スピッツ 6年5ヵ月ぶりの武道館ライ
ブに見たバンドを“続ける”ことの覚
悟「武道館に立てなくてもスピッツは
長く続けていくと思う」

SPITZ JAMBOREE TOUR’ 23-’ 24 “HIMITSU STUDIO

2024.1.12 日本武道館
2023年6月にスタートした『SPITZ JAMBOREE TOUR’ 23-’ 24 “HIMITSU STUDIO”』。1月11日(木)と12日(金)にその東京・日本武道館公演が行われ、12日のほうを観た。
開演時間の3~4分前、注意事項に続いて「それではまもなく6年5ヵ月ぶりの日本武道館公演を開催いたします」というアナウンスが。そうか、武道館はそのぐらい振りなのか、あえてそのことを観客に伝えるくらいにはある種の特別感もある公演なのだな、と思っていたところで客電が落ちた。因みに後のMCで草野自身も触れていたが、初めてSPITZが武道館で公演したのは2014年7月だから10年前。結成から27年目の年だった。ファンにはよく知られたことだが、かつて彼らは「武道館ではやらない」と公言していた。90年代半ばから2000年代半ばにかけて何度か彼らの取材をしたが、新宿LOFTに出ているようなバンドに憧れてそこに出ることが結成当初の目標のひとつではあったけれど天邪鬼であるゆえ“目指せ武道館”といった風潮にはノリたくない、ライブハウス→ホール→武道館といった(当時の)ロックバンドの上がり方にも逆らいたいと、そんなようなことを話していた記憶がある。では今の彼らは武道館という場所、そこで公演することをどんなふうに位置付けているのか。そのあたりのスタンスがなんとなくうかがえるようなMCが本編中にあったりもしたので、それについてはあとで書こう。
客電が落ちると、まずギターの三輪、それから鍵盤サポートのクジヒロコがステージに現れ、定位置に。しかしほかのメンバーが出てこない。しばらく沈黙の時間が流れるなかで三輪は所在なさげにしていて、客のひとりが「どうしたの?」と大きな声をかけて笑いが起きたりもした。それから数分経ってようやく草野・田村・﨑山が登場。すぐに演奏を開始したが、後のMC時間での説明によると、出る直前に田村と﨑山が互いにイヤモニを付け間違え、草野はそれを三輪に伝えようとしたのだが、三輪は気づかず先にひとりでステージに出ていってしまったということだった。「今日わかったのは、﨑ちゃんの耳の穴がオレより大きいということで」と後のMCタイムで田村はそう話し、終盤でメンバー一人ひとりが順にMCする場面でも三輪が「今日は今までやってきたなかで、オレのバックショットをみんなが見る時間が一番長かったと思うよ。オレの背中、なんか物語ってた? “早く来て~”って言ってたでしょ?」と振り返ってもいたが、そのようにこの“小さな事件”はMCの恰好のネタとなり、何年やってもこういうことが起きたりするからライブは面白いのだというメンバーと観客全員の共通認識にも繋がったのだから、むしろ好ハプニングだったと言えるかもしれない。
ステージにはなかなか凝ったセットが組まれていた。向かって右側に巨大なスケートボード。中央の草野の頭上には巨大ペンチに挟まれた巨大イチゴ。背後に『ひみつスタジオ』のジャケットのあのロボット。またそのロボットの設計図的なものが数か所に散りばめられてもいた。工場のようでもあり、まさしく“ひみつスタジオ”のようでもあり。どうしてスケートボードで、どうしてロボットで、どうしてイチゴなのか。それはライブ後半のMC時間に草野の口から明かされた。曰く、「中学2年のときにスケートボードが欲しかったんです。だけど同じタイミングでエレキギターが欲しくなって。あのときにギターのほうを買ったことによって、今のオレがいるっていう」「ロボコンとかゲッターロボの超合金が欲しくて、ここにロボットが」「武道館で巨大なイチゴをセットに組み込んだバンドはいなかったんじゃないかと思って。きゃりーぱみゅぱみゅさんがやってるかと思って“きゃりーぱみゅぱみゅ武道館”で検索したんですけど、なかったです」。そんな、確かにほかのアーティストが思いつかなそうなセットに加え、メインステージの両端はサブステージのようになっており、さらにステージ上の階段を上がると、そこにも演奏できる道がある。また、大きさの異なるスクリーンが(確か)九つあって、そこには4人それぞれの演奏姿がいくつかの異なる角度から映されていた。一人ひとりが今このときどんな表情でプレイしているのか、それがわかるのでこのアイデアはナイスだと思った。
オープナーは『ひみつスタジオ』の最後に収められていた「めぐりめぐって」。まさしく“秘密のスタジオで じっくり作ったお楽しみ”がここからみんなに共有されていくことの“ワクワク”が歌と演奏に表れ、《違う時に違う街で それぞれ生まれて》これまで生きてきたいろんな世代の人たちがここに集まっていることの喜びのようなものがそこにあった。因みに終盤のMC時間で草野は「みなさんに楽しい夜にしていただいて。みなさん、生まれてきてくれてありがとうございます」と、そんなこと言っちゃう自分に照れも笑いもせず言っていたが、その言葉は「めぐりめぐって」で表したかったことと繋がっているのだろうとはあとで気づいたことだ。
そんな「めぐりめぐって」に始まり、このライブで『ひみつスタジオ』からは10曲が演奏された。13曲収録中、10曲。アンコール含めて全23曲演奏されたうちの10曲だから、半分近く。つまりその新作の曲をしっかり届けることを意図したツアーだったわけだが、それだけ多く新作曲が盛り込まれていながらも、このアルバムを未聴のまま来た人が入り込めない、または距離を感じるようなライブには決してなっていなかったはずだ。4曲目に演奏された「跳べ」のようにパンキッシュなビート感を持つオープンな曲がいくつかあることと、それらとメランコリックな曲との塩梅がよかったこと、“らしさ”と新味の塩梅がよかったこと、そのバランスそのものが強度に繋がっていたことが『ひみつスタジオ』の素晴らしいところであり、その強度がそのままライブにも反映されていると、そう思った。換言するなら、想像以上にそのアルバムの全ての曲がライブ映えするものだったということで、自分は今回のライブを観たことでそれまでよりもっとこのアルバムを好きになったぐらいだ。
演奏に関しては、さすがのアンサンブルというほかない。各自がほかのメンバーを絶大に信頼しているからこそのアンサンブル。とりわけ今回のライブはロックバンドとしてのスピッツのあり方がよくわかるものだったとも感じた。武道館だからといって特別に力を入れすぎることもなく、ライブハウスで演奏しているかのよう。“武道館という大きなライブハウス”でやっているような力加減に見えたということだ。ただ違うのは、両端にサブステージがあることと階段の上にも演奏できるスペースがあること。そして端から端までの距離があること。その距離を最大限に活用していたのが田村で、彼は序盤から向かって左側のサブステージまで駆けて弾き、定位置に戻ったら今度は右側のサブステージへと、ほとんどの時間を跳ねたり駆けたりしながらプレイしていた。三輪も何度かサイドステージへ移動して弾き、後半では草野も歩いて歌ったりしていたが、ふたりはゆっくり落ち着いて動く。が、田村は歩かずに駆ける。左のサブステージから右のサブステージまで一気に駆け抜けたりもする。それによってロック曲の躍動が倍化するわけだが、そのステージ作りは武道館だからこそ可能だったとも言え、つまり“いつも通りだけどいつも通りではない”ライブだった。
草野がアコギに持ち替えて歌った「ときめきpart1」から、スピッツがロックバンドであることを早くも印象づけた激しい「けもの道」へと続けること。「チェリー」や「楓」、それに「涙がキラリ☆」といった大名曲や代表曲を、もったいつけずに思いのほかサラリと演奏し始めること。中盤での「サンシャイン」(94年)やアンコールでの「僕の天使マリ」(92年)のような初期の曲を特別感なく混ぜること。そうしたどれもがスピッツの独自性であり、そのさりげなさが“らしさ”でもある。ファンたちもまた、例えば「チェリー」がこようが「楓」がこようが「僕の天使マリ」がこようが“おおっ”などと声をあげたりせずにおとなしく聴いていて、それがSPITZのライブの向き合い方でありマナーでもあるといったふうなのだが、でもきっと、心のなかではこれらの曲が始まったときに興奮し、静かに熱くなっていたことだろう。
一方、このライブのハイライトと言ってもいいパートが初期曲「サンシャイン」のあとの3曲……「未来未来」「夜を駆ける」「俺のすべて」と続くところで、パワフルな民謡風女性コーラスの同期がスケール感に繋がる「未来未来」では田村のベースが一層重く響き、対して﨑山のドラムはむしろトリッキーに。個人的にはこの曲に最も新味を感じて興奮したし、その演奏を終えたときの観客の拍手はこの日最も大きかった。基本的に観客はおとなしめなのだが、やはり特別な熱を感じられる演奏を聴けば拍手にも力がこもるわけで、そうした意味で信頼できるいいファンが彼らにはついているのだなと感じた。
疾走感ありの「夜を駆ける」、それから草野がギターをおろしてタンバリンを叩きながら歩いて歌う「俺のすべて」の熱量も相当のものだった。草野は向かって左のサプステージへと歩き、田村は弾きながらよくこんなに走ったり跳ねたりベースぶんまわしたりできるなというほどの暴れっぷり。後の各メンバーのMC時間で田村は「断言できるけど、みんなよりもオレが一番楽しい。言っとくけど、“俺のすべて”でオレ、今日一番弾いてない」と誇らしげに言い、草野に「弾けよ」とつっこまれていたが、それに対して「究極のプレイは、弾いてないのにみんなには聴こえるようなものだから」と返したように、最早冗談ではなく本当にその境地に達しているのかもしれない、なんて思えたりもした。
キャリア史上初めてメンバー全員がリレー形式でボーカルをとる形の「オバケのロックバンド」、初期のポリスからの影響も明らかなギターリフに胸が弾む「8823」など、終盤にも楽しめる曲がいろいろあり、それで先述の「みなさんに楽しい夜にしていただいて。みなさん、生まれてきてくれてありがとうございます」という草野の言葉に繋がったわけだが、続けて草野はこうも言った。「武道館に立てなくてもスピッツは長く続けていくと思うので」。この言葉に、武道館という会場に対しての彼らの位置づけ、あるいは“続ける”ことの覚悟のようなものが表れていると自分は感じたし、改めての表明であるとも感じられた。それが確認できただけでも観に行ってよかったと、そう思えた。
取材・文=内本順一 撮影=西槇太一

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