没後1年、愛弟子たちが語る 牧阿佐美
のバレエの世界~青山季可×清瀧千晴
×水井駿介×日髙有梨が座談会

昭和、平成の時代を駆け抜け、令和においても日本バレエ界の求心的存在であり続けた牧阿佐美(1934~2021)が2021年10月20日に逝去して早1年。牧阿佐美バレヱ団では、2022年9月に追悼公演として牧の演出・改訂振付作品『ASUKA 飛鳥』を上演したのに続いて、11月12日(土)~13日(日)に新国立劇場中劇場で行う「ダンス・ヴァンドゥ~牧阿佐美の世界~」でも、フレデリック・アシュトン振付『誕生日の贈り物』と同時上演で牧作品を披露する。バレエ界初の文化勲章受章者で死後従三位に叙された牧の人となりや教え、創作の特徴などのエピソードを、薫陶を受けた青山季可、清瀧千晴、水井駿介、日髙有梨に語ってもらった。

■遺された言葉・教えの重み
――青山さんは看板バレリーナとして、ほとんどのレパートリーの主役を踊っています。清瀧さんは男性陣の要として長年ご活躍されています。水井さんはポーランド国立バレエ団など海外で踊ったのち帰国し、ローラン・プティの『アルルの女』フレデリを踊るなど注目されています。もともとは牧阿佐美バレヱ団系列ご出身ですね。日髙さんは全幕主演や多くのソリスト役を務め、幅広い作品に通じています。それぞれの牧先生との出会いについてお話しください。
青山季可(以下、青山):『くるみ割り人形』の子役クララをやらせていただいたのが最初です。その公演をきっかけに阿佐美先生に教わる機会があるんだと分かって、大阪から通うようになりました。
日髙有梨(以下、日髙):小さい頃からバレエ教師をしている母に連れられて公演を観に行ってご挨拶させていただいたりしていました。レッスンを受けたのは小学6年生でA.M.ステューデンツ(注:牧がバレエの専門家を目指す生徒たちの育成を目的に結成)に入ってからです。
清瀧千晴(以下、清瀧):小学5年生のとき、地元・群馬の石井はるみ先生から阿佐美先生と総監督(現・芸術監督)の三谷恭三先生に教わりなさいと勧められて日本ジュニアバレエ(注:牧が母・橘秋子の遺志を継いでバレエの早期教育を目的に設立)に入りました。そこで阿佐美先生が目をかけてくださり「A.M.にも来なさい」と声をかけていただきました。
水井駿介(以下、水井):僕は日本ジュニアバレヱの新潟支部に通っていて、東京でレッスンをしてみないかという話になりました。小学4年生のときに初めて阿佐美先生と三谷先生にお目にかかりましたが、ものすごく緊張して、たぶん一言も喋らなかったと思います(笑)。
牧阿佐美
――牧先生が遺された言葉のなかに「バレエダンサーは普段の生活が舞台に出る」といった内容の金言があり、多くの方々が印象に残っている旨を話したり、記したりしていますね。ほかに忘れられない言葉はありますか?
日髙:「一流のものに囲まれて生活をしなさい」と言われました。「きれいなものに囲まれて、自分をちゃんとそれに見合った人間になれるように気を付けていなさい」と。先生はいつもきれいな恰好をされていて、ご自宅も美術館みたいで家具とか食器とかにもこだわっていらっしゃいました。お食事のときも食べた感想だけでなくて、出されたときの所作やお皿の品だとか、すべてに目を通して感動する心を持ちなさいとおっしゃっていました。
――青山さんは近親者や団員が参列した牧先生のご葬儀で弔辞を捧げました。そこで生前の叱咤激励に感謝を示し、「先生に誰よりも叱られたことが自慢」というふうに述べたそうですね。
青山:厳しかったですね。全幕作品の主役をやっているとき、「今のところ、観るべきものがひとつもありませんでした」とおっしゃられたりもしました。
日髙:阿佐美先生は季可さんに対しての要求がすごく高かった気がします。うちのトップを背負ってくれているので期待値が高いんだろうなと。
青山:もどかしかったのでしょう。気持ちの迷いや不安が見えていると鋭く指摘されました。気を引き締めていかなければとあらためて思いましたね。
清瀧:阿佐美先生はご自身が求める完璧というものを投影して指導されている。それができるダンサーだからこそ厳しかったんだと思います。
水井:季可さんと『海賊』で組んだとき、季可さんへの注意をほぼほぼ僕が覚えていた(笑)。
青山:でも、言っていただかないと逆に不安にならない? 私、見捨てられてしまったかなと(笑)。
牧阿佐美 2019年ウラジオストク公演リハーサル 撮影:瀬戸秀美
清瀧:僕はここ4、5年、若い女性と組んで踊る機会が増えてきました。阿佐美先生から「千晴のおかげで、あの子がいいパフォーマンスになった」と要所要所で言ってくださいました。キャリアと共に役割も変わってきます。自分の調子が多少悪かったとしても、舞台として総合的によかったり、主演のバレリーナがよく見えたりしたというところを評価してもらえました。そういう言葉をかけてくださったことが心に残っていますね。
水井:阿佐美先生は海外のお話もよくされていました。若い時から海外で学ばれたり、指導や審査のお仕事をされたりしていて、そこで接したレジェンドのダンサーの話をしてくださいました。そして、それが僕が海外で踊った作品や習った先生たちとつながっています。「誰に師事したかで、バレエをちゃんと教わっているかどうかが分かる」みたいな話をよくされていました。
清瀧:「何かひとつでもいいから強みを持ちなさい」とよく言われました。誰よりも回れるとか跳べるとか、一つでも負けないものを身に付けなさいと。
牧阿佐美お別れの会 2022年9月6日 撮影:鹿摩隆司

■細部へのこだわり、感性豊かな音取り
――牧先生は数多くの創作を遺しました。追悼公演で上演された『飛鳥 ASUKA』のような大作から洗練された小品まで多彩ですが、踊る立場から牧作品の特徴はどこにあると考えますか?
日髙:音の取り方にこだわられていました。体の使い方ひとつとっても日本人が美しく見えるように考えていらっしゃいました。ポーズも独特なので、すぐこれは先生が振付されたなと分かるくらいです。あと振付をされた時代によって雰囲気が違います。その時代その時代で一番いいものを研究され、それを出されていた気がします。
青山:音の取り方は難しいですね。それから日本人って顔も身体も外国人に比べて立体的じゃないので、そこを立体的にみせる角度などを細やかに教えていただきました。
日髙:主役は阿佐美先生のイメージに合う人しか絶対に使わないんです。だから、ある意味チャンスも多くて「この作品にはこの子のイメージがある」というときには抜擢していました。
清瀧:細部にこだわりを持たれていました。同じ作品でも毎回細かいところでも変えるなどディティールにこだわっている。衣裳や装置に対してもそうです。芸術ってたぶん、そういうところだと思うんですよね。そこに宿ったものが伝わるのでしょう。
牧阿佐美バレヱ団『飛鳥 ASUKA』2022年(竜神の使い)ラグワスレン・オトゴンニャム、(春日野すがる乙女)青山季可、(岩足)清瀧千晴 撮影:鹿摩隆司
水井:僕は阿佐美先生の作品はクラシックだと思っています。クラシック寄りのネオクラシックって、海外でも意外になかったりするんですよね。僕はジョージ・バランシン(注:ニューヨーク・シティ・バレエを立ち上げ、"音楽の視覚化"に優れた作品を多数遺した20世紀の巨匠振付家)の作品が好きなのですが、阿佐美先生の振付の音の取り方も細かくて、若い頃渡米して学ばれた(アレクサンドラ・)ダニロワ先生からつながっているのかもしれません。
清瀧:音楽の波のなかで、その揺らぎとかを感性で感じて体現する。本当にほんの一瞬の違いで印象が異なるのですが、阿佐美先生はそれを鋭く感じていらっしゃったんじゃないかな。
日髙:阿佐美先生の音の取り方には音楽の流れに反しない程度に強弱があって、観ている人にも面白みを感じてもらえるように創ってあります。
清瀧:複雑なことをいかに心地よく体現できるか、みたいな。
水井:音を遊んでいるような感じで踊らないといけないんですね。
牧阿佐美バレヱ団『飛鳥 ASUKA』2022年(銀竜)近藤悠歩、日髙有梨 撮影:鹿摩隆司
――ドラマティックな作品でもそうでしょうか?
清瀧:なおさら必要になってくるかもしれません。演技でも音とマッチしないと。
日髙:『ロメオとジュリエット』(注:牧とアザーリ・M・プリセツキーの共同演出・振付)とかそうですね。「こういう音で、こういう流れで」というのが決まっています。自分の感情に任せて踊るのではないので作品としての厚みがあります。
青山:「魅せにいくのではなく、観られているようにしなさい」と言われました。

牧阿佐美バレヱ団『飛鳥 ASUKA』2022年(紅竜)水井駿介、上中穂香 撮影:鹿摩隆司
■珠玉の作品がそろう「ダンス・ヴァンドゥ」上演作品
――「ダンス・ヴァンドゥ」は、第1部が英国バレエの父と言われるアシュトンの『誕生日の贈り物』、第2部が「牧阿佐美の世界」です。先に牧作品についてうかがいます。年代順に、まず1968年初演の『トリプティーク(青春三章)』(音楽:芥川也寸志「弦楽のための3楽章(トリプティーク)」)は牧先生の振付家としての出世作で"日本のバレエ"の原点ですね。
清瀧:日本らしい音楽を使い、日本人が醸し出せる雰囲気のある作品です。日本人が繊細に捉えられる流れの音楽になっているんですね。その揺らぎというか、変則的な流れにすごくマッチした振付です。日本人が体現したらきれいに見えます。
『トリプティーク(青春三章)』第2楽章 米澤真弓、坂爪智来(「サマー・バレエコンサート2020」) 撮影:鹿摩隆司
――1971年初演の『カルメン』(音楽:ジョルジュ・ビゼー/ロディオン・シチェドリン『カルメン組曲』)では日髙さんがカルメンを踊りますね(11月12日公演)。
日髙:舞台での初演は1971年の橘秋子先生の追悼公演ですが、その前にテレビのために創られました。その後このハイライト版を上演する機会はなかなかありませんでしたが、2013年に牧先生が「有梨にははっきりした役が合うと思う」とおっしゃってくださって、今の時代に合うように創り直してくださいました。登場人物はカルメンやホセら名前のある人物だけで、場面展開が急です。踊りを魅せながら物語を紡ぐことは難しいですが、阿佐美先生は物語が誰にでも分かるように創り、装置がなくとも照明に工夫をされて、移り変わりを魅せられるようになっています。
『カルメン』
――2004年の『ライモンダ』より夢の場のパ・ド・ドゥ(音楽:アレクサンドル・グラズノフ)は牧先生が新国立劇場舞踊芸術監督を務められていたときに新国立劇場バレエ団のために改訂振付した古典全幕の名場面のひとつです。ここでは、2006年初演の『シンフォニエッタ』(音楽:シャルル・グノー)についてうかがいます。新国立劇場バレエ研修所第3期生らによって初演され、今回が牧阿佐美バレヱ団では初上演となりますね。
水井:阿佐美先生のクラシックの型をみせるような作品です。一つずつの音と振りが細かかったり、急にずっとバランスしていたりとか、そこから緩急を付けて細かい動きに入ったりとかするので、ダンサーにとって大変です。
青山:よく「『白鳥の湖』を上演すると、バレエ団は上手になる」といわれますけれど、阿佐美先生の作品も踊ると上手になります。
水井:ある意味古典よりも難しいかもしれないですね。ごまかしがきかない。
――2006年初演の『時の彼方に ア・ビアント』(音楽:三枝成彰)のパ・ド・ドゥを青山さんが踊られます(11月12日公演)。
青山:ドミニク(・ウォルシュ)さん、阿佐美先生、三谷先生が創り、故・高円宮憲仁親王殿下に捧げました。たゆたうような美しいパ・ド・ドゥなので、踊るたびに魅力を感じます。
『ライモンダ』青山季可、清瀧千晴 2018年 撮影:鹿摩隆司
――第1部の『誕生日の贈り物』は1956年、英国ロイヤル・バレエ団25周年を記念して創られた華やかにして典雅な作品です。
青山:ロイヤル・バレエ・スクール留学中に観た作品で憧れていましたが、牧バレエ団に入り2004年に踊らせてもらいました。今回はマーゴ・フォンテインが踊ったパートを踊らせていただきます。千晴くんがパートナーです。
清瀧:プリマバレリーナ7名を美しく魅せる作品です。そこを大切にしたいです。
水井:僕は(吉田)都さんの引退公演(2019年)で踊らせていただきました。その時はいろいろなバレエ団の方と一緒でしたが、今回はバレヱ団の皆で一つの作品を創り上げていく形なので、それもいいなと思います。
『誕生日の贈り物』 撮影:鹿摩隆司

■偉大な師の教えを、未来へとつなげる
――これから牧先生の教えをどのように活かしていきたいですか?
日高:阿佐美先生に習ったことを一つひとつ大事に踊っていくことで、これからのダンサーたちに少しでも残してあげたいですね。ダンサーとして、人としての在り方についても細かく教えてくださったのは宝物なので、それを大切に紡いでいってほしいです。牧阿佐美バレヱ団、橘バレヱ学校の歴史が絶えないようにつないでいけたらと思っています。
青山:阿佐美先生に教えていただいたことは、自分の核として大切にします。また、先生は変化しながら成長しないといけないと常におっしゃっていたので、今に囚われすぎないで先のことを考えてつながっていく。その気持ちを大切にしていきたいです。
清瀧:日本人がここまでバレエを楽しんで、研究して、お届けできるのは、阿佐美先生をはじめとした先人の方々がいらしたからです。それを引き継いで伝えられるようにしたいです。
水井:牧バレヱ団では古典作品が大事に受け継がれています。伝統を大事に、いいところは新しくブラッシュアップして踊っていけたらいいなと思います。
【動画】牧阿佐美バレヱ団 2022年11月公演「ダンス・ヴァンドゥ」P.V.
取材・文=高橋森彦

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