京大出身・田中英祐デビューの今こそ
振り返りたい“幻の京大プロ第一号選
手”とは

 だが、悲観しすぎる必要はない。ドラフト1位で指名された、当時最も期待された選手でも1軍デビューを果たせぬまま、引退してしまうのも珍しくないプロ野球という厳しい世界。そんな実力主義の中で、1軍デビューを果たしたのだから、たとえ負け投手になったとしても、大きな一歩であることには違いないのだ。

 そんな記念すべき第一歩が記された今こそ、あえて振り返りたい人物がいる。その人物の名は沢田誠。田中英祐のドラフト指名からさかのぼること27年前、京都大から初のプロ野球選手誕生か!? とメディアから注目を集めた「幻の京大プロ第一号選手」だ。

 沢田さんは大阪府立寝屋川高出身で、京都大では2年春からエースで4番として活躍。投げては大学通算2勝33敗という成績だったが、通算本塁打数では当時の関西学生リーグ新記録となる通算10本塁打を記録。その打棒ぶりから、当時ヤクルトで活躍していたボブ・ホーナーをもじって「京大のホーナー」の異名で呼ばれた。

 大学4年時の1987年には春秋ともにベストナインを獲得した。このとき、同様に春秋でベストナインに選ばれたのが立命館大の正捕手・古田敦也(元ヤクルト)。また、1987年秋では、後にMLBでも活躍する立命館大の長谷川滋利(元オリックスほか)もベストナインに選ばれている。彼らと肩を並べるほど、沢田さんの実力は折り紙付き。ドラフト会議が近づくに連れて、「指名有力」とメディアを賑わせたのだ。

 沢田さん自身も「プロ野球選手は子どもの頃からの夢」と期待に胸を膨らませて、ドラフト当日を待った。だが、結局、どの球団からも指名はなし。沢田さんは京都大卒業後、大阪ガスに就職したが、以降のドラフトでもプロからの指名はなく、「京大から初のプロ野球選手誕生」は幻となった。

 その後、1997年から2000年まで京都大硬式野球部の監督に就任。現在は京都大野球部OBを集めた社会人チームを結成し、今でも「現役選手」としてプレーを継続し、京都大野球部とも交流は続いている。だからこそ、田中英祐がプロか就職かで迷っていた際には「仕事は後からでもできる」とアドバイスしてプロ入りを後押し。田中が「京大初のプロ野球選手」になった背景には、沢田さんの存在があったのだ。

 さて、話題を田中英祐に戻そう。プロ初登板で黒星を喫した試合後、「1軍はアウトを1つとるのも難しかった」とレベルの違いを痛感するコメントを残した。ただ、これで終わってしまうわけにはいかない。田中の存在は、上述した沢田さんをはじめとした京都大OBたちの夢、そして、勉強と野球の両立に奮闘する全国の高校生、大学生たちの目標でもあるのだ。たった一歩でくじけるのではなく、前を向いて歩みを続けてほしい。


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