務める浦本雅史という人選である。自身でレコーディング、ミックスまでを行ってきた作品と比して、音色がブラッシュアップされたのは明白だ。“理想への第一歩”を踏み出したというa子に、本作の制作背景や音楽的なリファレンスを語ってもらった。

Interview & Text by Ryutaro Kuroda

Photo by Goku Noguchi(https://www.instagram.com/___gokuuuu___/)
Styling by Yuki Yoshida(https://www.instagram.com/yukiiyoshiida)
Hair & Makeup by Natsuko Ogita(UpperCrust)(https://www.instagram.com/natsuko___ogita/)
「ポップスを作ろうと思った」
――メディア露出が増えた1年だったと思いますが、そうした注目度の変化はご自身に何か影響を与えましたか?
a子:ちょっとずつライブを観に来てくれる方が増えたなって感じています。それでポップスを作ろうと思って、『Steal your heart』ではメロディを中心に据えて制作しました。いつもはトラックを先に作って、後からメロディを乗せていたんですけど、「racy」と「あたしの全部を愛せない」はメロディを先に考えて作っています。
――ポップスを作ろうというのは、少しでも多くの人に届けたいから?
a子:そうですね。やっぱり少しでもいろんな人に聴いてもらいたいし、いいと思ってもらいたい。それで中村さん(中村エイジ/a子を中心とした、クリエイティブ・チーム〈londog〉に所属するキーボーディスト)と一緒に『ミュージックステーション』に出ているような、メインストリームのアーティストさんの曲をたくさん聴いてみたんですけど、そこで「メロディってめっちゃ大事なのでは?」って気づきました(笑)。日本で評価されている人はみんなメロディがいいんですよね。
――メロディを意識したことで、トラック作りに変化はありましたか?
a子:歌を支えるためのテンポやドラムのパターンを決めなきゃいけないのが難しかったです。でも、メロディが立ってる楽曲を聴いてくと、やっぱりシンプルなんですよね。余計な音を入れてない。
――なるほど。
a子:ただ、自分もついつい音を足しがちなので、引き算も意識した方がいいんだろうなって思いました。あと、今のトップ・チャートの作品を聴いていくと、ベース・ラインが動いてる曲が多くて。それに比べて、「うちら(の楽曲は)全然動いてなくない?」みたいなことも思って、ベース・ラインの細かいところも中村さんとじっくり話して制作しました。
――それでできたのが「あたしの全部を愛せない」?
a子:はい。やっとポップスっぽいものを作れたぞ、と思っていたんですけど。アーティストの友だちに感想を聞いたら、「めっちゃ変なメロディだね」って言われてショックを受けました(笑)。自分としてはこれ以上ないくらいポップな曲を作ったイメージだったんですけど、全然違ったという。
……なので、来年はもっとチャレンジしたいですね。a子を聴いてくれている人って、コアな音楽好きな方が多いと思うんですけど、その個性をポップスとして昇華した楽曲作りを目指したいです。
――「あたしの全部を愛せない」はサックスの音が効いていますね。
a子:作っているときにSam Gendelにハマってて、サックスはその影響ですね。私たちの場合、ポップスを意識して作ってると基本的にシンプルになっていくので、曲の個性がなくなったように感じることがあるんです。それでDメロは遊びたいと思って、サックスを取り入れることにしました。イメージはJose Jamesの「Just The Two of Us」の最後の方に出てくるトランペットですね。確か黒田卓也さんが吹かれているはずです。
――他にも制作中に影響を受けた作品はありますか?
a子:Steve Lacyのアルバム(『Gemini Rights』)にすごいハマっていて、「racy」のリファレンスにしました。
――Steve Lacyのどこが刺さったんですか?
a子:「Mercury」の《パーパパー》っていうコーラスが刺さって、「racy」にも《パーパパーパラパラ》っていうコーラスを入れています。ただ、途中で中村と「これはポップスじゃない」って話しになって、同じくらいハマっていたハウスの要素を足して4つ打ちにしました。
――なるほど。
a子:『ANTI BLUE』に入っている「天使」もハウスと組み合わせて4つ打ちで作った曲なんですけど、「racy」は「天使」の進化版をイメージしています。
あと、「racy」のアニメーションMVの原案は自分で考えたんですけど、『AKIRA』とか『攻殻機動隊』、『serial experiments lain』の感じが好きで、それに合わせた音色を意識しました。最初の声のリフレインは、菅野よう子さんみたいな世界観をイメージしていました。
自身のリアルな感情が投影された楽曲たち
――ハウス・ミュージックはa子さんの作品にやんわり通底している感じがします。
a子:そうですね。でも、やっぱり自分たちはロックが好きなので、土台にはロックがあります。
――a子さんのイメージするロックとは、どういうサウンドやアーティストだと思いますか?
a子:以前はロックといえば林檎さん(椎名林檎)で、あとはレッチリ(Red Hot Chili Peppers)とかNirvanaなどが真っ先に浮かぶ感じだったんですけど、今はアメリカのロックよりUKのロックの方が浮かびますね。
――レッチリもNirvanaもアメリカですね。
a子:ギタリストの齊藤真純がレッチリ好きで、これまでは彼のニュアンスが強く出ていたんです。中村さんと私はヨーロッパ感が好きなので、音はガツガツしていない優しい感じにシフトしてきました。「あたしの全部を愛せない」はbeabadoobeeのギターを意識して、壁みたいな歪んだギターをイメージしています。
――beabadoobeeのどういった点にシンパシーを感じていますか?
a子:beabadoobeeは90’s感もあるんですけど、今っぽいじゃないですか。あの感じがすごく好きです。beabadoobeeやDoja Catなど、一時期コーチェラに出るようなアーティストもみんなロック・アレンジでライブをしていて、「やっぱロックくる?」みたいな(笑)。日本でもそういった新しい感じのロックが盛り上がったらいいなと思っているので、ロックはずっと意識しています。
――「trank」は比較的これまでのa子さんらしさが出ている印象です。ダウナーな雰囲気がある曲ですよね。
a子:最初はアコギが鳴ってるポップスを作りたいと思っていたんですけど……いつの間にか自分たちの好きなカッコいい音作りに意識が奪われちゃって、最終的には好きなようにやっちゃった曲ですね。制作が終わってMVが公開されたあと、中村さんも「いつの間にかポップじゃない曲になっちゃったわ」って言ってました(笑)。
――《trunk にあたしを詰めてよ 寝苦しい夜になった》という歌詞がありますが、タイトルは「trank」になっています。つまり歌詞の中のスペルは“u”ですが、タイトルでは“a”になっていて、意識的に精神安定剤を意味する「trank」にかけたんでしょうか?
a子:そうですね。歌詞に出てくるのは車のトランクで、タイトルは暗い意味のスラングです。ちょっとした遊び心と言いますか、英語ペラペラのバンド・メンバーがアイデアを出してくれて、「その意見いただき!」みたいな感じでつけました。
――それはa子さん自身、そういう暗い側面がこの曲にあると思ったからですか?
a子:この曲を書いたとき、Radioheadをよく聴いていて。『Hail To The Thief』(2003年)が一番好きなんですけど、その暗さに引っ張られて、全体的に不安定な感じになったのかなって。
でも、Dメロでは《愛だけで、愛だけで歌えたらいい》って歌っていて、「愛情で生きていけないのがしんどいわ」みたいな、私の本音も入っている曲なんですよね。そういうちょっと情緒不安定な感じもあるから、「trank」っていうタイトルが合うんじゃないかなと思いました。
――EP収録曲には全て“愛”という言葉が入っています。でも、決してラブリーな感じではなく、愛の裏側にある背徳感とか感傷的な気持ちが表現されているように思いました。
a子:つい最近までは“愛”なんて恥ずかしくて歌えなかったんですよ。でも、ある時期……「愛はいつも」から歌詞に出てくるようになって。それはなんでかなって考えたら、当時彼氏がいて浮かれてたときなんです。その後別れて、全然ダメじゃん……というところをきっかけに作ったのが今作です。
――なるほど。
a子:アーティストって本当におもしろいなって思います。“愛”は恥ずかしくて使えなかった歌詞なのに、それしか言えなくなっちゃってる。よほど悔しかったんだろうなって思います。それで恋愛だけに限らず、人との関わりの中で生まれた負の感情で愛をまとめている曲を全体的に選びました。
――『Steal your heart』というタイトルは、どういうところからつけたんですか。
a子:「ハートを撃ち抜け」を英語にして、『Steal your heart』としました。全部に“愛”が入ってるけど、すごく暗いことばかり書いているから、愛で生きれないのは悲しいなと思って。もう「撃ち抜け」っていうか、「壊せ」みたいなイメージを込めました。
――ただ、負の感情を歌うということに関しては、以前の作品とも共通しているように思います。
a子:昔の歌詞は人生の嫌なこととか、社会に対する不満などを書いていましたね。「生きてるだけで偉くない?」みたいな。「bye」とか「情緒」ではそういうことを伝えています。どうせ人って死ぬし……でも、みんなもがいて生きていますよね。私もこういう感じで生きてますけど、皆さんもこの歌詞を見て「同じような人がいるんだな」と感じてもらえたらいいなと思っていました。
サウンド面の課題──「自分の好みを突き詰めたい」
――「samurai」はジャズからの影響も感じるスリリングな曲です。
a子:「samurai」はフライロー(Flying Lotus)を意識して作りました。アニメ『サムライチャンプルー』のエンディングで、NujabesさんとMINMIさんのコラボ曲「四季ノ唄」のカバー動画を、昔YouTubeにUPしたんです。フライローをイメージしてドラムンベース・アレンジで作ったんですけど、それがずっと気に入っていて。レコーディング・スタジオでプレイヤーやエンジニアと一緒にできるような機会がきたら、絶対またやろうって決めていたんです。
今回はずっと好きだったサカナクションなどを手がけるエンジニアの浦本さん(浦本雅史)にお任せできたので、よしやろう! と思って「samurai」を作りました。
――Flying Lotusを意識したからこそ、ジャズの影響が滲み出たのかもしれませんね。
a子:ドラマーにはフライローの「Never Catch Me」の感じで叩いてほしいと伝えて、以前a子バンドをやってくれていた仁くん(竹村仁)に依頼しました。ストリングスは斎藤ネコさんに頼んでいます。「samurai」はこのEPの中で一番やりたかったことができた曲で、レコーディングが終わってからお家でラフミックスを聴いたら、感動して涙が出てきました。
――斉藤ネコさんは「samurai」の前に、「太陽」のバイオリンも弾いていますね。
a子:中村さんがたまたま現場が被ったことがあって、そこでお願いしてみたらなんとOKの返事をいただいて、「太陽」で弾いてもらいました。ネコさんはすごく引き出しが多い方で、しかも速い。「太陽」のレコーディングでも、「1回通しで、感覚でソロやってください」というむちゃくちゃなお願いをしたんですけど(笑)、6回くらい演奏してもらって、全部違うパターンで弾いてくれて。本当にプロフェッショナルだなって思いました。
――「太陽」は本作の中でもダンサブルな曲だと思います。
a子:「ベースから始まるカッコいい曲」みたいな特集を偶然SNSで見て、自分たちもやってみようかなと。そこでベース・ラインがカッコいいアーティストって誰だろうって考えて、Dua Lipaの「Don’t Start Now」を参考にしつつ、ポップな曲を作ってみようと思いました。
――なるほど。
a子:でも、これも「trank」と同じで、いつの間にか音作りの方に集中しちゃったんです(笑)。これを作っていたときって、ちょうど中村さんとふたりでThe Weekndにめちゃくちゃ感動していた時期だったんですよ。それでギターの音はThe Weekndの「Sacrifice」をリファレンスにしています。
――a子さんは〈londog〉というチームで、音源はもちろんMVなどの制作も行っていますよね。コレクティブ的な発想なんでしょうか?
a子:クルーみたいな感じですかね。a子がやりたいことをみんなで頑張って作る、というのが〈londog〉の概念です。みんな理想がすごく高いですし、それぞれが成長して外部のプロジェクトでも活躍するようなチームにしたいです。
――制作では中村さんのような理論派の人がいる上で、a子さんが感覚的にジャッジしている印象がありますね。
a子:本当にそうですね。中村さんは音楽に詳しくて、齊藤真純もすっごい音楽オタクです。それに真純はレゲエをちゃんとやってた人ですし、他のみんなもルーツがすごく深いと思います。MVなどでスタイリングを担当してくれている Yuki Yoshida(https://www.instagram.com/yukiiyoshiida) もめっちゃ勉強していて、そういう理知的な人たちに助けてもらいつつ、感覚的な部分は私が舵を取るというやり方をしています。
――最後に、2024年以降やってみたいことがあれば教えていただけますか。
a子:私は最初から(J-POPの)王道ができるタイプではないんですよね。トップ・アーティストと呼ばれる方々は、個性とポップスを合わせて昇華するような曲を作っていて、なおかつ大衆にも評価されていると思うんですけど、そこを目指す上では、a子の楽曲はまだまだ音の個性が弱いなって感じているんです。
――サウンド面に課題があると。
a子:やっぱり自分たちだけで音作りをしていると限界があるから、今後はシンセ、パーカッション、ストリングス、ブラスなどはそれぞれプロフェッショナルな人にお願いして、一緒に音作りしてみたいなと思っています。
――小森雅仁さんや浦本さんにオファーした『Steal your heart』は、来年やりたいことに向けての第一歩でもあるんですね。
a子:めちゃくちゃ第一歩です。私は浦本さんに憧れていますし、中村さんは米津さん(※)がめっちゃ好きなんですよね。今までレコーディングもミックスも自分たちで全部やっていたけど、それが「あたしの全部を愛せない」から初めてエンジニアさんにレコーディングからミックスまでお願いできて、ようやく夢が叶いました。『Steal your heart』は小森さんと浦本さんの2人で全部やってるんですよ? すごくないですか?(笑) 音がよくなって本当に嬉しいです。
※小森雅仁は米津玄師の多くの作品を手がけている
――次の作品はさらに楽しみですね。
a子:浦本さんと話していて、一流のアーティストがいかに音作りに時間をかけているかを知りました。そのくらいちゃんとした土台がないと、いくらエンジニアさんが素晴らしくても音がよくならないと。それを聞いて、すごく反省しました。来年はもっと時間をかけて、ギターやシンセも自分の好みをもっと詰めていきたいです。
【リリース情報】

[Blu-ray]

a子『Steal your heart』発売記念 STUDIO LIVE「Steal your love」
01. あたしの全部を愛せない
02. trank
03. samurai
04. 太陽

[ショップ別先着購入特典]

・タワーレコード:キャラステッカーA
・HMV:キャラステッカーB
・ヴィレッジヴァンガード:キャラステッカーC
・タワーレコード応援店:オリジナルコラボポスター
・ディスクユニオン:オリジナル缶バッジ

▼タワーレコード応援店特典対象店舗

渋谷店
京都店
広島店
池袋店
名古屋パルコ店
福岡パルコ店
神戸店
新宿店
町田店
名古屋近鉄パッセ店
なんばパークス店
※特典は無くなり次第、終了となります。
※一部取扱のない店舗もございます。詳しくは各店舗へお問合せ下さい。
【イベント情報】

日時:2023年12月16日(土) OPEN 17:30 / START 18:00

会場:大阪・梅田 Shangri-La
料金:ADV. ¥4,500 / DOOR ¥5,000(各1D代別途) ※SOLDOUT

日時:2023年12月26日(火) OPEN 18:00 / START 19:00

会場:東京・渋谷 CLUB QUATTRO
料金:ADV. ¥4,500 / DOOR ¥5,000(各1D代別途) ※SOLDOUT
主催:YUMEBANCHI(大阪)/CREATIVEMAN PRODUCTIONS(東京)

お問い合わせ:

YUMEBANCHI(大阪)06-6341-3525 [平日12:00〜17:00]
クリエイティブマン:03-3499-6669

Spincoaster

『心が震える音楽との出逢いを』独自に厳選した国内外の新鋭MUSICを紹介。音楽ニュース、ここでしか読めないミュージシャンの音楽的ルーツやインタビュー、イベントのレポートも掲載。

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