渋沢栄一(篤太夫)役の吉沢亮

渋沢栄一(篤太夫)役の吉沢亮

【大河ドラマコラム】「青天を衝け」
第二十六回「篤太夫、再会する」栄一
や慶喜たちの無言の表情ににじみ出る
豊かな感情

 9月12日に放送されたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」第二十六回「篤太夫、再会する」では、パリから帰国した主人公・渋沢栄一(篤太夫/吉沢亮)が、久しぶりに故郷・血洗島に戻り、家族と再会する様子が描かれた。
 村人たちが集まった宴会の席で、パリの土産話を面白おかしく語って聞かせる栄一の姿は、おしゃべりの本領発揮。時代は明治に移ったものの、戊辰戦争はいまだ終結せず、渋沢平九郎(岡田健史)をはじめ、多くの命が失われていく動乱の世とはかけ離れた農村の穏やかさに、心が安らぐ思いがした。
 そのにぎわいの中で強く印象に残ったのが、随所で登場人物たちが見せた無言の表情だ。そこには、喜びの裏に隠れた言葉にならない感情がにじんでいた。
 例えば、帰宅した栄一を温かく迎える家族の中で、ただ一人、硬い表情を見せる妹のてい(藤野涼子)。そして、そんなていに「なんだい、自分だけ帰ってきて」と責められた途端、口をつぐんで表情をこわばらせる栄一などだ。
 ていが栄一に放った「兄さまが、平九郎さんを見立て養子になどしなければ、今頃、平九郎さんは村で普通に暮らしてたんだに!」という言葉の通り、「平九郎の死」という悲劇がこの2人の間に溝を生んでいる。
 ていにとって平九郎は、結婚を約束していた相手。ところが、幕臣としてパリへ行く栄一が、当時の決まりに従って跡取りとして平九郎を見立て養子に迎えたことが、戊辰戦争で命を落とすことにつながった。
 しかし、そんな説明がなくとも、これまでドラマを見てきた視聴者であれば、無言の表情だけで悲しみや後悔といった2人の複雑な感情が理解できたはずだ。
 その一方、栄一がパリの土産話を村人たちに語って聞かせる宴会の場でていは、ほほ笑みを浮かべながら、その様子を静かに見つめていた。その表情からは、怒りや悲しみだけでなく、兄の帰郷を喜ぶ家族としての思いもあることが伝わってきた。
 いずれも、物語の進行には直接関係ない部分だけに、ともすれば見過ごしがちだが、そういった表情を挟むことで、豊かな感情が加わり、ドラマの深みと味わいが増してくる。他にも、栄一の妻・千代(橋本愛)や父・市郎右衛門(小林薫)など、さまざまな無言の表情が印象に残ったこの回は、派手さはなくとも心に染みわたるエピソードだった。
 さらに、この回のクライマックスを締めたのも、やはり徳川慶喜(草なぎ剛)の無言の表情だった。
 家族と再会した栄一は、パリ滞在の報告と自らの身の振り方を考えるため、静岡で謹慎生活を送るかつての主君・慶喜を訪ねる。だが、古い寺で待つ栄一の前に現れたのは、将軍だった頃の威厳や輝きが完全に失われた弱々しい慶喜だった。
 その姿に絶句した栄一だったが、「私は、そなたの嘆きを聞くために会ったのではない」という慶喜の言葉に気を取り直し、身振り手振りを交え、意気揚々とパリの様子を語り始める。
 すると、黙って聞いていた慶喜の表情が次第に和らぎ、生気を取り戻していく。この場面、寒々しい前半と温かく明るい後半で使い分けられた照明も効果的で、言葉はなくとも、栄一との対面が慶喜の心を解きほぐしていく様子が手に取るように伝わってきた。
 この回、久しぶりに栄一の姉なか(村川絵梨)や渋沢家の使用人たちが姿を見せたように、本作に対しては「人を大事にするドラマ」という印象を以前から抱いていた。無言の表情から言葉にならない感情をすくい取ろうとする姿勢からも、その思いが感じられる。
 それはつまり、「みんながうれしいのが一番」という栄一自身のポリシーの「みんな」をきちんと見つめているということでもある。そんな本作がこれからどんなドラマを繰り広げるのか気になるところだが、期待を裏切ることはないはずだと、確信を深めた第二十六回だった。(井上健一)

エンタメOVO

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