ano、普通へのアンチテーゼ 1st TO
UR最終公演が僕らの心に残したもの

ano 1st TOUR追加公演 「お手お座りでハイ♡報酬」2023.10.01(sun)KT Zepp Yokohama
anoがかつてグループで活動している姿を自分は観たことがあり、彼女の実力についてはわかっているつもりだったが、近年のタレントとしての大成功によって、“アーティストano”のイメージはなんとなく薄らいでいた。「ちゅ、多様性。」の成功をもってしても、だ。だからこそ、10月1日に行われたano 1st TOUR追加公演 「お手お座りでハイ♡報酬」はかなりの衝撃だった。彼女のことをTVタレントとして好きでいるような層に1ミリもおもねることなく、自分のやりたいことを徹底的にやり切っていたのだ。「かわいい」「おもしろい」「不思議」、彼女の魅力はいろいろとあるが、終演後に彼女に対して自分が抱いた感想は「カッコいい」だった。
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そもそも、スタートから普通じゃなかった。不協和音のコーラスに耳障りなノイズ、ホラー映画でも始まりそうなオープニングかと思いきや、スクリーンにanoがキャラクター設定やデザインを担当した猫のキャラクター・ニャンオェが飛び出てくるという独特な滑り出し。
そして、「はじめまして、anoでーす!」という第一声とともにオープニングナンバー「デリート」がはじまったのだが、音がとにかくデカい。爆音と言ってもいいぐらいだ。耳をつんざくギター、anoのボーカルも鋭く鼓膜を刺激する。耳栓をしようと思ったがグッと堪えた。これは意味のある爆音だと直感的に感じたし、この音を浴びていたいと思ったのだ。この曲の照明は赤と白を基調としていて、敢えてanoの表情が見えないようになっていた。40~50歳の音楽ファンがこれを見たら、90年代に流行ったグランジを思い起こすかもしれない。続く、「ンーィテンブセ」なども含めてサウンドはとにかく荒々しく、激しい。しかし、彼女は過去の音楽をなぞっているわけではないし、いわゆる「ロックっぽい」パフォーマンスをしようとしているわけでもない。彼女から溢れ出る表現がたまたまそれだった、と言い表すのが適切かもしれない。とにかく、ポーズや虚飾がまったく感じられない。そこが気持ちいい。
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バンドメンバーはドラムとギターしかおらず、ベースやその他の音は同期で対応していた。それも興味深かった。ベーシスト不在の理由は不明だが、そのいびつなバンド編成も面白いと思った。
一方、照明をはじめとする演出は方向性が明確だった。曲によってシンプルだったり、レーザーが放たれたり、1本の1本の光に意志と目的が感じられ、anoの世界観を過不足なく表現していた。これが素晴らしかった。一見するとロックとしてくくりたくなる光景だが、これはano独自のエンターテイメントであるということが照明のデザインや細かな演出から感じられた。真の意味でオルタナティブを彼女はやっている。
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舌足らずなボーカルと鬼気迫るシャウトでパンパンに詰まったフロアを圧倒しながらも、MCになると「MC、本当に苦手」「見ないでください!」と恥ずかしがる。しかし、言うべきことはしっかり伝えた。「テレビで観てるあのちゃんだ、みたいな目もありますけど、傍観者にならずに」。つまり、遠慮せずにライブに飛び込んでこい、一緒にこの時間と空間を共有しようということだろう。
リフが鳴った瞬間に歓声が上がったのは「AIDA」。左右に揺れながら手を広げ、熱唱するano。比較的音数が少ないミッドテンポの曲ということで、彼女の歌がぐっと前に出てくる。正直、音程が常に安定しているわけではないけど、この曲で聴くことができるロングトーンの迫力はすごかった。anoの歌はピッチの正確さではなく、誠実さのほうが数倍大事。この曲を聴きながらそう感じた。
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前半でもっとも印象に残ったのは「普変」。尾崎世界観(クリープハイプ)が作詞作曲を手掛けた名曲だが、ano本人が作詞したのではないかと思うような内容だ。<ムカつく ちゃんとしてるのにいつもおかしくて それでもこれしかなかった 誰かが言う変なんて せいぜいたかが普通の変だ 怒ってる 別に普通>こんな内容の歌を歌う後ろで、スクリーンにはanoに関する悪口ツイートが次々と映し出されていく。さらにanoはフロアに乗り込み、観客の上に立ち、叫び、歌を吐き出していく。そこには妙な説得力があった。
まだ中盤なのにこんなピークを持ってきて後半はどうするのかと思ったら、幕間映像を挟んだあとにanoは衣装チェンジをし、前半のグランジな空気感とは違った、ポップスサイドのパフォーマンスを展開していく。「スマイルあげない」では4人のバックダンサーを従えて歌って踊り、さらにブルーチーズのゴムボートに乗って、フロアへと漕ぎ出す。船頭はano、漕ぎ手(?)はゴムボートを支える一人ひとりの観客。続く「イート・スリープ・エスケープ」でもゴムボートでフロアを徘徊し、曲の後半になってステージへ帰還する。驚いたのは、観客がしっかりanoを支えていたこと。これは両者の信頼関係の為せる技だろう。ちなみに、後日オンエアされた「あののオールナイトニッポン0」によると、こういった演出の数々はano自身のアイデアだったようだ。
そのあとも、猫じゃらしならぬ「あのじゃらし」を振りながら歌って踊る「コミュ賞センショーション」、サビで<SO DANCE WITH ME>と歌う、シンプルでありながらキャッチーな「Tell Me Why」と色とりどりな楽曲を次々と放っていくano。
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しかし、ポップス寄りとはいえ、テンションは変わらない。音は相変わらずラウドだし、聴きやすくしようという配慮は感じられない。そして、彼女の言葉も少しもポップではない。<休みは大体上下のジャージ だらしないとか押し付けないでね どうせ奴らの本音はダーティー>と歌う「絶対小悪魔コーデ」もそうだが、そこかしこにanoの主張が散りばめられている。ポップアイコンとして今やお茶の間にまで浸透している彼女だが、「こんなの聴いたらいけません!」と怒る真面目な親がいてもおかしくない。そんなふうに感じるポップス系のアーティストが日本に現れたのはいつ以来だろうか? 批判されることを恐れがちなJ-POPシーンにこれだけ堂々と自分の主張をぶちこんでいくアーティストの存在は清々しい。anoの何たるかの一端を掴んだ上で聴く「ちゅ、多様性。」はこれまでとは響きが異なった。
MCに入る前、しばしの間が空くのだが、歓声を上げたり、anoに対して言葉を投げかけるファンは非常に少ない。静まり返る瞬間すらある。彼女の一挙手一投足に注目しているのか、それを許さない空気感があるのかはわからないが、独特な雰囲気だ。
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最後のMCでは「ライブができるってことがうれしくて」と胸の内を語り始めた。「環境が変わったりして、不安にさせることが色々あったと思うんですよ。(自分の)発言がネットニュースになってコメントが何千件とかついて。誹謗中傷はいつものことなんでいいんです。でも、『こんな人についてって(ファンは)何が楽しいんだ?』って」。ここでフロアから励ましの声が飛ぶ。anoは、そんな状態だったからこそライブで直接ファンに会って時間を共有できることがすごくうれしい、という。しかし、彼女は付け加えた。「応援してほしいわけじゃなくて、励ましの言葉が欲しいわけじゃなくて、しんどいときに僕の音楽を聴いてくれたらいい、必要なときだけ必要としてくれたらいい」と。
周りに迎合することなく、自分を貫き通すというのは傍から見ているよりも大変だったりする。それは自分でもなんとなく想像はつく。「僕が僕のままでいるっていうのは大変なんですよ。バカにされるし、ナメられるし」とポロッと吐き出したのは、ライブハウスという彼女のホームが与える安心感からだったのだろうか。
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本編最後はano自らアコギを手にしての「SWEETSIDE SUICIDE」を披露し、アンコールではイノセントなボーカルで彼女自身が作詞作曲を手掛けたロックバラードの新曲「鯨の骨」を歌い上げた。「今日、ここに来てくれてありがとう。次会うときまで生きててください。また会おうね! ばいばーい!」とanoは軽やかにステージから去っていったが、彼女がこちらの心に残したものはズシリと重かった。なんか、すごいもんを観た。

取材・文=阿刀”DA”大志 撮影=鳥居洋介
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