ヴィットリオ・グリゴーロに聞く~ロ
ーマ歌劇場2023年日本公演『トスカ』
でカヴァラドッシ役を歌う

2023年9月、4年ぶりに実現する海外歌劇場の本格的な日本公演。やって来るのはローマ歌劇場。ヴェルディの『椿姫』、プッチーニの『トスカ』と、イタリア・オペラの傑作2作が上演される。なかでも『トスカ』カヴァラドッシ役のヴィットリオ・グリゴーロは、ローマ歌劇場とは自他ともに認める“深い”関係が……。今年(2023年)1月の来日リサイタルでも、サントリーホールを沸かせた現代のトップ・テノールが、“ローマ愛”“オペラ愛”、そして“トスカ愛”を語ってくれた。
ローマ歌劇場/Alessandro Talevi演出『トスカ』より カヴァラドッシ役=グリゴーロ (Photo: Fabrizio Sansoni/Teatro dell'Opera di Roma)

◆「カヴァラドッシ役を歌うのは夢の実現なんだ!」
ーーあなたが少年のころに、ローマ歌劇場の『トスカ』でパヴァロッティと共演したことはすでに有名ですね。
そう、羊飼いを歌った、1990年、13歳のときにね。パヴァロッティがカヴァラドッシで、ダニエル・オーレンが指揮、マウロ・ボロニーニの演出でした。カヴァラドッシは『トスカ』において重要な役! だからカヴァラドッシ役を歌うのは夢の実現なんです。
ーーそのときのパヴァロッティの印象は?
まだ小さかったから優しくしてくれたけど、大人だったら違ったでしょう、ライバルになっちゃうから(笑)。彼はそのとき、ぼくの記念ノートに“君はナンバーワンになるすべてを持っている”と書いてくれました。オペラの世界では、スポーツとちがって、記録や順位で金メダルということが決まるわけではない、観客にどれだけ内面的なものを伝えられるかによって“一番”が決まります。だからそういう意味からしても、このときに書いてもらったことは、いまもとても嬉しいんです。
ーー夢の実現、カヴァラドッシ役はすでに何度も歌っていらっしゃいますが、グリゴーロさんのカヴァラドッシ像とは?
彼は情熱的で芸術家で社会性のある活動家です。
フランコ・ゼッフィレッリ版『トスカ』 (Photo: C. M. Falsini/Teatro dell'Opera di Roma)
ーーそうした人物を実際に舞台で歌うとき、具体的にはどのように自分の感情を乗せていくのでしょう?
人生を歌うんです、その役の人の人生を。オペラはストーリーを描くものですから。まちがえないで欲しいのは、オペラはこんな筋立て、ということがあるとしても、舞台に立っているその人は、それから起こることを知ってて歌うわけではないということ。だからぼくは舞台で歌うときにはいつも、はじめてそれを歌う気持ちで歌うんです。
ーー何度も歌っている役で、それを常に“はじめて”の状態でというのは難しくないですか?
難しくはありません。常に初めてなんです。まずは劇場に来て、その人物になりきる、ぼく自身はもとより、お天気だって周りの人の機嫌だって、どれもが毎回まったく同じなんてことはありません。ましてや舞台上では相手役が違えばそこに描かれるものもちがってきます。歌詞は同じでも、その言葉からそのとき沸き上がってきたものを自分は歌うだけです。よく、“楽譜に忠実に”というけれど、楽譜の読み方にも、その日、そのときで変化があるんです。だから、万が一ぼくが、これを初めて歌う、という気持ちになれないことがあったら、その日にぼくは歌うのを辞めます。
ーーその日が来ないことを祈るばかりです。ところで、あなたにとってのローマ歌劇場とは?
パヴァロッティとの共演というだけでなく、ローマ歌劇場とは子どものころからの関係があります。ローマに住んでいたし、ぼくはローマを愛しているし、心のなかにはいつもローマがあるんです。だから、ぼくは生まれはちがうけれど、“ローマ人”になったといえるほど! ほかの歌劇場以上に、ローマ歌劇場とは幸せな関係があります。重要性とか、どこの歌劇場が良いとかということではなく、ぼくにとってどれほど大切か、という意味でね。
フランコ・ゼッフィレッリ版『トスカ』 (Photo: C. M. Falsini/Teatro dell'Opera di Roma)
ーーどこよりも幸せな関係は、きっと上演に大きく影響すると思います。楽しみです。さて、すこしプライベートなこともうかがいましょう。ワインをつくっていらっしゃると聞きました。
そうだよ! OPERA VIVAというワインなんだ。ぼくはぶどう園で農作業して、栽培作業をやってます。共同経営者や農夫の仲間たちと一緒にボトルにラヴェルを貼ったり、全部手作業です。2021年には賞ももらいました。ヴェローナのレストランでは飲めますよ。
ーーコロナ禍が終わったら、あまり農園には行けなくなっちゃいますね。
(残念そうに)そうなんだ……。
ーーパンデミックの間はどのように過ごしていらしたのでしょう?
劇場は閉まっていても、ぼくは動きまわってました。宣伝もしたし、音楽の研究もして、新しい役の練習もね。それと新しいアルバムの準備。あとは2020年の8月、パンデミックの真っ只中に娘が生まれたから、1年間父親として過ごせたのはパンデミックに感謝すべきかな(笑)。
ーーコロナ禍を経て思われることは?
ぼくはオペラはライブじゃなきゃ、と思っています。映画やCDのように撮り直しや編集ができないライブでこそ、一つのストーリーを描き出していくことができると。だから、コロナ禍でライブ公演が止まってしまった後は、コロナ禍以前以上にやらなければならないと思っています。世界のこれからを考えた時に、より美しいこと、素晴らしいことのためにね。そのなかにオペラもあると思っているんです。
ヴィットリオ・グリゴーロ (Photo:Shoko Matsuhashi)

パワフルに、そしてオペラに向き合う情熱を楽しそうに語ってくれたグリゴーロ。「自分にとってオペラとは、情熱、芸術、恋の世界。テノールはいつも恋をしているんですよ」と、彼らしい決めゼリフを残してくれた。

取材・文:吉羽尋子(音楽ライター)

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