「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.16 極彩色の映画版『南太平洋
』と、今なお胸を衝く人種問題

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.16 極彩色の映画版『南太平洋』と、今なお胸を衝く人種問題
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 ヒロインに横恋慕する、ストーカー気質の男が命を落とす『オクラホマ!』(1943年/本連載VOL.10参照)や、DV夫が主人公の『回転木馬』(1945年/VOL.12参照)。敢えてミュージカルには不向きな人生の暗部に目を向けた意欲作で、ブロードウェイ史に一石を投じたクリエイターが、リチャード・ロジャーズ(作曲)とオスカー・ハマースタイン2世(作詞)だ。2人が、1949年に発表した作品が『南太平洋』。ブロードウェイ初演は、続演1,925回の大ロングランを記録した。ここでは1958年公開の映画版を中心に、その魅力を分析しよう。

ブロードウェイ初演(1949年)の主演は、エツィオ・ピンザ(左)とメリー・マーティン
■ こってこての色彩と楽曲
 1955年に公開された『オクラホマ!』を始め、ブロードウェイでのヒットに加え、世界的にロジャーズ&ハマースタイン作品の知名度を上げたのは映画版だった。『南太平洋』も然り。日本でも再上映を繰り返した。粗筋を簡単に記しておこう。舞台は、第二次世界大戦中の南太平洋の孤島。農園を営むフランス人男性エミール(ロッサノ・ブラッツィ)と、アメリカの従軍看護師ネリー(ミッツィ・ゲイナー)のロマンス、加えて海兵隊のケイブル中尉(ジョン・カー)と土地の娘リアット(フランス・ニュイエン)の悲恋を軸に、人種問題に肉迫する一作だ。

1975年リバイバル公開時のポスター
 とにかく楽曲が素晴らしい。何度聴いても陶酔必至の濃密感は、最近のミュージカルが束になっても敵わない。エミールが朗々と歌い上げる究極のラブソング〈魅惑の宵〉を筆頭に、リアットの母ブラディ・メリー(ワニータ・ホール)が、ケイブル中尉を神秘の島へと誘うエキゾチックな〈バリ・ハイ〉や、CMでもおなじみの〈ハッピー・トーク〉、ネリーが恋の喜びを溌剌と歌う〈ワンダフル・ガイ〉、中尉の美しいバラード〈春よりも若く〉など名曲が揃う。
ミッツィ・ゲイナーを表紙にあしらったプログラム
 ただし公開当時物議を醸したのが、ミュージカル・ナンバーの演出だった。カラー・フィルターを駆使して、黄色からオレンジ、ブルーからグリーン、そしてピンクから真紅へと、とにかく次々に色が変わるのだ。これは単に、舞台での照明に準じた演出で、曲のこってり感を強調する効果はあったものの、相当しつこい。さらに、この人工的な絵作りが、遥か異国の島々に対してアメリカ人が抱く、表層的かつ凡庸なイメージを象徴していた。監督は、ブロードウェイ初演を手掛けたジョシュア・ローガン。彼も後々まで、フィルター多用を後悔していたと言う。
DVDはウォルト・ディズニー・ジャパンより発売。動画配信のDisney+(ディズニープラス)でも視聴可。

■厳格なロジャーズと吹き替え事情

 映画版『レ・ミゼラブル』(2012年)を例に挙げるまでもなく、昨今のミュージカル映画では俳優が自ら歌うのが通常。だがかつては、プロの歌手が吹き替えるケースが多かった。本作はその最たる作品で、ゲイナー以外のメイン・キャストの歌は吹き替え。ブラッツィは、オペラ歌手ジョルジョ・トッツィ、ケイブル中尉役カーの歌は、ゴースト・シンガーのビル・リーが担当した。不思議なのは、ブラディ・メリーに扮したホールだ。ブロードウェイ初演でもこの役で高く評価され、〈バリ・ハイ〉と〈ハッピー・トーク〉を十八番とした彼女だが、ロンドン公演で同役を演じたミュリエル・スミスに吹き替えられてしまった。

島の主のようなブラディ・メリーを演じたワニータ・ホール(左後ろ)。初演の舞台より。

 これは常日頃から、自分の曲を譜面通りに歌う事を求めていた、ロジャーズの意向だった。彼は、映画館の立体音響のスピーカーから流れる歌声には更なるこだわりを見せ、安定した美声で歌われる事を要求した。ホールの歌声が、初演から8年以上を経て、やや衰えを見せたと判断した彼は、似た声質で耳に心地よいボーカルのスミスに、吹き替えを依頼したのだ。
ミュリエル・スミス。ブロードウェイでは『カルメン・ジョーンズ』(1943年)に主演した。

 「ロジャーズ厳格伝説」は、枚挙にいとまなし。無数の歌手によってカバーされた彼の楽曲だが、自分で満足出来るレコーディングは少なかったようだ。後年インタビューで、お気に入りの歌手を尋ねられたロジャーズ。当然、ビング・クロスビーやフランク・シナトラ、ペギー・リーあたりの名が出ると思いきや、彼が口にしたのは聞いた事もない名前だった。思わずインタビュアーが、「それ誰ですか?」と問いただすと、「ブロードウェイのバック・コーラスの連中だ。彼らは誰よりも私の曲を理解し、正確に歌ってくれる」と答えたと言う。
■潜在的な差別意識をあぶり出す
 そして、『南太平洋』のドラマの核となるのが映画後半。エミールから、彼がポリネシア人女性との結婚歴があり、子供を設けていた事実を告白され、ネリーは激しく動揺する。人種偏見に囚われていた彼女は、有色人種との結婚に拒否反応を示したのだ。同じくケイブル中尉も、島の娘と激しい恋に落ちたものの、結婚に踏み切る気はなかった。彼が自らの偏見を認め、「大人は、肌の色が違う人々を憎み恐れる事を、子供達の小さな耳に繰り返し刷り込んだ」と憤る〈用心深い教え〉こそ、劇中で最も重要なナンバー。今聴いても生々しく胸に迫る。
 本作は、2008年にブロードウェイのリンカーン・センターで再演。ケリー・オハラ(『王様と私』再演)と、オペラ歌手パウロ・シャットの共演が話題を呼んだが、アメリカ人の心の奥底に潜む根強い差別意識を、セリフを追加して改めて強調していた。エミールと前妻との件では、ネリーが吐き捨てるように、「Colored…(肌の色が違うのね)」。また〈用心深い教え〉は、歌うケイブル中尉の背後で、数名の黒人兵が黙してそれを聴いている演出だった。だがそこまでしなくても、楽曲のメッセージは十分に伝わったはずだ。演出はバートレット・シャー。
2008年リンカーン・センター再演版録音(輸入盤CD)
■ボーカル的に充実のコンサート版と再演
 最近では、今年7~9月に英国のチチェスター・フェスティバル劇場でリバイバル。他には、2005年にカーネギー・ホールで開催されたコンサート版が好評を博した。これは、カントリー歌手リーバ・マッキンタイアと、ブライアン・ストークス・ミッチェル(『キス・ミー・ケイト』再演)の主演で音楽的に充実。45人編成の大オーケストラが奏でる、重厚なサウンドにも魅せられる。当夜の模様は収録され、DVDでリリースされた(輸入盤/PCで再生可)。キャストでは、コメディー・リリーフとして登場する、島の商売人ルーサーを何故かアレック・ボールドウィンが演じているが、完全なミス・キャストなのは惜しい。
2005年カーネギー・ホールでのコンサート版(輸入盤DVD)
 オリジナル・キャスト・レコーディングは、メリー・マーティンの初演を皮切りに名盤が多い中、お薦めは1967年のリンカーン・センターでの再演版だ。ネリーに扮したのが、TV「ゆかいなブレディ家」(1969~74年)でおなじみのフローレンス・ヘンダーソン。ミュージカル出演も多く、伸びやかなボーカルに聴き惚れる。エミールは、映画版で吹き替えを担当したジョルジョ・トッツィ。オペラで鍛え上げた堂々たる歌いっぷりが圧巻だ。
1967年リンカーン・センター再演版録音(輸入盤CD)

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着