役者生活50周年を迎える市村正親 7
回目の出演『スクルージ』、節目の年
に行う『市村座』にかける想いとは

2022年、『ラ・カージュ・オ・フォール』への出演を皮切りに、『ミス・サイゴン』など、自らのライフワークとも言える作品に取り組んできた市村正親。12月7日からは7回目の出演となる『スクルージ~クリスマス・キャロル~』がスタートする。また、役者生活50周年という節目の年となる2023年は『市村座』での幕開けを予定している。公演への意気込みや構想をうかがった。
■この歳になったからこそ、より実感を持って演じられる
ーー今回、『スクルージ~クリスマス・キャロル~』が7回目の公演となります。
最初に公演した時は45、6歳だったんだよね。スクルージが何歳かは分からないけど、あと10年生きるって感じではない。実年齢に近付いて、地でやれるっていうのはある。
長くやっているとやっぱり変わってくるけど、例えば『ミス・サイゴン』(のエンジニア役)は当時43、4歳でやった時のイメージが残ってる。スクルージも、初演の時はすごくパワーがあったと自分でも思うね。キーの高い歌も多いし出ずっぱりだし。体力のいる役だった。ただ、歳をとったからといってパワーダウンしたかと言ったら逆で、実年齢に近いからこそ実感を持ってできるようになった。今回は僕の中でどう展開していくのか楽しみですね。
最初の頃はメイクに1時間半くらいかけていたんです。もちろん今でも頑固なおじいさんっぽさを出すためにメイクはするけど、前ほどガチガチにする必要はないのかなって思う。
ーー実感を持ってという部分を掘り下げてお聞きしたいです。
昔は役を作っていたけど、だんだん作らなくて良くなってきました。変な話、ミュージカル『生きる』なんかは1日3回でもできると思います(笑)。
ただ、スクルージはずっと出ていて飛んだり跳ねたりしますし、最後はサンタクロースになりますから、『生きる』のようにはいかない。ただ、さっきも言った通りメイク時間は少なくなると思います。決めるところだけちゃんと決めて、あとは前ほど作り込まなくてもいいのかなと。あとは、彼が抱える孤独感などは分かるし、今までとは何か違うものが生まれるんじゃないかって気がするね。
4年ほど前、『クリスマス・キャロル』が生まれるまでを描いたディケンズの映画(『Merry Christmas! ロンドンに奇跡を起こした男』)で吹き替えを担当しました。あの映画でスクルージを演じた俳優さん(クリストファー・プラマー)が当時80代。あの方も実感を持って演じられたでしょうから、そういう楽しみが僕にもありますね。
市村正親
■あたたかい気持ちをもらえるのが魅力
ーー何度演じても感じられるこの作品の魅力はどんなところでしょう。
温故知新じゃないけど、自分の過去を振り返って自分のいいところを確かめて、どう生きるか考える。あとは、人は一人では生きていけない、みんなとの繋がりの中で生きていられるというところ。そのことに気付いて、あんなに頑固なスクルージがかわいいおじいちゃんになっていく。ラストは家族と一緒にクリスマスを過ごすんですよ。家庭のあたたかさや人々との交流のあたたかさを感じられて、1年の終わりに観るのにいい題材のお芝居だと思いますね。
この間、(脚本・作曲・作詞の)レスリー・ブリッカスさんが亡くなられたんだよね。アカデミー賞の追悼コーナーで紹介されていて、やっぱり素晴らしい作品を作ってくださったと思ったし、それを伝道師のように7回もやってきたというのはありがたいこと。今年もスクルージ爺さんをどう楽しく、おかしく、切なく、いやらしく、意地汚くやれるかなっていう挑戦です。
僕の父が70歳で亡くなっているのもあって、個人的に70歳ってひとつの区切りだったんです。70歳になるときはちょっと怖かった。でも、一生懸命やっていると今73歳だってことも忘れますね(笑)。そんな僕が実感を持って演じるスクルージ、楽しみにしていただければと思います。
■これまでの歩みを振り返る公演に
ーー続いて、役者生活50周年で行う『市村座』についてもおうかがいしたいです。
50年ってすごいよね(笑)。50年間、よく色んな役をやってきたなと思います。
僕自身が思うのは、『ミス・サイゴン』をやった時に英語が喋れなくてよかったってこと。英語を喋れる方って、海外で演じてるんですよ。そうすると役のイメージがすごくついてしまう。僕は日本でしかやっていないから、ニューヨークに行った時に『ファントム』と『ミス・サイゴン』のポスターの間に立って「両方出た」って写真を撮ったりしました(笑)。
他にも『スウィーニー・トッド』をやったり『屋根の上のヴァイオリン弾き』をやったり。今年なんかはゲイ(『ラ・カージュ・オ・フォール』)で始まってじい(『スクルージ』)で終わるんですよ。振り幅が大きくてバリエーションに富んでいます。
50周年というのは、24歳の時に『イエス・キリスト=スーパースター』(後の『ジーザス・クライスト=スーパースター』)のオーディションに受かったところから数えた年数。その前に西村晃さんの付き人もしていたけど、そこは含めず。『イエス・キリスト=スーパースター』から始まって、新しい作品で言うと『オリバー!』。劇団四季での17年間とその後の33年。間に1年半くらいのブランクがあるけど、当時の色んな裏話を交えて50年を振り返ろうと思っています。
市村正親
■裏話や生歌を交えて楽しく語りたい
『コーラスライン』では演出家から「ポールらしく振る舞え」と言われたからそうしたら「Mr.市村はあまりやる気を感じない」って怒られたとか(笑)、『オペラ座の怪人』のオーディションとか、色々な話があります。僕の著書である「役者ほど素敵な商売はない」に書いたことをうまく挟みながら、生だからこその歌も交えて語ろうと。
『ミス・サイゴン』のオーディションを受けた時の話なんかも。落ちた時は「受けてないよ」としらを切るつもりだった(笑)。あとは、「1本当てただけじゃ駄目だ」とある人に言われて『ラ・カージュ・オ・フォール』をやったら、僕があんまり美しいものだから化粧品セットが送られてきたり(笑)。そういう話をしつつ、歌いながら『オリバー!』までいこうと思ってるんですよ。
実は『オリバー!』は、何年も前から(プロデューサーのキャメロン・)マッキントッシュに「どうしてもやってほしい」と言われていた。でも、あんなに子どもがたくさん出る作品はやれないとずっと決めきれずにいたんです。でも、マッキントッシュが『メリー・ポピンズ』で日本に来て、初日に会っちゃって(笑)。
ーー市村さんのこれまでとともにミュージカルの歴史も学べる公演になりそうですね。
そうだね。『オリバー!』にはフェイギンの「シチュエーション」という曲がある。『ミス・サイゴン』でエンジニアが歌う「アメリカン・ドリーム」は、プレビュー公演中はなかったそうなんです。マッキントッシュが(脚本・作曲のクロード=ミシェル・)シェーンベルクに「フェイギンにはシチュエーションがある。エンジニアにも何か作ってあげなよ」と言ったことで「アメリカン・ドリーム」が生まれたなんて話もありますし、日本のミュージカル史も学べると思います。
一回一回のステージが大事な命の証みたいなものだってことを振り返りながら今までの50年間を見せようと思っています。
■名曲と名作を組み合わせた新たなスタイル
立体落語は最初『文七元結』をやって、この間は『芝浜』。今回は『死神』をやろうと思っています。僕が西村さんの付き人をしていた時代に、西村さんがいずみたくさんと笈田敏夫さんと組んで、ピンキー(今陽子)が死神、西村さんが葬儀屋でミュージカルをやったのでそれを原本に。そして相変わらず大団円の『俵星玄蕃』はおひねり目当てでやろうと(笑)。50周年だから、さぞかしたくさん飛んでくるでしょう(笑)。
市村正親
ーー市村さんにとって主戦場であるミュージカルの作品を、『市村座』で落語などの伝統芸能に落とし込む理由は。
講談は演出の髙平​(哲郎)さんが『マイ・フェア・レディ』の音楽に『たらちね』を乗せたのが始まり。その延長に、『ああ無常』や『二世たちのコーラスライン』がある。あれは僕のアイデアで、ファントムにも実は子供がいたって言うところからできた。やっぱり僕が出演しているミュージカルは名曲が多いから、曲を聞くだけでお客さまはすごくいい気持ちになる。そこに新しい歌詞を乗せるっていう髙平さんの作戦通りうまくいっているかなと。
『たらちね』を終えて、次を考えた時に、『文七元結』をやりたいと思ったんです。西村さんの付き人時代に、三木のり平さんと古今亭志ん朝さん、中村メイコさん、十朱幸代さんの『文七元結』を1ヶ月袖でずっと見ていました。だからその光景が焼き付いていて。
最初は大掛かりなセットを組んで、長屋や遊廓、橋も作って本格的にやったんです。次の『たらちね』はシンプルに立体落語話。立川志の輔さんやみなさん観にきてくれて「いやあ、私らの世界の話をこのような形でやるとは」と言われました(笑)。
やっぱりこっちは役者だから、演じ分けは得意なわけです。『クリスマス・キャロル』はスクルージ以外にも何十役もやってるからね。市村がやる古典落語というのも面白いかなと。名作はたくさんあるから。和もあれば洋もあり、歌もあって……と色々やるのも市村座らしくていいのかなと。最初は髙平さんのおもちゃだったけど、今は僕が髙平さんをおもちゃにしています(笑)。
今回は髙平さんに頼んで、僕の役者生活50周年を歌にしてもらいます。上柴(はじめ)さんに曲を書いてもらい、最後に歌おうと。僕が作るんじゃなく、髙平さんが見てきた市村の人生を詩にしてもらう。楽しみだよね。
■これまで出会わなかった作品とどんどん出会いたい
ーー50周年を迎え、この先挑戦したいことをお聞かせください。
最近はしんどい時もあります(笑)。でも、板に立ってる時は燃えてるよ。50年を過ぎたら、周りを引っ張っていくような役ばかりでなく、引っ張ってほしい気持ちはあるね。
ただ、シェイクスピアでは『リア王』や『テンペスト』が残ってる。この間、屋比久(知奈)を抱っこしたときに「屋比久だったらお姫様抱っこできるから、もし僕がリア王をやるときはコーディリアを頼むぞ」って話をした(笑)。壮大な話はエネルギーが必要だけど、やるなら面白いいい作品をやりたいしね。若い役はもう難しいから、重厚な大人の作品をやりたい。今まで出会えなかったような作品と出会えるのが楽しみかな。この仕事をしている以上、他人の激しい人生を擬似体験したいという気持ちはずっと変わらずある。役に対しては攻撃的に行かないと。保守的な芝居を見たってお客さんは楽しくないからね。
市村正親
取材・文=吉田沙奈    撮影=福岡諒祠

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