大竹しのぶが語る、禁断の恋に身を焦
がす女“フェードル”~栗山民也演出
、そして古典劇の面白さとは

フランスの劇作家ジャン・ラシーヌがギリシャ悲劇を題材にして書き上げ、1677年に初演した舞台『フェードル』。アテネ王・テゼの妻、フェードルが義理の息子であるイッポリットに恋をしてしまうことから起こる悲劇を描いたこの作品は、17世紀フランス古典文学の最後を飾る金字塔としても広く知られている。2017年には満を持して栗山民也がこの作品の演出に取り組み、フェードルを演じた大竹しのぶの圧巻の演技も相俟って大きな話題となった。その伝説の舞台が、3年ぶりに蘇る。ある意味、破壊的とも言えるほどに激しい情愛を相手にぶつけるタイトルロール、フェードル役に再び挑むことになった大竹に、作品への想いや栗山演出の面白さなどを語ってもらった。
ーー『フェードル』が再演されることになり、現在の率直な心境はいかがですか。
3年前にこの舞台をやった時点で、栗山さんは「絶対にこれは再演するよ」とおっしゃってくれていたんです。そのくらい栗山さんにとっても手応えがあったんだなと思って、すごく嬉しかったです。それ以降、いつ再演するんだろうと思っていたので、このタイミングになったというのもすごいなと感じました。だって今、世界的規模でコロナ禍にある最中で、特に劇場の場合はブロードウェイもウエストエンドも年内は開かないかもしれないと言われているわけですから。日本もしばらく劇場は閉ざされていて、客席を半分にして上演したりしてますけれど今後も状況次第でどうなるかはわからない。もちろん、徐々に良い方向に変化していくはずだという、かすかな希望は持っていますが……。そんな状況の中で公演を始動するのですから、勇気を持ってやっていかなければと思っています。しばらく公演中止や延期が続いていた期間中の溜まりに溜まったエネルギーをこの作品で、ぶっ飛ぶくらいのパワーで炸裂させていきたいと思います!(笑)。
ーー新たにどんな点を、パワーアップさせようと思われていますか。
この戯曲自体が、そもそもすごいパワーを持っていますから。とりあえず今回は出演者が何人か変わりますので、この新しい出会いがどんな化学反応を起こすかがまずは楽しみです。前回から引き続きご一緒できるのは(キムラ)緑子ちゃんと、谷田(歩)さんと私の3人。ただし谷田さんはテラメーヌ役からテゼ役に、役が変わるんです。
ーー振り返ると、前回の稽古場はどんな雰囲気でしたか。古典劇かつ会話劇で、あれだけ激しい感情をぶつけあう芝居だと、稽古場のムードもすさまじいものがあるのかなと思ってしまいますが。
演じている側としては、全て感情を解放するので、ひたすら「ああ、今日もよく動いた、楽しかったな」って感じなんですけどね。栗山さんは演出が細やかなので、他の人の稽古を見ていても本当に楽しくて。たとえば若い二人が告白する場面なんて、すごくドキドキしちゃうんです。「背中から言うかー!」みたいなね(笑)。稽古場でワクワクできるというのは、一番幸せな時間だなと思います。​
ーー改めて、栗山さんに演出をつけていただくことに関してはいかがでしょう。
栗山さんと初めてご一緒したのは井上ひさしさんの『もとの黙阿弥』(1983年)という作品で、この時の演出は木村光一さんで、栗山さんは演出助手だったんです。そのあとしばらくたってから『太鼓たたいて笛ふいて』(2002年)で初めて演出していただいたんですが、あの時も本当に稽古場に通うのが楽しくて仕方がなかったです。栗山さんの稽古場って学ぶ喜びがあるというか、学生に戻った気分になれるんです。栗山さんは、なんでもすごく細かく決めてくださるんです。「3歩動いてちょっとこっちを向いてから、セリフを言ってみて」とか。映画監督では山田洋次さんもそうで、もっと前の時代になると宇野重吉さんもそうでした。「目線を落として、首を動かしたあとにため息をついてみて」とか。これがまた、言われた通りにやると役がスーッと入ってくるんです。私の場合は「自分で考えなくても、考えてくれるんだ!」なんて思ってしまっていますけれど、きっと「もっと自由に演じさせてよ」って思う人も中にはいるでしょう。だけど栗山さんがやって見せてくれると、お上手ですし、ものすごく面白いんです。決して無理強いをするわけでもなくて、私とかには「やりたくないことはやらなくていいから」っておっしゃってくれていますし。栗山さんの演出を受けることは、おそらく若い人にはとても勉強になるだろうなと思います。​
ーーフェードルという役はかなり激しい感情を表現しなければならないですし、精神的にも大変そうに思いますが。
でも、この物語はギリシャ悲劇をもとにしているだけあって、いろいろな神が出てきますから。愛の女神、ヴィーナスに矢で射抜かれたせいで王子を好きになったりしますし。ヴィーナスに矢で射抜かれるなんて、なんだかうれしくないですか?
ーー射抜かれてみたいですか?(笑)
でもヘンな人が相手だったらイヤですけど(笑)。今回の林くんみたいに若い素敵な王子だったら絶対嬉しいし、それも観ている人が「イヤーン」って気持ちになるくらいに思われたら楽しいですね。
ーー観ているほうもフェードルと一緒になって恋焦がれたり、キーってジェラシーを感じたりできたら、より面白そうです。
はい。芝居によって人間の感情が駆け巡るというのは、まさに演劇の原点だと思いますし。そう考えると、ギリシャ悲劇は芝居の原点なんだということをすごく強く感じます。そこに神も存在するから、よけいに大きい感情になるんです。憎しみは百倍になるし、愛も百倍になる。中途半端な愛し方ではなくなる。そこがこの作品の面白いところだと思います。凝ったセットがあるわけではなく、本当に何もない空間の中で激しい言葉の応酬があり、感情の応酬がある。ということは、役者の声と肉体だけでそれを見せなくちゃいけないわけです。そうなるとマグマのようなエネルギーを役者同士でぶつけ合わないと、つまらないですから。言葉をきちんと、自分の内側から全力で出していかないと。そういう意味でもやっぱりギリシャ悲劇とかシェイクスピアは、本当に面白いなと思います。
ーー大竹さんの場合、役を演じる時はスイッチで切り替える感覚ですか?
スイッチで切り替えますね。緑子ちゃんにいつも言われるんですが、緑子ちゃんが本番5分前に舞台袖にスタンバイして役の気持ちになって集中を高めているところに、私がタタタタって出番の直前ギリギリにやってきてそのまま舞台に出て行くものだから「なんなんだアイツは、私のこの5分間を返せー」と思っているって(笑)。私は、舞台に出る瞬間にスイッチが入る感じなんです。
ーーとなると、芝居が終わったあとは演じていた役は引きずらないタイプですか?
全然、引きずりません。幕が下りた次の瞬間には、もう「牛乳はまだ冷蔵庫にあったかな」とか「明日のお弁当のおかずは何にしようかな」なんてことを考えています。
ーーすぐに日常に戻れる。
戻れますね。特に子供が小さい頃はそうでした。
『フェードル』より大竹しのぶ
ーー初演の時には「古典劇やシェイクスピアはスポーツみたい」とおっしゃっていましたが。それは、古典劇に限ったことなんでしょうか。
古典劇に限りませんが、ギリシャ悲劇やシェイクスピアの時に特にそう思うんです。最初に出演した古典劇は『エレクトラ』でしたが、あの時に思い切り心を解放できる感覚を味わいました。でも、やっぱり栗山さんの演出で『エレクトラ』をもとにした『喪服の似合うエレクトラ』をやった時は、あれは現代戯曲になるからか、同じエレクトラなのになんだかとても苦しかった。神様と対話をしてしまうような、古典劇のほうが気持ち的にはむしろラクなんです。​
ーー自分とは、まったく違う存在だからでしょうか。
そうですね。自分の責任ではなく、神のせいで彼を愛してしまったんだ! とか、神の力に助けてもらえるはずだ! とか。「えーい、憎しみの神よ来い!」というような、ちょっと超越した力をもらえる感覚があって。
ーーその感覚が、演じることの原点にもつながるんですね。
そう、そこが面白いんです。それに、何かで読みましたが精神科の治療の一環で、シェイクスピアの独白の長いセリフを患者さんに言わせてみることがあるらしいんです。たとえ血みどろの激しい内容のセリフでも、元気になれちゃうというか。
ーーシェイクスピアのセリフに、そんな効果があるとは。今回の『フェードル』も悲劇で、なかなかすさまじい展開になっていきますが、でもそれを観て元気になれるかもしれませんね。
きっと、「えっ、暗―い」とかではなくて「あーっ、オモシロかったー!」って言ってもらえるお芝居になるんじゃないかなと思います。感情が激しく動くことで、血が巡る療法でしょうか(笑)。
ーーギリシャ悲劇や古典劇だというと、一見とっつきにくいと思われがちですがこの作品はそんなこともなく。
だって、本当に単純なお話ですから。オバサンが若い子を好きになって、でも若い子は若い女の子が好きで。どうしたらいいの? と悩んで乳母に打ち明けるとひええーって驚かれるけど、だったら作戦を立てましょうってことになったら、今度はだんなさんが死んだというんで「やったあ!」って喜んだと思ったら、実は生きていることがわかり、嘘よー! ってなる、みたいな。そういう話です(笑)。
ーーものすごく簡単に、物語を紹介していただきました(笑)。
でも本当に、こういうストーリーなんです。これを、いかにも難しいことのように必要以上に重々しくやったとしたらきっとつまらないでしょうけど、台本に書かれた通りに「好きなの!」とか素直に感情をぶつけていけば「イヤだあ、フェードルってマジおかしいよね」ってなるから、きっと面白く観ていただけると思います。
ーー今回、そのフェードルが恋焦がれるイッポリット役には林遣都さんがキャスティングされました。初共演だそうですがどんな印象をお持ちですか。
私のお芝居を何回か観に来てくださって、楽屋でお会いしたことがあるんですけど。すごくお芝居が好きで、向上心もすごくあって純粋な方だなという印象があります。だけど今回も大勢出演者がいるわけでなく、8人だけのカンパニーですから。林くんもそうですけど、みんなと早くなんでも言い合える仲間になりたいなと思っています。いろいろなことを聞きたいし、私もアドバイスできることはアドバイスしたいし。ミュージカルとか音楽があるお芝居の時には、同じ音を出したりすることで初めて会った人とも一瞬で仲良くなれてしまうんですけど、今回はそういうお芝居ではないですし。日本の役者さんだとどうしても、演出家を先生と呼んだりもするし、先輩に対して遠慮したり、仲良くなるまでにちょっと時間がかかる時もありますが、そんなことにゆっくりしている場合ではないから、パーンと一気に仲良くなって、みんなでいいものを作りたいなと思っています。​
ーーでは最後にお客様へメッセージをいただけますか。
来年1月の本番のころ、どんな状況になっているかはまだわからないですが……。だけどお客様も大変な思いをして、それでも観たいと思って来てくださるわけですから、その気持ちには応えなくては。もちろん万全な感染対策を行って、万全な体制でお芝居をして、絶対に「やっぱりナマでお芝居を観て良かった、劇場まで足を運んで良かった」と思っていただけるようなものをお観せできればと心から思っています。​
取材・文=田中里津子

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