【明田川進の「音物語」】第69回 ガ
ヤは役者と音響スタッフの腕の見せど
ころ

 「ガヤ」とは、例えば教室でメインの人物が話している裏で聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声でガヤガヤと聞こえる音のことです。聞き流されることも多いガヤですが、僕はガヤってとても大切だと思っています。
 ガヤはメインの人物のセリフとは違い、台本にこういう言葉でやってくださいとは書かれていません。自分なりに雰囲気にあったセリフを考え、全体から飛び出さないようにやらなければいけません。ひとりだけ頑張ってしまうのは駄目ですし、同じ言葉を繰り返し言うのもよくありません。自分がそこにいたらどんなセリフを言っているかを想像しながらやらなければないけませんから、ある意味、役のあるセリフを演じるより難しい部分があります。ガヤだからとおろそかにはできなくて、事前にしっかりと台本を読みこんでいる人とそうでない人では大きな違いがでますし、きっちり芝居ができる人がやると全然違って聞こえます。
 音響監督として、使えるガヤが録れるかどうかは大切なことでもあります。ベテランの人に入ってやってもらえるといいガヤが録れて、新人だけでそうした雰囲気をだすのはなかなか難しいです。経験が浅い人は最初ベテランの人がやるのを真似しながら、そこからどんどん自分なりに考えていかないといけません。ガヤだからと安易に考えないで、そこで一生懸命やることが次のチャンスにつながるんですよね。ここで言う一生懸命とは頑張って声を張りあげるということではなく、今求められている雰囲気をいかに読みとってやるかということが大事になります。
 ちょっと話がそれますが、一生懸命で思い出すのは駆け出しだった頃の小野大輔さんのことです。僕は主役を多くやるようになる前の彼と一時期ご一緒していましたが、小野さんはさきほど話したような意味で一生懸命な方だったという印象が強くあります。僕が担当した作品では動物の声をよくやってもらったのですが、当日急に犬をやってほしいと頼むと、ちゃんと作品にあわせた擬人化された犬をやってくれたのを覚えています。若いのに老け役のキャラクターをやるのも上手でよくやってもらいました。そういうところで一生懸命にやっているかやっていないかが、のちのち大きく違ってくるのではないかと思います。
 昔のガヤはメインのセリフと一緒に録ることもありましたが、今はあとでガヤだけをまとめて録るようになっています。なので、メインのセリフとぶつかることは気にしなくても大丈夫になりました。また、例えば戦場のシーンなど人が大勢いるガヤを録るときに4、5人しかいないときがあります。そういうときはまず4人で録って、そのあとマイク位置を変えて同じ4人にもう一度やってもらうんです。それを3回ぐらい繰り返してあとで重ねると大勢のガヤになります。
 よほど違和感がないかぎり一般の方はガヤの良し悪しを気にされないと思いますが、僕は仕事柄、ガヤをふくめた全体の音響プランがちゃんとしているなと感じるときと、残念ながらいろいろな事情で上手くいかなかったのかなと感じるときがあります。僕自身、過去に思うようなガヤが録れなかったときには、ベテランの人の声が前にでるようミキサーさんに頼んだことがありました。かぎられた人数でどう臨場感をだすかは役者と音響監督の腕の見せどころですし、実はミキサーさんがいかに自分で納得するかが大事でもあります。納得できなかったときに録ったものをどう調整すればいいのかを、ミキサーさんをはじめとする音響スタッフは常に考えているはずです。

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