前川知大×浜田信也×安井順平インタ
ビュー~イキウメ最新作『人魂を届け
に』は童話のようでありながら現実と
地続きの物語

劇作家・演出家の前川知大が主宰するイキウメの新作『人魂を届けに』が、2023年5月16日(火)〜6月11日(日)東京・シアタートラム、6月15日(木)〜18日(日)大阪・ABCホールにて上演される。
2021年に上演された『外の道』以来2年ぶりの新作公演。今作は、政治犯の人魂を森の奥深くに住む母親に刑務官が届けに行くという場面から物語が始まる。かたちのない魂や運命という概念を演劇的な手法で描く作品だ。
出演は劇団員の浜田信也、安井順平、盛隆二、森下創、大窪人衛に加え、イキウメ初出演となる藤原季節と篠井英介を客演に迎えた。
今作の上演に際して、作・演出の前川知大と、俳優の浜田信也、安井順平に話を聞いた。
■『人魂を届けに』
人魂(ひとだま)となって、極刑を生き延びた政治犯は、小さな箱に入れられて、独房の隅に忘れもののように置かれている。
耳を澄ますと、今もときどき小言をつぶやく。
恩赦である(捨ててこい)、と偉い人は言った。
生真面目な刑務官は、箱入りの魂を、その母親に届けることにした。
森の奥深くに住む母は言った。
この子はなにをしたんですか?
きっと素晴らしいことをしたのでしょう。
そうでなければ、魂だけが残るなんてことがあるかしら。
ところで、あなたにはお礼をしなくてはいけませんね。
母はベッドから重たそうに体を起こした。
魂のかたちについて。

「魂」という言葉に抱いているイメージとは?
――今作は2年ぶりの新作ということで、どういう作品にしようと思って書かれたのかを教えてください。
前川:宗教性に関する話をやろう、というのは最初からあったので、そこがスタートかもしれないですね。
――今作の台本を読んだときの感触は、設定自体はファンタジーな感じもありつつ、フィクションとして俯瞰して読むというよりは、物語と現実が同じ目線で隣り合わせにあるという感覚でした。
前川:それは結構意識的にやっている部分です。今の社会の生きづらさとか不安感とか、世の中がうまくいってない感じとか、そういった空気感を僕は結構ダイレクトに受けてるので、『外の道』からはそれをしっかり描きたくて現実に寄って行っている分、物語そのもののフィクションの度合いはちょっと上げてバランスを取る、という感じの作り方をしています。
――浜田さんと安井さんは、この台本を読んだときにどのような感想を抱きましたか。
浜田:最初に読んだときは、森の中で物語が進行するというところからしてもう、ちょっと童話を読んでいるような感覚といいますか、ミヒャエル・エンデとかの作品に近いような、何か不思議なことが起こっているんだけど、ちゃんと現実と地続きになっている物語だなと思いました。
安井:絵本とか童話みたいな感じだよね。とはいえ、そんな柔らかい森ではないんでしょうけど。『人魂を届けに』というタイトルが、イキウメっぽくはあるんですけど、「人魂」というものが存在すること前提のタイトルなのが珍しいなと思いました。前川さんの場合、内容をダイレクトに言わないタイトルが多かったと思うので、だからこそ『人魂を届けに』というタイトルから絵本みたいなファンタジーっぽさがある感じがして。だけど最後まで読んでみると、浜ちゃんが言ったように現実と地続きになっているんですよね。
前川知大
――人魂が形としてあることを前提に書くことになった発想の源は何かあるのでしょうか。
前川:なんか人の魂みたいなものが箱に入っていて、それが部屋の脇に置いてあって、人の話とかを聞いていたら嫌だな、という感じのイメージがあったのと、あと魂のイメージって、白くてふわふわしている感じじゃないですか。でもそんなに綺麗なものかな、と思ったりもして。中国には「魂魄(こんぱく)」という言葉があって、「魂」も「魄」も両方とも「たましい」という意味なんですけど、魂は死んだら天に上っていくけれど、魄は死んだ肉体に残り続けると言われていて、魄が残っているから肉体を焼かないといけない、という考え方なんだそうです。その話を知ってから、肉体に残る魄の方が気になってしまって、どんな感じなんだろうなと想像したときに、肉体と一緒に朽ちていくような臓器っぽさがあるのかな、というイメージが浮かんできました。
安井:今回の人魂は「魄」の方なんですね。
前川:魄の方です。死んだ瞬間に無条件で昇天するのではなくて、ドロッと残っちゃっているもの、というイメージがありました。あと、「魂」って、「魂を売る」とか「魂が削られる」とか、ちょっと物に近い扱いの言葉がくっついて来ますよね。意味としては「心」とか「精神」と近いけれども、「魂」ってやっぱり違うというか、独特のニュアンスがある。
――確かに、例えば「魂こめて」と言うのと、「心こめて」と言うのでは、ニュアンスが全然違いますね。
前川:だから、心よりももっと大事なもののようなイメージもあるし、精神みたいには乾いていないというか、「魂」という単語を使うことで、心や感情とは別のものに触れられる感じがするんです。そうした「魂」という言葉に対して僕らが抱いているイメージをうまく使えるんじゃないかな、と思ったんですよね。
>(NEXT)これまで対の役が多かった浜田と安井 今回は?

これまで対の役が多かった浜田と安井 今回は?
安井順平
ーー浜田さんと安井さんの演じる役について教えてください。
前川:安井さんは八雲という刑務官で、人魂をその母親のところに届けに行く人です。浜ちゃんは葵という、その母親の家で暮らしている病人の1人ですが、他にも八雲の妻とか何役かやります。
ーー安井さんは現段階でご自分の役についてどのように感じていますか。
安井:人が死ぬ様を比較的見てるであろう職業の人です。なぜ人魂を届けに行くのかは別にそんなに書かれていないし、届けに行ったら行ったで人魂を渡してすぐに帰ればいいものを、帰らずにいつの間にか自分の身の上話をしていたりとか、人にあまり話さなくていいようなことまで話してしまうんですが、その理由も特に描かれていないんです。どう演じるのか難しいなと思っていますが、その母親という人に思わずいろいろしゃべってしまうというのは、ちょっと宗教的なところがあるのかなと。僕自身は初対面の人にそこまで喋れないから、どうして八雲はしゃべってしまうんだろう、と思うんですが、理屈じゃ説明できないようなことがそこにはあるんでしょうね。相手にすがっているのか、楽になろうとしてるのか……稽古の中で探しています。
――浜田さんの役はいかがでしょうか。
浜田:僕は森の家の住人の1人です。住人たちはみんな何かしら魂に深い傷を負っていて、その家で過ごすことで少しずつ回復していくのを待っている状態です。ここ数年の前川さんの作品は「個であり全体である」ということを扱うことが割と多いと感じていて、『外の道』のときもそうでしたし、2019年の『終わりのない』のときもそれをきっちりテーマとして扱っていましたが、そうした作品への出演を重ねることで、個人であると同時に全体のうちの一人であるという感覚が自分の中でわかってきたというか、「こういう使い方をすればすごく面白いな」という感覚が自分の中に芽生えてきているんです。今回も、舞台となる不思議な家を表現するときに、「個であり全体である」という要素がとても大事になってくるのかな、と思っています。あと、これまで安井さんとは様々な作品で対になる存在の役をやってきたんですよね。昨年再演した『関数ドミノ』のように“陰”と“陽”的な感じとか、バディになったりとか。
安井:確かに対が多いですね。
浜田:それがとうとう夫婦になった、と思って(笑)。
安井:それはね、僕も思ったんだよね(笑)。今回やっていて「これは何だか知らない感じだ」っていう感覚がめちゃくちゃあって。
浜田:どちらかというとネガティブとポジティブみたいな、二律背反的なものの象徴という役どころが多かったけど、今回は夫婦という、このパターンはとても新鮮です。安井さんとの夫婦役、楽しいですよ(笑)。
安井:夫婦の会話が結構リアルなんですよね。断片的にしか会話しない感じとか、言葉のキャッチボールがちゃんとできてない雰囲気というか、そういうところを書くのが前川さんは上手だなと思いながらやっています。今回も語りの部分が多い中で、こういう会話のシーンとの対比が楽しい感じはありますね。さっき浜ちゃんが「個であり全体である」と言ったけど、うちの劇団に「個であり全体である」という精神が染みついてきたのか、自分のことはさておいて、みたいな空気があるんですよね。自分以外のシーンについても、自分ごとのように見ていて、思ったことをお互いにどんどん話し合っていくので。「こういう作り方をしてるんですね」と、篠井英介さんにも言われました。「こういう稽古は初めてです。これはすごいですね。でも、大変ですね」って言われて(笑)。
前川:ああ、確かに夕方の休憩頃になると、ちょっと英介さん疲れてるのかな、と思う時があるね。
安井:思考して、考える稽古だから。「とにかく体動かして演技しましょう」じゃないから。劇団員も脳みそがクルクル回ってプシューってなってます。煙が出ている感じで(笑)。でもこれはね、しょうがないです。
浜田:しょうがないよね。
前川:うん、しょうがない。
安井:プシューってなって、それでも「ああでもない、こうでもない」とやってるのが劇団な感じがするんでね。
浜田:稽古の後半、朦朧とするもんね。
前川:15分のシーンを、普通に考えれば45分あれば3回練習できるんだけど、30分は話をして、残りの15分で1回やってみて、という感じで、話してる30分の間にもう「ふぅー」ってなるパターンあるもんね。
安井:でも、前川さんは潔いなと思うんですよ。例えば前川さんに「ここは、こういう感じなんですかね?」と聞いても「……わからないです」って返ってくることがあって。自分で書いておいてわからない、って素晴らしいなと思いますよね。「演出家もわからないなら、じゃあわかるように具現化しましょう」みたいな感じでやっていくことができるようになってきたんですよね、劇団が。前川さんの書いた中の、つかみどころのないものを劇団員がつかんでいくみたいな感じの稽古場なので、大変ではありますが。
――劇団に書き下ろす場合は、劇作家が100%理解している必要はないというか、完璧な戯曲を書き上げなくても、とにかく書いたものを持って行って、あとは劇団員のみんなで一緒に考えながら作っていく、ということができるのかなと思います。
前川:稽古場に持って行ってから考えればいいんだと思えることで、自分にストップをかけないで書けるから、そこはやっぱり劇団に書くときのいいところですね。劇団員もわかっていて慣れたもんだから、そこの安心感が強い分、今回の作品のように、自分の考えを超えているものが書けちゃうところはすごく大きいと思います。
>(NEXT)結成から20年 それぞれが感じる変化
結成から20年 それぞれが感じる変化
浜田信也
――2003年に結成されて今年で20年、メンバーの変遷などもありながら今の形になりました。今改めて、劇団を続けてきたことについて、どのような実感を持っていますか。
前川:作品も変遷していて、『外の道』から圧倒的に語りの量を増やしましたし、現代口語からもちょっとずれた言葉、散文的な言葉なんかを入れるようになったのも、劇団員がそういうセリフを言えるようになったからで、それはすごい成長だなと思っています。僕がそういう本を書けるようになったということも大きいです。茶化さないで書けるようになったということと、口語に落とし込むのではなく、強い言葉をそのまま書いてそれを役者が喋ってもちゃんとお客さんに届くという確信みたいなものを持てるまでには、やっぱりすごい時間が必要で、それができるようになったんだな、と思います。だから違う作風というか、違う要素のものが書けるようにもなりましたし、劇団員同士の相乗効果みたいなのものがありますね。
――浜田さんは劇団初期からのメンバーですが、劇団のこれまでの変化や、現在の劇団のあり方についてどのような思いを抱いていますか。
浜田:俳優のことで言うと、シンプルにやっぱりちょっと大人になったんだろうなとは思います。劇団を始めたときはまだ20代前半だったんですけど、その当時は自分たちの作ってる演劇が社会と繋がっている、というイメージはあまりなくて、そこの繋がりをちゃんと持たないとやり続けることができないんだな、ということがわかってきたのは30代に入ってからだったと思います。根拠のない自信みたいなものが1回ポッキリ折られるタイミングがあって、それでもやっぱり続けたいからそのためにはどうすればいいか、あれこれ模索しながら気がついたら20年経っていた、という感覚ではありますね。
――具体的に劇団員の方々の変化を感じることはありますか。
浜田:みんなと喋っていて、変わったなと思う部分ももちろんありますが、根っこの部分はそんなに変化がなくて、むしろ周囲の方たちが僕らのことを「変化したな」と思うことの方が多いように感じます。そこはちょっと気をつけなきゃいけないなというふうに思っていて。というのは、僕らが20代のとき、40代の人ってものすごく大人に見えていたけれど、いざ自分がなってみると、20代の頃の自分とそんなに変わっていないように感じる部分もあるんです。だから、実際は40代なのに20代の感覚で振舞っていると、若い人には高圧的に感じられるんじゃないか、そのギャップはすごく大きいんじゃないかというのを感じているので、そこはとても気をつけているところです。
安井:平均年齢上がってきてますからね。
浜田:若いまま年を取らない設定の役とか、だんだんできなくなりますよね(笑)。だから性別とか年齢とかに関わらず、力を貸してくれる方にはちゃんと敬意を持って接していくことを、僕らは大事にしていかなきゃいけないな、と思います。
安井:今回は一番若い藤原季節さんが30歳ですから、平均年齢の高い座組ですよね。人数も7人で、イキウメの劇団公演では最少人数かもしれないですね。以前からイキウメの劇団員と、あと1人か2人ぐらいの少ない人数での公演には憧れがあったんです。
浜田:それ、安井さんよく言ってたよね。
安井:10年くらい前から言ってたんじゃないかな。それで今年ついにやることになってみたら、1人1人の負担がめちゃくちゃでかくて、軽々しく「やっちゃいましょうよ」なんて言っていた自分が恨めしいですね(笑)。
――安井さんは客演で何度もイキウメに出演している期間があって、2011年に劇団員になりました。
安井:劇団員になる前の僕は、よくしゃべる賑やかし番長みたいな感じで(笑)、とにかくイキウメに出るのが楽しくてしょうがなかったんです。イキウメって、周りからは宇宙人の集団みたいに思われているところがあるんですよ。みんなきっちりとした格好で整然と稽古に臨んでいて、前川さんが全部「いや、そこは3歩進んだらセリフです」みたいに演出をつけていくみたいな、そういう劇団だと思われてる方もいらっしゃるようで。
浜田:えぇ、そんなイメージなんだ(笑)。
安井:もうね、そう思っている輩は1回稽古場来い、と(笑)。どんだけ泥くさくやってるかっていう。
前川:『外の道』に客演してくださった池谷のぶえさんも「イキウメはきっとすごいデジタルな稽古場に違いない」と思って最初はビクビクしていたそうです。
――安井さんは劇団に入る前と後で、意識の変化はあったのでしょうか。
安井:それはいっぱいありますよ。さっきも「個であり全体である」という話が出ましたけど、劇団員同士のそういう結びつきは強いかもしれないですね。5人しかいないですから、少人数だし、共有しやすいというか。イキウメにはいっぱい学ばせてもらいましたよ。僕は元々お笑い芸人だったので、演劇のことは何も知りませんでしたから。ただ、元々作品を作るのが好きでしたから、下手したら本番よりも作ってる過程の方が好きな可能性もありますね(笑)。
浜田:稽古場でちょっとずつ出来ていくのが楽しいです。
安井:でもイキウメって、今回の作品が宗教性に関する話だから言うわけじゃないけど、何か神様が宿ってる感じがするときがあるんですよね。奇跡的に運よく切り抜けられた、という場面がこれまでもいっぱいあって……前川さんがちょっと、神様っぽいじゃないですか、見た目からしても。
前川:いやいや(笑)。でも以前に一回、稽古場でなぜか僕だけコロナ陽性になったことがあって、ひとりだけ稽古場に入れなくなってしまった時はなんだか生贄みたいな感じだな、と思いました(笑)。
浜田:翌日から演出席にモニターが置かれて、Zoomで繋いで稽古をしたんですけど、みんな手を合わせて拝んでました(笑)。
安井:そんな稽古場なんですよ、イキウメって(笑)。そんな稽古場から、今回はどんな作品が生まれるのか、僕らにもまだ全貌はわかりませんが、ぜひ期待していただきたいですね。
取材・文・撮影=久田絢子

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