フリースタイルピアニスト・けいちゃ
んに訊く、3rdアルバム『円人』に描
いた死生観 「大人になるにつれて死
ぬのが怖いという感情が薄れていった

フリースタイルピアニストのけいちゃんが、約1年ぶりのアルバム『円人』を2023年12月6日にリリースした。そして本作を引っさげたツアーを、2024年2月2日(金)に東京・豊洲PIT、翌3日に大阪・なんばHatchで開催する。ますます注目が集まるけいちゃんに、アルバムに込めた思いと、来年2月に行うライブの構想について訊いた。
いま生きている自分は誰かの続きなんじゃないかと感じるようになってから、僕の肉体が滅んだ後も誰かが継いでくれるって思えるようになった。
――3枚目のアルバム『円人』はどのようなテーマで制作を進められたのでしょうか。
テーマは“死生観”です。輪廻転生をコンセプトに作っていきました。前作の『聴十戯画』は全曲ピアノにフォーカスしたインストゥメンタルでしたが、今回は1作目の『殻落箱』の構成に近いですが、女性のボーカリスト、majikoさんに参加していただいたところに違いがあります。
――なぜ死生観に興味を持たれたのでしょうか。
僕は、死ぬのが怖くないっていうのがあって。もちろん小さいときは怖くて泣き出したこともあったのですが、大人になるにつれて怖いという感情が薄れていったんです。スピリチュアルな話になってしまいますが、いま生きている自分は誰かの続きなんじゃないかと感じるようになってから、僕自身の生も、僕の肉体が滅んだ後も誰かが継いでくれるって思えるようになって。
――死が怖くないけいちゃんは、死をどのように捉えているのでしょう。
“解放”や“門出”という意識を持っています。今回のアルバムの4曲目に収録した「夜行」の歌詞にも“門出”という言葉を使いました。家族など大切な存在は、姿形はなくなっても、心の中で生き続けるものだと思うんです。だから今の姿はなくなっても、それは次の新しい扉に進む始まりだって。
――アルバムの最後に収録されている「Exit→」の中に、赤ちゃんの泣き声のような音が聞こえましたが、これはどのような意図があったのですか。
次の肉体に向かう、その扉をのぞき込んでいるというイメージがありました。真っ暗な空間の中にいるけれど、その先に続く世界があるというイメージです。
――なるほど。先に最後の曲について聞いてしまいましたが、それで1曲目の「→Entrance」へのつながりが見えました。だから輪廻転生なんですね。では順に教えていただけますか。2曲目の「馬の耳ドロップ feat.majiko」からお願いします。
この曲は言葉が先に生まれました。ド直球のラップ部分とビートが浮かんで。
――毒づいているラップ部分は、聞いていてスカッとしました。
制作をしていたときに、ニュースとかでSNSでの誹謗中傷などをきっかけに著名人が自殺するなどの報道があって、悔しい気持ちになったんです。“代わりに言い返してやろう”という反骨精神から生まれた曲です。
――3曲目は「千鬼への合流」です。
『円人』は、男性と女性が出てくる物語をイメージして作ったのですが、この曲では、亡くなった男性が自分が死んだということに気がついたところを描いています。
――そして4曲目の「夜行」へと続きます。
はい。この曲は亡くなった男性が霊体の姿でさまよう様子を表現しています。恋人だった女性を見つけるんだけど、自分からは相手が見えるけれど、女性からは自分の姿が見えない。
――切ないですね。5曲目の「MAIHIME」は森鴎外の小説のイメージがありました。とても美しい曲ですね。
この曲は、僕からの男性へのレクイエムと思って演奏しています。森鴎外の『舞姫』でも男女の別れが表現されているので、そこから連動したイメージを僕も頭に浮かべていました。とにかく悲しいメロディーを思い浮かべて作りました。
――楽曲制作の時には、映像が見えたり、歌詞が先に浮かぶそうですが、「MAIHIME」は浮かんだ情景がありましたか。
この曲はずっとモノクロで、何かが映っているんだけど見えないという状況でした。
――6曲目の「Life Game」は、演奏とともにけいちゃんのエフェクトがかかった歌声も楽しむことができます。「般若心経」を取り入れているユニークな作品です。
「般若心経」を唱えて、男性を供養しているイメージで作りました。供養されて天国に召されていくっていう。
――この世にとどまらず、次の世界に歩みを進めることができて良かったです。アルバムも終盤。7曲目「Dance of Lake」は疾走感がある楽曲ですね。
チャイコフスキーの「白鳥の湖」からヒントを得たので、楽曲のフレーズを織り交ぜています。この曲は、男性が湖の畔で成仏し解放されて踊っている様子を思い浮かべて制作しました。
――8曲目の「シンフォニア」は映画『美男ペコパンと悪魔』の主題歌に起用されました。けいちゃんの鬼気迫る歌声、相反するファルセットが印象に残りました。
この曲は亡くなった男性が過去の思い出を振り返って、でも前向きに進んでいこうという決意を感じられるようなものにしようと考えました。
――《前に進めんだ》という最後の歌詞に強い意志を感じました。そして続く9曲目「recollection」では穏やかな時間が訪れます。
女性側が思い出を振り返っている様子を感じてもらえたらうれしいです。
――10曲目の「愛葬 feat. majiko」は完成までに3年がかかったとSNSで明かされています。
Aメロは3年前にできたんです。この曲は映像が見えました。ベランダに出て空を見上げて、そして地面に視線を落とすっていう。そこに出てきたイメージが女性だったので、女性に歌ってほしいなと思い、温めていました。majikoさんに歌っていただけたことで、3年前に思い描いていたパズルがやっとはまったと感じました。
――アルバムは、初回限定盤のみ「シンフォニア」や「馬の耳ドロップ」、そしてこの「愛葬」など3曲のミュージックビデオ(MV)と過去のライブ映像を収録したDVDが付きます。けいちゃんのMVは毎回、実写はもちろんイラストなどとても凝っていますね。
ミュージックビデオは楽曲のイメージをより明確に伝える手段。イメージを可視化する手段として、僕にとってとても大切なものです。「愛葬」のMVではアニメーションを使っているのですが、これはAIが作成したもので、変わりゆく感情を表現するのにぴったりだなと気に入っています。
――「愛葬」のMVには、女優の松村沙友理さんが出演していますね。
男性の死を受け入れようとしている女性が“やっぱり無理!”と感情が揺れ動く姿を松村さんが表現してくださっているので、僕自身その表情を見て、抱えていた思いがクリアになった部分がありました。
――今後映像で取り入れてみたいことなどはありますか。
CGや実写を混ぜて多彩な表現をしている「PERIMETRON」という集団がいるのですが、とても芸術的で大好きなので、取り入れてみたいなと思っています。
――「愛葬(あいそう)」という言葉は、造語だと思いますが、これにはどんな思いを込めたのでしょうか。
“愛を込めて葬る”という思いと、もう1回愛した人に会いたい、かなわないけれど“愛そう”いう二つの意味があります。このアルバムタイトルの『円人(えんじん)』もそうで、輪廻転生する、ループするという意味と、車とかに搭載されている“エンジン”の意味もあって。聴いてくれた人の心にエンジンをかけたいという思いがあるんです。
――デビューアルバムの『殻落箱(がららばこ)』のときは、“何々箱”というタイトルにしたいと考えて、“ららら”から“がらら”にたどり着いたと話されていました。音楽表現と合わせて、柔軟なけいちゃんの姿が言葉選びからも感じられます。最近気に入った言葉や、いつか使ってみたい言葉はありますか。
さっきスタッフと話していたときに“おどろおどろしい”という表現を聞いて、面白い言葉だなと思って、ストックしたところでした。まだ分からないけど、妖怪が出てくるような曲になりそうかなって思っています。
――デビューアルバムをリリースする前、“これからは自分の音楽を表現できる”という言葉が印象に残りました。デビューして2年半。活動を振り返ってみての思いを聞かせていただけますか。
やっぱり自分の曲を作るのは楽しいなぁという気持ちです。そしていろいろな経験をして、自分の中にある音楽の色が増えたなって感じます。例えるなら、白い画用紙の真ん中に赤だけだったのが、そこに青色が混ざって別の方向から黄色が流れていたり、それぞれの色も混ざって、複雑な色になっている。いろいろな色を持つことができたと感じています。これからも楽しく音楽を続けていきたいです。
――音楽の中には陰影がありますが、けいちゃんという人物は、陽のオーラに満ちているように感じるのですが、性格はポジティブな方なのでしょうか?
そうですね。あんまり気に病むことはないです。日常で“やだなー”と感じることもあんまりなくて。強いていうなら掃除が苦手です。年末に向けて大掃除……って考えると、いやだなって。夏休みの宿題も溜め込むタイプだったので、大掃除……。業者の人に来てやってもらうっていう手も、最終的にはあるかなぁって。
(来年2月のツアーは)“劇場版『円人』”です。今回のアルバムは特にライブがないと成立させたくないと思うほど、ライブで表現したいことが多い。
――3枚目のアルバムをリリースして、来年2月には東京と大阪でライブを予定しています。どんな内容になりそうでしょうか。
まだ(詳細な内容は)考えている最中なのですが、バンドセットでやります。1人でやるよりも、複数でやる方が楽しいので。1人でステージに立つのは、恐怖心を感じるときもあるのですが、バンドだとものすごくリラックスできて、サウンドにも厚みができますし。
――けいちゃんのライブでは、ほかのピアニストのコンサートでは見たことがない拡声器なども登場しますが、今回も使う場面がありそうでしょうか?
まだ内緒ですが、楽しんでもらえると思うことをたくさん考えているので、どんな感じになるのか、会場で見届けてほしいです。
――たくさんの人が楽しみにしていると思いますが、一言で表現するとしたらどんな内容と言えますか?
“劇場版『円人』”す。作品を作る上でいつも考えていることがあって、それは曲はライブでお客さんに届けて、ようやく完成するということなんです。聴いてもらって初めて曲は成長していく。ライブで聴いてもらうことで、僕から曲が“卒業”していくように感じるんです。子供を送り出している親の気持ちです。今回のアルバムは特に、ライブがないと成立させたくないと思うほど、ライブで表現したいと考えていることが多いので、期待してほしいです。すごい気合いが入っています!
――ちなみに、ライブの前に“これは必ず行う”または“これはしない”など、何かルーティーンのようなものはありますか?
あったらかっこいいですよね。でもそういうのは持っていないですね。
――ライブの前は緊張しますか?
全然……。しないんです。お客さんみんな温かく迎えてくれるので、何も怖くないっていうか。楽屋にいるときと同じ空気感で、ステージに立っています。友人や身内の前で演奏しているのと同じ感覚っていうのかな。“オレの演奏、すごいだろ!”と思ってステージにいますね(笑)。みんなが楽しんでくれているとうれしいし。学生の時に友達とかから“あの曲弾いて”って言われて、弾くと喜んでもらえて、うれしいなって感じた時と同じ感覚がずっとあります。
――今後、挑戦してみたいことはありますか。
言葉に対する興味がものすごくあって、歌詞を書きたい欲が強くなっているんです。自分の曲を人に歌ってもらうなど、楽曲提供をしてみたです。歌詞を書くために言葉にたくさん触れようと、読書をすごくするようになりました。書店では書店員さんのオススメや、ジャケ買いじゃないですが、表紙が目に留まった本も買うようになりました。だから文庫本よりも、ハードカバーの単行本を買うことが多いです。気になった本は、まとめて買いますが、読むときは1冊ずつ。最近は清水晴木さんの『旅立ちの日に』を読み終えたところです。あとは劇版や、舞台の音楽などにも携わってみたいです。
――最後に最新アルバム『円人』にかけて、けいちゃんがいまエンジンがかかることは、どのようなことでしょうか?
カードゲームですね。小学生の時ぐらいから続けているので、強いです(笑)。カードが違っても、ノウハウがあるので負けない自信があります。YouTubeでゲームの実況とかもいつかやってみたいなって思っています。ゲームがもっと楽しくなるような、音楽も作れたらいいですね。
取材・文=翡翠

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