『ダスティン・ホフマンに
なれなかったよ』に
“愛を唄う吟遊詩人”大塚博堂の
本質を垣間見る
近年にはいないタイプのシンガー
話は前後するけれど、桑田佳祐も同様で、氏が演歌、歌謡曲を歌うのはカバーにおいてであって、サザンオールスターズを含めて、自作でも歌謡曲テイストはあってもさすがに演歌はなかったように思う(あったとしてもごくわずかであろう)。宮本浩次で言えば、エレファントカシマシのアルバム『生活』(1990年)はロック的な文脈から乖離していたようなところはあったけれど、かと言って、フォーク、歌謡曲に寄ってはなかった。
“そう言えば槇原敬之はどうだろう?”と思ったものの、やはり彼はポップスの人。演歌、フォークもやっていたかもしれないが、常時それらを取り込んではいないはずだ。さらに下の世代になると、筆者がそもそもその辺りのアーティストをよく知らないというところもあって誰が何だかよく分からないというのが正直なところだが、大塚博堂のようなタイプはたぶんいないと思う。ナオト・インティライミや岡崎体育もさすがにムード歌謡に近いところまではやってないだろう。『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』を聴いて感じた大塚博堂の特徴を何とか書き留めてみたいと思い、平成以降のシンガーソングライターと比較してみたが、少なくともここ30年間程度を軽く振り返ってみても、氏が他に類を見ないタイプのアーティストであったと言えそうだ。
また、この『ダスティン・ホフマンに~』は全12曲中、藤公之介が歌詞を手掛けていて、いわゆる“詞先”であったようだ。藤氏の歌詞に大塚氏がメロディーを付けたものだという。全てがそうではないかもしれないけれど、少なくとも表題曲は[博堂が売れなかった頃、ふと寄った本屋で藤公之介の詩集を見つけ、それに自分でメロディーをつけた]ものだそうだ([]はWikipediaからの引用)。“詞先”自体が最近では稀のようだが、詩集にメロディーを付けて歌うというのは近頃でまったく聴かない話ではなかろうか。1970年代のフォーク少年たちを描いた江口寿史の『マークII』(1985年)という短編漫画に“オレ今度高村光太郎の「道程」に曲つけたんでその発表の場もちたいし”という台詞がある。なので、もしかすると、詩集に曲を付けるというスタイルは昭和40年代のフォーク全盛期には好事家たちが好んで用いた手法なのかもしれないが、それにしても、メジャーシーンで誰も彼もがやっていたわけではなかろう。よって、そこも大塚博堂、ならびにアルバム『ダスティン・ホフマンに~』の特徴と言えるのではないかと思われる。
氏の経歴を見ると、中学時代に大分県合唱コンクールで優勝したり、『NHKのど自慢大会』の県大会で入賞したり、高校、大学では音楽科に在籍(大学では東洋音楽大学 声楽科)と、早くからその歌声には定評があり、本人もそれを自覚されていたようではある。歌声が武器であったことは疑いようもないが、それだけでなく、大塚博堂という人はその武器である歌に大衆性と叙情性を注入したシンガーではなかったのだろうか。ジャンルレスのスタイルと、詩集にメロディーを付けたというエピソードからはそんなことが想像できる。
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