美輪明宏主演の『毛皮のマリー』は猥
雑にして哀しく美しい伝説の舞台

1967年、劇団天井桟敷を主宰する寺山修司が美輪明宏(当時は丸山明宏)に“あて書き”したという伝説の舞台作品『毛皮のマリー』。寺山亡き後は美輪が自ら演出し何度も上演を重ねている、演劇史に残る傑作舞台だ。男娼・マリーと、マリーが自分のことを“お母さん”と呼ばせている美少年・欣也との奇妙かつ淫靡な関係、さらに美少女・紋白や下男らといった、二人に絡む人々の姿を猥雑に、ゴージャスに、そして哀しく描いていく。3年ぶりに、主演の美輪が演出、美術を手がける2019年版の今回は果たしていかなる舞台になりそうか、美輪本人に語ってもらった。
ーー美少年・欣也役や、名もない水夫役は今回もオーディションだったそうですが。どのようなオーディションで、どんな方を選ばれたんですか。
美少年と水夫、あとは裸に近い格好でラインダンスをするダンサーたちを、それぞれ背格好から声、役の解釈の仕方などで選ばせていただきました。たとえば、ある場面の台本をその場で渡して読んでいただき、勘がいいかどうかを見ました。やはり人生経験が乏しいと、その役を解釈できない方もいますので。そして台詞を発する時の声も、とても大事です。その本人の知識、教養、人生経験、人格、そういったものすべてを代表して出てきたものが、声ですから。
ーー特に水夫役にはバリトンのような低めの声の方を、ということでしたが。
音域というのも、大切なんです。平和な時代になったからか、最近は男女とも細くて高い声の方が多い。わたくしは戦争中からずっと人間を見てきていますが、時代によって、政治状況や社会状況に合わせて、顔かたちや声の質が変わってきているように思います。食べ物や生活様式の違いもあるのでしょうけれど。インターネットやSNSを利用することで、実際に声を出して長話をするということがあまりなくなっているせいなのか、今の人は話し声に力がないんです。ですから、そこのところも用心しながら採用させていただきました。​
美輪明宏 撮影:御堂義乗
ーー寺山修司の世界を表現するのに、必要なものとは。
寺山修司というのは化け物ですから、厄介なんです。作品を見ると洗練されてお洒落で、ヨーロッパ風で知己に溢れた雰囲気もあります。けれど、本人は青森弁丸出しでしたし、それにコンプレックスも感じているのに、それを隠そうともしていなかったんです。それもあって『毛皮のマリー』ではラストシーンでそういった匂いをさせたいと思い、「南部牛追い唄」を流しているんです。確かに戦前、戦中、終戦後あたりのヨーロッパ映画の影響が、彼の作品にはものすごくありました。そのデカダンス、頽廃美みたいなものが漂う中に、いきなり女相撲が出てきたりするわけでしょう。今じゃ、女相撲なんて言ったって若い方は知らないかもしれませんけれど(笑)。それが点景としてちょっと出てくるだけで、ガラリと雰囲気が変わるんです。そして今回、何より心強いのは麿赤児さんが下男と醜女のマリーという持ち役でカムバックしてくださること。あれは難しい役ですから。さらにマリーから息子を奪おうとする美少女・紋白の役を今回もまた若松武史さんがやってくださることになりました。特にあの美少女役は、とぼけたところとお洒落なところ、可愛いところや残酷なところといった、いろいろな部分を次から次へと繰り出さなければいけません。今までいろいろな方にやっていただいてきましたけれど、麿さんと若松さんは本当に適役です。だって若松さん、美少年とちょっとした会話のあとに「フェフェフェフェッ?」って変な声で言い合う場面もできるんです(笑)。男の子と美少女がお互いに警戒しながら「フェフェフェフェ」「フェフェフェフェ」って言うんですけど、おかしいですよね、あんなの普通の人にはできません(笑)。でも、それが寺山の世界。新派の要素、新劇の要素、アングラの要素に加えてニューヨークのデカダンスな表現など、さまざまなものが全部ミックスされてあちこちにチラチラと点景として出てくるんです。​
ーーマリーと欣也の関係性も、妖しくて魅惑的です。
これは男娼の親子の物語という風に描かれていますけれど、寺山はおそらく私小説のように思われるのが嫌だから、母と息子として書かなかったんだと思います。ひとひねりしちゃったんです、そうすれば自分の家の内情、実情を芝居化したものだとバレないと思ったんでしょう。寺山ハツさんという人が彼のお母さんなのですが、異常なくらいに寺山のことを束縛していましたから。寺山の新婚のアパートの窓から、修司ちゃんが4、5歳の時に着ていた着物に火をつけて投げ込んだりしたこともあったそうです。​
ーーええっ、そんなことまであったんですか。
でもハツさんはよく天井桟敷の劇団の受付にいらしていて、わたくしにはとっても優しかったんです。劇団員のみんなは、怖がっていましたけれど。「どうして明宏さんには優しいんですか」と聞かれると、「私を綺麗に演じてくれるから」っておっしゃっていました。​
ーー美輪さんはこのマリーを演じる時、そのハツさんのことを思い浮かべたりはなさるんですか。
いいえ。母性そのものという本質は、似たようなものですが、雰囲気としてはフランス映画の『ジェニイの家』という、フランソワーズ・ロゼーという名女優がヒロインを演じているものや、オーストリア映画の『母の瞳』、日本映画の『愛染かつら』で田中絹代さんが演じていらした母親像とか。あと『南の誘惑』というトーキー初期のドイツ映画の大女優、ツァラー・レアンダーの雰囲気も、ちょっとミックスして表現したいなと思っています。​
ーーそして今回の美少年・欣也役には、藤堂日向さんが選ばれたそうですが。
今回の少年役は、これまでのほっそりとして華奢で小さくてというイメージではなくて、ちょっと丈夫そうなんです(笑)。だけど、えくぼができるんです。「えくぼ、整形したの?」と聞いてみたら「いいえ」と言っていましたね。きれいというより、可愛い感じです。最近はみなさん栄養がいいせいか、背の高い方が多くて。でも、そうすると町に出ていって悪漢に追われて戻って来たという場面で、あまり哀れが出ないんです。美女の亡霊たちの役で、裸に近い格好でラインダンスをする方たちもみなさん、顔が小さくてスタイルが良くて。それにしても若い方たちはみなさん、きれいなのは結構なことだけれど、同じへアスタイルで、同じように眉毛を剃っていて、手足も長くて見分けがつかなくて困ります(笑)。名もない水夫役は、いかにも素朴な、東北の漁師町にいそうな感じの骨格の方を今回は選ばせていただきました。台本を渡してセリフのやりとりをした時に、さっと役をつかまれていたので、「あ、この人いいな」と思ったんです。​
ーー演出面で、これまでと変えるところはありますか。
いえ、舞台美術は前回、上演した時の美術を使おうと思っています。というのは、前回とてもうまく出来ましたので。浴槽にしても、ちょっとビザンチン風な模様の浴槽で、あとはカーテンを何本か吊るし、全体の床の雰囲気も計算通りでちょうど良かったです。ですから舞台美術は前のままで、動きのほうだけ多少変えるかもしれません。でも改めて考えると、この寺山さんの作品にしても、三島由紀夫さんの作品にしても、あそこまでの才能の方がその後はなかなか出て来ていないということは、大変貴重な作品だったんだと思います。ですからぜひ、今回の舞台もいい機会ですからいろいろな方々にご覧になっていただきたいです。
美輪明宏 撮影:御堂義乗
取材・文=田中里津子

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