次世代の若きマエストロ松本宗利音、
大阪フィル吹田コンサートを前に大い
に語る!

楽壇に次々と現れる、ピアノやヴァイオリンと言った楽器奏者の次世代スター。もちろん指揮者にも、人気と実力を併せ持った若きマエストロは存在する。
昨年9月の大阪フィルハーモニー交響楽団「第551回定期演奏会」で、伝統あるオーケストラを見事にドライブして、大迫力の大フィルサウンドを引き出した松本宗利音(まつもと しゅうりひと)は、真っ先に名前を挙げるべき存在ではないか。
その松本が再び大阪フィルと組んで、ジョン・ウィリアムズやエンニオ・モリコーネといった人気の映画音楽に加え、ドヴォルザークの新世界交響曲を指揮するコンサートが、吹田メイシアターで開催される。
大阪豊中出身の松本が、故郷へ凱旋するメイシアター公演や、あんなコトやこんなコトまで、大いに語ってくれた。
指揮者 松本宗利音が、あんなコトやこんなコトを語ってくれた   写真提供:札幌交響楽団
―― 大阪フィルとは今回の吹田公演が3度目の共演だそうですね。大阪の豊中出身の松本さんにとって大阪フィルはどんなオーケストラですか。
初めて大阪フィルを聴いたのは小学校か中学校だったと思います。指揮は大植英次さんでした。僕は朝比奈隆さんの指揮は実際には見ていません。小さな頃から聴いてきた大阪フィルですから、初めて指揮のオファーを頂いた時は嬉しかったです。初めて大阪フィルを指揮した感想は、音楽に対して積極性のあるオーケストラだなという事でした。僕のような若い指揮者が行くと、最初からやる気を見せないオーケストラも無いわけではありませんが、大阪フィルは違いました。最初から「お前の音楽を見せてくれよ!」という感じで、どんと構えておられた。良いオーケストラというのは、何かを発信すれば、きちんと返してくれます。大阪フィルも、指揮者のやりたいことをまずは受け止めてくれます。これはとても素晴らしいことですし、関係を構築していく上で大切なことだと思います。1回目から非常に良い関係でやらせて頂きました。
「お前の音楽を見せてくれ!」大阪フィルはドーンと構えておられました  (c)飯島隆
―― 前回は「第551回定期演奏会」のアンガス・ウエブスターの代役という事で、早くも大阪フィルの定期デビューを果たされました。
はい、メインのチャイコフスキー交響曲第5番を3日練習という事で、ブリテンのヴァイオリン協奏曲が相当難しかったとは言え、中々大変でした。チャイコフスキーの5番は、札幌交響楽団や読売日本交響楽団をはじめ、色々なオーケストラでやりましたが、大体が1日練習です。自分なりにしっかり勉強をして臨みましたが、楽員の皆さんにとっては数えきれないほど演奏され尽くした曲にも関わらず、コチラの提案をしっかり受け止めて下さって、結構深い所まで行けたように思いました。
難曲と言われるブリテンのヴァイオリン協奏曲を見事に弾きこなす辻彩奈  (c)飯島隆
コロナによる代役とは言え、若い二人が大阪フィルの定期演奏会のステージに立つのは珍しい  (c)飯島隆
「大阪フィルの十八番と言われるチャイコフスキー交響曲第5番を3日練習。これは大変でした」   (c)飯島隆
「お客様に加え、楽員の皆様からも温かい拍手を頂き、嬉しかったです」  (c)飯島隆
―― 定期当日のSNSでは、「大阪フィルをあれだけ鳴らし、歌わせたのは大したもの」や「若手指揮者特有のスタイリッシュな指揮ではなく、巨匠然としたスケールな大きな指揮だった」といった書き込みが見られました。共演3度目は、吹田メイシアターで行われる、前半が映画音楽、後半が「新世界より」といったクラシック入門的なコンサートです。
吹田メイシアターは、小学校の時からヴァイオリンのコンクールで訪れたり、中学の時に1年だけ入っていた吹奏楽部のコンクールで演奏した、思い出深いホールです。以前は私の家からいちばん近いホールだったことも有り、自分の中ではコンサートホールの原風景になっている部分もあります。入口の階段から見える景色や、エントランスの動くオブジェなんかも、はっきり覚えています。このホールで大阪フィルを指揮出来る事が嬉しいです。
「吹田メイシアターは、実家の近所にある思い出深いホールです」   (c)飯島隆
吹田市文化会館メイシアターの外観  
―― それは素敵ですね。吹田公演のプログラムは、メインがドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』です。クラシック初心者にも取っ付き易いイメージがあるからでしょうか。クラシック入門的なコンサートで頻繁に取り上げられます。この曲の魅力を教えてください。
僕の場合は少し変わっていて、名前の由来にもなっている指揮者のカール・シューリヒトの指揮する音楽を、物心付いた頃から聴いてきたので、『新世界』がクラシック音楽の入門に相応しい曲だといった意見は、あまりピンと来ないのが正直なところです。シューリヒトは『新世界』の録音を残していません(笑)。最初に聴いたのはベートーヴェンの交響曲第3番『エロイカ』か、ブルックナーだったかもしれません。『新世界』は高校生の時に指揮科のレッスンで取り上げたので、色々な演奏を聴いて勉強しました。特別な曲ではなく、ドヴォルザークの9曲ある交響曲の一つで、第8番の延長線上にある曲だと思っています。ドヴォルザークは歳を重ねるにつれ、どんどんシンプルに書けるようになって来ました。それだけに表現することが難しい。第7番なんかだと色んなアプローチが可能ですが、『新世界』はちょっと変わった事をやると、曲が成り立たなくなります。とてもシンプルで、聴きやすい曲ですが、第8番に比べると精神的な部分も求められるような気がします。ピアノで弾いたら簡単なメロディですが、楽器で表現しようとするととても難しい。特にホルン奏者は吹いていて、ヒヤヒヤされているのではないでしょうか。第1楽章から第4楽章までストーリーが有ります。4楽章制ですが、単一の世界観の中で作り上げ、全体としてフルコースのように味わって頂きたいです。
「名前の由来となっているカール・シューリヒトは「新世界」の録音を残していないのです」  (c)飯島隆
―― コンサートの前半はジョン・ウィリアムズやエンニオ・モリコーネといった、映画音楽です。映画はご覧になられますか。
古い映画が好きで、よく見ます。もちろん、今回演奏するスター・ウォーズやハリー・ポッターは全部見ています。ジョン・ウィリアムズは今ではすっかりオーケストラの定番レパートリーです。私も先日、読売日本交響楽団でハリー・ポッターやスター・ウォーズをやったばかりです。その時の演奏は、10月に「読響プレミア」で放送される予定だそうです。
「今回演奏するスター・ウォーズやハリー・ポッター、アマデウスは全部見ています」  (c)飯島隆
―― ジョン・ウィリアムズとエンニオ・モリコーネに挟まれて、モーツァルトの交響曲第25番も第1楽章だけですが、プログラムに並んでいます。
「アマデウス」は、大好きな映画です。映画の中で描かれているウィーンの街の雰囲気は実際そのままで、上手く表現していると思います。この映画で一躍有名になった第25番ですが、演奏時間を考えると少し短いこともあって、実際の演奏会ではプログラムに乗せにくいのでしょうか。同じト短調でも、交響曲第40番の方が断然指揮する機会は多いです。
前半に映画音楽を並べて、後半に「新世界」をしっかり聞いて頂くことで、クラシック音楽の魅力を伝えたいという主催者の話を聞いていて、なるほどと思ったことがあります。指揮者のカール・シューリヒトが大好きな父親ですが、元々は映画音楽、特に西部劇の音楽を聴こうと思ってレコード屋さんに行って、たまたま手にしたのがシューリヒトのアルバムだったそうです。音楽評論家の宇野功芳という人が絶賛している指揮者ということもあって、興味本位で一度聴いてみよう。そんな軽い感じ購入したレコードに、すっかりハマってしまうと云う話は、今回のコンサートに相応しいエピソードじゃないでしょうか。父親の辿った道をお客様も辿ってクラシックファンへ。そうなるように良い演奏をしますよ(笑)。
「映画音楽をきっかけにクラシックにハマる人が増えればいいですね」  (c)飯島隆
―― 松本宗利音という名前は、カール・シューリヒトの奥様が名付け親だと何かで読んだことが有ります。そもそもご両親とシューリヒトの奥様はどんな接点が有ったのでしょうか。
両親は80年代に結婚しています。新婚旅行でスイスに行くことになり、折角なので父親が大ファンのシューリヒトの奥様のスイスのご自宅を訪ねてみようということになったようです。訪問したところ不在で、手紙を残して来たら、後日奥様から返事が有ったことから、お付き合いが始まったそうです。実はうちの母親はとても積極的で、スイスに行くのならと、父親の背中を押したのだと思います(笑)。その後3度、スイスのご自宅を訪問しています。僕が生まれた時に、名前を付けて欲しいと頼んだところ、色々と候補は有ったようですが、いっそうの事、シューリヒトにしたらどうかと云う話になって、決まったと聞いています。
シューリヒトは亡命後、スイスのレマン湖のほとりのヴヴェイという街で暮らした  写真提供:松本宗利音
―― 宗利音という名前について、子供の頃など、どのように思われていたのですか。
自己紹介の時はちょっと恥ずかしいですが、普通の名前だったら良かったと思ったことは無かったですね。これがカールだったり、ミヒャエルだったりすると、なんの事かワカラナイと成るのでしょうが(笑)、物心が付いた頃から名前の由来がカール・シューリヒトだとわかっていましたので、むしろ誇らしかったです。
「自己紹介の時に少し恥ずかしい思いをしましたが、名前の由来がカール・シューリヒトなので、誇らしかったです」  (c)飯島隆
―― 松本さんもシューリヒトの奥様とお会いになったことはあるのでしょうか。
小学校6年の時に会いに行きました。奥様はマルタさんと仰います。当時90歳を超えておられましたが、すたすた歩かれていました。街のレストランでランチを食べようというハナシになり、魚とお肉どちらのコースにするか聞かれたのですが、お肉の方が少し高かったのです。支払いはどちらがするのか分らなかったこともあって、お肉を食べるのは悪いかなと思って、魚を選んだことを今でも鮮明に覚えています(笑)。
シューリヒトの奥様マルタさんにヴァイオリンを披露する松本宗利音  写真提供:松本宗利音
ランチで遠慮して魚のコースを頼んだ、ヴヴェイの街のレストランにて。  写真提供:松本宗利音
―― 小6の頃からそんな気遣いが出来たのですね。素晴らしい(笑)。
マルタさんは、私の誕生日には決まってメッセージをくださいましたし、時計やぬいぐるみなどを送って来てくださいました。ぬいぐるみと云えば、送られて来たばかりのぬいぐるみの鼻を、うちの犬がカジリ取ってしまったことが有りました。あれは悲しかったです(笑)。私が生まれたことを、ドイツの新聞のインタビューで語ってくれた切り抜きは、実家にあります。実家にはシューリヒトやマルタさんに関する思い出の品が色々とあります。マルタさんは2011年、私が高校2年の時に亡くなられました。
小学校6年の時の松本宗利音。シューリヒトの奥様マルタさんと  写真提供:松本宗利音
―― カール・シューリヒトの音源を初めて聴いたのはいつですか。
生まれた瞬間だと思います。もうずっと家でも鳴っていましたし、今でもやる曲が決まれば、シューリヒトの音源は必ず聴きます。シューリヒトの音楽が自分のベースになっているので、参考にするというより、確認する感じです。初めてカラヤンの指揮する演奏を聴いた時、違和感を覚えました。フルトヴェングラーもそうでした。テンポや曲のまとめ方が、何か違うなぁという感じでしょうか。シューリヒト以外でもスーっと入って来る指揮者もいますよ。例えばエーリッヒ・クライバーや、カレル・アンチェルの演奏は、腑に落ちますね。自分の名前の由来となっている指揮者で、物心付いて以降聴き続けているので、市販されているシューリヒトの音源は全部聴いているはずです。
「市販されているシューリヒトの音源は全部聴いているはずです」  (c)飯島隆
―― なるほど、SNSの書き込みにあった、巨匠然としたスケールの大きな指揮というのは、そういう所から来ているのでしょうね。そんな指揮が似合うオーケストラと云えば、やはり55年に渡って朝比奈隆が牽引して来た大阪フィルという事になるのではないでしょうか。
どのオーケストラにも伝統はありますが、大阪フィルは最も伝統を強く感じるオーケストラです。例えば管楽器奏者には、楽団の顔となる名物楽員がおられ、管楽器のソロでは、私のイメージ以上のメロディが返って来たり、想像の付かないアイデアに基づいた提案を受けたり、同世代の音楽家とやっている時とは違う意外性が有って、とても刺激的です。朝比奈隆さんが亡くなって随分経つのに、CDで聴いていた大フィルサウンドの雰囲気が感じられる瞬間が有り、驚くことが有りました。
「大阪フィルは最も伝統を強く感じるオーケストラです」  (c)飯島隆
―― 現在の音楽監督 尾高忠明さんは、それをDNAという表現で仰います。実際に朝比奈隆と一緒に演奏している楽員は4割以下だそうですが。朝比奈サウンドをベースに、歴代のシェフによってサウンドは進化発展を遂げていくのですね。
そういった経験を経て、自分の引き出しが増えていくと言いますか、糧にしていかないといけません。音楽に対して熱い思いを持っている大阪フィルと一緒に、今回のように短時間で『新世界』をやるのであれば、メンバー以上に勉強をしてリハーサルに臨むのは当然の事だと思います。それがあれば、指揮者の解釈や提案が気に入らなかったとしても、大阪フィルは何も言わず、受け入れてくれると思います。指揮者が音楽に対して明確なイメージを持って来ているかどうか、これは大阪フィルに限らずどのオーケストラも見ているように思います。時間のない中『新世界』をやるので、言葉は少なく、すべて手で表現できるよう臨もうと思っています。
「1日練習で臨む『新世界』。言葉少なく、すべて手で表現できるよう臨みます」  (c)飯島隆
―― 長時間ありがとうございました。最後に「SPICE」読者にメッセージをお願いします。
憧れの大阪フィルと、小さな頃から慣れ親しんだメイシアターで演奏できるのは本当に嬉しいです。聞くところによれば、大阪フィルにとっても久しぶりのメイシアターでの公演だそうですので、ぜひ皆様にお越し頂きたいです。吹田のメイシアターでお待ちしています。
吹田メイシアターで、皆さまをお待ちしています!   (c)飯島隆
取材・文=磯島浩彰

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