磯光雄と吉田健一の宇宙の旅(前編)
 魅力がないと思われているものを魅
力的なものに化けさせる

(c) MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会 磯光雄が「電脳コイル」(2007)から15年ぶりに発表する原作・脚本・監督作品「地球外少年少女」は、日本の民間宇宙ステーションを舞台に、地球から宇宙旅行にやってきた子どもたちと月生まれの少年たちが紡ぐ冒険物語。1月28日から前編「地球外からの使者」が2週間限定上映、劇場公開限定版ブルーレイ&DVDが2月11日に発売され、劇場上映と同日からNetflixで劇場上映版の前後編にあたる全6話が全世界同時配信される。

 本作をつくる最初のきっかけが「明るくて面白い宇宙や未来をアニメの舞台として描きたい」だった磯監督と、「だったら宇宙に行ってみよう」と意気投合したのは、「エウレカセブン」シリーズや「ガンダム Gのレコンギスタ」で知られるキャラクターデザイナーの吉田健一。作品をとおして2人はどんな“宇宙の旅”をしたのだろうか。お互いへの信頼をベースにした忌憚のない意見がとびかい、終始笑いのたえない取材となった。(取材・構成:五所光太郎/アニメハック編集部)
――本作の企画書は2014年につくられ、雑誌「アニメスタイル010」(16年12月刊)にも掲載されています。以前に磯監督が受けたインタビューを読むと(編注)、磯監督が吉田さんと一緒にやろうとなったとき、いろいろな企画を見せたなかで「地球外少年少女」に決まったそうですね。
磯:(うなずきながら)これは話が早いですね(笑)。
編注:「WIRED」日本版掲載の磯光雄監督インタビューにて、「地球外少年少女」の企画経緯について語られている。
https://wired.jp/2020/06/20/swing-the-sci-fi-pendulum/
――その前段階の、磯監督と吉田さんの出会いから聞かせてください。
磯:最初に会ったのは「おもひでぽろぽろ」のときで、吉田君はまだジブリの新人だったね。その次に仕事をしたのは「エヴァ」かな。
吉田:そうですね。一緒の仕事でいうと。
磯:あれはノンクレだっけ? 結局。
吉田:のちに公表はしましたけどノンクレです。
磯:テレビシリーズの「エヴァ」1話で2カットぐらい吉田君に内緒で原画を頼んだんだけど、爆発だけ直しました(笑)。
吉田:監督(磯監督)のお手伝いで、監督の担当分から2カットもらってやったというかたちです。
磯:当時、吉田君はジブリの一原画マンでした。
――その頃、吉田さんはジブリに所属されていたからノンクレジットだったのですね。
吉田:当時は社員だったものですから(苦笑)。そのあとジブリで「エヴァンゲリオン」を1本グロスでやったんですよ(※第11話「静止した闇の中で」)。僕はその話数には参加していませんが、そのとき参考用に1、2話の原画のコピーがジブリにドサッときまして、そのなかに俺が描いたのも入ってました(笑)。
一同:(笑)
磯:それは向こう(※制作のGAINAXとタツノコプロ)は知らずに?
吉田:知らずに。
磯:なんて面白い話だ。この話は絶対載せましょう(笑)。
――ここまで伺って、お2人が意気投合されているのが伝わってきます。その後、一緒に作品をやろうとなったのはいつ頃からなのでしょうか。
磯:吉田君に企画を見せたのは、「アニメスタイル」に「地球外少年少女」の企画書を載せる直前でしたから2016年頃だったと思います。「アニメスタイル」の連載「企画書サルガッソ」はボツ企画を載せるという趣旨で、「地球外」がボツにならなくなったので連載終了みたいな感じになったんです。連載の1回目に十何本の企画をサムネイル的に一挙に載せていて、それを見せながら「吉田君とは一回仕事をしないとなと思っていたので、このなかからどれか一緒にやらない?」と見せたら、吉田君は「地球外」をすっと指さして。
吉田:そうでしたね。
――吉田さんは「地球外少年少女」のどこにピンときたのでしょうか。
吉田:もう宇宙ものっていうところですね。もともと宇宙ものをやりたい気持ちがあって、自分たちが生きている“地続きの未来”としての宇宙をちょっとやってみたかったんです。監督は「電脳コイル」をやっていたので、監督――磯さんの見せる宇宙はおそらく我々の身近なものになるだろうし、それはぜひやりたいと思いました。
磯:吉田君は、流行っているからとかではなく宇宙がほんとに好きなんです。これまでもそうしたモチーフでCDジャケットのイラストなども描いていて、専門知識があるわけではないけど、やっぱり好きなんだろうなと思っていて。
吉田:そうです、そうです。
磯:それがちょうどいいんですよ。専門知識があるとちょっと面倒くさいんで、ないほうがいい。それでも実際に描いてもらうと、宇宙服の特徴などちゃんと押さえてそれっぽく描けるっていうね。それって絵描きとして正しいと思います。
 宇宙を題材にしたことで関連して言うと、我々はジブリで仕事をしたこともあるから余計そう思うのかもしれないですけど、アニメ業界がある時期から日常から遠いところではなく、身近なところにある題材を描くほうが格好いいという流れにあったように感じていて。
――鈴木敏夫プロデューサーが、宮崎駿監督の発言として紹介された「企画は半径3メートル以内に転がっている」に代表される流れですね。
磯:そうそう。もちろんそれも魅力的なんですが、そっちに傾きすぎなんじゃないかなと。「電脳コイル」でもそれに近いところをやりましたが、日常の地平線の向こう側が現れる話をやっていたつもりで、結局はその向こう側に行きたいわけです。それがどこにも行かなくていいとなると、どんどん世界が小さくなっているような気がしていて。そもそも、日常もののほうが……というのも、スケールが大きいアニメばかりが流行るなかで、小さい世界でもそれ以上に面白いものを見せてやるぞ、みたいなのが格好いいわけで、今は逆になっている。
吉田:磯さんが今言われたような流れがメインストリートのようになり、とりあえずその道を歩けばいいみたいな感じになっている気が僕もしていました。脇道というか実は他にもいっぱい道があって、「電脳コイル」はそういうところを見せてくれた感じがあったんですよね。
磯:自分らの世代は、日常から遠く離れた世界を見せてくれる作品に多く触れてきましたから。それが「地球外」の企画当時はスタッフもお客さんも「ゆとり世代」と言われる若い人たちが多くなって、今お話ししたような価値観が通じづらくなっていたんです。日常系の話は好きで見るけど、そうでないものは「面白ければ見るけど」ぐらいな感じで、とにかく関心がない。それは好みなんで何が正しいとかいう話じゃないんだけど、そんななかで吉田君は数少ない話のできる人だったんです。
■「デザインすることで何かがおこる」感覚をもっている吉田健一氏
――吉田さんのキャラクターデザインのお仕事は、どのように進めていったのでしょうか。
吉田:監督も絵描きなので、監督が企画用に描いた絵をそのままやるのであれば、たぶん適任の人は他にいるだろうなと思っていました。そこで僕に声をかけてくれたってことは「何かしなさいよ」と言っているのだろうなとも思ったものですから、とにかく何かするのが礼儀だろうなと。
相模登矢(c) MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会 それでパッと見た感じ、いちばん大事にしなければいけないのは主人公の(相模)登矢だと感じたので、逆に登矢のデザインはあまり触らないようにしました。そこは監督が描いたイメージの複雑性のようなものをなるべく維持しようと思いつつ、他のキャラクターに関しては、ちょっと違う方向から試させてもらおうというスタンスでアプローチしていった感じです。
――磯監督は、吉田さんとのキャラクターデザインづくりで印象的だったことはありますか。
磯:キャラクターデザイナーだなあと思いました。というのは、大半のアニメでは作画監督が「今回はキャラクター(デザイン)もお願いします」と言われてやることが多くて、あくまで本職はアニメーターなんですね。なので「デザインする」というより「設定を描く」が仕事になりがちなんですけど、おそらく吉田君はそういう感じの人じゃないんですよね。吉田君もアニメーターなんだけど、デザインというものをひとつの仕事としてとらえて、そこで何かをやるっていうことを強く意識している。
 だから、物語や作品の世界観に関わってくるレベルの本当にいろいろなことを考えていて、それをデザインとして生かすためのカードをもっているんですよね。一緒にやっていて、「そこでこのカードを切るか」みたいなことが多くあって、そういうことは普通のアニメーターが考えるデザインからは、なかなか出てこないと思うんです。そうしたデザイナーの起源は、いろいろな考え方があると思いますが、アニメ業界ではやはり安彦(良和)さんぐらいしかいないんじゃないかと思います。吉田君にはそうした志向が飛び石的に受け継がれているような気がして、初めて安彦さんの絵を見たとき、当時中学生でしたけど「普通のキャラデザじゃないな」という特別感がハッキリと分かったんですよね。
 我々の世代は「デザインすることで何かがおこる」という感覚をもっていて、当時たくさんいたデザイナーのなかでも、設定としてだけ描いているような人はどんどん淘汰されて、最後に残っているキャラクターデザイナーは吉田君含め数人じゃないかなと思っています。
吉田:(恐縮した様子で)ああ、ありがとうございます。
磯:日本のアニメのキャラクターデザインの流れを振り返ると、やっぱり安彦さんには突然変異っぽい感じがあるんですよね。その遺伝子がいったん途切れ、それが吉田君に隔世遺伝的に受け継がれているように感じています。吉田君のことはジブリの新人の頃から知ってますけど、「(OVERMAN)キングゲイナー」の絵を見るまで、こんなに化けるとは思わなかった。今でも覚えてますけど「電脳コイル」に参加してもらおうと思って吉田君に企画書を見せにいったら、見終わったあと、「実は僕こういうのやってるんですけど」と「キングゲイナー」のイメージボードを見せられて……。「こっちのほうが格好いいでしょう」みたいな――。
吉田:いやいやいや(笑)
磯:言ってないけど!(笑) 私にはその声が聞こえて、「そういうのやってるんだ、ふーん。じゃあ頑張ってね」と別れて、これはもう二度と会うことはないだろうなと(笑)。
吉田:(笑)
磯:そんなふうに会ったのが「電脳コイル」がはじまる前のことだったよね。井草から上井草まで企画書をもってみせにいったので。
吉田:「ラーゼフォン」のあとぐらいですかね。
磯:ジブリを辞めたばかりできっと暇だろうから、当然やってもらえるだろうと思って行ったらカウンターパンチをくらって、もう涙目で帰りましたよ。ハハハ(笑)。
――そんなことがあっても、「電脳コイル」の最終回の原画に吉田さんは参加されていますよね。
吉田:そうなんですよ。
磯:(ツッコミ待ちの感じで)やりたいって言ってきてね。
吉田:……磯さんの記憶ではそうなってますけど、制作の方から依頼をうけたんです。
磯・吉田:(笑)
吉田:最終回か最終回の前、どちらかをやってほしいと言われて選ばせてもらいました。
磯:ほんとに助かりました。あのときもヤサコ(小此木優子)の雰囲気とかちゃんと吉田キャラになっていて。
吉田:難しくて、最初なかなか上手く似せられなかったんですよね(苦笑)。とにかく1カットだして、制作の方経由で井上(俊之)さんに修正を入れてもらうように頼みました。井上さんが何枚かおきに入れてくれて、次のカットからはそれを見ながら覚えていって。
磯:もちろん似せてくれてるんだけど、それでも吉田キャラになっていて不思議だなあと思いました。
■本当は面白い「宇宙もの」と「漫画的な表現」
――「地球外少年少女」を拝見して印象的だったのは、キャラクターに漫画のような記号的な表情をさせていることでした。開始早々キャラが口をすぼめて「3」のような顔になるなど、こういう表情もさせるんだと面白かったです。
吉田:そうしたコミカルな部分は監督のコンテなんですよ。むしろ僕の手駒にない部分だったので、いろいろ大変だったところではあります。
(c) MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会磯:今のアニメ業界はどんどんリアルな方向にいって、ガチガチのリアルにいってしまった人たちと、その反動でちょっと漫画にもどろうという人たちがいて、自分は後者なんです。単純に「リアル=面白い」ではないなとあるところで引き返したといいますか、今はあまり見かけなくなった漫画的な表現の面白さを忘れたくないなと。そういうのって、時代に関わらず良いものは良いと思うんだけど、時代の流行りすたりで過小評価されてたりするんですよ。本作のテーマである宇宙も同じで、今は宇宙を題材にしたアニメが本当に少なくなりましたよね。「宇宙は古い」じゃないですけど、なんだか年をとったおじさんが見ていたアニメみたいな扱いになっているような気がして。
――かつては憧れの舞台だった宇宙がそうではなくなってきていると。
磯:そういうことじゃないでしょうって個人的には思うんですよね。宇宙には新しいも古いもない、138億年前からあるんだと――このフレーズ、どのインタビューでも言ってるんですけど(笑)。新しい古いでいうと、今は商業宇宙がはじまっていて、これからどんどん話題になっていくはずです。これは関心をもっていればすぐに分かるんだけど、そうでない人にはまったく何もおこっていないように見えていて、こういう状態って明らかに景色が変わる兆候なんです。いずれ話題がどーんときて、これまで関心がなかった人たちが急に「宇宙、宇宙」と言うようになる端緒にきている時期だと思っています。
 漫画的な表現も宇宙もそうですけど、昔流行っていたけど今は流行っていないとか、みんながもう魅力がないと思っているものを魅力的なものに化けさせるのがアニメーション作品でやるべき仕事なわけで、吉田君ともそこで考えがすごく一致したんですよね。ほんとは面白いのになんか終わったと思われている。何が面白いのかその魅力がまったく想像できない。それならば、そういうものをつくって見てもらいたいなというのは企画当初からありました。

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