『ダスティン・ホフマンに
なれなかったよ』に
“愛を唄う吟遊詩人”大塚博堂の
本質を垣間見る

歌とサウンドの多彩さが耳を惹く

そんな想像のもと、改めて『ダスティン・ホフマンに~』を聴くと、冒頭から氏の特徴がはっきりと表れていることが確認できる。M1「結婚する気もないのに」。コーラスが時代がかっているのは仕方がないにしても(個人的にはこういうの好きだが)、全然ポップだ。歌声もどっしりと落ち着いた印象で聴きづらさのようなものはまったくないと言っていい。むしろ、歌詞を聴かせるには申し分のない声だと思う。歌声については、M1以降、全編がそうだ。歌メロにはフォーク全盛期らしさを感じるもの、サウンドは明るいし、メジャー感がある。カスタネットはスペクターサウンドを意識したのだろうか。

M2「坂道で」はブルージーなロックチューンという感じだろうか。歌はサビもキャッチーで迫力がある。注目したのはストリングスアレンジ。楽曲全体のドラマチックさ、緊張感を盛り上げているのは間違いなく弦楽奏だ。編曲は若き日の佐藤 準。調べたら、佐藤氏は[1977年に松本ちえこが発売した「おもいで不足」のB面「回転木馬」で編曲家デビュー]とあるので、氏がCharや高中正義とバンドをやっている頃に軽く依頼されたものだったのかもしれないけれど、このM2からは名編曲家の片鱗を確実に感じることができるだろう([]はWikipediaからの引用)。

M3「季節の中に埋もれて」はのちに2ndシングルとしてリリースされたナンバー。物悲しい雰囲気のピアノやチェンバロの伴奏と、サビを迎えるにあたって盛り上がっていくストリングスのアレンジは、誤解を恐れずに言えば、演歌に近いものだと思う。ムード歌謡と言ってもいいかもしれない。こぶしも廻していないのではっきり演歌だとは言えないけれど、何の予備知識もなく聴いたら、演歌やムード歌謡という指摘が多いだろうし、それが30歳以下なら“昭和っぽい”と指摘するのではなかろうか。

続くM4「愛されてますか」はバンドサウンドが彩るナンバー。ぶっちゃけて言ってしまえば井上陽水的ではあるが、M2以上にエレキギターがグイグイと全体を引っ張っていて、圧も強い。完全なロックと言ってよかろう。一方、M5「新宿恋物語」もバンドサウンドではあるものの、出だしはリズム隊抜きでゆったりと始まる。とは言うものの、南米民族音楽のような笛の音とパーカッションが印象的に鳴り、ギターやエレピもさりげなく添えられていて、そこから徐々ベース、ドラム、ストリングスが加わっていく。同じバンドサウンドと言っても、さまざまなアプローチをしていることがよく分かるM4、M5である。

加えて言えば、M6「ふるさとでもないのに」もそう。イントロからAメロにかけてはギターのアルペジオが引っ張るフォークソングらしい感じなのだが、Bメロでエレキギターが入り、サビでリズム隊とオルガンが入るというアプローチ。アウトロ近くではストリングスが入り、ドラマチックに盛り上がっていく。やはりと言うべきか、これもまた佐藤 準氏が手掛けたナンバーである。妙に納得。アナログ盤ではここでA面が終了。歌詞抜きでザっと解説してみてもバラエティーに富んだ作品であることが分かるだろう。本人を含めた制作サイドが“聴き手を飽きさせることなく…”とまで思っていたかどうかは今となっては定かでないけれども、サウンドが多彩であることは間違いないし、変に聴き手を選ばない作品であることも明白だろう。すなわち大衆性があるということだ。

OKMusic編集部

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