「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」
VOL.13『オン・ザ・タウン』とバーン
スタイン考

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story

VOL.13 『オン・ザ・タウン』とバーンスタイン考
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima
 1957年に、今なお再演を繰り返す傑作『ウエスト・サイド・ストーリー』を放つ、レナード・バーンスタイン(作曲)とジェローム・ロビンス(振付)。2人にとって、ブロードウェイでの出世作となった快作が、休暇でNYを訪れた水兵の物語『オン・ザ・タウン』だ。初演は、第二次世界大戦中の1944年12月。ここでは当時のキャストへのインタビューと、作品の知名度を高めた映画版を紹介しつつ、バーンスタイン楽曲の魅力に迫りたい。
ニューヨーク・フィルを指揮するレナード・バーンスタイン(1945年)
■すべての音楽を同等に愛したバーンスタイン
 原作となったのが、1944年4月に上演されたジャズ・バレエ『ファンシー・フリー』。バーンスタインにとって初のバレエ音楽作曲、ロビンスも振付師デビューとなった一篇だ(ロビンスは出演も兼ねた)。『オン・ザ・タウン』は、このバレエのミュージカル・コメディー版。24時間の休暇を取ってNYに上陸した水兵のゲイビー、チップ、オジーの3人が、「ミス地下鉄」に選ばれたダンサーのヒルディ、タクシーの運転手ヒルディ、人類学者クレアに恋をする物語だ。脚本と作詞は、後に「雨に唄えば」(1952年)や「バンド・ワゴン」(1953年)など、ミュージカル映画の脚本で高い評価を得る、ベディ・カムデン&アドルフ・グリーンのコンビ。2人はクレア役とオジー役で、キャストにも参加している。
ジェローム・ロビンス(1951年撮影)

 そして、独創性溢れる音楽を生み出したのがバーンスタイン。少年時代から彼と親しく、後にアレンジャーに転じ、『ウエスト・サイド~』初演や映画版(1961年)の編曲に関わったシド・ラミンに取材をした際、彼の音楽に対する姿勢を、「レナードはクラシック音楽の世界で名を上げながら、ミュージカル・ナンバーやジャズにラテン、流行歌に至るまで、あらゆる音楽を常に同じ目線で捉えていました」と語ってくれた。その言葉を証明するように、本作もカラフルな楽曲が満載だ。最も有名なナンバーとなったのが、冒頭で水兵3人が歌うNY賛歌〈ニューヨーク・ニューヨーク〉だろう。さらに、街の喧騒と高揚感を活写した音楽に誘発され、生き生きと躍動的なダンスへと転化させたロビンスの振付も絶賛を浴びた。

バーンスタインがニューヨーク・フィルを指揮し、『オン・ザ・タウン』などの自作曲を再録音した「バーンスタイン・コンダクツ・バーンスタイン」(1960&63年録音/輸入盤CD)

■ヒロインを演じた日系ダンサーの回想
 そして初演で特筆すべきは、2月に本連載の番外編『アリージャンス~忠誠~』の特集でも紹介した、ヒロインのアイヴィを演じた日系バレエ・ダンサーの存在だろう。名前はソノ・オーサト(大里園)。父親が日本人、母親はアイルランド=フランス系カナダ人だった。彼女は、3年前に99歳で大往生。私は最晩年の彼女に、NYの自宅で話を訊く機会に恵まれたが、作品で描かれるヒロイン像を、こう語っていたのが興味深かった。
「アイヴィが向上心に溢れるダンサーなら、ヒルディとクレアも職業に就いていた。第二次大戦中は、男性が兵役に服していたので、多くの女性が造船所や工場で働いていました。努力してスキルを身に付けた女性の姿を描いたという意味でも、画期的なミュージカルだったわね」

『オン・ザ・タウン』1944年初演の舞台より、ソノ・オーサトとゲイビー役のジョン・バトルズ

 オーサトに、劇中で最も好きな曲を訊ねると、〈サム・アザー・タイム〉と即答。これは二幕の終盤、休暇を終え船に戻る男たちとクレアを中心に、「楽しみが始まったばかりなのに、想いを果たせぬままお別れ。でも、いつの日かまた逢って、埋め合わせをしましょう」と歌われる感傷的なバラードだ。彼女は続ける。
「舞台がハネて劇場の外に出ると、つかの間の逢瀬を惜しむ水兵さんのカップルが、実際に大勢いました。やがて戦地に戻り、命を落とした人もいたでしょう。だからあの曲には、センチメンタルな中に刹那的な時代色が色濃く出ている。作品の核とも言える、重要なナンバーなのよ」
■キャッチーな新曲が捨て難い映画版
 冒頭で触れたように、本作が広く知られたのは、1949年に公開された映画版のおかげ(日本では1951年公開。邦題は「踊る大紐育」)。前述の「雨に唄えば」や「バンド・ワゴン」と並ぶ、MGM映画を代表するミュージカルとなった。主演は、ゲイビー役のジーン・ケリーを始め、フランク・シナトラ(チップ)にヴェラ=エレン(アイヴィ)、アン・ミラー(クレア)ら個性的な実力派揃い。ケリーはスタンリー・ドーネンとの共同で、監督と振付も手掛けた。
「踊る大紐育」(1949年)アメリカ公開時のポスター
 しかし、これがブロードウェイ版に忠実な映画化と問われれば、さにあらず。バーンスタインの楽曲で使用されたのは、〈ニューヨーク~〉や、〈ミス地下鉄バレエ〉と〈ニューヨークの一日〉など、長尺のバレエ音楽を含む5曲のみ。その他大半の曲は割愛されてしまった。これはバーンスタインのナンバーが、映画を観に来る一般の老若男女には、高尚過ぎると判断されたため。MGM首脳部は、誰もが口ずさめるようなヒット曲を求めたのだ。
「踊る大紐育」日本公開時のプログラム
 そこで映画用に新曲を作曲したのが、ロジャー・イーデンス(1905~70年)という人だった。ジュディ・ガーランドのヴォーカル・コーチとして彼女の才能を開花させ、ソングライター、編曲家、プロデューサーと幅広く活躍した才人だ。彼が、作詞家カムデン&グリーンと組んで書き下ろしたナンバーは、耳に馴染み易く決して悪くない。タップの女王ミラーを中心に、ケリーやシナトラらと賑やかに繰り広げられる〈先史時代の男〉や、故郷に想いを馳せるケリーとヴェラ=エレンが踊る〈メイン・ストリート〉は、なかなかの佳曲。また、NYロケをふんだんに使った〈ニューヨーク~〉など、ケリーの活気ある演出が圧巻で、楽しい秀作に仕上がっている。
ブルーレイは、ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメントより発売

■初演から70年を経てもユニークな楽曲
 以降ブロードウェイでは、1971年と1998年にリバイバル。だが共に短命に終わった。時代色を反映した初演から長い時を経て、単純極まりないミュージカル・コメディーと化してしまった本作は、観客の感興をそそる魅力を失っていたのだろう。だがその後、音楽とダンスが今一度真価を発揮したのが、2014年の再演だ(トニー賞リバイバル賞ノミネート)。

 初演時の慣習に倣い、序曲の前に全員起立でアメリカ合衆国国歌斉唱。本作が、第二次大戦中に上演された作品である事実を認識させられたが、米国民でないこちらは戸惑うばかり。しかし作品は見事だった。28人編成のオーケストラが奏でるバーンスタイン楽曲が圧巻で、〈ニューヨーク~〉以外にも、ジャズ調やラテン系など心弾む旋律に改めて感嘆。特に、ゲイビーが歌うリリカルなバラード〈ロンリー・タウン〉と〈ラッキー・トゥ・ビー・ミー〉が美しく、彼に扮したトニー・ヤズベックの堂々たるソング&ダンスにも魅了された(ヤズベックは、2015年の『プリンス・オブ・ブロードウェイ』プレミア公演などで来日)。
『ワンダフル・タウン』、2003年の再演版オリジナル・キャストCD(輸入盤)
 また一方で、前述のようにハイブラウ感漂う難曲も多く、一部のジャズ歌手やキャバレー・シンガーには愛されてはいるものの、一般大衆には浸透し難い特殊性も感じ取った。ちなみにバーンスタインのミュージカル・コメディーでは、『ワンダフル・タウン』(1953年初演)も必聴。〈コンガ!〉や〈スウィング!〉、〈調子外れのラグ〉などコミカルなナンバーが楽しく、個人的にはこちらが好みだ。次号VOL.14では、ウエストエンドとブロードウェイを制覇したスター、ガートルード・ローレンス(1898~1952年)を特集しよう。

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着