「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.25 正統派ミュージカル・コメデ
ィーの快作『バイ・バイ・バーディー
』のすべて

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

VOL.25 正統派ミュージカル・コメディーの快作『バイ・バイ・バーディー』のすべて
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 今年(2022年)10月18日(火)に、KAAT神奈川芸術劇場(ホール)で、初日の幕を開ける『バイ・バイ・バーディー』。1960年に初演された、ブロードウェイ史を語る時には欠かせない作品だ。しかし、意外や日本での上演は今回が初めて。ここでは、作曲を手掛けたチャールズ・ストラウスの話を絡めつつ、この愛すべき佳作のヒストリーと見どころに迫りたい。

■バーディーはエルヴィスがモデルだった
 まずは粗筋を紹介しておこう。ちなみに「バーディー」とは、本作に登場するロックンロール歌手コンラッド・バーディーの事。人気絶頂の彼が、軍隊に召集される事になりファンは大ショック。マネージャー兼座付きソングライターのアルバートと、秘書兼恋人のローズは、そこで一計を案じる。ファンクラブから一人の少女を選びテレビに出演させ、新曲を歌うバーディーが、彼女にキスを贈る趣向だ。めでたく選ばれたのは、オハイオ在住のキムちゃん。かくしてのどかな田舎町に、バーディーがやって来た。我を忘れて熱狂するティーンエージャーに大人たちは渋い顔。傍若無人なバーディー君に、街中振り回されて大騒ぎ、てなお話だ。
 バーディーのモデルとなったのが、今なお人気が高いロックンロールの帝王エルヴィス・プレスリー。折しも7月1日に公開され大ヒットした、バズ・ラーマン監督がその実像に肉迫する映画「エルヴィス」でも触れられたように、社会現象となった彼の徴兵騒動(1958年入隊)を痛烈に皮肉ったミュージカルだった。同時に、ヴェトナム戦争に介入する以前、ひたすら大らかで健全だったアメリカの楽天性が横溢する作品でもあったのだ。
初演プレイビル。アルバート役のディック・ヴァン・ダイク(右)と、ローズを演じたチタ・リヴェラ
 ブロードウェイ初演は、後述する映画版にも出演し、以降「メリー・ポピンズ」(1964年)などに主演したディック・ヴァン・ダイクがアルバート役。ローズ役を、『ウエスト・サイド・ストーリー』初演(1957年)でアニータを演じ脚光を浴び、現在も大現役のチタ・リヴェラが演じて好評を博す。作詞作曲のストラウスとリー・アダムス(作詞)に加え、脚本がマイケル・スチュワート(『BARNUM』)。そして振付と演出は、映画やナイトクラブでダンサーとして活躍後、舞台の仕事に転じたガワー・チャンピオンと、新しい才能が集結した作品だった。トニー賞では、最優秀作品賞を始め、振付賞&演出賞(チャンピオン)、助演男優賞(ヴァン・ダイク)の4部門で受賞。続演607回のロングランを記録している。

■ストラウスかく語りき
 ストラウスと言えば、日本では毎年再演を重ねるファミリー・ミュージカル『アニー』(1977年初演)でおなじみ。『バーディー』は彼にとって、ブロードウェイ・デビューとなった作品だった。NYの音楽学校でクラシックの音楽理論を学び、卒業後は生計を立てるため、オーディションやストリップ劇場のピアノ伴奏で腕を磨く。やがて、作詞家リー・アダムスと組み小劇場のレヴューを創作。才能を認められた彼らが抜擢された仕事が、『バーディー』だった。私が十数年前、ストラウスに取材する機会を得た時に、当時の想い出を語ってくれた。
「プロデューサーからは、『ティーンエージャーが主役のミュージカルを』との依頼だった。でも良いアイデアが思い浮かばないでね。丁度その頃、エルヴィスの入隊でファンが大騒ぎをしていた。これをパロディーにして、ミュージカルで見せたら面白いと考えたのが、リーと脚本家のマイケル(スチュワート)だったんだ。早速3人で、脚本と曲作りに取り掛かった。マイケルがセリフを読み上げると、『そこはセリフで説明するより、こんな感じの歌はどうかな?』と私がピアノを弾く。すぐにリーが、曲のタイトルを思い付いて歌詞を書き始める。こんな具合に、アイデアを出し合いながら作品を創り上げるのは実に楽しかったよ」
作曲家チャールズ・ストラウス Photo Courtesy of Charles Strouse
 前述のピアニスト時代に、「流行歌はもちろん、あらゆるジャンルの音楽を吸収した」と語るストラウス。本作は、バーディーが歌うロック調の〈アーネストリィ・シンシア〉や、今もオールディーズ系のコンサートには欠かせない美しいバラード〈ワン・ボーイ〉など懐かしのポップス系歌曲が出色だ。後は正調ミュージカル・コメディー系のナンバーで固められており、アルバートが、バーディー徴兵を悲しむファンの少女を励ます〈笑顔を見せてごらん〉や、バーディーを中心に派手に展開する〈やる事がいっぱい〉、キムの両親が若者たちの素行を嘆くコミカルな〈キッズ〉など、親しみ易くキャッチーな旋律がストラウスの才能を物語る。

■アン=マーグレットの魅力が炸裂する映画版
1963年公開の映画版『バーディー』プログラム
 そして『バーディー』の知名度を更に高めたのが、1963年公開の映画版。ヴァン・ダイクを筆頭に、ローズ役のジャネット・リー(映画「サイコ」)、初演でもキムの父親に扮したコメディアンのポール・リンドら達者なキャストが顔を揃えたが、全編をさらったのがキム役のアン=マーグレットだった。溌溂とした彼女はキュートこの上なし。何よりも素晴らしいのがダンスで、バーディーやティーンエージャーたちと共に歌い踊る長尺のナンバー〈やる事がいっぱい〉で見せる、俊敏でキレの良い踊りには感嘆あるのみだ。映画版の振付を担当したのは、ブロードウェイ畑のオナ・ホワイト(『ザ・ミュージックマン』初演)。アン=マーグレットは、細部まで凝りに凝ったホワイトの振付を完璧にこなし息もつかせない。
〈やる事がいっぱい〉を歌い踊るアン=マーグレット。後ろはバーディー役のジェシー・ピアスン
 映画用に、ストラウスとリーが書き下ろしたタイトル曲〈バイ・バイ・バーディー〉は、公開時に大ヒットした(日本では中尾ミエのカバー盤で知られる)。ただし映画では、舞台で歌われたナンバーを数曲カットし、曲によっては歌うシチュエーションを変更しているものの、これはブロードウェイ・ミュージカルの映画化では常套手段。本作の場合は適切な処理だった。
 また、オハイオに到着したバーディーが、市庁舎前で〈アーネストリィ~〉を歌い出すと少女ファンは興奮の極み。そればかりか、中年の市長夫人までが大股開きで何度も失神と、ギャグ面も抜かりなし。何とも楽しい一作に仕上がっている。監督は、ミュージカル映画のベテラン、ジョージ・シドニー(「アニーよ銃をとれ」)。DVDは、復刻シネマライブラリーからリリースされた(現在も入手可能)。舞台版観劇前の予習に最適だ。
映画公開時に発売されたサントラLP(輸入盤CDかダウンロードで購入可)
■これからの『バーディー』に期待
 以降『バーディー』は、ティーンエージャー・ミュージカルの定番として、アメリカ全国のハイ・スクールやアマチュア劇団が頻繁に上演。1991年には、トミー・チューン(アルバート)とアン・ラインキング(ローズ)が主演のツアー公演が国内やカナダを巡演した。その後1995年に、ジェイソン・アレグザンダーとヴァネッサ・ウィリアムズの主演でTV版が放映。演出を、先に述べたツアー版や、ニール・サイモン作品を多く手掛けたジーン・サックスが務めるも、活気に乏しい凡庸な出来に終わった(日本でもビデオとDVDで発売されたが、現在は廃盤)。
1995年のTVバージョンDVD
 ブロードウェイでは2009年に、約半世紀振りにリバイバル。この公演は観る事が出来たが、残念ながら長年の『バーディー』ファンの私が、思わず落胆するような舞台だったのだ。ヴァラエティ誌の劇評曰く、「ティーンエージャーが発散するイノセントなエネルギーが、ほとんど捉えられていない……」。悲しいかな批評は的を射ていた。しかし最後に観た『バーディー』がこれでは、いたたまれないではないか。そこへ初の翻訳上演の吉報だ。ブロードウェイ再演の記憶を一掃するような、充実したプロダクションを心待ちにしよう。

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