井上芳雄×南沢奈央、『メディア/イ
アソン』にかける意気込みを語る

フジノサツコが脚本を、森新太郎が演出を手がける『メディア/イアソン』(2024年3月12日~3月31日、世田谷パブリックシアター)は、アポロニオスの叙事詩『アルゴナウティカ アルゴ船物語』と、エウリピデスの戯曲『メデイア』を原作とする新作芝居。夫イアソンの裏切りに対し、夫との間の子供を殺すという壮絶な復讐を果たす王女メディアの物語は、ギリシャ悲劇の最高峰として上演され続けてきているが、今回はそこにその前日譚を盛り込み、イアソンとメディアの愛の日々から悲劇へと至る展開を描く。イアソン役の井上芳雄とメディア役の南沢奈央が抱負を語った。
――ギリシャ悲劇の名作『メディア』が原作です。
井上 演出の森新太郎さんとは『謎の変奏曲』(2017)で一度ご一緒させていただいて、また一緒にやれる機会があったらいいなと思っていました。今回の題材はギリシャ悲劇をもとにしていますが、僕にとっては初めてのギリシャ悲劇です。必ずしも「やった、ギリシャ悲劇だ!」という感じではないですね。決して、ギリシャ悲劇が嫌というわけではないのですが(笑)、自分が出演させていただくことになるとは思っていなかったので。ギリシャ悲劇というと、コロス(古代ギリシャ劇の合唱隊)がいて重厚で、「わあ~、すごいな」と思って観ていたのですけれど、けっこう大変そうだなと。ギリシャ悲劇は、蜷川幸雄さんや大竹しのぶさんのイメージが僕にとってはすごく強くて、自分があんな世界に入れるのかなという印象があったんです。
今回のお話は、いわゆる一般的な「メディア」伝承だけではなく、フジノサツコさんが新たに構築される物語なので、まだどうなるかわからないけれども楽しみだなと。森さんはきっとまたいろいろ練りに練って、考えに考えて、稽古しまくって作っていくと思うので、そんな作品に参加させてもらえるのはとても嬉しいことだなと思いました。
南沢 私も『ハムレット』(2019)で一度森さんとご一緒して、すごく鍛え上げていただいて。そのとき稽古場で毎日毎日ご指導いただき、新しい自分になれたという感覚があったので、またいつかご一緒できたらいいなと思いながら、今まで頑張ってきたんですね。それだけに、今回の再会はとても嬉しくて。ただ、私もギリシャ悲劇は初めてなんです。あまり自分でやると考えたことはないですよね。
井上 あまり聞いたことがないですよね。ギリシャ悲劇すごくやりたいっていう人、僕は会ったことがない。シェイクスピアとかならいますけど。
南沢 そうですよね(笑)。なので、ギリシャ悲劇って一体どんな感じになるんだろうと全く想像がつかないままやらせていただくことになって。今回演じるメディアが『王女メディア』として上演されるくらい大きな役だというのは知っていたので、非常にプレッシャーも感じつつ、森さん、そして井上さんとご一緒できるというのはすごくありがたいなと思っています。
『王女メディア』といえば、夫に対する復讐で子殺しをするという、残酷な一面や怒りのイメージが一般的には強くありますが、今回は、メディアとイアソン夫妻の物語として、イアソンが旅に出て、そしてメディアと出会ってという復讐以前のお話からスタートして長いスパンでその関係性が描かれていくので、また全然違う見え方がしてくるんじゃないかなと思います。
ギリシャ悲劇って、神々が出てきたり、何だかちょっと遠い話に思っていたのですが、現段階で頂戴している部分の台本を読んでみるとすごく人間ドラマの要素が強く、難しいことを考えずに一人の人間として演じていけば、現代でもいろいろな人に共感してもらえる作品になるんじゃないかなとわくわくしています。
ギリシャ悲劇をちゃんと知る前は、おとぎ話くらいに思っていたんです。神々がいっぱい出てきて、いろいろと幻想的なことが起きるというようなイメージで。でも、原作の『メデイア』を読んでみたら、詩的な表現で描かれていて、今ある物語と確かにテイストは違うんですけれども、共感できるエッセンスや感情が随所にあって、全然遠い物語じゃないなって気づいて。私たちと同じ人間の物語であるところに驚きつつ、おもしろさを感じています。
――井上さんが演じるイアソンは、プレスリリースに「愛にあふれた王女メディアを憎しみに燃える女性へと至らしめる夫」と書かれている役どころです。
井上 今いただいている台本が愛し合っている部分までなのですが、そこから憎しみに行くんですよね。愛が強い分、何かすれ違ったり問題が起きたときに憎しみになるというのは世の常だと思うので、そういう意味では、いかに二人が愛し合っていたかという部分をちゃんと描けば、よりその後の展開が鮮烈に感じられて、最後の悲劇が際立つのでしょう。
前半では、イアソンも人間っぽいというか、何だかパッとしないという状況の中、旅に出ざるを得なくて、そこでメディアと出会って。名作といわれるものには、今の自分たちと距離を感じさせない、そういう普遍的なところがあると思うんです。すごく昔の遠い国の話だけれども、ああ、なるほどそうだ、そういうことあるよな、わかる、みたいな、自分を投影できる脚本なので、おもしろいし、楽しみだなと。結末に至るまでの過程がしっかり書かれていくという意味ではすごくやりやすいなと思います。
僕はいつも、最初に出てきた姿と最後に出てきた姿が、同じ人なのかなとか、成長したなとか、老けたなとか、何でもいいんですけれども(笑)、とにかく変わっていたいなと思って演じていて。この2、3時間で何が変わったのか、そこを観ていただかないと、お客様に来ていただいた意味がないと思うし、今回もそうなっていくんじゃないかなと思いますね。
今回、メディアも前半、どちらかというとけなげな感じで、初めてご一緒する南沢さんもやわらかい感じですが、最後はどうなるのかなと。女優さんなのできっと舞台に立ったら変わられるのだろうけれども、変わらないでいてほしいな、なんて(笑)。願望ですけれどね。でも、そういうやわらかいところから変化していくのもまたおもしろさなんだろうなと思います。
南沢 今まで井上さんが出られている舞台を何作も拝見していますが、先日ビジュアル撮影でご一緒して、隣にいてくださるとすごく安心するというか、やっぱり頼もしいという存在感の方ですね。客席から観ていてもすごく凛とされていてかっこいいなと思っていましたが、今回のイアソンはかっこいいだけではなく、運命や欲望に翻弄されていく姿も見えてくると思うので、これまで見られなかった様々な井上さんの姿が見られるのではないかと楽しみです。
私自身は自分で役を作ってから稽古場に行くタイプではなくて、稽古場で演出家・共演者の方々と作っていくタイプなので、稽古場に行ってみないとわからないことが多いのですが、今回の作品は本当に最初と最後で変わりそうですよね。恋に落ちたところとラストとでは、ガラッと作品のテイストが変わりそうだから、展開のその落差を見せるためにも、最初の出会いを新鮮に描きつつ、それがどんどん憎しみに変わっていってしまうところをちゃんと作っていかなくてはという思いがあります。
――お二人の他、三人の出演という布陣で森さんの演出に挑まれます。
井上 台本が途中という今の段階ですら、キャストを増やした方がいいんじゃないかなって。まだ時間もあることだし、少なくとも今の倍の人数くらいに(笑)。そう思うくらい、いっぱい人が出てくる作品なんですよ。僕はイアソン一役だと信じてるのですけれども。
南沢 そうですよね。人、絶対足りない(笑)。
井上 足りないし、三浦宏規さん、水野貴以さん、加茂智里さん、男一人に女二人、みんな若くて、おじさんがいたり重鎮がいたりという感じではない。そこを森さんがどう演出するのかなというのが。何か企みがあってのことだとは思いますが。だからもう、三人は大変だろうなと。まあ、若いから仕方ない、僕にはどうしてあげることもできず、自分の役を一生懸命やるしかないのですが(笑)。三浦くんと水野さんは知ってはいるんですが、加茂さんとは一度短い公演ですれ違ったくらいで、ちゃんとご一緒するのは初めてなんです。皆さんそれぞれすてきな、力のある俳優さんだと思いますし、与えられている役割の大きさであるとか分量が多いというのは、趣向としておもしろさが出るんだろうなと思いますね。戦いとか冒険のシーンは壮大で、蜷川さんだったらコロスを三十人くらい使うのではないかと思うほどなのですが、ここには僕と、メディアを除いた三人しかいない。その三人がどう演じるのかなという(笑)。森マジックですよね。
南沢 私は森さんとはシェイクスピア作品でご一緒しましたが、そのときすごく印象的だったのが、私は稽古場にけっこう早めに入るタイプなんですけれども、私より必ず前に森さんがいらしていて、ハムレットのセリフを言いながら舞台セットの中を動き回っていらしたんです。台本も持たれていなくて、台詞を覚えていらっしゃるんだ! と驚きました。
井上 怖すぎる(笑)。
南沢 怖いですよね。シェイクスピアもセリフ、すごく長いじゃないですか。それを、森さんはちゃんと頭に入った状態で、客観的に見るだけじゃなく、実際に舞台セットに立ってイメージされているのを見て、うわーと思って。それだけでなく、稽古が終わった後もずっと残っていらして、どれだけ体力あるんだろうって驚いていたのですけれども。今回も、森さんの体力や発想、演出にいかに食いついていけるかというところが自分の課題かなと思っています。
井上 僕が森さんと前回ご一緒した『謎の変奏曲』は橋爪功さんとの二人芝居という、ちょっと特殊な環境で、森さんの演出と橋爪さんの芝居に食らいついていくという感じでした。森さんはすごくエネルギッシュでお芝居のことばかり考えているという、尊敬すべきタイプの演出家。僕は、稽古を早く終えたいタイプなんですね。稽古場には稽古開始前ギリギリに来て、終わったらすぐに帰りたい(笑)、集中力があまり続かないタイプなので、森さんのその居方は脅威でしかなくて。それで僕、ホントはよくないと思うのですが、ギリギリにしかセリフを覚えないから、明日このシーンやりますって言われたらそこしか覚えていかないんですよ。でも、橋爪さんは既にセリフが全部入ってる、森さんはどんどんやりたい、だから予定の範囲よりどんどんずんずん進んでいく。「じゃあ次行こうか」「すみません、覚えてないです。ここで打ち止めです、僕のセリフ」というのを毎日のようにやっていて(苦笑)。今回は、前もって頑張って覚えていこうかなと。稽古は、けっこうたっぷり時間をかけてやりそうだし。そこは、僕と森さんとの戦いになるんじゃないかなって(笑)。でも、演出家の要求には応えたいなと思うので、森さんと僕の集中力の対決ですね。カロリーも、エネルギーもたくさん要る芝居になりそうですよね。
南沢 劇場に入って初日へ向けての場当たりをしているときにも、「違う感じでやってみて」って森さんに言われたりして、まだ細かな稽古が続いているのかという感じでした。違う方向を見つけていくというか、ギリギリまで、よりおもしろくなるようにと作られるタイプの方です。でも森さんが変更を求める演出は絶対正しい、ついていけば絶対おもしろくなると私は思っているので、「違う」と言われても、いかに折れずについていけるかが今回も鍵かなと思っているので、頑張りたいです。
井上 橋爪さんとの二人芝居のとき、僕は橋爪さんと比べて技術も経験もなくて、とても太刀打ちできる感じではなかったのですけれども、森さんに「全力で来るね」みたいなことを言われて。橋爪さんもそういう俳優が好きだし、とにかく全力ですべて出し切るよねというようなことを言われた記憶がありますね。ただそれは何年も前のことで、まだ若かったからできたことだとも思います。だから、全力だけを売りにするのはそろそろやめにして(笑)。でもやっぱり全力でやっていたりするかもしれませんが、とにかく求められたことには応えたい、それしかできないなと。
――どんな舞台になりそうですか。
井上 歌が入るかも、と言われています。コロスの方々は歌ったりするんですよね。
南沢 コロスの方々は身体表現ができる方ばかりなので、いろいろなことが求められていくんだろうなと思いますよね。
井上 個人的には、歌を入れてもらわなくても全然大丈夫なんですけれども(笑)。いつも、気を遣っていただいているのか、ストレートプレイでも歌があったりして。歌うのが嫌というわけではないんですよ。でも自分であえて頼んだりはしていないのですが、入りがちです。
南沢 いわゆる悲劇というよりは、前半の冒険話がちょっとファンタスティックに描かれつつ、最後の復讐劇が納得できるような感じで進んでいくと思うので、悲しい結末だけでは終わらない、希望とかも残すような作品になるのではないかなと思っています。
井上 僕の勝手なイメージでは、ホームドラマみたいになればいいなというのがありますね。
――3月23日(土)18:30の回は、<e+特別観劇会>もおこなわれます。観客の方々へのメッセージをお願いいたします。
井上 ギリシャ悲劇と聞くと、自分たちとはちょっと距離があるというか、あまり縁がない感じの印象を持たれるかなと思うし、僕自身もそう思うところがあるんですけれども、今回、新たなギリシャ悲劇という風に位置付けて作りますし、この少人数のカンパニーでどうやって壮大なギリシャ悲劇をやるんだという、いい意味での驚きがある企画だと思いますので、カジュアルな気持ちで観に来ていただきたいですね。決して構えて観に来る必要はまったくないと思うので、新しい演劇がフジノさんと森さんの手によって生まれるんだというわくわく感と共に劇場に来ていただければ嬉しいです。
南沢 ギリシャ悲劇というと、すごく難しそうなイメージがあったのですが、二千年以上前から上演されている演劇、時を越えて語り継がれている作品を今やる意味、今だからこそできる表現が絶対にあるのだと思います。現代の人々が観ても楽しんでもらえる形になると思いますし、登場人物たちの人間らしさもたくさん感じていただけると思うので、意外に共感できるところを見つけてもらえるはずです。森さんの演出で、五人のキャストでどう見せていけるか、私自身も楽しみですので、稽古を一生懸命頑張りたいと思います。
3/23の<e+特別観劇会>に向けて、e+ポーズでご挨拶!
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
写真撮影=池上夢貢
ヘアメイク=大和田一美
スタイリング(井上芳雄)=吉田ナオキ スタイリング(南沢奈央)=加藤暢子

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