無料配信で波紋を呼ぶU2の新作、肝心
の内容は? サウンドと歌詞の変化を
分析

 Apple社の発表イベントにて無料先行配信が発表されたこの新作。一般発売は10月13日だが、iTunesユーザーに対しては発売に先駆け約5週間の無料配信を実施。ユーザーのライブラリに新作アルバムの楽曲が加わり、iCloudを通してそれをダウンロードする形でのリリースとなった。

 全世界で5億人いるiTunesユーザー全てに届けられたこのアルバムは、Apple社CEOのティム・クックが「リリース初日だけでこれだけの人が手にするアルバムは史上初」と語った通り、これまでにない規模での広がりを見せている。その背景にあるApple社側の戦略にとってはこちらの記事を参照していただくとして(参照:iPhone6発表と同時にU2の新アルバム無料配信 バンドとAppleの狙いとは?)、その成果は果たしてどうなったのか? 肝心のニューアルバムの内容、そして前代未聞の方法で新作を発表したことの音楽面への影響を分析していきたい。

 まずは金銭的な側面について。アルバムは無料配信されたが、ボノはTIMES誌の取材や自身のウェブサイトにおいて「音楽が無料になったわけではない」と強調。アップルが独占配信の料金を支払ったことを告げている。

 具体的な金額については明かされていないが、ニューヨーク・タイムス紙によると、Appleがバンドと所属レーベルのユニバーサルミュージックに1億ドル(日本円にして約100億円)を支払ったと報じられている。これは新作アルバムの独占配信だけでなく、CMなども含めたグローバルなマーケティング・キャンペーンの対価とされている。ただ、実際に今回の施策においてバンド側が多額の収益を得たことは間違いないようだ。

 そして、肝心のアルバムの内容について。筆者としては、ニューアルバムを「U2らしさを最大限に活かしつつサウンドをモダナイズした傑作」と捉えている。もちろん数々の名作を作ってきたバンドであるので、キャリアの中での位置付けについては評価がわかれるところだろう。が、この新作で彼らが2010年代のインディ、そしてメインストリームの音楽シーンのモードを意識していることは、充分にも伺い知れる。

 象徴的なのはリードトラックにもなっている1曲目「The Miracle (of Joey Ramone)」。「♪Wow~」という歌い出しから始まるメロディは、コールドプレイやスタジアム・ロック化した最近のEDMの王道にも通じるような、ライヴでの大合唱をイメージさせるスケールの大きなもの。また、ラストトラック「The Troubles」はスウェーデンの歌姫リッキ・リーをゲストに迎え、ラナ・デル・レイやロードを彷彿とさせるダークで沈鬱なナンバーになっている。プロデューサーはデンジャー・マウスと、アデル等を手掛けたポール・エプワースとライアン・テダー。バンドの路線や基本的な方向性は前作と変わっていないが、かと言って過去を踏襲している感もない。そういう絶妙なバランスでアルバム一枚がまとめられている。エモーショナルなバラード「Song for Someone」や、エネルギッシュなリフから始まる「Volcano」など、楽曲のクオリティも粒揃いだ。

 一方、歌詞のテーマは、とてもパーソナルなものになっている。若くして亡くなったボノの実母について歌った「Iris (Hold Me Close)」や、かつて自宅のあった場所を曲名にした「Cedarwood Road」など、故郷や家族をモチーフにした曲も多い。「The Miracle (of Joey Ramone)」も、「もしラモーンズがいなかったら U2 も存在しなかっただろう」と語ったラモーンズへの敬愛の情を描いたもの。アルバム一枚を通して自らの思春期を振り返るような作品になっているのである。

 ボノは公式サイトのメッセージで、さらなる新作『Songs of Experience』を準備中であることも告げている。「無垢」と「経験」というそれぞれの言葉の意味を考えると、新作はおそらく、私的な思いを綴った『Songs of Innocence』と、社会へのメッセージを込めた『Songs of Experience』という2枚で対をなすものになるのではないだろうか。そして、北アイルランド問題を示す言葉である「The Troubles」という言葉を冠した楽曲がその2枚を繋ぐブリッジになるのではないかと推測できる。

 ただし。これだけ入念に準備されたアルバムも、そのリリース方法が賛否両論を集めているのも事実だ。批判を集める理由になったのは、楽曲がユーザーのライブラリに自動的に追加される方式だったこと。U2のことを好きではないユーザー、興味ないユーザーにとっては、これを不快に思う人も多かったのろう。削除するにはiTunes Matchに加入する必要があったことも苦情の対象となった。それを受け、9月15日にAPPLE社はアルバムを削除するためのツールを公開している。

 また、そうでなくとも、リスナーにとっての音楽を聴く体験の価値は、単に音楽の中身だけでなく「それをどうやって手にしたか」にも左右される。「朝起きたら勝手にライブラリに入っている」というリリース方法を喜ばない音楽ファンも多かったようだ。ツイッターには主に若いユーザーの「U2って誰? なんで勝手にiPhoneに入ってるの?」という書き込みが相次ぎ、それをまとめたサイト(http://www.whoisu2.com/)も登場した。

 こうした無料配信が賛否両論を集めたことは、過去にもある。たとえば、Jay-Zは昨年7月にサムスンとパートナー契約を締結し、アルバム『Magna Carta Holy Grail』100万枚をGalaxyユーザーに先行無料配布するという施策を行った。こちらの場合もJay-Zには500万ドル(約50億円)が支払われマーケティング的には大きな注目を集めたが、ダウンロードするための専用モバイルアプリが個人情報にアクセスすることが批判の対象にもなった。そして、レディオヘッドの『イン・レインボウズ』なども含め、作品の内容よりもむしろリリース方法に注目が集まった作品は、その音楽性についての評価が成されにくいという傾向もある。

 果たして今回のU2の新作がどう受け取られるのか? 音楽業界に巨大な一石を投じたその結果は、後々明らかになっていくはずだ。(柴 那典)

リアルサウンド

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