SHE’Sが急遽無観客での配信となった
ツアーファイナルで伝えたこと

SHE’ S Tour 2020 〜Re:reboot〜 2020.12.5 なんばHatch
待機画面から切り替わると、そこに映ったのはステージの様子ではなく、なんばHatchの外観だった。そのまま一人称視点でゲートをくぐり、ロッカー脇のエスカレーターから上階へ。そしてドアを開け、感染対策のためクリアランスを保って設置された座席の一つに座る――。
12月5日、SHE’ Sが7月にリリースしたアルバム『Tragicomedy』とともにまわったツアー『SHE’ S Tour 2020 〜Re:reboot〜』がファイナルを迎えた。彼らは早々に打ち出した“SHE’ S WAY”という独自の感染予防対策を講じ、本来よりキャパシティを減らしながらも、ここまでの9公演を有観客ライブでまわってきた。しかし、地元・大阪で迎えたファイナルの会場にオーディエンスが集まることは叶わなかった。
公演の前々日の段階で大阪府から出た「不要不急の外出自粛」の要請を受け、これまで積極的な感染要望策を徹底してきた彼らは、いくらファイナルだからと言ってここで強行するわけにもいかない、という判断を下さざるを得なかったのだ。傍から見ている僕ですら悔しさや憤りを感じるのだから、本人たちの胸中は察するに余りあるが、この日のライブに悲壮感が滲むことは皆無だった。むしろ、同じように悔しさを抱えているであろうファンの気持ちを正面から抱きとめて幾分か浄化させ、代わりに明日への活力をそっと手渡すような、そんなライブを展開してくれた。
マルチアングルでの配信自体は有観客でも行う予定だったとはいえ、本来は配信をメインに構想されたライブではない上、準備期間もほとんどなかったと思われるが、前述したオープニング映像しかり、過去の配信ライブでも活躍したサンプラーから出す歓声(?)しかり、広瀬臣吾(Ba)が積極的にチャットを拾おうとする姿勢しかり、この春以降の経験と、それに基づく工夫が活きたライブでもあった。とはいえ、全体的にはやはりライブハウス仕様のライブ。配信前提で演出に趣向を凝らしたものも多い中にあって、潔いくらいストレートに“いつもの”ライブを見せてくれたことが、むしろ彼らのライブの美点を浮き彫りにしていたようにも思える。
打ち込みビート主体のクールな音像がじわじわと高揚を誘う「Unforgive」から、ストリングスをあしらった妖しげで軽やかな音で揺らす「Masquerade」へとつなぎ、序盤のうちに「Over You」や「Un-science」といったライブチューンを惜しみなく繰り出していくセットリストは、ツアー2公演目の東京で観たときと基本的に同じ。隙間多めのジャジーなグルーヴと服部栞汰による軋むロックギターの掛け合わせで新境地を拓いた「Ugly」からの流れで、「Clock」「Night Owl」とつながるブロックは過去曲のチョイスが秀逸だ。
そういえば東京の終演後、「過去一番好きなセトリかもしれない」とメンバーに伝えたら、「陽気な曲、あまりやってないんですけどね」と笑っていたのだが、たしかにアルバム『Tragicomedy』には速い曲や激しい曲は少ないし、それらと呼応する過去曲も比較的シリアスなものやエモーショナルなものが多いのは事実。じゃあ、それによって暗い雰囲気のライブになったのか?といえば答えはノーで、むしろこのくらいの温度感、質感のSHE’ Sが好きだ、という方はかなり多いんじゃないだろうか。
中盤のMCでは、急遽無観客配信ライブとなったことに触れ、「もちろん悔しいですけど、生配信でも出来てよかった。それはマジで思う」と井上竜馬(Vo/Pf)。来場が叶わなかったファンへ向け、「またやるから、俺たちは。それまで日々諦めずに」「一緒にまた歩んでいってほしいなと思います」と言葉をかけると、「Your Song」を披露する。そこから服部のアコギにナチュラルな調子で井上が歌を乗せる「Not Enough」、さらに「Letter」「Ghost」という新旧の名バラードが並んだシーンはハイライトのひとつだろう。毎回エモさ極まる「Ghost」のラスサビ〜アウトロでは、いつも以上に感情を迸らせるような熱演。マルチアングルを活かして個々のメンバーのプレイや表情も存分に焼き付けることができたのは、配信ならではだ。ただし当たり前ですが、戻し忘れるとずっと特定のメンバーが映り続けます(何度かやりました、僕)。
木村雅人(Dr)が有観客時と同じように立ち上がってMCをした結果、カメラから見切れて視聴者からツッコミを受ける、という“らしさ”全開のやりとりに笑った頃にはライブは折り返しを過ぎたあたり。ハンドクラップがよく似合うUSポップス風の「Blowing in the Wind」でハンドマイクを持った井上がリズミカルな歌唱をみせたあと、リモート・コール&レスポンスから流れ込んだのは「Dance With Me」だ。底抜けに明るい曲だけに、こういう曲は案外置き所が難しかったりするのでは?と想像するのだが、「Blowing in the Wind」との前後関係はだいぶしっくりくる。さらにダメ押しの「The Everglow」でボルテージはピークに達した。
「音楽に世界を変えることはできないけど、人一人を変えてしまう力があるってことは俺たちが実証します。俺もたった一曲から始まって、コピーバンドを組んで、自分の曲を書いて。自分の思ってることに共感してくれる人を見つけて、その人たちに背中を押されて今は人生を歩んでます」
ライブ終盤、井上が語り出す。
「この『Tragicomedy』というアルバムを生み出して、ツアーをできて、心から幸せやと思いました。同時に、この音楽を愛してくれる人には、沢山笑ったり泣いたり怒ったりしながら、その全てを噛み締めながら生きていってほしいなと思いました」
『Tragicomedy』は、井上のパーソナルな経験と心情が礎となり、“人の心”をテーマに制作されたアルバムだ。今年は奇しくも、家から出ない期間があったり会いたい人に会えなかったりと、誰もが自らの内面と向き合うことの多い一年になったが、そうでなくとも人間の心はそんなに「楽しい」ばかりではないし、むしろそうではないことの方が多いからこそ、「楽しい」瞬間のかけがえのなさが際立つ。そして、そういうあらゆる感情の積み重ねが人生となっていく。
そう思えば、彼ら曰く「陽気な曲はあまりない」作品とツアーはそのぶん、これまで以上に誠実でリアルな、核心に近い言葉と音に触れられたツアーでもあったのではないだろうか。ラストはそんなアルバムを象徴する表題曲「Tragicomedy」を、画面越しの一人ひとりに向けて静かに、丁寧に届けてくれた。
アンコールでは嬉しい告知もあった。東京と大阪、それぞれの野音で初のワンマンを開催、しかもさらなる重大発表まで控えているというものだ(12月10日にYouTube生配信で発表)。SHE’ Sは実際、コロナ禍でかなり振り回されたバンドのうちのひとつだけれど、苦心しながらも道を作り進んできた。結果として何まわりもタフになり、自分たちの在り方にもより自覚的になったであろう映る彼らは、いま一段と頼もしく映る。先の見通せない日々はもうしばらく続きそうだが、再会の約束を交わすかのように示された次の一手。詳しい内容はまだ聞いていないが、何にせよ必ずまた心躍らせてくれるに違いない。

取材・文=風間大洋 撮影=ハヤシマコ

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