「この作品が完成した時、どんな景色
が見えるのか楽しみ」 松田凌に聞く
、舞台『聖なる怪物』の魅力

新進気鋭の女性映画監督・甲斐さやかの初舞台作品『聖なる怪物』。教誨のために刑務所を訪れる山川神父と、自らを“神”と呼ぶ死刑囚・町月のやり取りを中心に、信仰心と神の存在を問いかける物語だ。山川神父を演じる板尾創路とともに主演を務める松田凌にインタビューを行った。

【STORY】

山川神父(板尾創路)は教誨のため週に2、3回刑務所を訪れている。死刑囚に宗教的アプローチで被害者への反省を促し、執行までの精神の安定を図る。

山川が新たに教誨を始めることになった死刑囚・町月(松田凌)は、かなり奇妙でマイペースな人間だった。山川はいつも通り奪った命について考え、反省するように説教するが、町月は「反省?僕がするわけがないでしょう。僕は『神』なのだから」と言うのだ。
時を同じくして、敬虔な信者の真知子(石田ひかり)の娘・舞花(莉子)が行方不明となり、山川は真知子の相談に乗ることになる。舞花は、オンラインゲームを通じて『神』という人物に呼び出された形跡があった。
それ以来、刑務所内にいる町月が予言した不可解な出来事が、山川のまわりで起きていく。山川を根本から試すような出来事が重なっていくことで、徐々に信仰心が揺らぎ、山川は葛藤する....
■稽古を通して色々なものを紐解いている感覚
――発表時に「何か」に吸い込まれるようにやりたいと思ったというコメントをされていました。そう感じた理由、この作品の魅力を教えてください。
実はまだ分かっていないんです。稽古を重ねる中で紐解いているような気がします。甲斐さんが生んでくださった作品の本当の先がどんな場所に行き着くのか。それが分かるのは本番初日か千秋楽か、はたまた分からないままなのかは僕にも分かりません。ただ、何かしらの答えを見出せるのかなと思います。少しだけ分かっていたことをお話すると、台本を読んだ時「この作品に携われる可能性があるなら飛び込んだ方がいい」という直感がありました。
――台本を読ませていただいて、松田さんが演じる町月は演じ方によって印象が変わりそうなキャラクターだと感じました。ご自身は町月からどんな印象を受けましたか?
まさにその通りで、人が一人ひとり違うように、演じる俳優によっても演じ方によってもいかようにもなってしまう役だと感じました。僕の中ではタイトルにもある通り“怪物”ではあるけど“聖なる”という言葉も当てはまるなと。
矛盾しているかもしれませんが、言葉にし過ぎるのも違うと思っていて。彼を言葉で伝えようとすると陳腐になってしまうんですよね。彼自身がこの世の理についての反論を哲学化していて、今見えている自分の存在や肉体すら古い考えだと思っている人。最も純粋なる人間が神なのかペテンなのかそれとも怪物なのか。町月はそういった役柄なんじゃないかと思います。
――稽古が始まって2週間ほど経ちます。現時点で、役作りについてはいかがでしょう。
俳優はリアルではなくできるだけリアルに近しいリアリティを求めるものだと思っています。日本や世界で有名になってしまった実在の死刑囚の方の資料を集めたり、そういった方々をモデルにした作品を観たりしました。ただ、各作品に散りばめられている描写からヒントをもらうことはあっても、僕自身が特定の誰かをモデルにすることはありません。この役においてそれをやるとすごく安直になってしまうと重々理解しているので。
今回僕は板尾さんと絡むシーンが多いので、作品の中での板尾さんとのバランスを考えた上で舞台に立たなきゃいけないと思います。照明や音楽、美術や舞台装置のなかで自分がどうあるかを考えていますね。
俳優なので、役作りにおいて潜ろうと思えばいくらでも潜れますし、今までもそういう手法でやってきました。ただ、今回は今までのやり方だと演じ切る事が難しいのかもしれないとも思っています。町月じゃないですが、自分の中で何か哲学めくくらい、これまでと違う方法論で形にしたいと思います。
■カンパニーから受ける印象は……
――W主演を務める板尾さんの印象を教えていただけますか?
板尾創路さんがどれほどすごい方かは、多分ほとんどの方が知っていると思います。芸人さんとしてもそうですし、俳優としても。僕自身、板尾さんが出演されている作品をいくつも拝見してきました。
僕が言うのはおこがましいですが、やっぱり唯一無二だなと思います。板尾さんに憧れても絶対になれないだろうし、誰も追いつけない。誰も届かない場所にいらっしゃるのかもしれないという印象も受けます。W主演は恐縮ですが本当に光栄で嬉しいですね。
――他のキャストさんの印象や稽古場でのエピソードがあれば教えてください。
石田ひかりさんも板尾さんも個性的ですし、朝加真由美さんと莉子さんは舞台初出演。それぞれが俳優として歩んできた道が違い、年齢もばらつきがあります。僕が近年出演した作品は、同年代またはとても歳の離れた方が多かったんです。全然違う道を歩んできた幅広い年齢・属性の5名が集まるとこんなに面白いのかと新鮮だったというか、学ぶべきことがとても多いと感じます。それぞれが演じる役も、普通だけどちょっとおかしいんですよ。それを各々の手法で演じているので、すごく楽しく刺激的な稽古場ですね。
――作・演出の甲斐さんも舞台は初めてです。普段出演されている舞台との違い、映像的に感じる部分などはありますか?
演劇に特化した方や舞台人が演出する舞台ではないなと感じることはありますね。
やりすぎてもあれだし、やりすぎないと何も見えないということは甲斐さんとも少しお話しました。 舞台って、偶像をちゃんと具現化しておかないとお客様に伝わらないことも多いですよね。映画とかだとすごく寄りで見せることも、逆に引いて全体を映すこともできる。目の動きなど、舞台だと最後列の方には見えない部分まで映像だと繊細に追えますよね。だから例えば、幽霊を描くとき、舞台では照明を駆使したり、人が何かを被って出てきたりしますよね。映像だと煙が一筋立つとか、風がその煙をふっとなびかせるだけで伝わったりもする。
そういったところを舞台で描こうとしているのが面白いし、そこにチャレンジできるのも嬉しいです。今はその塩梅を探っているところですね。幽霊というのは例えですが、それくらい繊細なものを板の上でどう表現できるのか。新国立劇場小劇場という場所で、照明や音楽、美術、舞台の技法を使って表現するのは面白い挑戦だと思います。
■作・演出の甲斐さやかが描き出す世界に惹かれる
――今お話しいただいた部分が演出全体の見どころとして、松田さんが個人的に注目してほしい部分や見どころはありますか?
抽象的になってしまうんですが、甲斐さんの世界を感じてほしいです。多分、俳優はみんな、甲斐さんが描く世界に一度足を踏み入れてみたいと感じると思うんです。僕もそれでこの作品に惹きつけられるのかなと思いますが、それだけじゃない気もしています。 心の裏側に張り付いているものに手を突っ込まれるというか、手を差し伸べられるというか。琴線に触れるような瞬間もあって。
舞台上にろうそくなどのちょっとした仕掛けというか、繊細さを抽出したようなものがあるんです。観た方も「ん? これはなんだ?」と思うでしょうが、その「?」もすべて狙いというか。「?」をそのまま流してくださってもいいですが、受け取っちゃったら「もしかしたらこうなのかな?」と思うような鍵がたくさん散りばめられている。そういったところも含めて、他にない舞台だと思います。難解になってしまってすみません。明確に「ここが」と言いたいんですが……。
――確かに、台本を読み終えたあと、考え込みながら何度か読み返しました。観た方がどんな印象を受けるのか個人的にも気になります。
オリジナルなので、お客様は僕たちの舞台でこの作品に初めて触れてくださいますよね。先に台本を読んでいたらびっくりすると思います。例えばニール・サイモンやシェイクスピアなどは台本が販売されていますし、劇場で上演した作品の台本を販売していることもありますが、本を読むのと観るのでは印象が全然違う。この作品も文庫化したらいいなと思うくらい違うんですよ。それが舞台の魅力ですし、僕らが体現する意味でもあると思います。
――板尾さんが演じるのは神父で、キリスト教に縁がない方にとっては馴染みのない言葉も出てきます。観る方が物語に入りやすいように押さえておくといい知識などはありますか?
ほとんどはお芝居で伝わると思うので、そこまで厳密なものはありません。ただ、言われた通り馴染みのない言葉も出てきます。神父さんが死刑囚にあやまちを悔い改めさせて天に導くために神の教えを説くことを「教誨(きょうかい)」と言うことだとか。また、作中で大きく出てくるわけではありませんが、死刑囚が処刑されるまでの流れなどは知っていて損はないというか、物語が分かりやすくなると思います。あと、僕が演じる町月は哲学的でちょっと難解な言葉を使います。ただ、知らないと分からないということはないのでフラットに観にきていただいて大丈夫です。観た方の受け取り方によって印象は全く変わるでしょうし、観てから「あの言葉はなんだろう」と調べて紐解いていただくのもありだと思うので。
■町月との共通点は神を信じていないところ
――ちなみに、登場人物たちは山川神父の元に告解に行っています。身近に教会があったら話しに行きたいことがあれば、話せる範囲で教えてください。
ありすぎて。僕は地獄行きだと思うので、天国に行くことは諦めています(笑)。
もちろん、法を犯したり人道を外れた行いをしたりは神に誓ってしていません。ただ、小さな積み重ねとして、悔い改めることはたくさんありますし、それがない人生はつまらないとも思ってしまうというか。人はあやまちを犯すものだと思うんです。
どこからが「人道を外れた行い」かのラインは読んでくださる皆さんにお任せしますが、僕は自分の中のラインを越えると一切許せなくなってしまうんです。でも、それとは別のところの話で、例えば僕が取材に遅刻してしまったとして、それだけでも関係者の皆さんに迷惑をかけますよね。仮にライターさんやカメラマンさんがすごく大事な用事があるなかで取材を引き受けてくれたのに僕が大遅刻してきたとなったら、それだけで人生が少し変わってしまう。そういうことを考え始めると、僕は信じられない罪を犯してきてますよ。
――なるほど(笑)。
そこで「じゃあ次からどうするか」を考えるのが大事ですよね。織田信長とかの時代は人生50年だったのが今は80年。その中で一度もあやまちを犯したことがありませんという人間がいたら、嘘だと思います。「神に誓って嘘をついていませんと言えますか?」と聞きたいですね(笑)。なので、懺悔したいことはありすぎて追いつきません。
ただ、自分があやまちを犯してしまった時に、ちゃんと懺悔を聞いてくれる人たちが周りにいる人間ではありたいです。世のため人のために行動するというと大きな話になりますが、少なくとも誰かにとって良き影響を与えられる人間でありたい。本作のキーワードの一つに「天秤」があるんですが、自分を天秤にかけた時、善き行いが少し重くなっていたら、天国に行けるかもしれないですね。
――なるほど。台本を読むと、山川神父と町月の対話で価値観や信じていたものが揺らいでいく感覚があったので、今のお話を聞きながら松田さんが演じる町月が楽しみになりました。
遠からず近からずの役だと思います。でも、誰にとってもそうな気もするんですよね。吸い込んでくるから、町月を追いかければ追いかけるほど怖くなりますよ。
一番合致したのは神を信じていないところ。町月は自分が神だと言っていて、僕は神なんて信じていないのでそこは違いますが。 「そんなものいないだろ」と思っているわけじゃなく、神様を信じることで自分の中に甘えが生じることが嫌。僕は神社に行って神様にいくつもお願いするのってどうなのかなって思うんです。毎日普通に生きられるのは幸せなことで、それについて感謝することは大事だと思います。でも、感謝も述べずに「あれとこれとこれをお願いします」はおこがましい気がして。都合のいい時だけ神頼みするのが嫌なんです。だから僕の「信じない」は、頼りすぎないという意味です。
でも、事故や病気から奇跡的に助かったとか、逆に不幸があった時とか、ちらっと“神様”がよぎる瞬間はある。だから神様はどこかで見てくれているのかもしれないし、敬愛していた祖父とかが亡くなって、神様のもとに近づけていたら嬉しいとも思うし。祖父に見守られていると思うのは、僕にも信仰心のようなものがあるからかもしれません。
――最後に、観にくる方へのメッセージをお願いします。
この作品に身を投じて、今までになかった人生観や糧をいただいていると稽古の段階から感じています。この作品が完成し、本番で皆さんに観ていただく時に自分がどんな面持ちをしていて、どんな景色が待っているんだろうとワクワクしています。僕が今まで30年生きてきた中で分からなかった、感じたことのなかったものを感じているので、観にきてくださった皆様にも、今までにない感覚を持って帰っていただけるんじゃないかと思います。
このインタビューでちゃんとした答えを出せなかった質問の答えは、おそらく舞台上にあると思うので、ぜひ足を運んで確かめていただきたいです。観にきていただいて損はないと思いますので、よろしくお願いします。
取材・文=吉田沙奈 撮影=福岡諒祠

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